<肉焼けた>

じゅーじゅーじゅー、焼けたのは何の肉?俺の肉。
ナミビアはヴィントフックのホテル、間抜けな俺は自分の指を焼いていた。

観光から戻って来たホテルの部屋でビールを飲もうと、バーで壜ビールを2本買い、 部屋に戻って来た。
ところが大事な事を忘れていた。部屋に栓抜きがない事を。
どうせ2本ぐらいすぐに飲むのだから、バーで栓を開けてもらえばよかった。
後悔は先に立たず、再度バーに戻る気力もなかったので、代用品で栓を開けようと 部屋の中をうろうろと、使えそうなものを探してさまよった。

最初に発見したのはテーブル。木製だが角が尖っていたので試してみようと思った。
がん。がん。がん。
テーブルの角が見事に削れた。速やかに作業を中止した。

次に目を付けたのは、室内のクローゼットの取っ手。金属製。
これならいけるかもしれん。
が、ずり。が、ずり。
あまりにピンポイントでうまく栓と取っ手がかみ合わない。また作業を中止。

次に考えたのは、栓の部分を直接何かに引っ掛けたりぶつけたりするのではなく、 中間にもう1つ道具を挟む事。人間は学習する。
そういえば、前に誰かがライターを使って器用に壜ビールの栓を開けているのを 見た事があるような気がする。
ライターは持っている。ライターのケツを栓に当て、それをテーブルにぶつけてみる。
がん。
一発でライターのケツがえぐれ、テーブルがへこんだ。
再度作業を中止した。

中間に挟む道具をライターから部屋の鍵に変更した。
後はぶつける場所なのだが、木製の場所がまずい事はわかった。
だが部屋にそれ以外の場所が見当たらない。思い余ってバスルームに入る。
洗面台が丈夫そうだな。

その洗面台は、家にある陶器のへりがなだらかなものではなく、大理石のような石で 作ってある台だった。
やってみる。
がん、がん、がん、がん。
開いた。よし。

部屋に戻って、ソファに座ってまずはタバコに火を付けた。
それを吸いながらビールを一口飲んで、壜をテーブルに置く。
あうっ。
勢いよく壜を置き過ぎたらしい。ビールが壜からあふれ出て、テーブルにこぼれた。

これはまずい。
俺はタバコを手に持ったまま、タオルを取りにバスルームに向かって勢いよく歩いていった。
そこに誤算があった。
何故か俺はさっきバスルームから出る時に扉を閉めたらしい。理由は今も不明。
普段ホテルに泊まっている時は、バスルームの扉を閉める習慣がない俺は、何も考えもなく バスルームに突入しようとして、バスルームの扉にぶつかった。
部屋の電気を付けていなくて、薄暗かったのも悪かったかもしれない。

衝撃は頭から来た。
そして驚いた。
冷静に状況判断をしようとしている間、火のついたタバコは俺の指を離れ、右手の甲の上にあった。
その時既に熱いはずなのだが、頭の痛みと衝撃の大きさの方が勝ったのか、全く熱さを感じて いなかった。

2、3秒経って、ようやく正気に戻りかけてきた頃、焦げ臭い匂いに気が付いた。
何故かその時も、タバコを床に落としたので床が焦げたのか。と思った。
だが一瞬後、その匂いは床を焦がしたものとは異質で、肉の焼けているような匂いだという事に気付いた。
右手を見た。

俺の右手中指、第2関節の節のところにタバコがきちんとくっ付いていた。
不思議と熱さは全くなかった。節の部分だったからだろうか。
俺なりに慌ててタバコをどけたが、節の上には穴が開いていて、赤いお肉が見えていた。

洗面所のドアを開け、水で流す。
ようやく傷が痛みを持ち始めた。火傷であまり流血した事はないのだが、少しだけ水が赤くなった。
ああああ。
この後、サファリツアーが待ってるっつーのに。
サファリに出て俺の血の匂いをかぎつけて、肉食獣達がわんさか集まって来たらどうしよー。
何故かそんな下らない事を考えていた。問題はそこではなかったのだが。

その日は気付かなかったが、翌朝起きた後、傷に思いっきり水道水をぶち当てていた事、そして どんな菌があるかわからん土地をまだ何日も旅する事に気が付いた。
毎回持ってくるバンドエイドも今回は忘れ、肉丸出しのまま日程を消化した。
動物達には襲われなかったが、菌にはやられたかもしれん。

っつーかその前に、火傷するまでの経緯を改めて検証してみると、俺は既にどっかおかしいのかも しれん。

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