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2回東京マラソン

 

2008217日開催 天候:晴れ

記録

Full Marathon Gross time 031625 (Net time 031609) 

男女総合1500/26654名中   男子総合1443/20728名中   男子50歳代別50/1734名中

レース記

目次

    1.   当日の朝

    2.   出発

    3.   スタート前の準備

    4.   スタート直前

    5.   スタート

    6.   新宿〜飯田橋

    7.   飯田橋〜日比谷公園

    8.   日比谷公園〜品川駅前折返し

    9.   品川駅前折返し〜銀座

  10.   銀座〜雷門〜銀座

  11.   銀座〜豊洲

  12.   豊洲〜フィニッシュ

  13.   フィニッシュ後

 

 

銀座中央通りを走る筆者

1.

当日の朝

 

朝は目覚ましをかけて午前5時に起床。

レース当日朝の私のスケジュールは、まず冷たいお茶を飲んでから朝食。時間を見るためにTVをつける。

食事はだいたい、生卵かけご飯と納豆、野菜ジュースにバナナ1本。そのあと洗顔して着替えてから、出発20分ほど前に最後にトイレに行く。朝早過ぎるので最初お腹は完全に活動していないので、大きい方のトイレはいつも最後だ。会場に着いてからトイレに行くのは落ち着かないので、私は基本的に家で済ませることにしている。

またもちろん、レース準備は前日に済ませておく。仕事などが忙しくて当日の朝に準備をしたことが時々あるが、忘れ物をするなどろくなことはない。

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2.

出発

家は610分ごろ出発。

スタート地点への整列開始は8時から、また駅から会場までは徒歩で15分ほどかかるなどの時間を勘案し、新宿駅には7時ごろに到着できるように逆算して、国立駅631分発の電車に乗る。

新宿に到着。予定通りに7時ごろに新宿駅に到着したので、駅のトイレにまず行き小の用を済ます。トイレはこの時間全く混んでいない。駅内コンコースではランナーと思しき人々が西口改札に向って歩いている。ところで、私は荷物預けのビニルバッグ(といっても巾着袋型)だけを持って来たが、他のランナーはリュックなどを担いでいて、ビニル袋はリュックの中に入れているようだ。その方が確かに持ちやすい。このビニル袋は結構大きく紐も長いので実は持ちにくいのだ。次回はリュックに入れて来よう。(もちろん、リュックがビニル袋に入ることを確認する必要はあるが。)

荷物預けのビニル袋

駅から都庁までの地下道はほぼランナーのみで、平日の午後の人通りよりも混んでいない程度。(地下道脇には動く歩道があるが、この時間は停止。)

都庁の手前で係員にゼッケンをチェックされる。会場の都庁周辺は選手や係員以外は立ち入り禁止である。つまり家族などの応援は、スタート近くでは出来ないと言う事だ。

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3.

スタート前の準備

都庁周囲の道路は東西方向と南北方向とが井桁状に重なって交差しており、南北方向が上になっている。それで都庁舎の東側には、1階レベルだがちょうど南北方向の道路の真下になっていて周りを壁で囲われた地下のような広い広場がある。第二都庁舎前のこの空間は、選手の更衣場所になっていて、テントで覆われた更衣室がある。ここは風が吹き込まないので外に比べると寒くない。私はこの更衣室で着替え、スタートまでをここで待つことにした。

前日に受付で貰ったアミノヴァリュー(顆粒)を一袋、家で作ってきたヴァームドリンクで飲む。続けて何回かに分けてヴァームを飲み干す。その後ストレッチ。荷物を持っているとウォーミングアップもままならないので、早々と730分過ぎに荷物を預けた。荷物預けは、この時間帯はまだ混んでいない。そして、この半地下空間のような場所でストレッチ&片道100mほどのをジョグでウォーミングアップをした。しかし、しだいに増える選手でこの場所も一杯になってしまい、走れなくなってしまった。ちなみに、事前に貰った防寒用のビニルかぶっているが外は寒くて、外に出てまでアップをする気には到底なれない。気温は零度に近いのではないだろうか。しょうがないので、うろうろしながらスタート集合開始の8時をここでじっと待つことにした。考えてみれば会場到着が30分ほど早かったかもしれない。

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4.

スタート直前

出来るだけ前に並ぼうと810分頃にスタート地点に着いたがまだこの時間ではランナーはちらほら。人数が少ないので寒い。スタート地点はアルファベットでブロックが定められており、各ブロックへのゲートもそれぞれ限定されている。そのゲートでは、係員がゼッケンのアルファベットをチェックしている。このアルファベットは、Aは陸連登録選手、その後は、申込の申告タイム順だろう。ランナーが違うブロックに入らないように、係員は厳しくチェックする。なお、Aブロック選手のゼッケンは前後に両方付いているが、B以降は前のみなので、Aブロックでは後ろから見るとA以外のランナーが混じっていると直ぐに分かるようになっている。

スタートに並んで寒い中を待っているとまた小用を足したくなってきて、近くのトイレに行った。スタート地点近くにも仮設トイレがある。しかし、この時間になるとトイレも混み合い10人ほどの列を作っていた。10分近く待ってようやく用を足して戻ると、スタート地点にはかなりの人が増えて、枠最前列から10列以上並んでいた。と言う訳で、トイレに行ったためにスタートの並びが少し後ろになってしまった。寒くていつもよりもトイレが近くなってしまった。と言っても、レース前に意識的に水を控えることはあまり良くないと思う。

そうこうしている内に、ビートルズのレボリューションがかかり開会式が始まった。様々なゲストの紹介と挨拶。

さぁスタート5分前だ。防寒用のビニルを脱ぐ。勢い良く脱いだらビニルの端が眼鏡のつるにひっかかって、眼鏡が地面に落ちてしまった。やばい。ランナーがひしめく狭い場所に落ちたので、前のランナーが後ずさりなんかしたら踏まれてしまう。あわてて拾い上げた。ランナーがひしめく場所で、拾うために屈むのも精一杯だ。もし踏まれて壊れなどしたら大変。スタート前の小さなハプニングだった。脱いだビニルはスタート後、道路脇に捨てようと思い、クルクルと巻き取って右手に握った。ニューヨークシティマラソンで、スタート前に脇の道路にウインドブレーカーを投げ込んだのを思い出した。

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5.

スタート

車椅子の部に続いて、910分石原知事によるスタートの号砲が鳴った。一斉にスタート。選考会選手に続くAブロックの先頭から10数列目だったので、スタートラインまでは50m程度か、時間にして20秒ほど掛かった。スタート後まずは一直線に北に走り、300mほどで右折。

スタートしてからすぐに沿道には凄い人だかりだ。応援している人にとっては、あまりにランナーが多くて、目当てのランナーを探すのは至難の業だろう。なにせランナーが河の水のように流れて行くようなものだから。一人ひとりのランナーは水の粒のようなものだ。混雑のためスタートで転ぶ人もいた。沢山の人がいると色んなことが起きる。

スタート直後、新宿超高層街を走る

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6.

新宿〜飯田橋

北大通りに入り、住友ビル、三井ビル、センタービルなどの超高層ビルを右手に見ながら駆け抜ける。そして建設中の網目の奇抜なデザインの東京モード学園超高層ビルを横目に左折し、JRの大ガードをくぐり靖国通りへ。大ガードの手前で「浅利純子」選手に追いつく。ゲストランナーはゼッケンに名前が書かれているのですぐに分かる。

大ガードを過ぎると左手が歌舞伎町だ。すぐに東京六大学の応援団がブラスバンドに合わせ応援している。聞こえるのは東大の応援チャンスパターン、チャンス到来にかかる曲「不死鳥の如く」だ。ここでは六大学が順繰りに応援をしていく。実は私は東京六大学の応援に関しては詳しい。だいたいの応援歌はどこの大学のものかは凡そ把握している。靖国通りは、幅40mほどの広い通りで中央に柵の分離帯がある。両レーンともマラソンに開放されているが、この時間帯ほとんどのランナーは右側を走行。

新宿三丁目を過ぎ、曙橋、市谷へと走る。陸上自衛隊市谷駐屯地前では自衛隊ブラスバンドが演奏中。曲は「宇宙船艦ヤマト」だ。このあたりは大きく下っていくところでスピードが自然に上がり気味。このコースは、スタートしてから皇居手前の竹橋(約7km)までは地形的に下っている。だからスタートして身体が温まって来て丁度スピードが出るのと重なるので、オーバーペースにならないように自重する心が必要だ。うっかりすると調子が良いと勘違いし、オーバーペースになる危険性を孕んでいる。

市谷駅手前から堀に沿って外堀通りに入る。ここは右手に堀があり、そちらから陽が差して寒さが幾分和らぐルート。市谷〜飯田橋間の5km地点に初めての給水ステーションがある。給水ステーションは全部で15箇所。ほぼ23kmごとに設置されている。バナナやパンなどの食物は22km以降からで、ほぼ56kmごとに用意されている。フルマラソンのレースの中でもかなり手厚いエイド体制と言えるのではないか。そして5kmを過ぎて飯田橋駅過ぎで右折。

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7.

飯田橋〜日比谷公園

飯田橋駅を過ぎ、飯田橋、西神田の街を通って竹橋へ。途中、ビルの広場で和太鼓の演奏がある。相当な迫力で、走っていても体に振動が伝わってくる。ビル玄関のガラスは大丈夫なのかなと思ったりしながら走る。

竹橋からは皇居沿いのコース。堀に沿って大きく右に曲がると真正面に東京タワーが見える、絶景のポイントの一つ。皇居前のテントでは皇宮警察のバンドが演奏の準備中。少しトイレに行きたくなってき始め、コース脇のトイレの表示を見るたびに思案しながら通過する。なお、トイレは公園などの仮設トイレや地下鉄のトイレも使え、コース中数はかなり多い。皇居を通ると日比谷公園脇の日比谷通りへ。日比谷公園は10kmのフィニッシュ地点で、公園前では10kmに出場の「有森裕子」選手が、声を枯らしてフルのランナーを応援していた。通り際、手をハイタッチして彼女の力をもらった。

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8.

日比谷公園〜品川駅前折返し

芝増上寺前の先行ランナー

日比谷公園からは品川駅手前で折り返すコース(片道約5.5km)なので、先行ランナーとすれ違う。ぼんやりとした記憶では、私が先頭グループとすれ違ったのは12km手前あたりだったように思う。そのとき恐らく先頭グループは18km過ぎを走っていたことになるので、約6km余り離れていたことになる。私のペースが4.5/kmほどで、先頭は3/kmくらいだろうから、計算上でもやはり6kmほど離れていたことになる。

日比谷通りをほぼ真っすぐ走り、芝五丁目で第一京浜国道にぶつかるので、斜めに道なりに右折して入る。すぐの田町駅前を過ぎたところで、三田中学校前に仮設トイレがあったのでそこで小用を足す。ちなみにトイレを使う場合、地下鉄のトイレだと階段を下りたりせねばならず、公園内の仮設トイレの方が近い。トイレに行ったため、ここでのラップはその前後と比べ30秒ほどロスした。

この辺りまで来ると周囲のランナーの密度は、最初の靖国通りの頃と比べるとかなりバラけてきており、前のランナーを抜くためによけながらとS字に走ると言う状況ではなくなった。

反対側の戻りコースのビルの前では、チアリーダーが掛け声をかけて応援している。あとで調べると日本財団ビル前なので14km過ぎだが、この辺りから自分のペースが徐々に落ち始め、少しずつ後ろのランナーに追い抜かれることが多くなり始めた。

ところで、このレースは距離が1kmごとに表示されているので、今回1kmのラップを採りながら走った。私は、フィニッシュタイムの予想を3時間20分から30分の間として、目標タイムを3時間20分とした。だからペースの目安は平均444/km程度になるが、ペースは徐々に落ちていくので最初の5km22分ほどで入ることにすると、ラスト5km25分程度に抑えなくてはならない。つまり、スタートは424/km程度(つまり22/5kmのペース)で入り、ラストは5/km25/5kmのペース)を目安とした。これでいくと、5km 24秒ずつ(1km45秒ほど)ペースダウンしていっても良いことになる。この設定を頭に叩き込んで、ペースと身体の調子を気にしながら、つまりスピードコントロールをしながら走ったつもりだった。しかしどうしても設定と離れてペースが上下するので、最初の下り坂によるタイムの貯金と後半のペースダウンによるタイムの吐き出しを差し引き計算しながら走っていた。あとから振り返ってみると意外に心に余裕があったのかもしれない。

泉岳寺前を過ぎると折返し地点(15km+数百m)が見えてきた。その手前に給水ステーションがあるので、ここで一息。折返し点は応援ですごい人だかりだ。品川駅の手前なので応援には便利だと思う。折返し手前右手にトヨタレクサスのショールームが見えたのがなぜかしら頭に残っている。そして、折返し点のポールにタッチしながら前のランナーに続いて回った。

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9.

品川駅前折返し〜銀座

そして、折返してからは来た道の反対側のレーンを戻っていく。反対側のランナーとすれ違うけれど、道幅が広いので知り合いランナーを探すことは難しい。それでも「やぁ、頑張って」なんて声を掛け合っているランナーも結構見かける。そして18kmあたりまで来た頃に、先ほど先頭グループとすれ違ったことを思い出しようやくここまで来たかと思った。

新橋あたりの日比谷通りでは、なぜかしらニューヨークの一番街(1st Avenue)を走ったときの風景を思い出した。想い出の中の街の景色が似ていた。走っている時って突然そんなことも思い出す。そして、帝国ホテルの前を過ぎて、晴海通りへ右折。

ペニンシュラホテルの前を過ぎると21km表示があり、また100mほどでハーフ地点つまり中間点の表示がある。まだそんなに疲れは感じていないものの、後半の同じ距離をこれまでと同じペースで走るのは難しい感じがした。それで少しペースを意識的に落とし、ペースダウンをコントロールしていきたいと思った。こう書くとすごく冷静に走っていたように見えるが、実はぼんやりとそんなことを考えながら走っていたと言うのが正しい。しかし、なかなか緻密なコントロールは出来ない。ちなみにハーフ地点のタイムは1時間3247秒。トイレでの約30秒のロスを差し引くと、先日1月の中ごろに走った横田フロストバイトハーフより1分ほど速い。しかし不思議に横田の時ほどの疲労感はない。さらに晴海通りを走り、和光と三越の交差点を左折。カーブで応援の人に近づくと、「頑張れ」の声が耳元ではじける。ここからが中央通りだ。銀座の目抜き通りで、さらにすごい人・人・人だ。

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10.

銀座〜雷門〜銀座

ここから雷門(約28km地点)まで行き折返す。このコースは片道約6.5kmの距離。銀座から京橋そして日本橋へと中央通りを走る。京橋の22kmエイドステーションではバナナが初めて出るのだ。ボランティアから手渡しで1/4切れほどをもらった。ありがとう。

銀座三越の角から雷門までは往復約13km。日本橋高島屋の先から雷門までは往復約10kmの目安だ。距離表示を見ながらあと何kmと考え始めるようになった。これは、経験から言って疲れてきた証拠。出来るだけあと何kmと考えないようにする。23km辺りで折り返して来た先頭ランナーとすれ違う。入船選手だけが分かったが、アッと言う間で、あとのランナーは誰か分からない。私と先頭とはここでほぼ10kmの差ということだ。

日本橋の町から茅場町、日本橋浜町、浅草橋、蔵前などを過ぎてようやく雷門前へ、ここでは街区をグルッと廻ってUターンする。ここもすごい人だかり。雷門前では道路を封鎖してイベントの真っ最中だった。私が通過したときはちょうど「かっぽれ」をやっていた。立ち止まって見たいくらいだった。街区をUターンするとすぐに28km地点。ここで、ガス欠でジョギング状態の、ゼッケン番号三桁の選考会選手を二人抜いた。彼らは恐らく前半の下り坂でオーバーペースだったのだろう。一流選手であってもオーバーペースは体内の糖質エネルギーを枯渇させ、全く走れなくしてしまうのだ。先日の大阪国際女子マラソンでの福士選手もそうだった。

雷門前を折り返すと、あとはとにかく三越前まで戻る。浅草橋を過ぎたあたりから、1kmラップが440秒を越えるようになっていた。予定では30km448/kmの目標ラップなので、ちょうど予定のペースに近づいてきたことになる。あとは前半の貯金を切り崩しながら、如何に5分前後まで持ちこたえるどうかだ。戻りの明治座前では、所属クラブの「霞ヶ丘楽走会」の面々が陣取って応援をしているはず。目印の幟を探しながら走ると、歩道脇に見つかった。応援している方は大勢のランナーの姿で、なかなか見つけにくいもの。こちらから「オーイ」と両手を振って合図する。

そして茅場町の交差点を曲がってまた日本橋へ。この茅場町で約32km。あと10kmとなった。時計を見るとスプリット(スタートしてからの合計タイム)は2時間24分ほど。これは予想よりかなり速い。疲れが走りに出始めているが残り6/kmで走っても、3時間30分は充分クリアできそうだ。そう思うとだいぶ気が楽になってきた。

日本橋の交差点を左折してまた中央通りへ。このあたりになると1kmラップが450秒を過ぎ、ラップを取るごとにドンドン5分に近づいてきた。京橋のエイドステーションで、二度目のバナナを摂る。そして京橋の高速をくぐって銀座の街に入る。34kmの銀座のど真ん中を過ぎた辺りから、一気にではないもののジワジワと他のランナーに抜かされ続けていることに気が付く。私が抜いていくこともたまにあるが抜かされる方が多い。そして銀座三越の角を左折し、晴海通りへ。

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11.

銀座〜豊洲

35km地点のラップでは、とうとう5/kmちょうどになった。それで、これからの残りは出来るだけ5分から離れないようにと思いながら走る。

35kmを過ぎると、運河を越える大きな佃大橋のスロープが目の先に見え始めた。長い坂になっているのが遠くからでも良く分かる。しかし橋に到達してみると、登りは心配していたほどきつくはなかった。登り坂の部分は2300mほどか。ここでは周りのランナーに抜かされるわけでも、私がガンガン抜いていくわけでもなく、周りの皆とほぼ同じ程度の速さで登って行く。皆、ハァハァ言っているのが聞こえる。この辛さが自分だけではないことが気持ちを支えてくれる。橋が自動車専用道路のせいか応援の人々は誰もいない。代わりに沿道係りのボランティアの人達が、メガホンで声援を掛けてくれる。彼らもランナーなのか、声の掛け具合がつぼにはまっている。ここは、このマラソンコース上唯一の、一般応援がいない区間だ。とは言っても、登り口の坂ではマンションのベランダから子供たちが声を張り上げて応援してくれるし、橋を登り切ると上の歩道にはまた多くの応援の人達がいる。橋の上は見通しが良い。右手には運河と超高層のマンション群が見え、さらに遠くにもウォーターフロントの風景が見える。登りきったのと視界が開けたのとで、とても開放感のある場所だ。そして佃大橋の上がちょうど36kmになる。

37km地点で時計のスプリットを見ると、2時間4924秒ほど。ここでのラップは56/km。あと5kmだが、3時間20分にまだ30分近くもあるので、6/kmのペースで3時間20分きりが出来る見込みが出てきた。しかし、エネルギーがそんなに残っていないのもよく分かるので、一気にペースダウンということも十分あり得る。無理は出来ない。とにかく、残りあと12km辺りまでは我慢しながら走るしかない。とにかく我慢である。

そして、晴海から豊洲に入るところにも橋があり若干のアップダウンがある。

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12.

豊洲〜フィニッシュ

豊洲の街に入ると、マンションやショッピングセンターなどが並ぶ広い道路が見えてきた。ここは最近出来た新しい街だ。道路は広く走りやすい。マンションに住んでいる人が多いせいか、応援も多い。ここで38km

 豊洲駅近くの高層ビルの前を走る

また橋を越えて東雲に入り倉庫が並ぶ通りに入っても、応援の人は途切れない。39km過ぎで、道路にランナーが一人倒れて、係りの人がそれを囲んでいた。足は全く動いていないけど、大丈夫だろうか。レース中、初めて倒れているランナーを見た。私も無理をしないように、と心でつぶやく。

有明に入るとあたりはまだ原っぱが残っている。ここは東京都が埋め立てをしたところでまだ空き地も多いが、そのような所にもずっと応援が切れずにつながっていた。そして40km地点を過ぎ、有明コロシアムの手前を左折すると最後の登り坂がある。これは湾岸高速道路をまたぐ大きな歩道橋だ。登り始め辺りが41km地点ですぐに「後1km」の表示もある。上を見ると新交通システム「ゆりかもめ」の高架軌道が走っている。そして目の前にはフィニッシュのビッグサイトが見える。

 41km過ぎの新交通ゆりかもめ高架下を走る

フィニッシュはビッグサイトの東端だ。ビッグサイトはその名の通りにすごく大きいので、これが見えたと言ってもフィニッシュライン迄は未だ500mほど残っている。ビッグサイト沿いに300mほど走り、ビッグサイトの敷地内に入ってもまだ200mほど走ると、ようやくフィニッシュだ。ビッグサイトの横に着いて残りの500mから、自分なりにかなりペースを上げたつもりで感覚的には4/kmの前半位までいったかなと思ったが、後で時計を見ると5/kmをようやく切った程度だった。ペースがどんどん落ちていたところだったので、4/km後半でも速いと感じたのだ。

フィニッシュゲートは二つに分かれており、どちらでも良い。私は左側のゲートでフィニッシュ。計時を見ると、3時間1625秒。

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13.

フィニッシュ後

フィニッシュ後はどんどん歩いていって、不織布でできている防寒ポンチョを貰い、その後水(東京の水と言うブランド)、バナナ1本、栄養食品などを貰っていく。そして最後にシューズのチップを取りメダルを貰う。なお、このレースではチップはシューズの紐にプラスティックの帯で留めるので、紐をはずさなくても良い。係員に帯をハサミで切って貰う。

展示場内の荷物返却場所では、ボランティアの人が待ち構えており、遠くからゼッケンを見て、窓口に着くころには荷物を持ってきてくれるので、全く待たなくても良い。第一回目はずいぶん待たされてと聞いたので、係りの人数を増やし改善したのだろう。

着替え場所は隣の展示室でここも広い所。ここでは、アンパンとおにぎりを配っていた。ところで、帰る途中で今は陸連の強化委員長をしている高野進氏とすれ違った。私が抱いていたイメージよりも背が高く、まだ現役選手の身体をしていた。当然と言えば当然かもしれないが。世界的なアスリートだった人は身体が違うなと思った。

 ビッグサイト内の待ち合わせ場所(バルーンにイニシャル文字がぶらさがっている)

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レースの反省

レース前には目標タイムを3時間20分としたが、実際には3時間30分を切れれば良いという考えでおそらくペースは落ちていくはずだから、目標は実際の予想よりも少し高くしようということで目標を3時間20分とした。3時間20分のペースとは平均444/kmで、5kmのタイムだと2342秒ほどになる。ペースはレースが進むに従い落ちていくから、今回は最初の510kmと最終の3540km5kmタイム差を3分と想定(というか目標)とした。すると平均444/km程度の場合は、最初の510kmを約22分として、最終の3540kmを約25分とすればよいことが分かった。それで各5kmの目標ラップを下記のように計算した。

レース結果(NetTime)と照らし合わせてみると下表のようになる。

目標

結果

差(目標-結果)

距離

ラップ

距離

ラップ

ラップ

05km

2200

05km

2129

31

510km

2224

510km

2131

53

1015km

2248

1015km

2221

27

1520km

2318

1520km

2214

104

2025km

2342

2025km

2226

116

2530km

2412

2530km

2357

15

3035km

2436

3035km

2437

1

3540km

2500

3540km

2557

57

4042.195km

1100

4042.195km

1117

17

合計

31900

合計

31609

251

結果は、合計では目標よりも3分近く早くフィニッシュできたが、ペースを均一に落していくことは難しかった。最初の5km22分に近いペースでいこうと意識したが、その後25kmあたりまでは体力があったためか、ペースを維持していこうとする自然な身体の無意識の反応があり、元気な体調の中でペースを落としていくことは難しかった。個人的には、意識的にペースを落としていくことは、恐らく有り得ないだろうなと思われる。

今回、東京マラソンでは1kmごとの距離表示があったので、1kmごとにラップを計測した。その結果が下図だ。その平均ラップは439/kmで、5kmのタイム換算だと2315秒のペースになる。平均439/kmのラップと言うのは、たまたま2425km間の実績の1kmラップと重なる。

左図を見ると、ペースの落ち方(変動)はスタート〜24km間(前半)と25km〜フィニッシュ間(後半)ではかなり違う。前半は平均して0.8/km程度のペースダウンだったが、後半は2.5/kmのペースダウンと前半の約3倍の落ち方になっている。前半の0.8/kmは目標としたペースダウンとちょうど同じだった。しかし、これが25kmからは一気に3倍のペースダウンになってしまった。この結果はやはり最初のペースが早かったからだろうか。

後半のペースをよく見ると、A間(2426km)でペースがガクッ(7.5/km)と落ちて、そこで少し遅くなったおかげで楽になったのか、B間(26km32km)ではそのペースを維持出来て、この5km間の変動は小さくなっている。しかし、

それでもやはり体力は徐々に消耗しており、32km41kmC間)はぐっとペースダウン(2.8/km)してしまった。

でも最後の1kmD間)はいつものようにペースアップ(39/km)している。

結論から言うと、やはりこの大きくペースが落ちるC間(26km32km)のペースダウンを抑えたいと思う。

次回のフルマラソンでは、この区間(26km32km)のペースダウンを抑えることをまずは目標にしたい。できれば今回実績の半分の1.4/km程度に抑えたいものだ。

ところで、今回(2008年東京マラソン)のペース変動と私のベストタイムのフルマラソンのペース変動を比較すると下図のようになっていた。やはり、まだまだペース変動を小さく抑える必要がありそうだ。

 

 

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