ノイズの正体1

 
 

 翌日カレーショップに出向いた笑子は昨日の出来事を杉原と島野に話した。
 2人は笑子の身振り手振りを入れての説明に笑い転げた。
 「あの村上という人のシツコいのなんのって、もうウンザリって感じ!」
 笑子は、そう言うとコーヒーを飲み干した。
 「それって村上教授の事ですか?」
 杉原が尋ねた。
 「よくは知らないんだけど、篠原さんと仲が良いみたいなんですけど」
 笑子が応えると杉原は「凄い!あの人に小言を言われないってことは学者としては一流だって証拠ですよ。流石は河村さん!」と黄色い声を挙げて言った。
 「ところでなんで武蔵国際大学の人が司会やってたのかな?主催が確か首都圏の国公立大学なのに」
 笑子が不思議そうに言った。
 「なんでも3年前まで篠原先生は東大で教授やってたらしんですが、その時から司会やってて村上教授と対等に、やり合えるのは篠原先生しか居ないという事だって聞きましたよ。それで大学を(私立に)移られても引き続きというか他に引き受け手が居ないというか」島野が言った。
 「なんでも東大の同期だって言ってましたよ、あの2人」
 杉原が付け加えた。
 「村上さんは、どこの人?」
 笑子が訊いた。
 「確か村上教授は京都大学で大学院の学生を教えているんじゃ?」
 島野が言った。
 「なんで京都大学の教授が関東の会合に?」
 笑子が尋ねると島野が「あの人が発起人なんですよ、あの会合の。なんでも『大学は相互に開かれていなければいけない。勿論民間にも開かれていなければいけないのは言うまでも無い』とか言って文部省(当時)に掛け合って予算をぶんどったらしいんですけど窓口が、うちの小野で渋くて『まずは関東の国立大学限定で始めては』と無理やり押し込んじゃったみたいですよ」と説明した。
 「『それじゃあ文部科学省からも毎回発表しろ』って村上教授が詰め寄ったみたいで。(国立天文台とか科学技術庁には優秀な人材が居ますから)それで毎回人員を派遣しているんですけど皆忙しい中時間を割いて参加してくれるのに、あの村上教授に撃沈されて敬遠されがちなんです」
 杉原が言った。
 「ちょっと待ってよ!ということは私文部科学省の仕事をやらされたの!?」
 笑子は興奮して言った。
 「スミマセン!」
 2人は立ち上がって謝った。
 「ところで昨日の要望書の件なんだけど来週中には揃うかな。少なくとも場所は、ここじゃ無理なんだけど」
 笑子が言うと2人は俯いて押し黙ってしまった。
 笑子は事情を察し「ふうっ!」と深い溜息をついて「参ったなあ」と呟いた。
 「すみません、私たち今年入ったばかりで下っ端もいいところで何も権限が無いんです」
 島野が申し訳なさそうに言った。
 「これさ、牛肉問題よりも深刻なんだけどな」
 笑子は再び深い溜息をついて言った。
 「光の次の新しいメディアですよね、小野から聞いてます」
 杉原が言った。
 「違う、違う!下手すりゃ第三次世界大戦すら起こりかねないくらいのトップシークレットなのよ。考え方によっちゃ原爆なんかよりも厄介なのに光だのなんだのと。ハッキリ言うわ。貴方たち、もし自分が可愛いいなら、この担当から外してもらいなさい」
 笑子が怒鳴った。
 「そんな事いっても、私たちの意志なんか通用しません。だって下っ端なんですから」島野が弱々しく言った。
 「それじゃあ今すぐ辞表を出しなさい。下手すりゃ命だって危ないのよ」
 笑子は更に声を荒げて言った。
 そしてレインボータウンでの恐ろしい事件の一部始終を2人に説明した。
 「どうして私が日本に居るか分かったでしょ」
 「今更そんな事言われても」
 「散々頑張って試験勉強して、やっとの思いで入ったのに就職して僅か一月で『辞めろ』なんて、アンマリですぅ〜」
 島野と杉原が次々と言った。
 「命が惜しくないの!?」
 笑子が興奮して言うと島野が「でも日本なら安全なんでしょ?」と聞き返してきた。「私が聞きたいくらいよ!」笑子は、そう言いたい気持ちを抑えて「仕方ないわね」と溜息をつきながら言った。
 その頃、アリゾナのレインボータウンではタカハシが警察署を尋ねて署長と話をしていた。
 「するとリッチーを殺害した犯人とカワムラ(笑子)の家を爆破した連中とは違うということかな?」
 レイナード署長が少し驚いた様子で言った。
 「ええ、リッチーを手に掛けた犯人は明らかに熟練したプロの殺し屋です。それに対してミス・カワムラの家を爆破した犯人(ガイアの連中)は素人もいいとこです。それに逮捕された時にはコカインで可なり酩酊状態でまともな受け答えもできないくらいでしたから、それにリッチーを殺害したと思われる犯人が犯行時刻の数分前と考えられる時間にリッチー宅に確認の電話を入れた時の声とは明らかに違います」
 タカハシの話を署長はひと言ひと言頷きながら聞いていた。
 「彼の直接の死因となったと思われる胸の刺し傷は可なり刃物の扱いに熟練した者でなければ不可能です」
 「それが分からないんだ。その胸の刺し傷が致命傷であることは疑う余地は無いのだが現場には数滴の血痕が床に残っていただけだし、部屋には争った跡が全く無い。そういう状況から導き出される結論は『別の場所で殺害され家まで運ばれた』ということになるが近所の人たちは『誰も不審な人物は来なかった』と申し合わせたように異口同音の答えしか返って来ない」
 レイナード署長がタカハシの話を遮って言った。
 「そこなんですがねえ、当初日頃から自分勝手な行動が目立つ被害者だっただけに隣近所からは快く思われてはいなかったが殺意を抱かれるほどでは無いし、誰かをかばっている様子も無い。近隣の住民達としては彼(リッチー)が居なくなってくれたのは有り難いが、不可解な死に方をしたので皆『何か面倒な事でも起きなければ良いが』と正直困り果てているようです」
 「一番困っているのは我々だよ。管内で起きた殺人事件なのに『一切手出しはならぬ』じゃ、お手上げだ」
 「それはもう、申し訳ないと思っています。なにしろ事件が事件ですから政府としても神経質になっているんですよ」
 「いや君に怒ってるんじゃ無い、君には感謝しているよ。君が居なければ全く情報が入って来ないだろう。それにしても一体全体何が起こっているというんだ?あの事件の翌日から妙な連中(正体は分かっているんだがね)が町の周辺の至る所にキャンプを張っているし。幾ら私服で誤魔化しても、あのゴツい体を見れば軍人それも可なり鍛えられた連中だって事は一目瞭然だよ。しかも皆同じ車種のキャンピングカーに、これまた皆揃えたようにペイントしたてと来たら幾ら無神経な連中でも分かるさ」
 「正直なところ我々(CIA)にも一体何が起こっているのかサッパリ見当がつかないんです。分かっているのは重要な国家機密に関して興味を持っている第三者が何かをし掛けたということです」
 「私には、その国家機密(400q上空の人工衛星から地上の話し言葉を盗聴するなんて何度聞いても信じられないが)自体うさん臭い話しなんだが」
 「今この話も盗聴されているかも知れませんよ」
 タカハシが意地悪そうに言うとレイナード署長は一瞬不愉快な表情をした。
 「実際のところ分かっているのは、この国家機密に興味を示し具体的に行動を開始している連中が2つ以上有ることだけなんです」
 その時デスクの電話から「署長、町長が見えられました」と女性事務員の声がした。
 「せっかく来てくれたのに申し訳ない。これからリッチーの件についての言い訳だよ。一体全体どう説明していいものやら。まさか『全てCIAに押さえられています』なんて正直に言ったものならトンデモない事になるし。君は茶でも飲んでゆっくりしていってくれ。」
 レイナード署長は、そう言って所長室を出て行った。
 タカハシは先ほど署長が入れた見慣れぬ丸い陶器の器の中のうす緑色の液体(緑茶)を恐る恐る口に運んだ。
 部屋を出たタカハシは1階ロビーで憮然とした表情の町長に引きつった笑顔で応対するレイナード署長の横をすり抜けて建物を出た。
 乾燥した空気のため室内では風通しさえ良ければ充分涼しいが直射日光を浴びる外は可なり暑い。空港で借りたレンタカーのドアを開けると焼け付くような熱気が伝わって来た。シートは火傷しそうなくらい熱かった。全ての窓を全開にして走り出したタカハシはウエストサイエンス社の工場に向かった。
 町を一歩出ると辺り一面の砂漠だ。
 至る所に砂の浮く路面は不用意なアクセルやブレーキ操作で突然スリップしたりするので時速50マイルでオートクルーズに設定して走らせた。この程度の速度では周囲の変化が全く無くまるで停まっているような錯覚に陥る。
 数分走ると路肩にキャンプを張る若いカップルが居た。
 彼らはタカハシの車を見ると陽気に笑顔で手を振った。
 彼らの横で車を停めたタカハシは「任務ご苦労さま!」と声を掛けた。
 車の中がタカハシだと分かったカップルは急に表情をこわばらせ姿勢を正し敬礼をした。
 「この辺りはガラガラヘビやコヨーテなんかも居るから気を付けてね」
 そう言って立ち去るタカハシに彼らは再び敬礼した。
 研究室ではカルロスとジョニーが青白い顔をして笑子の開発したプログラムを解析していた。
 「申し訳ないと思っている。今ボスを探しているところだ。もう少し我慢してくれないか」
 タカハシが伏目がちに言うとカルロスは「確かに何でも良いというわけにはいかないからな。部下の名を騙って犯罪組織と取引するようなヤツはお断りするよ」と薄笑いを浮かべながら言った。
 「それよりエイミーは、どうなっているんだ?」
 ジョニーが言った。
 「それが…」タカハシは声を詰まらせた。
 「聞かぬが華か?最初の話では向こう(日本)で開発を続けるということだったと思うが一体どうなっているんだ?」
 珍しくジョニーが興奮して問い詰めた。
 「日本政府の対応がいまひとつなんだ」
 タカハシがつぶやくように言った。
 「ところでエイミーは元気なのか?全くの音信不通で政府からは『一切連絡を取ることはならん!』じゃ余計な事を考えざるをえない。せめて向こうで何をやっているのかくらいは教えてくれても良いんじゃないか?」
 カルロスが端末操作を止めタカハシの方に向き直りながら言った。
 「『今後は日本政府が責任を持って研究開発をバックアップします』という外務省の御墨付きで一旦は安心したんだが話が、どこで食い違ったのか全くのほったらかしで下手をすると給与すら支払われないところだったんだ。なんとか国防総省の方で手を廻してもらって横田基地の光熱費から支給することが決まったのでホッとしている次第だ」
 タカハシの言葉にカルロスとジョニーは唇をかみ締めて黙り込んだ。
 「それじゃ急ぐので」
 タカハシは沈黙に耐え切れずに、そう言って部屋を出た。




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