認知症の予防には、若い頃の高血圧の治療が有用

 (1年9月号の院内紙「はぶ医院の健康情報」に掲載されたものです。)

 これまでの研究で、若年期の高血圧は、中年期の認知機能の低下を招き、中年期の高血圧は、高齢期の認知機能の低下の原因となることが分かっています。中年期までは、血圧をできるだけ低く保つことが、高齢になってからの認知症を予防すると考えられています。しかし、高齢者の認知機能に与える影響は、一定ではありません。中年期の血圧が正常であった人は、高齢期になっても血圧を下げておくことは、認知機能の低下を防ぐのに有用とされています。しかし、若い頃から高血圧を放置し、すでに認知症を発症している患者様に対する降圧剤の処方が、認知症の進行を防ぐかどうかについては、一定の見解は、得られていません。その原因として、立ち上がった時に血圧が下がる起立性低血圧のある人や、一日の血圧の変動の大きい人は、認知症が進行することが知られており、下がりすぎにも注意する必要があるからかも知れません。また、中年期に認知症に影響を与える因子としては、主に、難聴、高血圧、肥満の3つですが、高齢期の認知症の進行に影響する因子として、喫煙、鬱状態、身体非活動、社会的孤立、糖尿病など幾つもの因子が関与してくるため、血圧の影響が少なくなるのかもしれません。

 現在、認知症を根本的に直すお薬はありません。今後の認知症患者様の増加を防ぐには、中年期の血圧を下げておくことが大切と考えています。また、高齢者の認知症に対する降圧の効果に関しては、議論があるものの、一般には、米国、欧州、日本の高血圧に関するガイドラインのすべてが、高齢者でも血圧をしっかり下げることが推奨されています。これは、最近、高齢者の心不全が増加しており、血圧を下げることが、例え高齢であっても心不全の悪化を防ぐ効果のあることが分かったからです。

 


認知症を疑ったら、かかりつけ医に御相談下さい

(31年4月号の院内紙「はぶ医院の健康情報」に掲載されたものです。)

これまでできていたことが、急にできなくなったり、もの忘れがひどくなった時に、誰もが認知症を疑います。その時に、何もしない人、病院を受診する人、介護保険を請求する人の3つの対応に分かれます。この場合、まず、医療機関を受診して頂きたいと思います。認知症の半分以上は、アルツハイマ-型認知症です。現在、アルツハイマ-型認知症の症状を改善するお薬はありますが、治癒させるお薬はありません。このため、どうせ治らないからと、医療機関を受診せず、介護保険だけ申請しされることがしばしばあります。しかし、認知症の中には、少数ではありますが、治る認知症があります。慢性硬膜下血腫による認知症は、手術をすれば治りますし、甲状腺機能低下症による認知症は、投薬により良くなります。また、脳梗塞による認知症であれば、治療をおこない、再発を防ぐ必要があります。医師でない人がそのような判断を下すことは、非常に困難ですので、認知症を疑った場合は、まず、かかりつけ医に御相談頂きたいと思います。

認知症の原因を調べる検査には、血液検査の他、脳の萎縮を診る頭部MRI検査、脳の血流を診る脳血流シンチグラフィ-、認知症の原因であるアミロイドがどれだけ脳に沈着しているかを診るPET検査などがあります。しかし、脳の萎縮や血流の低下は、認知症がある程度進行しておこる変化であるため、検査をすれば確実に診断がつくというものではありません。逆に、80歳以上の人になると、4人に1人が認知症になるというデ-タもあります。したがって、これらの検査を認知症の人全員におこなう必要もありません。症状その他から、明らかにアルツハイマ-型認知症と診断出来れば、詳しい検査は不要です。

最後に、認知症の人のもの忘れや幻覚に対して、どのように対処すべきかを考えたいと思います。もの忘れのために、あるものをどこかに置き忘れた場合、認知症の人は置き忘れたことを忘れているので、盗られたと考える場合があります。そのような場合は、どこかに置き忘れたのでしょうと言ってしまうと、さらに不信感が募りますので、一緒に探すなどの行為が必要です。また、幻覚を否定してしまうと、自分を否定されたと感じますので、否定せず、訴えを傾聴するということが望ましと考えます。


アルツハイマー型認知症治療薬の有用性と問題点
 (30年8月号の院内紙「はぶ医院の健康情報」に掲載されたものです。)

アルツハイマー型認知症に対する治療薬の有用性は、すでに確立されており、世界中で広く処方されています。日本神経学会が2017年に発表した認知症疾患診療ガイドラインに於いても、アルツハイマー型認知症に関する記載で、「 認知症治療薬には、有効性を示す科学的根拠があり、使用するように勧められる。 」 となっています。現在、日本では、85歳以上の高齢者の17%に認知症治療薬が処方されています。ところが、フランスで、今年8月から、認知症治療薬が医療保険の適応から除外され、認知症治療薬を内服される場合の薬剤費は、全額、自己負担となりました。その理由として、認知症のある高齢者が起こす徘徊や妄想等の行動障害に関する有用性が少ないこと、施設入所までの期間がお薬を使ってもあまり延長されなかったこと、内服しても死亡率に明らかな低下がみられなかったこと、食欲の低下、脈拍の低下、興奮する等の副作用が一部の患者様にみられることなどが、挙げられています。 アルツハイマー型認知症の薬剤は、減少した神経細胞を復活させるお薬ではありませんが、病気によって減少した神経細胞の働きを手助けすることで、低下した記憶力を回復させる作用があります。このため、内服によりもの忘れが、改善し、意欲を持つようになって元気になられる患者様も少なくありません。認知症治療薬の効果を最大限発揮出来るよう、当院では、認知症のお薬を処方するにあたり、以下の様な点に注意しています。認知症の原因疾患は、多数ありますので、お薬を使う前に血液検査やMRI等の検査をおこない、認知症治療薬の効果が期待出来るアルツハイマー型認知症等であるかどうかを診ておきます。また、食欲の低下やふらつき等の副作用がないか、患者様だけでなく御家族にもお聞きするようにしています。アリセプトなどの認知症治療薬には、意欲を回復させる作用がありますが、過剰になると患者様が興奮して介護が大変になります。したがって、認知症治療薬を使用する場合、お薬のさじ加減が、特に大切と考えています。


中年期での生活習慣病の改善と退職後の余暇活動が、認知症を予防する
(30年1月号の院内紙「はぶ医院の健康情報」に掲載されたものです。)

多くの人が、将来、認知症になって回りに迷惑をかけたくないとおっしゃられます。
今回は、認知症を予防するにはと言うテ-マで考えてみました。認知症を予防するためには、65歳以下の中年期での高血圧を予防することが大切と考えられています。コレステロ-ルに関しても、中年期での高コレステロ-ル血症が、将来の認知症を増加させることが分かっています。糖尿病だけでなく、空腹時血糖が正常で食後の血糖が高値を示す糖尿病予備群であっても、認知症の発症が増加します。但し、認知症の患者様の血圧や血糖を下げすぎると、かえって認知症を悪化することがあります。アルツハイマ-病は、自覚症状のない50歳頃から始まっており、認知症を予防するには、40歳代、50歳代での血圧や血糖の管理が大切です。また、メタボリック症候群があると、認知症の発症率の高いことも分かっています。40歳代、50歳代での肥満の予防も、認知症を予防する上でも大切です。但し、高齢での肥満は、認知症のリスクにはなりません。

喫煙は、認知症を増加させます。また、アルコ-ルも神経毒性があるため、大量の飲酒は、脳を萎縮させ認知症の原因になります。但し、少量の適度の赤ワインは、認知症の予防効果があると言われています。中高年の歩行スピ-ドの低下や握力の低下は、認知機能の低下と関連しています。
中高年の身体活動や運動習慣は、認知症の予防に役立ちます。また、運動は、認知症を発症してしまってからでも認知機能を改善する効果があると報告されています。退職後にゲ-ム、囲碁、麻雀、映画や演劇鑑賞、スポ-ツ、散歩、エアロビクス、友人に会う、ボランティア、旅行などの余暇活動をおこなうことは認知症を予防するという報告が、多くみられます。
九州大学がおこなっている久山町研究では、大豆、野菜、藻類、牛乳、乳製品の摂取は、認知症のリスクを軽減し、米の摂取量が多いと認知症のリスクが高まるとの結果でした。ご飯の食べ過ぎは、食後血糖を上昇させ認知機能を悪化させる可能性があります。


認知症の予防は、ます生活習慣の改善から
 

 (29年3月号の院内紙「はぶ医院の健康情報」に掲載されたものです。)

最近、認知症を予防するための生活習慣について様々なことが明らかになってきました。肥満、高血圧、脂質異常症、糖尿病等の生活習慣病は、認知症発症のリスクを高めますので、40歳代の若い頃からこれらの疾患を治療しておくことが大切です。また、運動習慣も大切です。

ある疫学調査で4,615人を4年間に渡り追跡した結果、全く運動しない人に比べて、歩行をこえる運動強度で週3回以上運動している人は、アルツハイマ-型認知症の発生頻度が半分に減少することが明らかになっています。食生活も大切で、魚に多く含まれる不飽和脂肪酸( DHA、EPAなど )、ワインに多く含まれる抗酸化作用を持つポリフェノ-ル、野菜や果物に多く含まれるビタミンE、ビタミンC、βンカロチンなども認知症予防の効果があると言われています。1日に3g以下しか魚を食べない人のアルツハイマ-型認知症を発症する危険度を1とした場合、18.5g以上の魚を食べる人が発症する危険度は0.3との報告もあります。また、野菜、果物、魚、オリ-ブオイル、豆類、穀物を多く摂取する地中海に住む人々の食事は、アルツハイマ-型認知症を減少させると報告されています。


高齢になっても知的活動を続けることも認知症の予防に効果があり、テレビ、ラジオ、新聞、本、雑誌、トランプ、チェス、クロスワ-ド、パズルなどには、認知症の予防効果があると考えられています。
ネズミの動物実験で、遊具の豊富な環境で飼育したマウスの脳内には、認知症の原因物質であるアミロイドβ蛋白質の沈着量が少なく、アミロイドβ蛋白質を分解するネプリライシンが多く生成されることが明らかになっています。
社会的な繋がりも重要であり、手紙や電話をしない人、めったに外出しない人、社交的でない人は、アルツハイマ-型認知症を発症しやすいと言われています。


認知症の原因物質であるアミロイドβの蓄積は、50歳頃にすでに始まっています。認知症の予防には、認知症を発症する前から、良い生活習慣を造っておくが大切と言えます。

 


認知症の治療に答えはありません  
(27年5月号の院内紙「はぶ医院の健康情報」に掲載されたものです。)

80歳以上の4人に1人は認知症と言われています。今回、認知症について是非知っておいて頂きたいポイントを2つ、3つ述べてみたいと思います。

認知症の原因として最も多いのは、脳細胞が変性し減少していくアルツハイマ-型認知症です。
アルツハイマ-型認知症には、お薬があります。しかし、残念ながらアルツハイマ-型認知症の薬は、減少した脳細胞を元に戻すお薬ではありません。残っている脳細胞の機能を高めることにより、物忘れを改善するお薬です。認知症が進むと、回りに関心が無くなり、新聞やテレビも見なくなります。そのために、頭を使わなくなり、さらに認知症が、進行します。筋肉を使わなければ、筋肉が衰えていくのと同じです。そこで、記憶力を高めるお薬を内服して頂き、意欲が高まり、回りのことに関心を持ち始めると、再び、良い方向に回っていきます。したがって、認知症のお薬は、根本的に治癒させるお薬ではないけれども有効であると考えて頂くのが、宜しいかと思います。

次に、認知症は一つの症状であり、その原因は、様々であるということを知っておいて下さい。アルツハイマ-型認知症以外にも、脳梗塞、慢性硬膜下血腫、正常圧水頭症、甲状腺機能低下症、ビタミンBの不足などでも認知症を引き起こします。脳梗塞は、血液をサラサラにするお薬を内服したり、血圧、血糖、コレステロ-ルなどを管理していくことである程度進行を防げます。
慢性硬膜下血腫や正常圧水頭症は、手術により治癒します。甲状腺機能低下やビタミンBの不足もお薬により良くなります。数は、多くありませんが、治癒する認知症もありますので、認知症が疑われたら、年のせいにせず、一度は、原因を検索すべきです。

認知症になると、物を盗られたと言って大騒ぎしたり、夜間徘徊して家族を困らせることも、珍しくありません。このような時、直ぐに強力な鎮静剤を使うことは、賛成できません。鎮静剤を使ったためにふらついて転倒し骨折をする、食事中ボ-として誤嚥による肺炎を引き起こすなどの危険があるからです。物を盗られたと言って騒ぐのは、置き忘れたからであり、一緒に探して見つけて上げれば納得するかも知れません。夜間徘徊するのは、昼間寝ているからかも知れません。朝、窓を開けて日光を入れ、服を着替えて頂きましょう。それでも改善しない時に鎮静剤を投与しても、決して遅くないと思います。

認知症の予防には、若い頃の 血圧、血糖、コレステロ-ルの管理が大切です

(24年12月号の院内紙「はぶ医院の健康情報」に掲載されたものです。)

認知症は、主にアルツハイマ-病、レビ-小体型認知症、前頭側頭葉変性症など脳神経細胞の変性によって起こる疾患と、脳梗塞、脳出血、くも膜下出血などが原因で起こる血管性認知症に分けられます。アルツハイマ-病は、最も多い認知症の原因で、記憶を司る海馬領域が障害されるため、昔のことは覚えているのに最近のことが思い出せないのが特徴です。加齢による物忘れは、昨日の昼食のメニュ-を忘れたと言う程度ですが、アルツハイマ-病では、食事をした1時間後に食事をしたこと自体を忘れていることがあります。また、買い物に行ってリンゴを買い忘れたと言うのは加齢によるもの忘れの範囲ですが、リンゴが家にあるのを忘れリンゴを買ってしまうことを繰り返し、冷蔵庫の中がリンゴだらけになっているのは、アルツハイマ-病の症状です。レビ-小体型認知症は、大脳皮質にレビ-小体が出現し神経細胞の脱落を来す疾患で、「小さな子供たちが家の中で遊んでいる」などの幻覚の訴えがあるのが特徴です。アルツハイマ-病やレビ-小体型認知症は、アリセプトなどの薬剤で進行を遅らせることが可能です。前頭側頭葉変性症は、前頭葉が障害されるため道徳観念の喪失や社会ル-ルの無視がみられ、葬式の最中に笑い出したり、道端での放尿、盗食、万引き、交通違反などがみられます。もの忘れが軽いと認知症と気付かれないこともあります。

正常圧水頭症(脳の回りにある脳脊髄液の吸収障害により引き起こされる認知症)や慢性硬膜下血腫(頭部外傷後の血腫により、外傷の1~3ヶ月後に現れる認知症)は、手術により、ビタミンB1、B12の不足や甲状腺機能低下による認知症も投薬により治癒可能です。高血圧、糖尿病、高コレステロ-ル血症は、アルツハイマ-病や血管性認知症の原因になります。認知症を予防するには、若い頃から、血圧、血糖、コレステロ-ル値を正常に保っておくことが大切です。また、運動不足、若い頃の頭部外傷、大量の飲酒も認知症の原因となります。最後に、認知症は、加齢による変化ではなく疾患です。また、その原因は、一つではありません。疑わしい場合には、早めに医師に相談し、原因を調べ、治療を受けることが大切です。

認知症は、老化ではありません。
(18年6月号の院内紙「はぶ医院の健康情報」に掲載されたものです。)


高齢者には、認知症になり介護を要する人と、その豊富な人生経験から、若い人よりも優れた仕事の出来る人がいます。この違いは、どこにあるのでしょうか。
最近、認知症の最大の原因が、アルツハイマー病とわれる疾患であることが分かってきました。85歳以上の5人に1人は、アルツハイマー病であると言われています。アルツハイマー病が、ドイツ人の医師により初めて学会で報告されたのは、1906年、今から百年前のことです。当時、痴呆と言えば梅毒性が主でしたが、脳の顕微鏡像を観察し、梅毒とは異なる像を報告、老人斑と名付けられました。梅毒は、野口英世によりその原因がスピロヘ-タと言う病原体であることが発見され、まもなく克服されたのに対し、アルツハイマー病にみられる老人斑の原因は、長年不明でした。最近になり、老人斑は、アミロイドβ蛋白という物質が主成分であり、アミロイドβ蛋白が脳細胞に沈着することにより、神経細胞の機能が傷害され、認知症をきたすことが分かってきました。アミロイドβ蛋白を取り除くためのワクチンが開発されており、有効性が証明されていますが、現在は、副作用のため使用出来ません。しかし、二十年以内には、実用化される予定です。現在、認知症に対して使用可能な薬剤として、アリセプトがあります。これは、記憶や認知障害を改善させる作用があり、著明な改善はみられませんが、介護負担を軽減する効果や進行を遅らせることにより施設への入所時期を送らせる効果があります。また、消炎鎮痛剤(痛み止め)、エストロゲン(女性ホルモン)、スタチン製剤(コレステロ-ルを下げる薬剤)にも、アルツハイマー病の予防効果が知られています。この他、運動は、老人斑を減少させるとの報告もみられます。


脳血管性認知症は、アルツハイマー病に次いで多い認知症の原因で、動脈硬化のため、脳血管の閉塞や狭窄が起こり、脳細胞への血液の供給が不足し、脳の働きが落ちる疾患です。高血圧、糖尿病、高脂血症、喫煙等は、動脈硬化を促進しますので、これらの疾患を若い頃から治療しておくことが、最大の予防になります。

この他、高齢者の甲状腺機能低下症は、脳代謝が低下し、周囲に無関心となるため、しばしば、認知症と誤診されます。また、老人では、軽微な外傷等で頭蓋内に慢性硬膜下血腫と言われる出血をおこし、血腫が脳を圧迫したため、認知症のような症状を来すことがあります。前者は、甲状腺ホルモンの内服により、後者は、手術により治療可能です。


認知症は、原因も、治療法も様々です。年のせいとかたづけず、まずは、医師にご相談下さい。