『ニルスの不思議な旅』の中から
今では人が大勢住んでいるストツクホルムの町も昔は誰も住んでないさびれた土地で、4つの島があるだけでした。
ある夏の終わりの頃の話です。ひとりの漁師が魚を捕り終え、帰る頃には、まわりはすっかり暗くなっていました。
そこで漁師は島にあがって、月が出るのを待つことにしました。
漁師はひまなので草の上で寝ていましたが、いつのまにか眠ってしまいました。
ふと目をさますと、月はすでに高くまで昇り、まわりはとても明るくなっていました。
漁師は起きて帰ろうとして、ふと沖を見るとあざらしの群が、こちらに泳いで来るのが見えました。
漁師はいい獲物だと、もりを手にして待ちうけていると、あざらしのかわりに青いきものを着、真珠の冠をしたきれいな娘たちが浜辺からあがってきました。
水の精があざらしの皮を着て遊びに来たのです。
そうこうするうち、娘たちは草原に行って踊りはじめました。それを見た漁師は、浜辺へ行ってあざらしの皮を一枚とって隠しておきました。
さて娘たちが帰ろうと、あざらしの皮を着ていますと1人分の皮がたりないので、あわててあちこち探しましたが、見つかりません。
そのうち空が明るくなってきたので、水の精たちはいそいで海の中に帰って行きましたが、皮をなくした娘は帰ることができずに水ぎわで泣いていました。
それを見て漁師は日が昇ってから、初めて見つけたように娘に声をかけ、自分の家へ連れて行きました。
それからしばらくして結婚することになり、結婚式のため教会のある島へ船で出かけました。
そして、娘のいた島の近くに来た時、漁師はあの日、あざらしの皮を隠したことを娘に言いました。もう大丈夫だと思ったからです。
しかし、娘はそんなことは知らないと言いました。
それではと漁師は、島に船をつけて隠した皮を娘に見せました。
そのとたん娘はそれをひったくり、あざらしになって水の中に飛び込みました。漁師は逃がすまいと、あわててもりを投げたためそれが命中してしまいました。
娘はひと声あげて水底深く沈んでいきました。
するとどうでしょう、水面が不思議に美しく、とてもよいかおりがしてきました。
こうして水の精の血が水に混じってから、この地は人々を魅きつけるようになり、徐々に人間が住みだしたのでした。
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