ノイズの正体2 


 「ねえ島ッチ〜、加速度って何だっけ?」

 「速度を微分したものよ」

 「なんで?どうして微分するの?」

 「どうしてもなの!」

 「わかんないーい!!」

 「オラだって分かんねーだ!そげなことは帝大出た学士様にでも訊くだ」
 笑子は昨日イヴァノフから呼び出され朝から横田基地へ直行して居ない。

 杉原と島野は笑子の指示に従い高校の頃使っていた物理の教科書を家から持って来て自習しているがてんで的を得ない。

 突然ドアが開きスーツ姿の若者が中を覗き込んだ。

 「済みません、今日お休みです!」

 島野の言葉に彼は納得し顔を引っ込めた。

 「今日これで3人目よ。一体どうなってんのよ。ドアの取手には【本日休業】の看板ぶら下げてるのに」

 杉原が言った。

 「大体小野係長がいけないのよ。訳も分からず何でもかんでも部下に押し付けるから私たちが苦労するのよ」

 島野が言うと杉原も「んだ、んだ!」と相づちを打った。

 その時ドアが開いて背の高い白人女性が入ってきた。

 「閉店中です」

 杉原が言った。

 女性は杉原を無視して中に入ってきた。

 「ジャスト クローズド ナウ!」

 島野が咄嗟に英語で言ったが彼女は全く耳を貸さない。

 「カモン、モンキー!」

 彼女はドアの外に向かって言った。

 ショートカットの白人女性が大きな段ボール箱を持って入ってきた。

 「ドント セイ アゲイン!」

 机に段ボールを置いてショートカットの女性が怒鳴った。

 「ジャスト クローズド!」

 島野が再び弱々しく言った。

 「河村さんに言っといて。『スージーとモンキーが来た』と」

 背の高い女性が流暢な日本語で言った。

 通路に置いてあるキャスターに乗せてある段ボール箱4個を運び終わると背の高い方が「じゃ、頼んだよ」と言って出て行った。

 「感じ悪〜!」

 2人は顔を見合わせて言った。

 再び教科書を広げて勉強を開始すると直ぐに背の高い白人男性が入ってきた。

 服装から米兵である事は一目瞭然だ。

 「河村さんから、ことづかって来ました」

 彼は、そう言って20インチテレビほどの大きさの配線むき出しの怪しげな機械を置いて帰って行った。

 「カッコいいー!」

 「又来るかな〜?」

 2人は口々に言った。

 段ボール箱の方はパソコンだと分かるのだが配線むき出しの方は見当も付かない。

 「なんだろ?」

 「危ない機械じゃないだろうかな?」

 「例えば?」

 「例えば、うーん、風水で運勢を変えるとか」

 「それじゃ怪しい機械じゃない!」

 「それじゃ何よ?島っちも少しは考えなさいよ」

 「うーん、彼氏が出来る機械」

 「そういえば就職してから出会いが無いわね。職場はオヤジばかりだし」

 「しかも小野みたいなキモいのばっかりだし」

 「ああ、私の青春を返せ!」

 その時笑子が帰って来た。

 「何を返せって?」

 笑子が怪訝な顔をして訊いた。

 「何でもありません。それより…」

 杉原が言い掛けると笑子は机の上の段ボール箱に目をやり「来たのね」と言った。

 「これ何ですか?」

 島野が配線むき出しを指差して言った。

 「これはね、ここの屋上に有るパラボラアンテナに接続する機械よ。25種類の暗号と3000種類のプロトコルを同時に処理できる優れもので…」

 笑子が説明を始めると2人は口を開けて唖然とした表情をした。

 「要するにアリゾナと交信するためには、コレくらいないとダメってことかな」

 笑子は、そう言うと早速パソコンの梱包を解き始めた。

 小一時間ほどで組み上がったパソコンの電源を入れ初期設定を終えると笑子は2人に向かって「ねえ、これからデモするから、何処でも好きな場所を言って」と言った。

 「何処と訊かれても」

 島野が言った。

 「うーん、今衛星はバスク方面とカリフォルニア方面それに石川…そうそう、サハラ砂漠もオススメよ」

 2人は笑子の言う事が理解できなかった。

 「それじゃ私のお気に入りのカナダのヒグマのヌケ造を写すわね。彼ったら間抜けなのよ。せっかく取った鮭をキツネに取られたのも気付かず、傍に居たヒグマを犯人だと勘違いしてケンカするし…」

 笑子は楽しそうに言いながらパソコンを操作した。

 パソコンのモニターにはヒグマが大きく映し出された。

 ヒグマの映像を右から左から真上からと数台のカメラを巧みにアングルを変えて巧みに撮られたいる。

 「次は鳴き声」

 笑子が言ってパソコンのキーボードを操作するとヒグマの鳴き声が貧弱なスピーカーから聞こえてきた。

 「次は鳥の鳴き声」

 そう言って笑子がマウスを動かすとカッコーの鳴き声が聞こえてきた。

 「あれ、ちょっと待って!」

 笑子は、そう言って別のパソコンのモニターに表示されているグラフを見た。

 そして再びマウスを動かすと銃を持った3人の白人男性にカメラを向けた。

 「ここは鳥獣保護区よ」

 笑子は言いながらoutolook expressから何処かにメールを送った。

 「見てて、直ぐに面白いことになるわ」

 2人は相変わらず意味が分かっていない。

 1分も経たないうちにメールが返って来た。

 笑子は何やら数字を打ち込んでいる。

 十数分後2機のヘリコプターが飛んで来た。

 機体にはPOLICEの文字が書かれている。

 「ヤバイ!逃げろ」

 1人が言った。

 それは日本語だった。

 「ダメだ、囲まれている」
 
 別の1人が言った。

 アッサリと3人は捕まってしまった。

 警官の1人が空に向かって「サンキュー エミコ!」と言って手を振った。

 それとともに日が落ちて辺りは次第に暗くなって行った。

 「カッコいい〜!」

 島野が言った。

 「これバーチャル・リアリティって言うんですよね」

 杉原が言った。

 「これ全て事実よ。今起こったばかりの事件よ」

 笑子が言った。

 「またまた、河村さんったら人が悪い!」

 島野が言った。

 「それじゃ、これはどう?」

 次に映し出された映像は新宿アルタ前だ。

 「何かリクエスト無い?例えば誰かをズームアップしたり話し声を拾ったりとか」

 笑子が言った。

 「それじゃ、あそこのカップルの声拾えます?」

 島野が派手な格好の20才前後の若い娘と中年のカップルを指差して言った。

 「やだ!あれ望月課長じゃない」

 杉原が言った。

 「パパ、今度何時会える?」

 「今忙しいんだ」

 「そんな事言って私なんかどうでも良いんでしょ!」

 娘は男性を責め立てた。

 「これはニュースですよ。あの真面目な望月課長が、あんな若い娘と…」

 島野が不気味な笑みを浮かべながら言った。

 「悪い、ところでハルノブは元気か?」

 「最近家にも帰って来ないわ。新しいパパと上手くいってないの。ママも心配してるけど」

 「済まんな」

 男性はハンカチを手にとって涙を拭きながら言った。

 「なんか悪いもの見ちゃったかな」

 杉原が言った。

 「ところで河村さん、なんで望月課長を知ってるんですか?」

 島野が言った。

 「知らないわよ。会った事もないわ」

 笑子が言うと杉原が不思議そうに

 「でも今望月課長の事を詳しく調べてるし」

 と言った。

 「だから、これは3百キロメートル上空の衛星から撮影した今の映像よ」

 笑子の言葉に2人は益々不可解な顔をした。

 「詳しく説明すると暑い夏の日なんかに道路がゆらゆらと揺れて見えるでしょ?
 あれは大気が所々密度が変わるから光が屈折して、そう見えるわけ。
 ところで音も大気の振動でしょ?つまり微妙に大気の密度が変化するわけ。
 だからそこのところを調べれば音を拾えるの」

 「それって音が見えるって言っています?」

 杉原が言った。

 「そうよ」

 笑子が言うと島野が「そんな事出来るんですか?」と疑わしい顔をして言った。

 「今見たじゃない!」

 笑子が言うと島野は益々不可解な顔をした。

 「これは合衆国の国防総省が主導で開発を進めている新兵器で、もちろん極秘事項よ。でもそれが身内の裏切りで犯罪組織に情報が持ち出された形跡があるの。それは以前説明したでしょ。もしこのシステムが犯罪組織やテロリスト達の手に渡ったら国家機密なんて筒抜けよ。それに個人のプライバシーなんか無くなるわ」

 「で、私たちに何をしろと?」

 杉原が笑子に訊ねた。

 「だから手伝って欲しいの、これの開発を」

 「そんな無茶ですぅ〜」

 島野が言った。

 「そんな事今更言われても私だって困るわ」

 笑子が言った。
 
 




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