テロリスト 

 「地獄耳を知ってるか?」

 ペリエが言った。

 「良く知ってるさ。お前の事だろ。下らない痴話ゲンカの話から、果ては合衆国の機密事項まで、何処から嗅ぎつけるのだか呆れるばかりだ」

 ドクは分解した銃のグリスアップの手を休めずに言った。

 「いや、この俺なんか足元にも及ばないトンでもないヤツが現れたみたいだ。
 なにしろ300km先の話し声を聞き取るって話だ」

 ペリエはテレピン油に漬けた筆の先をパレットの上に盛られた緑色の絵具に乗せながら言った。

 「そのテの話なら良く聞くが全て食わせ者だ。どうした新しい宗教にでも入ったか」

 ドクは顔を上げようともせずに言った。

 「人間の話ではない。アメリカの人工衛星に搭載された画像解析装置の新機能だ。どうやら実用段階に入っているようだ」

 ペリエはテーブルに載せられたバケツに入ったシャンペンのボトルを取り

 グラスに注ぎながら言った。

 「またスターウォーズ構想みたいに一杯食わせる積りじゃないのか?」

 ドクは組み上げた銃を壁に掛けられたゴッホのひまわりの絵に向けて照準器を確かめながら言った。

 「おい、それは本物なんだからな。頼むぜ」

 ペリエは眉を吊り上げながら言った。

 「それじゃ、こっちはどうだ?」

 ドクは銃身をペリエに向けて言った。

 ペリエは銃を見つめた。

 ドクはゆっくりと引き金を引いた。

 回転式中のバレルが回りカチッと音がした。

 弾そうに弾は込められていなかった。

 ペリエはニヤリとして「悪い冗談だぜ!」と言った。

 その時ノックをせずに若いメイドがドアを開けて入って来た。

 ドクは銃をメイドに向けて引き金を引いた。

 バンという音とともに発射された弾はメイドの胸元をかすめた。

 「キャッ!」

 メイドは腰を抜かして座り込んだ。

 そして銃声を聞きつけたペリエの部下が3人駆込んで来た。

 「心配ない、持ち場に戻れ」

 ペリエは部下に言った。

 メイドは相変わらず腰を抜かしている。

 しかも失禁していた。

 「お前がノックもせず入って来るのが悪いんだ」

 ペリエはメイドを睨みつけて言った。

 「ワタシ シラナイ ヒトイルト シラナカッタ」

 彼女はたどたどしい英語で震えながら言った」

 「このバカモノが!」

 ペリエは彼女の顔を暖炉の横に置いてある金テコで思いっきり殴った。

 「キャン!」

 メイドは断末魔の声を挙げて絶命した。

 「こりゃ臭くてタマラン!」

 ペリエは鼻をつまみながら部屋を出た。

 そしてベランダに居た部下に「ゴミを片付けろ。ついでに部屋も掃除しとけ。あの女脱糞しやがってクセェんだ」と言うとサッシのガラス越しにドクへ目配せした。

 ドクは銃を置いたまま外に出た。

 2人はブリスベンの空港まで車を走らせた。

 「せっかく来てもらったのに済まない。躾の悪いメイドのせいで、こんな事になってしまって」

 「なにも殺す事は無いだろ。躾が悪いのは、お前がロクに世話しないのがいけないんだ」

 ドクはペリエの吸う葉巻の煙を手で扇いで除けながら言った。

 「あの小娘、部下達の数人と関係を持って最近少々頭に乗っていてな。俺を無視するような態度を取るから少し灸を据えようと思っていたんだ。まあ少しやり過ぎたかも知れんがな」

 ペリエは、そう言うと笑った。

 「可哀相に、未だ若いのに」

 ドクは窓の外の景色を眺めながら言った。

 「ところでアリゾナの仕事は、いつもながら素晴しいが特に良かったな」

 「あれは俺ではない」

 「また悪い冗談だな!」

 「本当だ。俺は向かいの家の物置の屋根から、ずっとヤツ(リッチー)の家を監視していたんだが誰も訪ねて来なかったしヤツも外出しなかった。そして昼前に突然警官隊が駆け付けて来て大騒ぎだ」

 「それは妙な話だな。じゃあ誰がヤツを殺したんだ?」

 ペリエがドクの方に顔を向けて言った。

 「それは俺が聞きたい」

 ペリエはガイアの連中と自分を二股に掛けたリッチーを殺すためにドクを向かわせたのだった。

 「ところで次の仕事なんだが」

 ペリエが言った。

 「次は誰を殺すんだ?」

 「いや殺さなくていい。脅してくれればいいだけだ」

 「ひと思いに殺さずにジワジワいたぶる訳か。相変わらず性格悪いな」

 「なんとでも言え」

 2時間ほどで到着した空港でドクを見送ったペリエは待機させていた自家用ジェット機に乗り込みロスに向けて飛び立った。

 夕日を背にして飛ぶ機体の前方にはドクの乗った旅客機が右へ反れて行くのが見えた。

 コクピットのレーダーには彼の乗る機の後方からロスに向かう旅客機の機影が映し出されている。

 他には機影は確認できない。

 ペリエはドボルザークの新世界のCDをプレーヤーに差し込んだ。

 そして自動操縦に切り替えてクーラーボックスからウイスキーのボトルを取り出して飲み始めた。

 



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