2日目
ヴィントフック−ソフフスレイ
この日から3日間は丸々計画が無い。どうすっかな。
まずは本日の宿探し、それから砂漠へ行こうと思うなら方法を探さなければならない。
面倒くせーな。このままこのホテルに滞在してヴィントフックの町だけうろうろしようか、
とネガティブな発想が思い浮かんだが、予約がいっぱいで延泊はできなかったので、
目が覚めた。
とりあえずチェックアウトした後、ホテルに荷物を預けてヴィントフックの町に出かけた。
まず、向かったのは観光案内所、ここで情報を仕入れて旅行会社に行こうと思った。
砂漠へ行くツアーありますか?と聞いてみると、いつから何泊?と案内所の兄ちゃんに
言われたので、今日から2泊と無謀かもしれん事を言ってみた。
おそらく駄目だろうな、と思いながら。
ところが、今日からだとツアーじゃなくてチャーターになるけどいいか?と聞かれた。
おっ、大名旅行だね。値段が折り合えばそれでもいいよ。と答える。だがチャーターだと
値段も高いだろうし、今日から行ける旅行会社なんてあるか?
ちょっと待ってな。と兄ちゃんはどこかへ電話をし始めた。
「OK。」
・・・ん?何が?
値段はこれ位で、今日から行けるガイドがいるよ。
あ、そうですか・・・。金額は、当たり前だが日本で見積りを取った金額の半額程度。
予算的にも断る理由がない。3日間の予定があっちゅう間に埋まった。
そして10分程兄ちゃんと日本に関する話をして、今度ナミビアへ来る時は日本の酒を
持って来てくれよな。という話になっていた頃、1人の男がやって来た。
今日から3日間のガイド、ネルソン。微妙にうさんくさい。ま、出発。
まずはネルソンの自宅に行き、ネルソンがキャンプ用品を持ってくる。今日は砂漠の近くで
テントを張って寝るらしい。
ネルソンが説明してくれた日程によると、初日は夕方に砂漠に到着して砂丘から夕日を見る。
2日目に砂漠の中心部に行って砂丘を登ったり、枯れた渓谷を見て、3日目の早い時間に
ヴィントフックに戻るという内容だった。
いいね。3日目の早い時間に戻ってくれば、土産を買っている時間もあるし。
ところが最初に書いておく。このネルソン、多分いい奴だったが、新米の為かガイドとしては
非常にイマイチだった。
ネルソンの家を出た後は、スーパーへ食料を買出しに行く。急遽決まったツアーなので、準備は
全くされていない。
ナミビアのスーパーだね。どんな感じなんかな。と、食料などは全部ネルソン持ちだが、水とか
何か菓子とか欲しいなら自費でね。と念を押された。
水ぐらい一緒に買ってくれよー。と思いながら、サラミ・チーズ・パン・オレンジ等を購入した。
そして水、俺が2Lペットを探していると、それじゃ足りない。と言い、ネルソンが指差した先に
あったのは「水5L」ペット。でけー。日本じゃ見ねー。んですげー重い。
スーパー自体は結構普通。なので特筆すべき事項はなかったが、ちと楽しかった。
そしてホテルに行き、俺の荷物を受け取った後、本当に出発した。
と思ったが、ネルソンがガソリンスタンドに寄る。そして隣接のコンビニらしき店で昼食を買おう
と言う。俺が選んだのは20cmは優に越えているホットドック。
欧米か。(これが今気に入っている為、度々出てきます。だが本当に滞在中に何回もここは
ヨーロッパか?と思う事がたくさんあった。)
ネルソンはおかずと黄色く炒まったご飯の入ったランチセットのようなものを選んでいた。
ここの人も米結構食うんだな。
そして俺に、それで足りるのか?と聞く。足りるどころか食えるかどうか微妙やっちゅーねん。
と思いながら、足りる。と答えた。
そして幹線道路の路肩で、本当に路肩で昼食。ホットドックは調味料か何かで変に甘かったが、
食えない感じではなかった。だがネルソンに、それでは足りない。と勝手に決められ、鶏肉を
焼いたのを1モモ押し付けられる。
何とか全部食えたが、ネルソンに「男はもっと食わないと。」と言われた。
悪いが、日本人の男でこんだけ食える奴は滅多にいねーぞ。っつーか、お前のその腹は何だ?
走り始めて10分程でもう外はサバンナ。どこ見てもサバンナ。
ネルソンが、昨夜雨が降っただろ?と聞いてきた。ん?昨夜は早く寝たので知らん。だがそういえば
朝起きて外を見た時に地面が濡れていたな。雨だったのか。
雨期が始まりかけているから、植物が生えているだろう?と言う。なるほど。
雨が降るようになったのはここ1週間程の話らしい。その前にここに来ていたら、全く緑もなく、枯れた
色の草はもっと背が低かったらしい。
何ヶ所かこういうちゃんとしたガイド的な話があるのだが、それ以外のほとんどの時間、ネルソンが
話しかけてきた言葉は「暑いね。」と「風が強いね。」、「ここは何とか牧場(又は何とかロッジ)だよ。」の
3つだけだった。
確かに風は強かった。車はエアコンなしの窓全開だったので、音もごーごーすげーし、俺の髪はずーっと
逆立っていた。そして時たま突風が吹いて、車が横にずれる。
だが、アルゼンチンの大強風を体験していた俺には、そんなに話題にする程ではなかった。
なので、最初は「風が強いね。」と言われると本当に驚いたように「本当だね。」と答えていたが、
段々返事がおざなりになり、3日目の辺りになると「おー。」だけになっていた。
町が無い。無い。無い。走っても走っても町が無い。見えるのは道路沿いに掲げられた牧場と
ロッジの看板だけ。だが看板はあるが建物はほとんど見えない。
っつー事で人の気配があんまし無い。人を感じるのは対向車があった時だけだった。
しばらく走るとネルソンが、メイン道路とは違う道を通って行こう。と言って、メインストリートを
逸れて行く。
そして見えてきたのは小さな集落、初めての村。ここを通り抜けるルートは道が過酷な為、バスのような
大きな車や4WD以外の車は通り抜けられないそうだ。
ここは面白かった。狭い道に厳しいアップダウン、そしてうねうねと曲がりくねった道。ここの集落の
名前はドイツ語でしかも長くて、そして日本語にない発音が入っていたので(言い訳)、覚えていないが、
がっくんがっくんいいながらここを抜けていくのは楽しかった。何とかハイト(雰囲気)。
山の中を縫うように進んで行って、上の写真のような風景が時たま広がる。
以前にバスでここを通ろうとして大事故が起きた事があるらしい。納得。というかこんなとこを通ろうと
思うバス運転手はバカだな。
若干飽きてきていた風景に変化を持たせてくれてありがたかった。そしてこの山間の道路を抜けると、
風景が若干変わってきていた。砂漠地域に入ったらしい。
背の高い木や緑の葉を茂らせた木が消えた。枯れた黄金色の草原はそのままだが、代わりに現れたのは、
枝だけのバオバブみたいな木や、背の低い、いばら的なトゲトゲが絡み合う低木達。
目指す砂漠が近い。
途中にあった小さな町で休憩。水は山ほどあるが、何か味のあるものが飲みたかったので売店でアップル
タイザーを買った。日本ほど町で売っているペットや缶の飲み物の種類が多い国はまだ見た事がない。
多分ない。
ナミビアでは水・果物ジュース・果物味のアイスティー・コーラ系、そしてこのタイザー。他の国と違う
特徴はやはりタイザーか。アップルとグレープがあったが、このどちらかを飲む機会が多かった。
砂漠の入口の町、ソフフスレイ(合ってるか)に到着した時には、日が沈みかけようとしている
時間だった。夕日を見なければ来た意味がないという事で、テントや夕食の用意もそこそこに砂漠へ
出かける。といっても日没と共に国定公園地域は閉店となるので、町から程近い砂丘になった。
・・・何やったっけ?
何かしら名前の付いた赤い砂丘に到着した。草が生えてるんだ?と聞くと、ネルソンが「第2次性徴期」
なのでと言う。
・・・なんつーおやじギャグはなく、雨が何度か降ったからと普通に答える。
登ってこいよ。と言うので、何時頃戻って来ればいいか聞き返したのだが、好きな時間に。と言う。
この後にも同じシチュエーションがあったのだが、こいつの「好きなだけ」は本当はそうじゃない。
ネルソン、考えている予定があるならはっきり言ってくれよ。
とりあえずこの後の夕食の準備があるから、1時間位で戻ろう。と客なのだが俺が気を遣って時間
配分を決めた。日本人。
砂漠はオマーンでも行った事があるのだが、ちと様子が違う。オマーンの砂漠はなだらかな丘が多かったが、
ナミビアの砂丘は結構切り立っている。
かつ加齢と共におそらく体力が落ちている。プラス風邪をひいている。少し頭の中にいやーなイメージが
よぎった。
まずはちょっと開けた高台になっている所まで行ってみよう。
・・・おえ。
少し登っただけで吐きそうになるぐらいに息がぜーぜーいっている、周りにあまり人がいなくて、
日本人もいなくてよかった。
だが、ビデオをまわしていた白人観光客は俺の事を「邪魔だ」と思ったに違いない。
しかしせっかく来たのだから、頂上を目指してみようと歩き出した。のだが、やっぱし非常に歩きづらい。
靴の中に半端じゃない量の砂が入ってくる。気持ち悪くはないが、夕方になって砂が若干湿って
いたので、靴を逆さにして振っても砂が取れない。・・・諦めた。
斜面をまっすぐ登るには角度が急過ぎるので、尾根を歩いて登ろうとしたのだが、尾根は三角形で右も左も
非常に厳しい傾斜のまま10m以上下まで一直線に下っている。しかも尾根自体も歩くとぼろぼろ崩れる。
こ、怖い。
そのうえ、半端じゃない呼吸困難に襲われていた。これは風邪ひいているせいで、ここまで体力が
衰えた訳ではない・・・だろう。何はともあれ、諦めて途中の夕日が見える場所に座った。
座って夕日を眺めようと思っていたのだが、分刻みで気温がみるみる下がってきた。
風邪ひきにはきつい温度だな。時間もそこそこ経っている事だし、降りようか。
と崩れ落ちるように斜面を下り、元の場所に戻った。・・・あれ?
ネルソンが来ていない。1時間後だと言っておいたのだがなー。ここで待つか。辺りの景色が刻々と
色を帰るのが美しい。砂丘から見る夕焼けもきれいだが、離れたところから砂丘が夕焼けに染まるのを
見るのも悪くないな、とぼーっと景色を眺めていた。
ところが段々不安になってきた。
砂丘にいたわずかな人達が次々に車で帰って行く。そして、ここは日没後は閉店なんだよな。
みるみる落ちていく夕日、減り続ける人々。こんなに人恋しくなる事は日本ではない。
もう少し経ったら入口まで歩いて帰ろ、と思っていたところへネルソンが迎えに来た。遅えよ、ぐず。
戻る途中で、車の前方に何かの動物が見えた。springbokだよ。とネルソンが言う。スプリングボック
ですかー。って誰?
その動物は子鹿のような風貌の草食動物だった。おー、アフリカっぽーい。家族らしい群れは俺らに
気付くと、素早く姿を消した。
こういう動物がこの先も見られっかなー。期待が膨らんできた。
そんななか、ネルソンが夕食の準備が間に合わないので、地元の知り合いに料理を頼んだから、そこで
食おうと言い出した。俺が登っている間、お前何してた?
キャンプ地に戻って来た俺達はテントを組立て、しばし休憩。ネルソンがプールで泳いでくるか?
と聞く。は?確かにプールがあって白人達が楽しそうな声をあげて泳いでいるが、こんな水のない
砂漠の入口の町にプールがある意味は何だ?白人達の要求か?
そんなところで泳ぐはずもない。泳がないと言った。俺はこういうとこでイマイチ現地の環境に
染まれない。
じゃあシャワーでも浴びてこいよ。と言う。俺はもう浴びたから。
・・・なるほど、シャワーを浴びていたから夕食の時間がなかった訳ね・・・。
とりあえずこれ以上寒くなってはかなわんのでシャワーを浴びたのだが、オマーンの砂漠に行った
時は水が不足している土地で、シャワーやプールなど大量の水が必要な設備は一切無かったぞ。
ちと醒めてきた。
シャワーを浴びて外に戻ると、ネルソンが何事もなかったかのように、さあ、夕食にしよう。と言って、
俺をキャンプ場の外にある小さな集落の1軒の家に連れて来た。
この集落は砂漠の国定公園を守る為に働く人達と家族が住む集落らしい。
訪れた家では1人の女性が迎えてくれた。で、でかっ(失礼)。白人や黒人って黄色人種では
考えられない太り具合の人いるよなー。
ここは人が少ない為か治安はいいらしく、家々の玄関はフルオープンで、玄関直結のダイニングルームにある
ソファに座れと言われた。
部屋の中は非常に暗めで、最初はわからなかったのだが、目をこらすと室内に銃を持った軍人が1人いた。
・・・俺、金取られちゃう?そして殺されて埋められちゃう?心拍数が急増した。
が、それはただの思い過ごしで、彼はこの女性の息子なのか、ただ夕食を食いに来ていただけだった。
彼女が作ってくれていたのは、牛肉のステーキとトマト味のマカロニパスタ。
欧米か。
俺、姉さん、ネルソン、軍人という異様な組み合わせで、まずはビールで乾杯して食事を始めた。
これ、絶対残すな、俺。
トマト味のマカロニは美味かったのだが、それだけで量は充分一人前以上、そして優に500gはあると
思われるおそらくTボーンステーキ。あー、また日本人は小食かって言われるな。
だけど無理だろ。1日ほとんど車に乗りっぱなしで体動かしてねー。
それでもパスタは何とか完食した。おかわりする?と聞かれたが、それはムリ。
少しでも皿の上の荷物を減らそうと牛肉を食い始めたが、半端じゃなく硬い。噛み切るのは無理な状態から
頑張ってちょびちょび食っていたのだが、その様子がおかしいらしく、皆が笑っていた。ネルソンが貸して
くれたナイフで切って食う。だが半分もいかない内に断念した。ごめん。
食事の後、喫煙者の姉さんと俺はタバコを吸いながらくつろいでいた。
この家いーなー。何でやろか。
辺鄙な場所にあるし、表玄関と勝手口がフルオープンなので、虫がいっぱい入ってくる。電気も満足には
通っていないらしく、テレビはなさげだし、暗い。このダイニングも6畳程度で特に広い訳でもない。
だが何故か非常に落ち着く。何でだ。
ここに住みたいと思った。一生住みたいと思った。
ここの国定公園、日本人向けのガイドとか世話係を募集していないだろうか。
・・・ないか。日本人の団体観光客は絶対テントで寝たりせずに、ここに来る途中に点在していたロッジに
泊まるだろうしなー。日本人バックパッカーはこんなに割高な国にはあんまし来んだろーしな。
落ち着きを振り払って、姉さんにお礼を言い、姉さんの家を出た。
うわー(こればっか)。
見上げた空には満天の星々。これが砂漠観光の目的の1つだよな。
周りに遮るものがなく、夜空を見にくくする町の灯りもほとんどない。そして南半球は北半球より空気が
澄んでいる。宇宙には星が無数にある事を再確認した。
その夜空は立体的に、半球形に見えた。プラネタリウムのようだった。ネルソンが道に迷った時はあの星の
方角に歩けばいい。というような事を説明してくれるが、南半球でしかも夜に道に迷うようなシチュエーションに
なる事は一生ないので聞き流す。南十字星はどれだとか教えてくれよ。
キャンプに戻り、俺はテント、ネルソンは車の中で寝る事になった。
俺はネルソンに心の中でちょっとだけ詫びながらもがんがん蚊取り線香を焚いて寝た。