| ■「民主主義は過激な思想だ・・・」Ｍ・ムーアの「シッコ」を観る 最首公司(2007.8) |
ひところハワイで出産する人たちがいた。生まれたこどもにアメリカ国籍を取得させるためだが、その裏には万事、アメリカの方が日本より優れているという認識があったのだろう。いまもそういう若者がいるかどうかわからないが、マイケル・ムーアの新作「シッコ」を観たら「もうアメリカはご免だ」だと思うだろうし、昔、ハワイで・・・と思って未遂に終わった中高年は「あのアメリカがこんなに堕ちたのか」とため息をつくだろう。
マイケル・ムーアは「華氏９・１１」でブッシュ政権の虚構を映像記録と自身のインタビューで痛快に暴いたが、今回取り上げたのはアメリカの医療制度。裸足の老女が方向感覚を失ったようにうろついている。シカゴの大学付属病院でタクシーに押し込められ、自宅近くの道路で無理やり降ろされたという。医療費が払えなくなったからだ。
９・１１事件の際、人命救助や消火活動に当たった消防士は、直後「英雄」と讃えられたが、あれから５年、いまではすっかり忘れ去られ、病床でぜいぜいいいながら吸入器を抱えている。哀れなのは、たまたま休暇でニューヨークに来ていて事件に遭遇、現場に駆けつけて救助活動に専念した州外の消防士たちだ。彼らは救助活動に当たったという確たる証拠を示さないと、全世界から寄せられた義捐金の医療援助を受けられない。
なぜ、アメリカでは貧しい人が医療を受けられないのか？マイケル監督は議会とその周辺で活動するロビーストの映像をつないで「政治家が医師団体や医薬品業界、保険業界から多額の献金を受け、買収されているから」と謎解きをする。このときも「ブッシュが最高額の献金を受けている」と明かす。
ここまでなら、並みの告発ドキュメンタリーである。が、さすが“突撃監督”の異名をもつマイケル・ムーア、これらアメリカ医療制度から見放された患者を伴い、フロリダからボートに乗ってキューバに向かったのだ。
内外の人権団体から９．１１容疑者を収監したキューバ・グアンタナモ基地で拷問が行われているという非難声明に対して、米政府は議会で「彼らの人権は守られている。例えば医療などはアメリカ以上だ」と証言する。「それでは、そのグアンタナモ基地で治療してもらおうではないか」というのがムーア一行の狙いだが、案の定、追い返される。
次なる手は、アメリカが４０年以上も経済制裁を課している敵国キューバでの治療だ。ここで患者たちは最新のＭＲＩ検査から伝承医療など手厚い治療を受け、笑顔を取り戻す。入院費も治療代も無料と聞いてびっくりした患者たちは「薬代も？」と尋ね、「それも無料です」といわれて「それならたくさん頂戴！」と薬を抱えて帰国する。
次にマイケル監督が向かったのは、同じアングロサクソンの英国。ここで「揺りかごから墓場まで」の英国流福祉制度の実情を紹介する。同じルーツのアメリカと英国、どうしてこうまで違うのか？監督は率直に疑問をぶつける。答えるのは英国の元上院議員。
「英国は民主主義国家だ。民主主義というのは過激な思想で、共産主義よりも過激だ。なぜなら選挙によって政府を代えられるからだ」・・・ということは、アメリカは民主主義国家でないということ？
監督は次にフランスに飛ぶ。職場でけがをした若者。治療がすんで退院し、仕事に戻れるはずだが、「さらに２週間の休養を要す」という診断書をもらう。若者が向かったのはバハマ諸島の保養地だ。ここで目一杯「休養」を楽しみ、やる気まんまんとなって職場に復帰した。この間、給与の７割が会社から支給される。
女性の出産休暇、夫の育児休暇などなど、アメリカでは考えられない豊な生活を送るフランス人。そこでまたもやインタビュー。「どうしてなの？」と尋ねる野球帽姿の監督に若者や老人が答える。
「この国では政府が国民を恐れている。いつデモやストされるか判らないから」と答えたあとの映像は授業料値上げに反対する学生のデモ行進、続いて待遇改善を要求する消防士たちのデモ行進。「アメリカはその逆で国民が政府を恐れている」。（０７年８月１５日記）
題名の「シッコ」(sicko)は「病気」の俗語。アメリカの医療制度は「ビューキだ」との意？８月２５日から東京では「渋谷シネマＧＡＧＡ！」「シャンテシネ」「新宿ジョイシネマ」「シネ・リーブル池袋」で上映される。
※「SICKO」ホームページへ：別ページが開きます。
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