(31年3月号の院内紙「はぶ医院の健康情報」に掲載されたものです。)
戦前、肺炎は、結核、胃腸炎と並んで日本人の主な死因の一つでした。その後、抗生物質の進歩に伴い肺炎による死亡は著減し、一時克服されたかに見えました。しかし、1980年代になると再び増加に転じ、2011年以降は、癌や心臓病に次いで日本人の死因の第三位となっています。その理由として、高齢化に伴う院内肺炎や誤嚥性肺炎の増加が挙げられます。
院内肺炎とは、肺炎以外の疾患で入院した後に病院内での感染が原因で発症した肺炎を言います。病院内の細菌は、既に多くの抗生剤による治療を受けて生き残った細菌であるため、抗生物質の効きにくい耐性菌であることが多く、院内肺炎は、しばしば、治療に難渋します。また、院内感染を発症する患者様の多くが、癌などの元々入院となった疾患のために免疫力が低下していることも、院内肺炎が難治性である理由です。
肺炎による死亡が増加した最大の原因は、誤嚥性肺炎の増加と考えられています。誤嚥性肺炎とは、加齢に伴い嚥下機能が低下し、細菌を誤嚥することで発症します。嚥下機能の低下は、加齢以外にも脳梗塞やパーキンソン病の合併、時に内服中の薬剤の副作用でも起こりますので注意が必要です。肺炎は、食事中の誤嚥よりもむしろ睡眠中の唾液の誤嚥が、原因で起こります。したがって、とろみ食など食事形態を考えるだけでなく、入れ歯の手入れや口腔ケアも大切です。胃ろうによる栄養管理は、嚥下機能低下による窒息を防ぐ効果はありますが、高齢者では、胃から食道への逆流が容易に起こるため、誤嚥性肺炎を防ぐ効果は、十分ではありません。誤嚥性肺炎は、種々の細菌が原因で起こりますので、肺炎球菌ワクチンのみでは、防ぐことはできません。しかし、肺炎の原因菌の第一位は、肺炎球菌であることから、肺炎球菌ワクチンは肺炎の予防にある程度有用と考えられます。また、高齢者は、インフルエンザに感染した後に肺炎を発症することも多く、インフルエンザワクチンも肺炎の予防に有用と考えられます。
結核は、過去の病気ではありません
現在、多くの人は、肺結核を抗生物質で治癒する過去の疾患と考えているかも知れません。しかし、地球上で毎年900万人が結核を発症し150万人が結核のために死亡しています。日本では、人口10万人あたり16.1人が結核を発症しています。これは、米国の3.1人に比べると4倍の数であり、日本は、先進国の中では未だ結核の多い国と言えます(2013年の時点)。結核菌に感染すると、一部の人は、直ぐに結核を発症しますが、多くの人は、免疫力により発症せず、結核菌を体内に閉じこめた状態で一生を過ごされます。この場合、結核菌は、持続性残菌として体内で生存し続けます。そして、一部の人で、免疫力が低下してきた時に、結核を発病することになります。このような理由で、免疫力が正常な人は、結核菌に感染しても9割の人は生涯発症せずに経過します。
結核菌は、免疫力が低下してきた時に再び活動するため、高齢者や免疫力の低下する疾患のある患者様で、高率に発症します。結核の発症率は、糖尿病があると3倍、胃を切除すると5倍、多量の喫煙をすると2.2倍、血液透析を受けると10〜15倍、関節リウマチなどで免疫抑制薬を内服すると11.9倍、珪肺などの呼吸器疾患があると30倍、エイズウイルスに感染すると110倍、エイズを発症すると170.3倍に上昇します。
(28年12月号の院内紙「はぶ医院の健康情報」に掲載されたものです。)
65歳以降の5歳刻みで、肺炎球菌ワクチンの接種費用に対する国からの補助があります。
河内長野市では、市から補助を追加することにより、65歳以上のすべての人が肺炎球菌ワクチンの補助の対象になっています。肺炎球菌ワクチンは、1927年に米国のメルク社により開発され、その後改良が重ねられ、1983年には、現在の23価のワクチンが米国で認可されました。この昔からある肺炎球菌ワクチンが、なぜ、今注目されているのでしょうか。それは、抗生物質の発達にも関わらず肺炎による死亡が減少せず、癌、心臓病に次ぐ、日本人の死因の第三位となっているからです。
肺炎は、しばしば、インフルエンザ感染後の荒れた気道に細菌が感染することによってもおこります。このため、肺炎球菌ワクチンは、単独でもその有用性が証明されていますが、インフルエンザワクチンと併用することによりさらに効果が増すことが分かっています。スウェーデンで行われた65歳以上の高齢者258,754人を対象とした研究では、肺炎球菌ワクチンとインフルエンザワクチンの両方を接種することにより、肺炎による死亡が35%減少したことが報告されています。
しかしながら、肺炎球菌ワクチンにも、多くの限界があります。まず、ワクチンを打っても肺炎球菌に感染し、肺炎を発症することがあります。また、肺炎球菌は、肺炎の一番多い原因菌ではありますが、それ以外の様々な細菌も肺炎の原因となります。残念ながら肺炎球菌ワクチンは、肺炎球菌が原因で発症する肺炎にしか効果がありません。高齢者の肺炎は、他者からうつされるのではなく、口腔内の細菌を誤嚥して発症することが多いことが分かっています。したがって、肺炎による死亡を防ぐには、口腔内を清潔にして睡眠中に口腔内の細菌が肺へ誤嚥するのを防ぐことが大切です。また、食事を誤嚥して肺炎を発症することがありますので、食事の時にむせている人には、お茶や食べ物にとろみをつける工夫も必要です。この他、栄養状態をよくしておくと、たとえ誤嚥しても肺炎を発症しにくくなります。誤嚥を減らすお薬もありますので、食事の時にむせることがあれば、診察時にご相談ください。
誤嚥性肺炎を防ぐには、食事の姿勢や口腔ケアが大切です
(27年10月号の院内紙「はぶ医院の健康情報」に掲載されたものです。)
人類の歴史は、細菌感染症との戦いでした。しかし、抗生物質の進歩により、赤痢やコレラなどの腸管感染症は制圧され、結核による死亡数も激減しました。ところが、肺炎による死亡者数は、逆に増加しており、脳卒中を抜いて第3位になっています。これは、高齢者の誤嚥性肺炎が増加しているためです。誤嚥性肺炎は、加齢、脳梗塞、パ−キンソン病などにより嚥下機能が低下し、口腔内の雑菌や食物を誤嚥することにより発症します。それを防ぐには、食事の時は、足をしっかりと床に着け、前屈みの姿勢になることが大切です。テレビを見ながら食事をする場合は、テレビを低い位置に置き、食事中に顎が上がらないよう注意します。飲み込む時にはしっかりと口を閉じて嚥下して下さい。むせる人は、しっかりと息を止めてゴックンするようにしましょう。一度飲み込んだ後にもう一度追加嚥下すると、誤嚥が少なくなります。食事の介助をする時は、介助をする人が隣に座り、下からスプ−ンを出すようにしましょう。食事をする人が介助者を見上げる形で食事をすると誤嚥につながります。また、しっかりと嚥下をしたことを確認してから次の食事を口に運ぶようにしましょう。誤嚥性肺炎は、睡眠中に口腔内の雑菌が気管に入ることによっても発症します。従って、寝る前に入れ歯をはずし、口腔内をきれいにしましょう。
高齢者は、肺炎を起こしても高熱が出るとは限りませんし、咳のあまりでないこともありますので、御注意下さい。肺炎の1/3〜1/4は、肺炎球菌によるものです。河内長野市では、65歳以上の方全員に肺炎球菌ワクチンに対する補助がありますので、御希望の方は受付でご相談下さい。また、高齢者の肺炎は、インフルエンザで荒れた気道に細菌が感染することによっても発症します。このため、高齢者は、インフルエンザの予防注射も接種しておかれることをお勧めします。
英国では、冬に暖房のため燃やした石炭の煙を吸うことにより咳や痰が出現する疾患があり、慢性気管支炎と診断していました。一方、米国では、煙草を吸う人の一部で肺機能が低下し、息切れが出現する疾患が知られており、肺気腫と呼んでいました。現在、両者は、似通った病態であり鑑別が難しいことから、ひとつにまとめてCOPDと呼んでいます。COPDは、発展途上国への喫煙習慣や大気汚染の広がりと伴に増加しており、今後、世界の死因の第3位になると予想されています。日本人のCOPDは、ほとんどタバコが原因ですので、先ず、禁煙が大切です。
COPDの早期発見には、スパイログラムによる呼吸機能検査が有用です。胸部X線では、よほど重症にならないと変化が現れません。胸部C Tは、胸部X線に比べて数十倍の被爆があるため、スクリ−ニング検査としては、お勧め出来ません。最近、駅の階段などで息切れがするようになった、風邪を引いていないのに咳や痰がみられるなどの症状のある人は、呼吸機能検査を受けてみて下さい。呼吸機能検査は、当院でもおこなっていますので、御相談下さい。
COPDの吸入薬は、気管支を拡張し、痰を切れやすくすることにより咳を鎮めます。また、栄養状態を良くし、リハビリテ−ションにより筋肉をつけることも大切です。それでも改善しない場合には、在宅酸素療法をおこないます。COPDの患者様が、呼吸器感染をおこすとしばしば致命的であるため、インフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンは、接種しておくことをお勧めします。
咳とともに体外に排出された結核菌は、最大24時間生きたまま空気中をさまよいます。
結核菌が肺に入ると、マクロファ−ジなどの白血球により排除、殺菌されますが、頻回、大量に結核菌を吸入すると生き残った結核菌が、体内で増殖し感染が成立します。
結核に感染しても、直ぐに発病するわけではなく、約8週間で結核菌に対する免疫が成立し、結核菌を局所に閉じこめてしまいます。このうち、90%の人は、一生、結核菌が増殖することはなく、結核を発病しません。しかし、感染した人の内、6〜7%は、感染成立2年以内に体内で結核菌が増殖し、結核を発病します。また、3〜4%の人は、感染成立後、長年経ってから結核を発病します。
現在、世界の3人に1人は、結核に感染しており、決して、過去の病気ではありません。現在の結核治療の問題点を探ることにより、現在の医療の問題だけでなく、社会問題までもが見えてきます。
まず、発展途上国では、先進国に比べて、結核対策が不十分であるため、克服出来ていません。米国では、エイズに感染し免疫力の低下した人達が、しばしば結核を発病します。この場合、自分の免疫力が弱いため、抗結核薬が効きにくく、使っているうちに抗結核薬の効かない耐性菌が出現します。
最近、抗結核薬が効かないため手術が必要になる肺結核が、一部にみられます。BCGによる免疫は、長く続きません。現在の子供達は、結核菌に対する免疫がない子が多く、先生が結核になり児童に感染させることも時にみられます。また、老人ホ−ムやデイサ−ビスでは、老人が集団生活をするため、そこで結核が蔓延することもあります。実際、数年前に近隣の市の老人ホ−ムで結核感染者が、大量発生しています。
大阪は、西成区のあいりん地区に結核患者さんが多いため日本で最も結核の多い県です。
結核を治癒させるためには、長期の内服が必要ですが、あいりん地区では、元気になると完治していなくても治療を中断し人にうつす人が多いと言われています。
最近、若い頃に感染した結核が、高齢になり糖尿病、透析、ステロイドの治療、癌などで免疫が低下した時に発病する人が増えています。このため、結核で死亡する高齢者は、珍しくありません。
日本は、欧米に比べ結核患者さんが多く、結核中進国と言われています。
結核を克服するため、保健所では、年1回の胸部X線による健診と2週間咳が続いた場合の胸部X線撮影をお勧めします。
肺炎は、日本人の死因の第3位です。
(25年2月号の院内紙「はぶ医院の健康情報」に掲載されたものです。)
人類の歴史は、感染症との戦いでした。抗生物質が普及する昭和20年代までは、結核、赤痢やコレラなどの消化管感染症、肺炎などが主な死因でした。抗生物質の普及に伴い細菌による感染症は、克服されたかのうように見え、癌、脳卒中、心筋梗塞が三大死因として問題となりました。ところが、肺炎は、抗生物質の発達にもかかわらず克服されることはなく、平成23年には脳卒中を抜いて死因の第3位に浮上してきました。
何故、肺炎は、克服されないのでしょうか。その理由は、高齢者の誤嚥による肺炎が、増加しているためと考えられます。90歳以上の男性に限れば、肺炎は、死因の第一位となっています。そしてその9割は、誤嚥性肺炎とも言われています。
誤嚥性肺炎とは、嚥下機能が低下したために唾液などが気管に入り感染を起こすことにより発症します。食事中にむせて食物を誤嚥して起こるというよりは、夜寝ている間に唾液を肺に誤嚥し発症することが多いと考えられています。パ-キンソン病や脳梗塞の後遺症があると、嚥下機能が低下し、誤嚥がさらに起こりやすくなります。誤嚥性肺炎は、再発を繰り返すため、抗生物質だけで治癒させようとすると、次第に抗生物質の効きにくい菌が優位となり、益々治療困難となっていきます。このため、誤嚥性肺炎を克服するには、様々な工夫が必要です。筋力が低下すると誤嚥を起こしやすくなるので、ベッド上の安静は、出来るだけ短期間とし、ベッド上よりは車椅子というふうに少しでも活動度を上げていくことが大切です。食事をする時は、頭を出来るだけ前屈した姿勢で摂取するようにしましょう。食事の後は、直ぐに横になると胃の内容物が食道に逆流してきますので、食後数時間は座位を保つことが理想的です。
また、水やお茶も、案外誤嚥しやすいので、嚥下機能に問題がある場合はとろみを付けるなどの工夫が必要です。夜間睡眠中の唾液の誤嚥による肺炎を予防するには、寝る時は入れ歯を外して口腔ケアをおこない口腔内をきれいにしておくことも大切です。
最後に、誤嚥性肺炎であっても、その一部は肺炎球菌によるものですので、肺炎球菌ワクチンは誤嚥性肺炎の発症を減らすと考えられています。
肺癌は今後も増加を続けます
(23年8月号の院内紙「はぶ医院の健康情報」に掲載されたものです。)
2008年、66,847人が肺癌により死亡しており、肺癌は癌による死亡原因の1位となっています。
近い将来、以前の肺結核の死亡者数と同程度の人数が、肺癌で死亡すると推定されます。欧米では、肺癌の死亡者数は減少してきていますが、日本では、胸部CTや抗癌剤の進歩にもかかわらず増加の一途を辿っています。その原因は、1960年代から1970年にかけて日本人男性の喫煙率が欧米に比べて高かったことが影響しています。当時、喫煙を始めた人達が、30〜50年間タバコを吸い続けた結果、現在、肺癌を発病していると推定されます。最近、ようやく男性の喫煙率は低下してきていますが、女性の喫煙率は、むしろ上昇傾向にあります。同じ喫煙量であれば、女性の方が男性より肺癌を発症しやすいことが分かっており、今後、女性の肺癌の増加が危惧されます。また、喫煙をしないからといって安心できないのが、肺癌です。これは、職場や家庭での間接喫煙、大気汚染、アスベストなど他の因子も発癌に関与しているためと推測されています。
肺癌は、大腸癌や乳癌に比べると死亡率の高いのが特徴で、肺癌と診断された人の8割以上の人が肺癌で亡くなられます。これは、症状が出た時にすでに転移があるなどの理由で手術出来ないことが多い、扁平上皮癌や腺癌では、抗癌剤が効きにくい、小細胞癌では、進行が早いなどがその理由と考えられます。胸部X線では、小さい癌は写らないため、早期肺癌を検出できにないことが多々あります。これに対し、胸部CTは、より有効ですが、胸部X線に比べて被爆量が数十倍多くなります。最近の抗癌剤は、以前よりは有効率が高くなっていますが、何度か投与していくと効かなくなることが多いようです。
当院では、癌末期の患者様に対して訪問診療を行っています。肺癌以外の癌では、数年間訪問診療を行った患者様も何人かおられますが、肺癌の場合、多くは、訪問診療を始めて1ヶ月程で亡くなられます。現在のところ、喫煙者を1人でも減らすことが、肺癌を征圧するために私たちが行える最大の対策のようです。
高齢者の肺炎は、癌や心筋梗塞等と同様、死につながる疾患です。
(23年1月号の院内紙「はぶ医院の健康情報」に掲載されたものです。)
肺炎とは、肺にウイルスや細菌が感染し炎症を起こす疾患を言います。肺炎は、癌、心臓病、脳卒中に次いで、日本人の死因の第4位です。今回は、命を奪うこともある肺炎を如何に予防するかを考えてみましょう。
肺炎の経過は、罹患した人の年齢や感染した菌の種類により様々です。若い人には、マイコプラズマ肺炎等の非定型肺炎と言われる肺炎が多くみられます。マイコプラズマ肺炎は、頑固な咳が長く続き、しばしば、家族内での感染がみられますが、マクロライド系と言われる抗生物質が良く効くため、外来で内服薬により治癒することの多い肺炎です。
これに対し、肺炎球菌やインフルエンザ桿菌による肺炎は、しばしば、風邪やインフルエンザ等のウイルス感染に引き続き発症し、糖尿病や寝たきりのため免疫力が低下していると、しばしば、難治性となります。高齢者では、死亡することもあるため、インフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンの接種が勧められます。
高齢者には、気管支拡張症、慢性気管支炎、肺気腫等の肺の疾患があり、緑膿菌のような抗生物質の効きにくい菌が肺に住み着いている人も多くいます。これらの菌が増殖し肺炎を起こすと、抗生剤が効きにくい上に、元々肺に予備能力がない人が多いため、致命的になる場合があります。
脳梗塞の後遺症などで嚥下機能が低下していると、食事中にむせて食物が肺に入り、誤嚥性肺炎を引き起こすことがあります。80歳以上の人の肺炎の8割が誤嚥性肺炎であるとの報告もみられます。
口の中にはたくさんの細菌がいますので、寝ている間に唾液を気管に吸い込むだけで誤嚥性肺炎は起こり得ます。口の中をきれいにしておくことも高齢者の肺炎の予防の為には、大切です。
入院中に病院内の菌に感染し肺炎を起こした場合も危険です。入院中は、抵抗力が弱っている上に、病院内の細菌は、抗生物質を使って治療されても生き残っている菌であり、MRSA等の抗生物質の効きにくい菌が多いからです。
最後に高齢者の肺炎で忘れてならない病気に肺結核があります。若い頃に結核に罹患し治っていても、高齢になり抵抗力が弱ると再燃することがあります。半月以上咳が続く場合は、結核の可能性もありますのでレントゲン検査を受けた方が良いと言われています。
COPD(慢性閉塞性肺疾患)は、高齢者の咳や息切れの大きな
原因です.(タバコと大気汚染が造ったCOPD)
(19年4月号の院内紙「はぶ医院の健康情報」に掲載されたものです。)
鼻や口から入った空気は、気管に始まる気道を通り、23回枝分かれして、ガス交換を行う肺胞と呼ばれる小さな嚢に至ります。以前は、気道が炎症を起こす慢性気管支炎と肺胞が炎症によって破壊される肺気腫に分類していましたが、原因が同じであり、2つが合併することも多いため、最近では、COPD(慢性閉塞性肺疾患)と総称しています。COPDの8割から9割は、喫煙が原因です。遺伝的にタバコを吸うとCOPDになりやすい体質の人がタバコを吸った時、COPDを発症します。その他、発電所、ディ−ゼルエンジンの排気ガス、石油精製所などの大気汚染も原因となります。
COPDは、はじめは無症状に進行するため、早期発見には、検診が必要です。胸部X線は、初期の病変を捕らえることが出来ませんので、肺機能検査で肺活量や一秒量(一秒間に吐き出せる空気の量)を測定し、診断します。また、CTにより、病変の広がりを知ることが出来ます。COPDの主な症状は、咳、痰、息切れです。
COPDでは、重症になると、肺の弾力性が失われることや気道に痰がからむことから、呼吸時にたくさんのエネルギーを消費すること、息切れにより活動が制限され筋肉を使わないことなど多くの要因が重なり、筋力が低下してきます。筋力の低下は、活動のさらなる制限を招き、さらに筋力を低下させる悪循環をきたします。
気管支拡張剤や去痰剤は、咳によるエネルギーの消費を抑え、息切れを軽減して、活動度を上げることにより悪循環を抑えます。リハビリテーションで、筋力を付けることも、活動度を上げ、呼吸困難感も軽減します。食事は、高エネルギー、高蛋白食とし、筋肉を増加させることが大切です。進行した場合は、在宅酸素療法の適応となります。家に、酸素を造る機械を備え、外出時には、小型の酸素ボンベを携帯します。最近では、主に夜間睡眠中、非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)と呼ばれるマスクを使った人工呼吸器を付ける治療も家庭でおこなえるようになりました。そのほか、COPDでは、呼吸器感染が、入院や死亡の誘因となるため、インフルエンザや肺炎のワクチンを摂取し、膿性痰の増加、呼吸困難の増悪、発熱などの見られた場合には、早期に医療機関を受診することも大切です。
日本のタバコの消費量は、1950年頃までは、年間500億本以下でした。しかし、1980年には、年間3000億本まで増加、その後は、横ばいとなっています。戦後の喫煙率の増加が、現在のCOPDの増加を招いています。COPDは、禁煙しても軽快しませんが、病気の進行を抑えることは可能です。COPDは、タバコと大気汚染が造った疾患です。喫煙者に咳、痰、息切れが見られるときは、年のせいと考えず、COPDを疑い内科医にご相談ください。
肺癌といかに闘うか
(18年10月号の院内紙「はぶ医院の健康情報」に掲載されたものです。)
我が国では、悪性腫瘍が、1985年以降、死因の第一位を占めており、肺癌は、1993年以降、男性の癌による死亡原因の第一位となっています。1960年代、男性の喫煙率が80%を超えていた影響が、今、出てきていると言えます。
肺癌には、小細胞癌と言われ、放置すれば数ヶ月で死亡する癌と、腺癌や扁平上皮癌と言われる非小細胞癌とがあります。
小細胞癌は、進行が速いため、手術で治ることはまれですが、抗癌剤が比較的有効で、5年以上生存する場合もあります。しかし、平均すれば、抗癌剤治療での進展型症例の生存期間の中央値は、10ヶ月であり、満足できる数字ではありません。
非小細胞癌も、胃癌や大腸癌に比べ早期発見が難しく、手術が出来る段階で発見できるのが、全体の3分の1、手術をしたうちで治癒するのが、さらにその中の3分の1と言われており、手術により治る肺癌は、全体の十数%にすぎません。非小細胞癌は、抗癌剤の効果も乏しくW期と言われる末期癌では、抗癌剤を投与したことによって延長される生存期間はわずか6〜8週です。分子標的治療薬イレッサも副作用の間質性肺炎による死亡が多発し、あまり使われなくなりました。
胸部X線では、1 cm以下の癌を見つけるのは困難ですが、1cm以下の非小細胞癌でも、すでに1割程度がリンパ節転移を来しています。
喀痰細胞診は、気管の入り口にできたCTにも写らない小さな癌を見付けることがありますが、気管枝末梢の癌は検出困難です。
胸部CTは、6 mm以上の大きさの癌であれば95%検出出来ます。しかし、CTは、胸部X線の数十倍の被爆量があり、日本人の癌の約3
%は、CTによる被爆のために発生しているとも言われていますので、頻回に行うわけにはいきません。
血液の腫瘍マ-カ-のうち、最も感度がよいといわれているCYFRA21-1でも、非小細胞癌の検出感度は約50
%にすぎません。
最近注目されているFDG−PETも、日本人に多い腺癌の早期診断では、CTよりも劣っているようです。また、気管支鏡は、気管枝の末梢までは細くて挿入できないため、肺野型肺癌のこれによる確定診断の感度は約70%しかありません。
現時点では、肺癌は予防に力をいれるしかないと思われます。喫煙、アスベストの吸入歴、肺気腫、気管支喘息が、肺癌を増加させますので、禁煙し、肺気腫や喘息は治療して下さい。また、2週間以上咳が続く、血痰が出たなどの場合は、必ず、医療機関でご相談下さい。
アスベスト肺(石綿肺)
(17年8月号の院内紙「はぶ医院の健康情報」に掲載されたものです。)
最近、アスベスト(石綿)を吸入したため、悪性中皮腫を発症し死亡した人が多数いることが分かり、注目されています。
石綿は、繊維状物質で、径3μm以下と小さいため、肺の奥まで達し、長さ5〜100μmと細長いため、除去されにくいと言われています。肺に沈着した石綿は、マクロファージと言われる白血球に食べられ、食べたマクロファージは、線維化促進物質を放出します。これに伴い、肺は硬くなり、ふくらみの悪い、いわゆる間質性肺炎といった状態になり、これを石綿肺と言います。
間質性肺炎では、咳や息切れがみられ、進行すると、呼吸不全をきたし、死に至る場合もあります。この他、石綿曝露者の約10%に悪性中皮腫(胸膜という肺を包む膜に発生する悪性腫瘍)が、約20%に肺癌が発生すると言われています。
石綿産業従事者の衣類に付着した石綿繊維を家族が吸入し、悪性中皮腫を発症したことが、問題になっていますが、石綿の仕事に従事していない都市住民の肺に、石綿小体と言われる石綿由来の物質が高率に検出されるという報告は、以前からみられます。石綿取り扱い事業所周辺や運搬沿道の住民の曝露、住宅の絶縁体や断熱材の破損による曝露、石綿を用いた建物解体作業等が原因として考えられており、石綿の被害はかなり広範囲に及んでいると思われます。
問題になっているのはほとんどが、悪性中皮腫ですが、石綿のため肺癌で死亡した人は、悪性中皮腫よりも多いと推測されます。さらに、石綿による間質性肺炎は、悪性中皮腫よりはるかに高頻度にみられます。悪性中皮腫は、その半分が、石綿によって起こるため、因果関係が分かりやすく、表に出ていますが、肺癌は、喫煙なども原因となるため石綿を原因として特定するのは難く、また、間質性肺炎も、膠原病やウイルス感染など、様々な原因でおこり、石綿が原因であると特定できないため、表面化していないようです。
危険な石綿が、長期にわたり使われた原因が、健康より経済を優先した結果だとすれば残念です。
健康ブ−ムと言われていますが、健康食品を買うより、健康にとってもっと大切なものがたくさんあるように思います。
二週間以上続く咳は要注意
(17年3月号の院内紙「はぶ医院の健康情報」に掲載されたものです。)
咳は、風邪を引いた時、誰でも経験する症状なので軽視されがちです。風邪の後、気管が荒れた為に咳だけが残ることは、よくあります。荒れた気管の表面が修復されるのに一定の時間が必要であり、熱や喉の痛みなどが軽快し、体も楽になってきていれば、二週間位までは様子を見ていただいてかまいません。逆に、咳が、二週間以上続く場合は、原因を調べる必要があります。
マイコプラズマ肺炎や間質性肺炎(肺線維症)など特殊な肺炎は、必ずしも発熱を伴わず、咳だけが続く場合があります。気管支喘息は、通常、呼吸困難や喘鳴を伴いますが、軽症の場合は、咳だけがみられることがあり、咳喘息と言われています。
この他、最近注目されている咳の原因として、GERD(胃食道逆流症)に伴う咳があります。これは、夜寝ている時に、胃と気管が同じ高さになるため、胃酸がのどに逆流し、気管を刺激して咳をきたす疾患です。治療は、咳止めではなく、胃酸を押さえる薬を使います。
忘れてならないのは、肺結核です。日本では、年間4万人弱の肺結核患者が発生しており、高齢者では、死亡することも希でなく、決して過去の病気ではありません。
最後に、長く続く咳で、最も注意しなければいけない病気に肺癌があります。肺癌の初期症状として、咳が最も多く、この咳の段階で治療しないと手遅れになります。ところが、肺癌の咳は、喘息などの激しい咳とは違い、あまり苦痛を感じないため、痛みなどが出現してから受診するケ−スも多いようです。1998年以降、日本人の癌による死亡数の第1位は肺癌であり、二位の胃癌を上回っています。肺癌の3分の2は、診断された時、すでに手術不能なまでに進行しています。
胃癌が、検診の普及や治療法の進歩により、予後が改善してきたのに対し、肺癌は、未だ良い治療がみられません。保健所では、結核や肺癌を見逃さないため、二週間以上咳が続くときは、胸部レントゲンを撮影するよう勧めています。
