●世界観B創世記・星の終わりの神様少女5

★☆3★☆

 なんとも奇妙なことが起きだしたものだ。

 モルテール町の青い濃霧もさることながら、その中を跋扈する青白い光の像――人面、人型、獣であったりと――ゴーストと呼ばれる者達は、多様な形態をとっているようである。そこに共通点を上げるとすれば、”非常に気色悪い”ということであった。骨だけだったり、内臓を模していたり、首なしだったりと。

 このような状況であるのにも関わらず、昼過ぎになって急激に車通りが増えてきた。もちろん結構な混乱が生じているし、何度か悲鳴も聞こえたりするのであったが……

 ”滅亡真理教”所有の――表向きは雑貨店の二階――その一室で、ジルはため息をつきながら、窓の外で起こっている光景を眺めていた。

 とりあえずゴーストが入ってこれないように、星動機へ込めた術式を起動しておく。オカルト的に言うならば、護符のようなものだ。手の平サイズで白い半円状のそれは、窓枠の上に丁度よく置くことができた。

「大規模な噴火に地震だと? 姫様じゃないが、こりゃまた滅亡っぽい感じで災害が続いてきたな。向こうのアジトも火山の近くにあるし、ヤバいかもしれん」

 後ろで独りごちているのはリギル。

 振り返り見れば、ソファーにどっかりと腰をかけ、新聞紙をテーブルの上に広げていた。二本の指にはタバコが挟まっている。

 どこで噴火が起きたのかを言わなかったが、特別そのことに興味もなかった。今重要なのは、クレネストのことである。

 監視をつけてから三日目――今のところは何もつかめていない。クレネストが立ち寄ったと思われるヴェルヴァンジー村の空き家でも、特に何も見つからなかったという。

(船に乗ろうとしていたところをみると、次の目的地に行くだけなのかもな)

 欠航していたので、クレネストは教会へ戻ったのだろう。今頃は、ゴースト相手に大忙しといったところか。

(天候が回復するまで、動きはなさそうだな)

 ジルが憂鬱げに、そんなことを考えていると――

 ゴンゴンと音が鳴った。部屋のドアを叩く音だ。

「開いてるぞ」

 リギルが声をかけると、

「うぃ~」

 ドアが開いて、気の抜けた声が上がった。女の子の声だった。

「パタミンだよー」

 と、名前らしきものを口にしながら姿を現したのは、やはり女の子。多分――偽名なのだろうが……

 背は低く細身で、年の頃は十五、六といったところ。眉の高さに切り揃えられた真紅の髪は、染めているようだった。後ろ髪は短く、左右をリボンで結んでいる――これはなんという髪型なのか、ジルは知らない。顔立ちは端整なのに、なにやら血色の悪い半眼がぬらついていた。

 そこまではともかくとして――

 着ているのはブラウンのジャケット。ボタンをはずしていて、前が大きく開けているのだが――その下にあるべきシャツがない。白いブラジャーと、おへそが丸出しである。

 ボトムは、黒のティアードスカートをはいていた。これもまた妙に頼りなく、短い。ちょっとでも裾が浮いたり角度がつけば、下着が丸見えになるだろう。

「ガインだ」

 パタミンに続いて名乗ったのは、かなり筋骨隆々とした男。刈り揃えた黒髪が、いかにも漢臭い。ジルよりも頭ひとつ背が高く、肩幅も五割増しはありそうだった。

 頭の悪そうなパタミンと違って、こちらはごく普通のワイシャツ姿である。

 そんな二人に一瞥をくれ、ジルは心持ち警戒を強めた。

 見た目がいかついガインはもちろんのこと、残念な娘にしか見えないパタミンですら、まったく隙というものがない。

 彼等は雇われであり、滅亡真理教の者ではかった。クレネストを監視するため、それなりの手練れを用意するとなると、外部の別組織に依頼するしかなかったのだ。もちろんカタギなどではない。

 リギルは新聞をたたみ、

「ご苦労さん。それで、何か変わったことはあったのか?」

 部屋に入ってきた二人を見上げながら、座ったままで尋ねる。ジルも窓から離れ、その傍に寄った。

「いやぁ町中オバケだらけでぇ、お目当ての女の子も忙しそうだったよぉ」

 高くて甘ったるい声音なのに、どこかねちっこい口調でパタミン。言ってるのは、当然クレネストのことである。

 監視役はこの二人を含めて他にも数人――交代制で行っているようだった。

「あの娘は、しばらくあの調子だろうが……ちょっとな」

 腕組みをしながら、何か情報を付け足そうとしているガイン。

 リギルが片眉をあげて尋ねる。

「どうした?」

「なんか知らんが、俺達以外にも尾行している奴等がいるみたいだぞ」

 その言葉に、ジルとリギルは顔を見合わせた。 

「その様子だと、あんたらが雇った別組織ってことはなさそうだな。素性は不明だが、向こうも単独ではない。心当たりは?」

 首を捻りながら後ろ頭を掻いて、面倒くさそうにガインが問う。

 しばしの間、リギルは唸って――

「レグニオル社の……いや、あの黒いチビがクレネストにくっついている以上それはないか。むしろ共同で何かをしていることも考えられるし――とすると、心当たりがないな。まぁ俺以外にも、あの娘に目をつけている奴がいたところで、なんら不思議ではないが」

 それを聞いたガインは、大きな溜息を漏らした。

「滅亡主義者さん達の事情は知らんけどな……どっちにしてもやりにくい。多分、あちらさんも気が付いているとは思うんだがね」

「うんうん、あ~たしのことぉ~、いやらしい目でチラチラと見てたしねぇ~」

 横からパタミンが、楽しそうにヘラヘラと笑って言う。

 ジャケットの前をおっぴろげて”見せつけてくる”彼女に、リギルはこめかみを引きつらせたが、

「どうする? いっそ数人とっ捕まえて、素性を吐かせるかい? 別料金になるけどな」

 こちらは慣れたように聞き流し、マイペースにガインが話を進めてきた。

「そっちの方には興味ねぇよ。なにもしてこないなら、とりあえずほっとけ」

 少しも思案する様子はなく、ひらひらと手を振って即答するリギル。

 ガインは口をへの字に曲げ、大きな肩を竦めた。

「まったく……いちいち邪魔なのが沸いてくるんだよな……」

 リギルの横でボソボソと、不貞腐れたようにジルは漏らす。

 濃霧にゴースト、そして別の尾行者――どうしてこう、なにかと余計なモノが割り込んでくるのだろうか。

「邪魔くせーならぁ~、いっそのこと消しちゃえばいいんじゃないっスかねぇ~?」

 と、なかなか能天気に言ってくれるパタミン。それが簡単にできるのなら、わざわざ彼もボヤかない。迂闊に仕掛けて、余計に面倒くさいことになっては本末転倒。

「お前達は自分の仕事だけしていればいい。そいつらを消すかどうかは今後の動き次第だ」

「へいへいへい~」

 億劫そうなジルに対して、軽い調子でパタミンが返してくる。返事を連呼するところが微妙にウザくて、ジルは眉根を寄せた。

「なら、そういうことで監視を続けるが……なんでそんなに大人気なのかね? あの娘は」

 飽きれた調子で口にするガイン。理解に苦しむといった態度も無理はないだろう。

 星導教会に、星動力の枯渇を食い止める切り札があるのだとしたら、滅亡主義者としては放ってはおけない――というのは半分建前で――リギルの作品制作に必要な術式について、クレネストが何かを知っているかもしれない――という彼の期待によるものでもあった。ジルはそれに付き合わされているだけである。もちろん建前の方も、全く考えなくてよいわけでもなかったが……

 そのことを、今回雇った彼等には伝えていないし、伝える必要性もない。伝えたところで意味はないし価値もない。星の滅びそのものを信じること自体が、一般的には荒唐無稽な話であるからだ。

「ふん……お前等に伝えたところでわかるまいが、ひとつだけ教えてやろう」

 予想に反してリギルは、そんなことを言いだした。思わずジルは見下ろす。彼もこちらをチラっと見上げるが、そのまま構わず続けた。

「今、大陸中を騒がせている”巨大な柱”の事は知ってるよな? あの娘はそれに関わっている可能性がある。我々はそのことについて、非常に興味があってな」

「ほーう、そりゃまた」

 ガインが片眉を上げて、意外そうに声を漏らす。その一方で、どこか得心がいったように、三回ほど小さくうなずいた。

「そいや、あれは破滅の使者だ~とか言って~、あんたらの同類項みたいな連中がさわいでたもんねぇ~」

 こちらはパタミン。他の馬鹿どもと一緒にされるのは心外だったが、言い返して煽られると余計にウザいので、ジルはあえて無視する。リギルもタバコに火をつけるだけで、聞き流していた。

「つまりはアレに、星導教会やおたくらが関係しているってことか?」

 尋ねてくるガインに、

「そんなところだな」

 リギルは端的に返す。

 滅亡主義者が関係しているわけではないが、そこは訂正しようとしない。

「……こいつはひょっとして……下手に深入りしない方が良さそう系って奴か?」

「お前達が余計なことをしなければ、厄介ごとに巻き込まれる心配はないから安心しろ」

 気楽に聞こえる声音だが、まるきり警告としか思えないリギルの言葉。

 一気にガインの表情が強張った。

「い、いや……俺達は別に、頼まれた以上のことをする気はないからな」

 と言って両手の平をかざし、その巨体がドン引きしている様子。

 まぁ――あんな柱に関わるなど、普通はかなり気色悪い話であろう。

「ああ、それが賢明だな」

 にやりと満足気な笑みを返しつつ、リギルが言った。底意地悪く、相手の反応を楽しんでいるようである。

 その気配を察したのかどうかは分からないが、なんにせよガインは咳払いを一つ、

「今はとりあえず、そんなところだ……何か動きがあったらすぐに知らせるよ」

「ふむ」

「それじゃ、またあとでな」

 挨拶を残し、きびすを返した。そのまま彼は、出入り口の方へと足を向ける。

 非常にわかりやすく、オカルティズムには関わりたくないという態度が見て取れた。

「またね~!」

 パタミンの方は、あまり深く考えていなさそうだが――きどった腰つきでお尻を強調させながら、ガインに続いていった。

 部屋から退室する二人。軽い音を立てて、ドアが閉まる。

(……リギルは口が上手いな)

 彼等があっさりと納得したことに、ジルは感心していた。

 滅亡主義者なら、そういう依頼をしてきてもおかしくはない――という形での納得を、彼等にさせたのだ。

 勘ぐって仕事されるより、ある程度理解してもらったほうが、仕事に専念してもらえるとリギルは考えたのだろう。

「俺達以外に、クレネストをつけている奴がいる……か」

 ジルの感心をよそに、鼻と口から煙を吹きながら、リギルが喋りだす。

「ただの誘拐目的で、迂闊に手をだして勝手に自滅すりゃいいのにな」

 冗談めかして続けた彼の言葉に、ジルは心の底から同意した。

 夜になっても霧は、一向に晴れる気配がなかった。ゴースト現象も、未だ収まっていない。

(これはいったい、どうなってるんだ?)

 昼間と同じ部屋――その窓から外を眺め、この不可解な状況にジルは目を細めた。

 ゴースト現象とは、自然界で偶発する天然の術式であり、その暴走が原因である。偶発する原因までは解明されていないが、自然現象の一種であることだけがわかっていた。

 通常は、ごく稀に小規模で発生し、短時間で収束する。長期化したとしても、半日とは続かない。術の発生点を特定し、消去することでも対処は可能である。

 つまりは、星導教会が対処にあたっている以上、それほど長引くこともない――そのはずだったのだが――

(妙に手間取っているな)

 観察していた限りでは、減ったり増えたりを繰り替えしているように思えた。まるで、駆除しても駆除しても湧いてくるかのように。

(発生源を特定できていないのか?)

 そう考えてみるものの、発生源の特定はそう難しいものでもない。仮に特定できなかったとしても、こんなに長続きするなど聞いたことがなかった。

 ジルはしばし、ぼーっと考えていたが、

「いや」

 ぽつりと漏らし、珍しく笑みを浮かべた。本当に……何年ぶりの笑みだろう? 長いこと忘れてしまっていた――喜々とした感情というものを、少しばかり思いだす。

「これはいよいよ、星が狂い始めてきたということかもしれないな」

 他に誰もいない部屋の中――陰湿に独りごちてから、ジルはカーテンを閉めた。

←小説TOPへ / ←戻る / 進む→