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■このごろ都にはやるもの−33 最首公司 (2007.3)
 「おめでとうゴアさん だけどモラルで地球は救えますか?」
ブッシュ氏に対する「勝利宣言」
 アメリカ元副大統領で、ブッシュ現大統領と接戦を演じたアル・ゴア氏が、自らの講演録を素材にしたドキュメンタリー映画「不都合な真実」(原題名Inconvenient Truth)で、アカデミー賞を受賞した。京都議定書を拒否し、アフガニスタン戦争からイラク戦争、そしていままた対イラン戦争を仕掛けようとするブッシュ政権下で、地球環境をテーマにした映画がアカデミー賞を受賞するとは、なんという皮肉だろうか。
 そのうえ、授賞式の会場で「これから重大発表をしたい」と、次期大統領選への出馬をにおわせながら会場の音楽をボリュームいっぱいに上げさせて、無言のうちに打ち消すというパフォーマンスまで披露した。それはブッシュ氏に対する「勝利宣言」とも受け取れた。この場面、当の大統領が見ていたら、どんな表情をしただろう。


「政治でなくモラルの問題」?
 わが読者も、この映画は見ていると思うので内容は省略するが、やはり大画面で南極の氷山が崩壊し、海に出た北極クマがすがる氷塊が見つからず住み慣れた海で溺死したり、アルプスの氷河やキリマンジャロの雪原が後退していく様子を大画面で見ると、これはえらいことだと実感する。私も同じようなことは本に書いたり、パワーポイントを使って講演しているが、迫力、説得力ではとても映画には及ばないと痛感した。
 ゴア氏は映画のなかでも受賞挨拶でも「環境問題の解決は政治ではない、モラルの問題だ」と強調しているが、本気でそういっているのか、比喩的にいっているのか、そこのところがよく判らない。
 人間は目に見えるものに対してはすぐ気づき、その対応を考え、行動に移す。エネルギーと環境問題も同じで、タンカーの燃料漏れや原子力発電の放射能汚染、核廃棄物など、目に見える事象については敏感に反応するが、普段乗っている自動車やバス、飛行機がどれほど大気を汚染し、温暖化を進めているかについては無関心である。「好都合」(convenient)から自動車に乗ってしまうのだが、その裏には「地球環境の破壊」という重大な問題が潜んでいる。地球を救うには「不都合」(incovenient)を覚悟しなさい、という意味なら「政治でなくモラルだ」ということは理解できる。


モラルで「好都合」は捨てられない
 例えば、私が飛行機で羽田から札幌まで飛ぶと、往復で約100kgの二酸化炭素(炭酸ガス)を大気中に出すことになる。日本人は年間およそ2500kgの二酸化炭素を出すというから、その25分の1を一度の札幌行きで出すことになる。JRを使えばどうか。JR東日本はLNG(液化天然ガス)による自家発電だし、JR北海道が購入する北海道電力は二酸化炭素を出さない原発比率がまだ2割程度としても両JRの乗客T人当りの二酸化炭素排出量は航空機の100分の1にもならないだろう。
 一度、新幹線を利用して札幌まで行ったことがある。運賃は航空機の「早割り」を使うと鉄道と大差ないが、鉄道の場合は青森か函館で1泊することになるので、その分が高くなる。最大の問題は時間だ。都心の事務所から札幌市内まではおよそ4時間で行くが、鉄道だと乗車時間だけで9時間。それにプラス1泊ということになる。まことに「不都合」(inconvenient)なのである。この「不都合」を「モラル」によって克服しようというのは、私にとっては無理である。では、どうするか? その答えはあとでまとめて出してみたい。


「戦争は最大の環境破壊」
 反核、反バトナム戦争で知られたスウェーデンの故パルメ首相(1927〜86年暗殺)は「戦争は最大の環境破壊」と喝破したが、21世紀に入ってからの戦争はすべてブッシュ政権のもとで、アメリカが引き起こしている。アメリカに限らず、イギリスでも日本でもイラク戦争に関与した国で、地球環境面からこの戦争を非難する声はいまだに聞こえてこない。イラクから自国兵を撤退させようという動きも、自国兵の安全を確保することであって「環境破壊を食い止めるため」ではない。だが、後世「地球環境破壊防止法」ができ、過去にさかのぼって訴追できるようになれば、戦争関与国は間違いなく「地球環境破壊犯罪国」とされ、ブッシュ大統領らは「地球環境破壊犯罪人」として告発されるだろう。
 近代戦争の特質を論じたクラウゼヴィッツ(1780〜1831年)は著書「戦争論」のなかで「戦争は政治の一手段である」と説く。さきの「戦争は最大の環境破壊だ」というパルメ首相の「戦争観」とクラウゼヴィッツの「戦争論」を組み合わせると「最大の環境破壊は政治の一手段」ということになる。
 環境破壊も地球の救済も、「モラル」ではなく、政治の問題だろうと私は思うのである。「モラル」で戦争や環境破壊を阻止しようとすれば、正直者がバカを見、律義者が損をする。とかく日本人は「武士は食わねど高楊子」とやせ我慢したり、「清貧の思想」に自己陶酔しがちだが、鎖国時代ならともかく、グローバル化した「地球時代」にそんな精神論で地球は救えない。


欲をもって欲を制す
 人間の無限の欲望は「種」を残そうとする自然の摂理に基づくもので、これは他の動物も植物でさえも生来保有しているものだ。それを「抑制」しても効果は一部か、あるいは一時的で長続きはしない。では、その欲望をどう抑制するか?欲望を抑制するには、「欲望」をもってするほかない。つまり、「好都合」は「不都合」よりも高くつく、「不都合」を選んだ方が得をする、儲かるという経済システムを地球規模でつくることである。人間の「モラル」に訴えるよりも、「欲望」を利用する方が地球環境を守るためには効果的だと考えたい。いかがでしょう、ゴアさん? いや、皆さん。
(2007年3月1日記)

 
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