その名はノイジ−1 

  村上の紹介で自動車会社の施設の一部を使用する事が出来るようになり早速引越しをする事になった。

 カレーショップに有る荷物といえばパソコン3台(うちノート型1台)とモデム1個それに14インチのテレビくらいの筐体の無い配線むき出しの怪しいハード数機と大した事は無いのだが横田基地に預けておいた地獄耳の本体を搬入するのが、ひと苦労だ。なにしろ大型トラック1台分の規模と重量だから重機を使わないと搬入は無理だ。

 笑子たちがパソコンを乗せた車でひと足先に桶川に向かうと太田と長沢は既に建物の入口で待っていた。

 「へぇ!太田くん京大の大学院に通ってるんだ」

 笑子の紹介もそこそこに杉原が言った。

 背が高く体ががっしりしている上に細面の顔は所謂イケメンだ。

 それに対して笑子よりも僅かに背の低い長沢は完全に無視されている。

 自動車会社が経営する小型機専用の飛行場の管制塔横にある建物の最上階に案内された笑子は「それで、どの部屋を使えば良いんですか?」と案内してくれた30才前後の作業着姿の男性に尋ねた。
 
 「このフロアー全てです」

 男性は不思議そうに応えた。

 「えっ!」

 笑子は思わず呟いた。

 「余りに急だったもので、ここを空けるのが精一杯だったんです」

 彼は申し訳無さそうに言った。

 「いいんですか?本当に」

 笑子が言うと彼は「機材も多いし本当は1階がいいとは思ったんですが村上先生(彼は村上の教え子だ)が『1週間以内に用意しろ』って言うもんで私も色々探したんですが、ここがやっとだったんです」と言った。

 10人も入れば満員となるような地下のカレーショップから千人は優には入れるくらいの体育館並みの広さの空間へと移動したのだから皆どうしていいのか分からない。

 笑子、杉原、島野、太田、長沢はパーテーションの取り払われた広大なフロアの真ん中に椅子を並べて座り呆然と部屋を眺めるしか無かった。

 「とりあえずピザでも取りません?」

 島野が提案した。

 「そうね」

 笑子が言った。

 他の3名は黙って頷いた。

 そんな事で104に電話を掛け一番近いピザ屋を調べ注文した。

 ※後で分かった事だが隣の建屋に立派な食堂が有った。

 ピザを待つ間、笑子たちは窓から小型機が滑走路を走り離着陸を繰り返すのを黙って見ていた。

 すると大きな軍用トラック2台と大型クレーン車が舗装されていない細い道を通って、こちらに来るのが見えた。

 先頭の2台はホロを付けている。

 2台目のトラックの荷台には大型クレーン

 軍用トラックは明らかに自衛隊のものではない。

 笑子たちが居る建物の前で止まった3台の先頭のトラックから例の背の高い兵士が降りて来た。

 それを見た笑子は下に降りた。

 「例の機械『地獄耳』を持って来たんですが?」

 彼が言った。

 「この子(地獄耳)は何処へ行っても厄介ものね」

 笑子が腕組みしながら言った。

 「あのぉ〜河村さん…」

 杉原が恥ずかしそうに言った。

 「何?」

 笑子が怪訝な表情で尋ねると島野が「紹介してくれますか?」と頬を赤く染めながら言った。

 「そういえば自己紹介してなかったわね。私はエミコ・カワムラです」

 「ケネス・サミュエルソンです。皆は名前ではなく苗字から『サム』と呼んでいます。ですから『サム』で結構です」

 「私はケイコ・スギハラです…」

 杉原がそう言い掛けた時サイレンの音が聞こえた。

 皆が窓際に寄ると『埼玉県警』と書かれたパトカーが1台サイレンを鳴らしながら笑子たちの居る建物に近付いてきた。

 クレーン車の後ろに止まったパトカーから降りてきたのはベティたちだった。

 絵美の姿も見える。

 「あいつらだ!」

 島野が呟いた。

 「あら、知り合いなの?」

 笑子が島野に聞いた。

 「いえ、一昨日河村さんが留守の時パソコンを持ってきた連中です。名前は知りません」

 「お話中申し訳ないけど3時までにクレーン車を返さないといけないんだ」

 サミュエルソン中尉がレンタル会社の名前の入ったクレーン車を指差し言った。

 「ゴメンなさい!」

 笑子が謝った。

 笑子の指示で手際よく『地獄耳』を運び込んだサミュエルソンたちは早々に引き上げた。

 笑子は太田・長沢に指示しながら『地獄耳』の配線をし始めた。

 ベティとスージーはだだっ広いフロアのパーテーション工事を始めた。

 杉原と島野そして絵美は手持ち無沙汰となってしまい暫く彼らの作業を見守っていた。

 「暇だね」

 杉原が言った。

 「んだんだ!」

 島野が応えた。

 「河村さんの妹さん?」

 杉原が絵美に聞いた。

 絵美は少し困惑気味に杉原を見た。

 「だって河村さんの事を『お姉さん!』って呼んでたでしょ?」

 「違うよ、おねえさんとアタイは他人だよ。それにこのあいだ知り合ったばかり…」

 それだけ言うと下を俯いた。

 「それじゃ、あのガイジンさんたちのお知り合い?」

 島野が聞いた。

 「あの2人とも、おねえさんと一緒のとき知り合ったの。あの2人アリゾナの本当のおまわりさんなんだって」

 絵美の話に杉原と島野は興味を持ったようだ。

 「あの大きいほうの人はプリンスなんとか大学を出ているんだ?」

 「そう、東大にも留学してたんだって!」

 絵美が得意そうに言った。

 「げっ東大!!」

 杉原と島野は顔を見合わせて言った。

 彼女たちの脳裏には『東大=小野』という最悪のイメージが浮かんだ。

 別に彼女たちの勤務するオフィースには小野以外の東大出身者が大勢居るのだが何故か彼女たちの頭の中はそういう固定概念が定着しているようだ。




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