呉市三和町に「念仏坂」と呼ばれる場所がある。 この坂道の崖下の防空壕で、550人あまりが焼死した。 1945年(昭和20年)7月1日、呉大空襲の時のことである。
この防空壕一帯の土地を所有していた城憲太郎氏(1994年に83歳で死去)が、敷地内で多くの人が死んだことに心を痛め、1987年に御堂を完成させ、御堂に通じる坂道を「念仏坂」と名付けた。
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JR呉駅から三条二河長迫循環線(左回り)に乗車。 「和庄小学校下」で下車。 徒歩2分
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