4日目
スワコプムンド−ケープクロス−ヴィントフック
ネルソンが起き出す音で目が覚めた。
目が合うとネルソンが寒くて眠れなかったよ。と言う。寒ければ服を着ろ。

さあ、ヴィントフックへ戻ろう。とまずは給油。そしてガソリンスタンドに隣接する ファーストフード店に向かった。
ここでもネルソンの様子がおかしい。おそらく原因は、店に白人の客がいたせいだろう。 ま、俺が何か言う事でもないか。
ここでサンドイッチを買った。俺が選んだのは、シンプルにチーズだけをパンに挟んで 焼いたサンドイッチ。ネルソンと過ごした2泊3日、このチーズサンドイッチが一番 美味かった。正直、あと2つ3つ追加して食いたいと思った程美味かった。
・・・ただ飢えていただけか。

そのファーストフード屋の隣りには旅行会社のオフィスがあり、まだ開店前だったが 何の気なしに覗いてみると、sealという文字が目に付いた。
ので、ネルソンにこの辺でアザラシ見られる所あんの?と聞いてみた。これがよくなかった。
ネルソンが行きたいのか?と聞いてきたので、別にいい。と答えたのだが、奴が行きたい んだろ、行きたいんだろ?と畳み掛けてくる。何だ?まだ俺から金が欲しいのか?
奴はそこへ行ってからヴィントフックへ戻っても土産を買っている時間はある。と言う。 そしてエクストラは2,000円位だったと思う。行ってみる事にした。

その前にスワコプムンドの町を少しだけ車で見てまわる。
奴が俺に見せたがったのは、この町の美しい街並みとかではなく、まずは外国から船で 輸入されてきた自動車が大量に置いてある倉庫。すごいだろー。というので、ほとんど 全部日本車だな。と俺が言うと、ネルソンがうそー。と信じない。
どうやらネルソンは日本の自動車会社はトヨタだけだと思っていたらしい。なので、 ニッサンもホンダもマツダもスズキも日本の会社だよ。と言うと非常に驚いていた。

その次は何故か船のドック。しかもスワコプムンドで一番大きい海運会社のドックで、 その入口には銃を持った警備員等がいる。そこへ何故か入って行こうとする。
そんな非常識な事すんのやめようよ。と俺が言っても大丈夫(何が)だと言って 警備員の方へ向かっていく。
ドックの奥の方に船が見えていて、あの大きな船すげーだろ、見たいだろ。と言うが、 別に大して大きな船じゃない。おそらくこの海運会社の船の中で大きい方ではないだろう。 興味ねー。
それでも警備員に強気に話を進めて、「入っていいってよー。」と俺に嬉しそうに言う。 行かない。警備員はこの会社の人じゃないだろう。そんな奴の承認があったって入るのは 非常識だと思う。
絶対に行かない。と意思表示して、その場を去らせた。
何を気にしてんだよー。と茶化してくるが、お前、一般企業に勤めた事ないだろ。お前には わかんねーよ。ここでかなりトーンダウン。

そしてドックを後にして、町をまた走り出す。ふと外を見ると、通りの向かい側の歩道を アジア人のおっちゃん達が歩いていた。
日本人か?とネルソンが聞いてくる。んー、服装からすると日本人ではない。中国人か? と答えた。
するとこの男が何をしたか。
突然車の窓を開けて、訳の分からん事を中国人に向かって叫んだ。俺が理解できる言語 ではなかったが、絶対いい事を言っているはずがないのは、その後に俺の方を向いた ネルソンの汚い笑顔でわかった。

白人に対しては非常に卑屈だが、同じ黒人と黄色人に対しては非常に強気な男。 かっこ悪いよ、お前。

姉さん、ここは臭いです。 完璧にトーンが落っこった俺と、その空気を感じているネルソン、車内の雰囲気は若干険悪 な状態でケープクロスに到着した。
岬の入口には小さな事務所がぽつんとあるだけだが、そこにアザラシの皮を使った土産 がいくつか置いてあった。ヴィントフックで何も買えなかった事を考えて、ここで 土産を買う事にした。選んでいる内にちと観光客気分が戻って来た。

この事務所の入口からアザラシの生息する場所までは、また車で10分程度走った。
そして到着してドアを開けると、・・・臭っ。
動物園の匂いを何倍にも強くしたような獣の匂い。今まで行ったアザラシの生息場では そんなに匂わなかった気がするのだが。
もう吐きそう。というとこまではいかなかったので、匂いの素の方へ近付いてみる。
そこにはアザラシがびっしりといた。いた。いた。・・・すげー。という盛り上がりは なかった。何でだ?こんなに山ほどアザラシがいる場所はそんなにない。とは思うのだが、 海獣のコロニーはあちこちで何度か見ているせいか(自慢げ)、イマイチ感動が薄い。
どうやら俺はもうアザラシコロニーには感動できない体質になったらしい。

カモメの方に興味が それでもアザラシ達を何とはなしに眺めていて、確信はないが匂いの理由がわかった気がした。 ここは今まで何ヶ所か行った海獣系の生息場と違って、死体が多い気がした。
この強烈な匂いは、排泄物の匂いではなく腐臭だったと思う。
ふと手前を見ると、カモメがアザラシの死体をついばんでいた。カモメって獣の死肉も食うのか。

アザラシよりも、この海に惹かれていた。天気が悪くて、若干霧の立ち込める波の荒い海岸。 だが、海の水がきれいな事は天気が悪くてもわかった。この海の風景に心がいっていた。

そして喫煙する為に灰皿のある休憩所に行くと、建物の影に何かが横たわっている。
・・・死体?
いや、ぷるぷる震えている。生きていた。
建物の影に丸くなって寝ていたのは、ハイエナ。顔はよくわからんかったが、何故ハイエナが1頭だけ ここにいるんだろう?確かにアザラシの死体はごろごろしているが、ハイエナは群れる動物だと 思っていた。

風邪ひきで2泊3日突っ走ってきたので疲れた。帰りたい。疲れた。

と、そんな俺の前に現れたのは、

だれ? そんな俺の前に現れたのは、現れたのは・・・。こいつ誰やったっけ?
キツネ?
わからん。最初は野良犬だと思っていたが、カメラのレンズを望遠にすると違う事がわかった。
おー、結構かわいいじゃん。
若干元気が出た。

少し寝るか。とうとうとし始めると、例によってネルソンが「風が強いね。」と話しかけてくる。
見りゃわかんだろーが。

一旦スワコプムンドの町まで戻ってからヴィントフックに帰る道のりだったのだが、スワコプムンドに 着くと雨が降り出した。本当に雨期の始まりなんだな。このままヴィントフックまでの道のりも結構 雨が降ってんのかな。

青が違う ・・・走る事約20分。海沿いの天気の悪さが嘘だったかのように内陸部は晴れていた。
現金なもので、晴れていると気分も回復してくる。また延々と続くサバンナをぼーっと眺めながら ドライブは続いていく。

ここまで来て、やっと2日前に買った5Lの水がなくなってきた。フタを開けてから丸2日程、 がんがんに熱くなった車の中に放置する事数え切れない。そんな水は果たして品質的に大丈夫 だろうか。疑問は湧いたが、飲んできた。その水がやっとなくなろうとしていた。
ネルソンはまだあったの?ってな顔して見ているが、きっぱりと無視をして前に進む。

後はヴィントフックに帰るだけだと思っていた俺に、何かネルソンがガイドらしい解説を かましてきた。

この辺りの山は鉱山で色々な宝石が眠っているという。その鉱夫達が石の市場を開いているので それを見に行こうと言う。山の名前は何だっけ?スピッツコッフェ?そんな感じ。
ダイアモンドは?と聞くと、ダイアモンドはここにはない。という事だった。ネルソンの回答は 以上だったが、ネルソンの様子からダイアモンドについては語りたくない何かがあるのかな、と 漠然と思った。

宝石の山 そして市場に到着した。燦々と照りつける太陽の中、10軒以上の石屋が出ている市場だった。
するとネルソンが、俺が買ったジュースを彼らにあげてもいいか?後で買って返す。と言うので いいよ。でも何で?と聞くと、ここは水の少ない土地なので彼らには水分は貴重なんだ。と いうので、買って返さなくてもいいからあげよう。と答えた。

そういえば出発したての時も、人里離れた所にあった警察の検問所で、俺が持っていたコーラを ワイロではなく、ここでは水分が貴重だからという理由でねだったネルソン。
結構優しいんだな。いいとこあんじゃん。但しどっちも俺の買った物だが。

そしてそれを知り合いらしいおばちゃんにあげていたので、彼女の屋台を見る事にした。
宝石類の事は全くわからんので、おばちゃんに石の名前を聞きながら、色々な石を見せてもらった。 その中で、アクアマリンという水色の石とトルマリン?だったか?淡い緑色の石の2つを買った。
すると値段をまけてくれた上に、ガーネットという赤い石をくれた。今回は俺がねだった訳じゃ ないよ。
でも色々な石があるんやな。しかもその色々な色の石が1つの山に眠っている。不思議だな。

満足して車に乗って、さあ帰ろう。と、ネルソンが、もっと高い石を買えばよかったのに。と言う。
キレた。
それが、安い石には価値がないから、もっと価値があるものを買えばよかったという意味なら、 納得はしないものもわからんではないのだが、お前は金を持っているのだから高いものを買えという 意味だった。
お前の知った事か。彼女達の窮状を救ってやりたいという気持ちだったのなら、俺からぼった 金でお前が町で食料を買ってやればよかっただろう。それか俺からぼった金でお前が高い石を買っとけ。
それに、お前にぼられたせいで、俺は手持ちの現金がほとんど残ってねーんだよ。

えんざないっ、はずかー 完璧に白けた。ここからネルソンが何を話しかけてきても「おー。」としか答えなくなった。
どっちみち、「暑いね」と「風が強いね」だけだから、「おー。」でいいんだよ。

途中の町で昼食を買った。全く腹が減っていなかった。減るはずない。朝から車に乗りっ放しで ほとんど動いてねー。ネルソンはカレーセットを買ってもりもり食っていた。もう1回言う。 太っていると息をするだけでカロリーが消費されるのか?
そしてこの昼食もテイクアウトを買って外で食う。ネルソンは店で食事をする習慣がないのか。 それとも白人と店で同席する事を恐れているのか。昼食は橋の下。

道の脇を線路が走っている。汽車は1週間に1便の為、見る事はまずない。 線路の上に立ってみた。スタンドバイミー。
欧米か。
でも妙に気持ちよかった。
俺の血には微妙に「鉄」分が含まれている。

その後、2、3の町を通り過ぎた。砂漠に行く時は町が全然なくて非常に不思議だったが、この 道路沿いには点々と町があってそれが逆に不思議になった。
ただ、町と町の間には空白部分ともいえるサバンナが広がっていて、ロールプレイングゲームの ようだった。日本では町と町の間に人工的な景色が途切れるなんつー事はあまりないよな。

そしてヴィントフックの町に戻って来た。
ホテルに向かうか?と聞かれたので、土産を買いたいので町の中心部に行きたいと答えた。
すると奴が、今日は日曜日だから店は開いていない。と言う。

・・・(深呼吸)。
お前がヴィントフックに戻った後、土産を買う時間ならあるよ。って言ったんちゃんうかー!
ワルヴィスベイに行く事にした時も、ケープクロスに行く事にした時も、お前はっきりとヴィントフックに 戻ってから土産を買う時間はある。と言ったよな。
今度は言葉にして言った。

奴はうろたえいていた。適当な事言っただけだったからだろう。
翌日から4日間は既に現地ツアーを予約していて、最終日はツアー先から直接空港に行く事になっていた。 つまりヴィントフックで買い物をできる日はこの日しかなかった。
日曜日なのはわかっていたが、奴がヴィントフックで土産を買えるというから信じていた。
もういいか。どっちみちヴィントフックに早く戻っても買い物ができなかったのなら、寄り道をして よかったと思い直した。
それは奴には伝えなかったが。

紫の煙の正体 そこから直接予約していたホテルに行った。
何故かネルソンがここでにわかに友達のような素振りを見せたが、完璧に無視をし、チップも渡さずに ネルソンと別れた。日本にはチップって習慣がないんだよー。

ホテルは初日に泊まったホテルと同じ敷地内にあるが、別棟だった。 ホテルの名前は1つだが、どうやら同じ敷地内に新旧2つあるらしい。フロントなども分かれていた。
初日に泊まったのはシティホテル風の新館、高い建物でフロント等も同じ建物の中にある。旧館の方は、 3階建ての客室棟が3つ程あって、フロント等の設備はまた別の建物、アメリカンモーテル風。
欧米か。
こちらの旧館の方が新館よりも値段が安いのだが、旧館の部屋の方が広くてよかった。

しばし休憩をした後、どうしても写真に撮っておきたかったジャカランダの花を目指して、ホテルの 中庭をぶらぶらした。中庭には色とりどりの花が咲いていたので、これが本物のジャカランダなのか100%確実では ないが、色合いと高さ、そしてマダガスカルで見た印象からいってこれだろう。
ホテルの警備員が中庭を1人でうろうろして花の写真を撮っている黄色人の俺を、訝しげな顔で見ていた。 確かに怪しい。だがそれに対して特に笑顔を返すでもなく、淡々と写真だけを撮って再度部屋に戻った。

晩飯どうしようか。町にまた出て行くのは面倒くさかった。そしてやはり食欲はなかった。
腹が減ったらホテルのレストランででも食うか。だが喉は渇いたな。部屋の冷蔵庫に飲み物が入っている システムではない。何か飲みたければ、ホテルのバーで飲むかバーでもらって持って帰ってくればいい。
バーに行く事にして、再度部屋を出た。

どあっぷ そしてバーのある建物に入ると小さな土産物屋があったので、あまり期待をせずに入ってみた。
お、面白いものが結構あるやん。だが、市価がわからんのでぼられるのかどうかわからん。 ま、いっか。値段相場自体は驚くほど高値ではなかったので、ここでいくつかの土産と 絵葉書を買った。すると店の壁に貼ってある文字が見えた。

「切手置いてます。」
おー。これは収穫。
この旅で一番懸念していたのは、切手を手に入れられるかどうかっつー事だった。
一人旅に出ると必ず友人達に絵葉書を書く。俺は夜の外出を楽しむ性格ではないので、夜は結構時間に 余裕がある事が多い。絵葉書は観光地で簡単に手に入るのだが、切手を手に入れるのに毎回苦労する。
郵便局に簡単に行ける所ならいいのだが、昼間に町にいない旅の時はいつも非常に苦労していた。
今回はあっさりと手に入れる事ができて非常に幸運だった。

そしてバーに行って、壜ビールを2本とアップルタイザーを買い、再々度部屋に戻った。 今日はもうこれでいいや。終了。
と思ったが、これで終わった訳ではなかった。

まず部屋に帰ってビールを飲もうとしたら、栓を開ける道具がない。
原始人か猿のように、あちこちに壜をぶつけて、最終的には洗面台にぶつけた時に開いた。 2本目は最初から洗面台にぶつけたので簡単に開いた。それはよかった。
ところがその時、事故が発生した。
その話は<旅の出来事>で改めて。


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