<答える>

旅に出て現地の人と話していると、日本の事について聞かれる事は多い。
ゲイシャガールやサムライはどこにいるか?とか多くは簡単に答えられる質問 なのだが、パブロに聞かれた質問は今までで一番困った質問だった。
どう答えたらよかったんだろうか。

パブロともう一人、英語勉強中でガイド見習いのパブロの友達と1日観光に 出かけた昼食時、話は何となく日本の事になっていた。
彼らは日本の物価の高さに驚いていた。

バスや電車に乗ると最低2ドルはかかる事を話した俺に、これは日本で買うと いくら?あれは日本で買うといくら?というように、身近なモノの値段を次々と 聞いてくる。
そして答を聞いて、へぇーと、毎回驚いていた。
パブロは将来(といってももう、いいおっさんだが)、日本とアメリカには絶対一度 は行ってみたいと言ってた。
そして日本は僕達の国が目指す手本だとも言った。

そんな話でひとしきり盛り上がった後に、パブロが、
「CNNで見たんだけど、」
と切り出した。
「日本人って自殺者率が高いって言ってたんだけど、何でみんな自殺なんて するの?しかも大人が。」
ドキっとした。

そんな事を聞かれたのは初めてだったし、何よりも、この国で自殺する人は ほとんどいないらしいからだ。
宗教的なものもあるのかもしれんが、それにしても日本が世界の中で 自殺者率の高い国だとは知らなかった。
困った。彼らには日本の社会の背景はわからない。
根本的なところから話す英語力は俺にはない。
とはいえ、適当にごまかしていい質問ではないような気がした。
パブロにしてみれば何となしに聞いてみただけなのかもしれないが、俺は真剣に 困っていた。

そしてゆっくりと話し始めた。
「日本では、一般的に自宅から会社まで1〜2時間位電車に乗っていく。
しかも電車は必ず満員でずっと立ったまま。」
それだけでも彼らにはインパクトがあったらしい。
とても驚いていた。

俺は続ける。
「だから朝は6時位に起きて家を出て、会社で夜遅く迄働く。帰りの電車も人で ぎゅうぎゅう詰めの状態で、家に帰ると夜の12時を過ぎている。
平日はずっとそんな感じ で、しかも土日にも会社に行かなければならない人達がいる。
子供がいても週に1、2回しか顔を合わせない人達も多い。夕食は当然家族は別々だ。」

パブロは信じられないという顔をしていた。
「何でそんなに働くの?たくさんお金もらえるのに。」
「まず、物価が高い事。それと家とかのローンがあるとそれを払わなければ いけない。」
「家はいくら位するの?」
「2、30万ドル位が相場かな。」
「よくわかった。そんなだったらエクアドル国民でも自殺するよ。」
本当に単純な答しかできなくて、日本でだったら、そんな事だけで死にはしない だろうと、言われるかもしれない。
まずは、日本人会社員の生活のベースを説明したかった。
でも、彼らにしてみたらそれで十分だった。

俺の主観だが、日本のような、を目指している国は結構多いように思う。
パブロや色んな人に聞いた話だと、世界で1、2を争う経済大国なのに、人々が みんな謙虚で礼儀正しくて、欧米人のように旅行先の国の人達、いわゆる 発展途上国の人達をを小ばかにしたりしない。
そしてみんなお金を沢山持っていて、1人の人が一生に何回も何回も外国に 遊びで旅行できる。
そんな夢のような国だと、それが僕達の目指す理想だと言っていた。

「モノがあって何でも便利な事が幸せとは限らないよ。」
と、俺は最後に言った。
これまでの会話でさえ、俺のつたない英語でどれだけ内容が正しく伝わったかも 定かじゃないけど。
でもパブロは、それでも日本はお手本だと言っていた。
日々を生きる金を稼ぐのが精一杯な生活から脱出したいと。
これを読んだ方は、パブロに何と答えますか?

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