医療と介護を一つに 福寿のめざすもの
(26年10月号の院内紙「はぶ医院の健康情報」に掲載されたものです。)
ほとんどの高齢者は、医療の問題と介護の問題の両方の問題を抱えています。たとえば、転倒し大腿骨を骨折して寝たきりになる。それは介護をする人が、気を付けるだけでは防ぐことができません。しかし、骨粗鬆症を早期に発見し注射で骨を強くしておけば、転倒しても寝たきりの原因になる大腿骨頸部骨折の4割は防ぐことができます。さらに筋肉をつけるリハビリをすれば、骨折はさらに減少します。90歳以上の男性の死因の第一位は、癌でも、心筋梗塞でも、脳卒中でもありません。誤嚥によっておこる肺炎です。誤嚥を予防するためには、医療だけでなく介護の知識も必要となります。食事の時に足を床に着けて前屈みの姿勢で食事をすることや、嚥下機能を正確に評価し必要に応じて食事にとろみをつけることが必要です。また、口腔ケアをおこない口腔内を清潔に保つことや、食べる前に嚥下の準備体操をするのも有効です。肺炎の最大の原因である肺炎球菌に対するワクチンも有用と考えられます。高齢者は、何となく元気がないだけでも肺炎を疑う必要があります。食欲低下等、いつもと違った様子に早く気付くことが、早期診断につながります。
不眠を訴える患者さんは高齢者に限らず、最近増加をしています。これに対して、医療側も睡眠剤を投与して済ませることが多いのですが、これでは、根本的な解決になりません。睡眠薬には様々な副作用があります。睡眠薬は、筋肉をやわらかくする働きも同時に持ち合わせているため、高齢者では、夜トイレに立った時に、睡眠薬のため頭がぼ−としている上に、筋肉が弛緩したことにより転倒することがあります。また、認知症があると、睡眠薬により大脳皮質が抑制され、夜間余計に不穏になることがあります。時に、昼間、暗い部屋に寝かせておいて、夜間、徘徊すると言って向精神薬を飲ませているのを見かけます。高齢者にとって、睡眠剤は、朝、日光を浴び、昼間十分な運動や散歩をしても眠れない時に検討すべきお薬です。
当クリニックの関連施設である福寿は、高齢者住宅やデイサ−ビスの複合施設ですが、医療を採り入れた介護を行うことによりさらに良いものにしたいと考えています。開業医の仕事は、診察だけではありません。当院では、朝8時10分から1名限定で、河内長野市の胃癌検診をおこなっています。これにより、毎年1人か2人の胃癌が、発見されます。医療の目的は、血圧や血糖を下げることではなく健康寿命を延ばすことであり、わざわざ検診に行かなくても高血圧の治療で来院されたついでに検診が出来るシステムが必要と考え続けています。また、診察終了後に運動負荷心電図などの検査をおこなっています。狭心症は、安静時の心電図では見つからないため、循環器科には必要な検査と考えています。
午前の診療が終わると、昼食の後、訪問診療をしています。訪問している患者様は、寝たきりであったり、送迎する人がいないため来院出来ない高齢者がほとんどです。癌の末期の人もおられ、年に数人は、自宅で亡くなられます。脳梗塞の後遺症や癌の末期のため食事が出来ない人のなかには、お腹に穴を開け胃にチュ-ブを入れて栄養を入れる胃ろうのある人や、中心静脈栄養と呼ばれる太い血管から入れる高カロリ-の点滴を毎日おこなっている人もいます。病院で治療を受けるか在宅で治療を受けるかどこまでがんばるかは、患者様やそのご家族が決めることであり、私達の仕事は、その御希望に添えるよう出来る限りの努力をすることと考えています。
当院は、関連施設として高齢者住宅「福寿」を経営しています。「福寿」では、デイサ−ビスや訪問介護もおこなっています。医療機関が介護をおこなう目的は、「良い介護には良い医療が、良い医療には良い介護が、必要」と考えるからです。肺炎は、高齢者の主な死因ですが、抗生物質だけで肺炎を征圧することはできません。食事をする姿勢や口腔ケアが大切であり、良い介護が必要です。認知症のある高齢者に認知症のお薬を飲ませるだけの医療は、賛成出来ません。高血圧や糖尿病のお薬は、寿命を延ばしますが、認知症の薬は、寿命を延ばしません。介護者が、認知症という病気を理解していると余計な薬を使わなくて済む場合もあります。
在宅医療の経験から
(19年6月号の院内紙「はぶ医院の健康情報」に掲載されたものです。)
寝たきりの患者様を定期的に訪問し、治療を行うことを在宅医療と言います。在宅医療は、主に、脳梗塞や高齢のため寝たきりとなり定期的な通院が困難となった患者様や、癌の末期を自宅で過ごしたい患者様が対象となります。当院は、在宅支援診療所の届出をしており、曜日を決めて、昼間に定期的な訪問診療を行っています。また、急に病状が悪くなった時には、臨時で訪問する場合もあります。在宅医療を円滑に行うためには、御家族の協力が、不可欠です。今回は、寝たきりの高齢者を介護される御家族に知って頂きたいことを記載します。
口腔内は、いつも清潔にしてください。高齢者の癌・脳卒中・心筋梗塞の次に多い死因は、肺炎です。寝たきりの高齢者の肺炎の最大の原因は、自分の口腔内の細菌の誤嚥であることが知られています。食事のときに明らかにむせて誤嚥するだけでなく、寝ている間に唾液を誤嚥して肺炎を発症することもあります。入れ歯は、きれいに洗い、食後は、歯が無くても口をすすぐなどの工夫が必要です。
コレステロ-ルよりもアルブミンに注意しましょう。アルブミンは、たんぱく質の一種であり、血中アルブミン値は、栄養状態を表します。アルブミンが低いと、免疫力が低下し、肺炎や尿路感染などの感染症を起こしやすくなります。また、アルブミンの低下は、傷の治りを妨げ、床ずれの最大の原因となります。アルブミンの低下した人の床ずれは、いくらお薬を塗っても治らないことをしばしば経験します。寝たきりの患者様では、コレステロ-ルはあまり気にせず、しっかり食べて、アルブミンを正常に維持することが何よりも大切です。
高血糖や高血圧よりも、低血糖や低血圧に注意しましょう。寝たきりの患者様は、低血糖になっても、自分で台所に行って食べることが出来ません。脳梗塞や認知症などのため、低血糖の症状を訴えることの出来ない人もたくさんいます。低血糖のため意識を失い救急搬送される人のほとんどが高齢者です。糖尿病の治療を受けている高齢者の様子がおかしい時は、まずブドウ糖や砂糖を投与し、低血糖による症状でないかを確認してください。血圧も、低ければ良いというものではありません。脱水、消化管の出血、心収縮力の低下などでも、血圧が低下するため注意が必要です。また、高齢者では、体温は、必ずしも病気の重症度を反映しません。肺炎や腎盂腎炎を起こしていても、微熱程度のことが多々あります。体温だけでなく、ご飯を食べなくなった、話をしなくなった、元気が無い、尿量が少ないなどの状態の変化に注意してください。
最近では、癌の末期を、病院のベッドではなく、自宅で好きな物を食べて過ごしたいとの要望も強く、癌末期の訪問診療を依頼されることも少なくありません。末期癌であっても、モルヒネなどの麻薬をうまく使うことにより痛みを和らげることが可能です。日本人は、欧米に比べ、癌末期のモルヒネの消費量が極端に少ないことが知られています。癌は、痛むのが当たり前とあきらめず、御相談下さい。
東京の診療所は午後の診察が、2時頃から始まり6時頃終わるところが多いようです。伝統的に関西には夜診というものがあり、昼間は診察をしていないのが普通です。
私は、子供の頃医者は何をしているのだろうと思っていました。開業してみると、昼の時間というのは、結構忙しいもので、往診や検査で殆ど埋まってしまいます。そんな中に、何年か前から介護審査会という仕事が入りました。これは、介護保険を申請された方の介護度を審査する会議です。
介護保険は医療保険と違い、誰でもが使えるものではありません。介護保険を使って、往診に来て欲しい、或いは、どこかに老人ホ-ムに入所したいと思った場合には、介護保険を申請し認められる必要があります。
介護保険を申請すると、ケアマネ-ジャ-という資格を持った審査員が審査に訪れます。しかし、ケアマネ-ジャ-は、その人と普段接していないため、また、疾患のことはよく分からないため、医師の書いた主治医意見書というものとあわせて、介護度が決定されます。その介護度を決める会議が介護認定審査会です。
介護認定審査会は河内長野市では、土日を除く毎日行われており、私は2週間に1回参加しております。最近はその審査会の会長を仰せつかっている関係で、介護保険の勉強をしに大阪市まで行ってきました。その会議によると、来年介護保険制度が見直しされることとなり、その勉強をするために大阪市に2回程行ってきました。
それによると、介護保険は2000年に始まりましたが、最初は3.6兆円だった費用が2005年には6.8兆円にまで膨らんでいるとのことです。このまま高齢者が増加し続けると、介護保険そのものが破綻してしまうため、これ以上特別養護老人ホ-ムや老健施設などの新設は認められないようです。また、来年からは、要支援・要介護1といった軽症の方は、ヘルパ-さんの支援もこれまでよりは制限されるとのことです。
来年からの介護保険では、これまでのように介護の手助けをするだけではなく、積極的に寝たきりをつくらないような予防を重視したようにシステムに変えていくようなお話でした。
要介護となる原因に実は癌は殆どありません。残念ながら、寝たきりになるほど癌によって体が弱る場合は、殆どが数ヶ月後に死亡してしまうことが多いようです。これに対して、寝たきりになる1番の原因は、脳血管疾患であり、2番目が衰弱、3番目が転倒骨折となっております。
脳血管疾患の1番の原因は、高血圧、最近では糖尿病や高脂血症も増えております。脳出血などでは、放置していた高血圧のため40歳代で寝たきりとなり、その後病院にかかるため、再発なく、20年以上寝たきりになってしまって過ごしておられる方もいます。
そういう意味では、高血圧や糖尿病や高脂血症の治療が寝たきりを予防する1番の方法と言えるでしょう。また、転倒骨折に関しては、太りすぎに注意し、骨粗鬆症の治療をしておくことが大切と思われます。
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