<ブラボー、クラシック音楽!−曲目解説#3>
ベートーヴェン「交響曲第9番「合唱付き」」
(Symphony No.9, Beethoven)

−− 2005.12.09 エルニーニョ深沢(ElNino Fukazawa)
2005.12.26 改訂

 ■はじめに − 当会発足の勇気を与えて呉れた『第九』
 日本では12月はルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(※1)の『第九』の月の様な感が有り、あちこちで『第九』が演奏されます。そこで当会でも04年12月の第3回例会<12月は『第九』>というやや時流迎合的なテーマを掲げ『第九』を採り上げることにしました。
 当会は04年10月1日(金)に立ち上げましたが、その半月前の9月中頃に大スピーカーの響き具合を試めす為に掛けたのが『第九』のLP盤だったことは「発足の経緯」のページに既に記した通りです。『第九』は当会発足に大きな勇気を与えて呉れた曲です。
 尚、このページの私の見解は既に1年半前の04年4月に発表した
  「ベートーヴェンの合唱幻想曲と第九」
という『第九』誕生秘話の論考を土台にして居ますので、興味有る方はそちらも参照して下さい。

 ■曲の構成とデータ
 通常は『第九』或いは『第九交響曲』と呼び慣らして居ますが、正式名称は『交響曲第9番 ニ短調 作品125「合唱付き」』です。曲の構成は
  第1楽章:アレグロ・マ・ノン・トロッポ・ウン・ポコ・マエストーソ
       ニ短調 2/4 [ソナタ形式]
  第2楽章:スケルツォ(モルト・ヴィヴァーチェ) ニ短調 3/4
  第3楽章:アダージョ・モルト・エ・カンタービレ 変ロ長調 4/4
  第4楽章:プレスト ニ短調 3/4
       レチタティーヴォ ニ短調 3/4 「おお友よ」
       アレグロ・アッサイ ニ長調 4/4
        バリトン独唱「歓喜よ、神々の美しい煌めきよ」
       アンダンテ・マエストーソ ト長調 3/2
        四重唱・合唱「百万の人々よ、抱き合え!」
       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
       プレスティシモ ニ長調 2/2
        四重唱・合唱「百万の人々よ、抱き合え!」
とです。通常の形式とは逆にスケルツォが第2楽章に置かれ(←彼の交響曲中唯一)、第3楽章がアダージョに成って居ますが、これは後で述べる様に第4楽章を引き立たせる為の意図的な逆転です。
  ●データ
   作曲年 :1824年(53歳)
        <プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム3世に献呈>
 前掲論考に記した様に、1826年(=死の1年前)の初版楽譜にはベートーヴェン自身の言葉で、「シラーの詩『歓喜に寄す』を終末の合唱とする、プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム3世陛下に畏敬の念をもって捧げられた交響曲、作品125」(※2)という献辞が添えられて居ました(△1)。

   演奏時間:約65〜75分

 ■聴き方 − 第4楽章だけで無く全体を聴く
 『第九』をどう聴くか?、という問題は結局『第九』論(←後の「考察」の章で詳述、前掲論考の『第九』論も参照)に行き着きます。『第九』と言うとシラー(※3)の「歓喜の歌」(※3−1)の合唱 −『第九』では「歓喜頌歌」と言う− のみがクローズアップされますが、やはり「全体の構成と構造」を理解し「全体を聴く」ということがクラシック音楽本来の作法であり、当会の基本理念です。特に『第九』の場合には過度に美化しない為にも全楽章を聴くことが大切、と考えて居ます(理由は後述)。
 それでは先ず、聴いてみましょう。第1楽章の出出しは短和音が下降する序奏で混沌を提示しますが直ぐに悲劇的な様相を呈して緊張感を高め乍らコーダで終わるソナタ形式(※4)です。第2楽章は自嘲的なスケルツォで、ティンパニが稲妻の様に「ダ・ダン」と鋭くオクターヴを連打するのが印象的です。第3楽章は変奏曲形式でそれ迄とは一転して天に上る様な澄み切った響きがします。
 ここで参照ページの『第九』の「歓喜頌歌」の歌詞をお開き下さい。第4楽章の最初は前の3楽章が部分的に回顧されますが、どれも途中で打ち消されます。そしてバリトンがベートーヴェン自身の「否定と上昇の呼び掛け」の挿入句
  おお友よ、このような音ではない!
   さらに美しく喜ばしい歌を 歌おうではないか

を叙唱します。後はご存知の様にバリトン独唱でシラーの「歓喜頌歌」
  歓喜よ、神々の美しい煌めきよ、...
に突入し更に四重唱と合唱で歌い継ぎます。そして途中で曲想が厳かに変わり(アンダンテ・マエストーソ)、合唱で
  百万の人々よ、抱き合え!...
と朗々と詠唱した後、再び速度を速め合唱で
  歓喜よ、神々の美しい煌めきよ、...
を再び歌い、最後は加速してプレスティシモのコーダに入り四重唱と合唱で
  百万の人々よ、抱き合え!
   この口づけを全世界に!...

と高らかに歌い上げて終わります。
 私は前掲論考に於いて既に記した様に、『第九』の妙味は第3楽章に在ると考えて居ます。この楽章で殆どの聴衆が寝て仕舞うのが非常に残念ですが、それ程心安らぐ楽章で、後半に金管が瞑想を覚ます様に鳴り響き終楽章を予感させますが、最後は再び静寂に戻ります。第3楽章の「天上の音楽」的瞑想的静寂から、終楽章で意志を得て加速度的に高揚の極みに駆け上る「静と動の対比」「緩と急の対比」に、前述の第2楽章と第3楽章の「形式の逆転」の意図が窺えます。

 ■作曲された背景 − 長い間暖めていた「合唱付き」交響曲の構想
 『第九』は1824年、ベートーヴェン53歳の時に作曲され、同年5月7日に作曲者自身の指揮でウィーンにて初演されて居ますが、その成立の経緯やシラーの詩『歓喜に寄す』に対する想い入れ(=感情移入)についても既に前掲論考の中で詳しく論じて居ますので、そちらを参照して下さい。
 その考察の結論だけ引用すると、ベートーヴェンは1786年〜92年(15〜21歳)の何処かの時点 −時代は正にフランス革命前夜− でシラーの詩『歓喜に寄す』に感動・共感し、この詩に曲を付けることを思い立ちます。但しこの時点では構想は漠然としたもので最初は歌曲をイメージした様です。事実『第九』の「歓喜頌歌」のメロディーは若き24歳(1795年)の時の習作『歌曲 WoO118「相愛」』 −WoOとは、ベートーヴェンの「作品番号無しの作品」に対する目録番号− から採られ、37歳(1808年)でこのメロディーを「歓喜」を詠み込んだ詩に応用し『ピアノ、合唱と管弦楽のための合唱幻想曲 ハ短調 作品80』(通称『合唱幻想曲』)という実験的合唱の変奏曲を作曲して居ます(△2のp138)。私は、交響曲に合唱を組み入れる構想は27歳の時(1798年)の師ハイドン(※5)の『オラトリオ「天地創造」』の初演成功から得ているのではないか、と推測して居ます。
 兎に角、『第九』はその場で想い付いた曲では無く、ベートーヴェンが若い時からスケッチや実験を重ねた末の音楽家としての生涯を賭けた作品であった、という事実を知って置いて戴きたいのです。

 ■日本に於ける『第九』の状況
 日本での『第九』初演 −それは徳島県板野郡(現:鳴門市)板東のドイツ人捕虜たちに依って行われた− や『第九』が”年末恒例”の行事に成った理由などについては、このページを補完する為に同時に書き進め同時に掲載した
  「日本に於けるベートーヴェンの第九」
を参照して下さい。[知られざる『第九』物語]シリーズの第2作ですので余り知られて無い話が載って居ますよ。更に『第九』初演の地の板東に興味有る方は
  「板東のドイツ人俘虜たち」(The German captives in Bando, Tokushima)
を参照して下さい。

 ■『第九』は参加型の楽曲
 『第九』には参加型(特に素人参加型)であるという、他の曲に無い大きな特質が有ります。即ちプロの楽団の演奏に殆ど音楽演奏経験の無い人々が第4楽章の合唱演奏に参加し、舞台の上から感動と満足が得られるのです。こういう事は他の曲では出来ません。何故なら、他のオケ伴(=オーケストラの伴奏)付きのミサ曲などに、合唱経験の無い人々を参加させたらアンサンブルを乱し、とても聴衆に聴かせる内容には仕上がらないからです。何故、それが可能なのか?
 その第1は、「歓喜頌歌」の合唱部が極めて単純で誰でも知っているからです。この部分は「喜びの歌」として小学校で習いそのメロディーの大体は覚えているので、楽譜が読めなくても何とか歌えるのです。
 第2は、「ミ・ミ・ファ・ソ・ソ・ファ・ミ・レ...」で始まる合唱部分の音の幅が1オクターヴ以内、殆どが「ド〜ソ」 −この部分はニ長調(D dur)なので絶対音で言うとニ(D)〜イ(A)− の5音の間を上下して居るだけなので、テクニックを使わなくても歌えるのです。
 第3は、オケと独奏者が上手く遣りティンパニを効かせて力強く押し切って仕舞えば、聴いて居る方も素人が多いので、”素人の地声”が目立たないのです。これは『第九』の持つパワーと”素人の相乗効果”です。
 第4は、全曲中合唱部分はたった1箇所なので、1箇所を歌えば全曲演奏に参加出来るのです。言い換えると1回声を張り上げるだけで全曲分の感動を得られるという願っても無い構成で、これは他の曲には有りません。例えばヘンデルの「ハレルヤ・コーラス」のみの演奏に素人が参加することは有りますが、『オラトリオ「メサイア」』全曲演奏の場合には「ハレルヤ・コーラス」以外に沢山合唱部分が在るので、素人参加は無理なのです。
 以上の様な理由から日本では数多くの人々が『第九』に参加して居て、中にはドーム球場で千人や1万人規模の演奏も開催されて居て、正に「参加することに意義が有る」という訳です。

 ■考察 − 『第九』に内在する両義性
 この考察も前掲論考中の『第九』論を土台にして居ます。

 (1)『第九』の儀式性
 再び参照ページを開き『第九』の「歓喜頌歌」の歌詞をご覧下さい。これでお解りの様に「歓喜頌歌」には、「歓喜」を始め「芸術」「愛」「天」「楽園」「抱擁」などの、”肯定的”に受け取られる美辞麗句が鏤(ちりば)められて居る為、時代を画すエポック・メーキングな儀式や祭典には必ずと言って良い程利用されます。これが『第九』の儀式性です。儀式性の中でも特に祝祭性が強いのは、前述の様に『第九』が参加型であるという特質も大いに寄与して居ます。次に『第九』が祝祭性の強い祭典(=祝典)で演奏された典型的な事例を提示しましょう。

    <事例1>バイロイト祝祭劇場
 音楽的にベートーヴェンに、取り分け『第九』に心酔して居たワーグナー(※6)は1872年5月22日の59歳の誕生日に自らの楽劇の殿堂たるバイロイト祝祭劇場の起工式後の夕刻に辺境伯劇場にて自ら指揮して起工式の為に『第九』を奉納して居ます。その為『第九』はバイロイト祝祭劇場に於いてワーグナー作曲以外で演奏が許されて居る唯一の曲です。
 そして第二次世界大戦後の1951年、ナチス敗北後のドイツで初めて再開されたバイロイト音楽祭(※6−1)でもフルトヴェングラー(※7)指揮のバイロイト祝祭管弦楽団で『第九』が奉納されました。この演奏は「歴史的名演」、そのライヴ録音盤は「歴史的名盤」と評され、共に今日迄語り草に成って居ます。

    <事例2>ベルリンの壁崩壊
 「ベルリンの壁」が崩壊した1989年の年末にバーンスタイン(※8)がベルリンにて、東西ドイツとベルリンを分割した連合国(アメリカ/イギリス/フランス/ソ連)の混成オーケストラを指揮して演奏したことは、多くの皆さんもテレビなどで記憶に新しいと思いますが、この時「歓喜頌歌」の"Freude"(歓喜)が"Freiheit"(自由)に読み替えられて居たことに気付いた人は、極々少数でした。

    <事例3>ナチスと『第九』
 遡ってナチスは第二次世界大戦中の1942年4月19日に「ヒトラー生誕祝賀前夜祭」をベルリンで大々的に開催し、『第九』でヒトラー総統を奉祝して居ます。この日演奏したのは戦時中ドイツに留まったフルトヴェングラー指揮のベルリン・フィルで、ヨーロッパ各国の放送局が中継したと伝えられて居ます。この演奏などでフルトヴェングラーは大戦後にナチス協力の嫌疑を掛けられて居ます(※7)。

 (2)『第九』の理想主義に潜む事大主義
 『第九』の終楽章はシラーとベートーヴェンの理想主義 −それは多分に”孤高で自我の強い”理想主義(=唯我独尊的理想主義)− の産物であり、彼の音楽家としての生涯を賭けた”最高の到達点”を示す金字塔です。これ程人間を鼓舞し「勇気と希望」の力を与えて呉れる楽曲は他に在りません。しかし、これを世間一般で考えられて居る様な「人間賛歌の理想」として無批判に安直に美化して受け入れるのはどうでしょうか?、私は大いに疑問有りです。
 そう考えられて居るのは音楽入門書やマスメディアで吹聴されて居るからですが、安直に考えると美辞麗句の大義名分を「錦の御旗」に掲げる事大主義(※9)に嵌まる危険性が有ります。つまり「歓喜頌歌」に盛り込まれて居る言葉が余りに立派で崇高な為に、逆に内容が空疎に成りプロパガンダ(※10)に利用され、或る主義や思想を正当化する為の道具に成り下がるという「負の一面」を含んで居るのです。事大主義は常に”理想主義の仮面”を被って現れるので理想主義と事大主義は紙一重で境界が曖昧です。これに前節の「儀式性」が加わると『第九』が神聖視され、或る種の”呪縛性”が付与されて「不可侵な存在」(=侵すべからざる存在)へと奉られて仕舞うのです。これが私の言う『第九』の両義性 −「勇気と希望」を与えると共に「負の一面」を併せ持つ存在− です。
 ベートーヴェンの唯我独尊的理想主義を「普遍的な理想主義」へと美化した代表はロマン・ロラン(△3)でしょうが、第4楽章の「歓喜頌歌」だけを聴くと事大主義に陥り易いということを、ここで断って置きましょう。

 (3)提示事例の分析
 以上に述べた「儀式性」と「理想主義に潜む事大主義」という視点から先に提示した事例を分析的に見て行くと、<事例1>は「儀式性」の典型的例です。
 <事例3>の様に、ナチスが戦時中に自らの正当化とナチスの正統性を”既存の事実”に見せる為に『第九』を利用したのは正にプロパガンダであり、大衆の多くは事大主義に飲み込まれて行きました。これは「負の一面」の例として明らかです。
 では<事例2>の様に歌詞の一部の「歓喜」を「自由」に読み替えたのはどうでしょうか。これは人に依って賛否両論出て来ますが、私はこれはサブリミナル効果(※11、△4のp46〜49)を利用した一種のマインド・コントロール(※11−1)に該当し、良からぬ事と考えて居ます。東西冷戦の象徴であった「ベルリンの壁」崩壊後に、最早敵無しのアメリカが一国覇権主義を前面に押し出して来た時の標語がこの「自由」だったという事実と見事に符合し、この時はメディアを通じて「自由」という言葉が世界の人々を呪縛し「言葉の呪縛」が生じました。アメリカに於いて「自由原理主義」が頭を擡(もた)げ掛けた状況で、これも「負の一面」の一例と言えます。
                (-_*)

 事大主義が儀式的に美化され”呪縛”が広まり始めた時は危険な兆候です。『第九』が具有する「儀式性」「理想主義」「事大主義」の各要素が、組み合わせ方に依り正負何れにも振れて現れるという両義性を内在させるが故に、聴く側は「純粋に音楽的に聴く」という心構えが大切です(←これについても前掲論考の中で既に指摘して居ます)。
    {この章は初稿を05年12月26日に加筆修正}

 ■結び − 聴く側の中庸
 何事も「過ぎたるは猶及ばざるが如し」(※12)で、『第九』を聴く時も「歓喜頌歌」だけを美化し過ぎずに予断や先入観を排して聴きたいものです。『第九』を「純粋に音楽的に聴く」には聴く側(=聴衆)の「中庸な態度」(※12−1)が必要であり、その為には繰り返しに成りますが「全体の構成と構造」を理解することが大切です。その様な「聴く側の中庸」を突き抜けて心に感応して来る演奏に接した時こそ真の「感動」が得られるでしょう。
 シラーの詩『歓喜に寄す』は発表当時非常に持て囃され、これにメロディーを付けた曲は数百在るとも言われて居ます。中には詩中の”trinken(=酒を飲む)”という言葉を強調して酔っ払い同士が肩組んで唄う歌に仕上げたものも在ると言います。
 [ちょっと一言]方向指示(次) シラーの『歓喜に寄す』を題材に作曲した有名作曲家の作品としては、シューベルトの「歌曲」(1815年作)やチャイコフスキーの音楽院卒業作品の「カンタータ」(1865年)などが在ります。

 「千人だ、やれ1万人だ!」という『第九』のイベントに付和雷同的に参加する前に、冷静に「中庸な態度」で『第九』を見詰め直し手近なCDなどで全楽章をじっくり聴き直すことが先ず必要でしょう。特に『第九』の実験作である『合唱幻想曲』と聴き比べ、更にはCDがもし手に入るならば『歌曲「相愛」』と聴き比べることは、上級のリスナーには是非お薦めです。

−− 完 −−

【脚注】
※1:ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven)は、ドイツの作曲家(1770.12.16〜1827.3.26)。ボンに生まれ主にウィーンで活動。古典派三巨匠の一人(他はハイドンとモーツァルト)で、ロマン派音楽の先駆。九曲の交響曲や歌劇「フィデリオ」の他、「荘厳ミサ曲」、ソナタ・弦楽四重奏曲・協奏曲など不朽の傑作を多く遺した。作風は、ハイドン/モーツァルトの影響下に在る第1期から、自己の様式を確立した第2期を経て、晩年の聴力を失い乍らも深い境地に到達した第3期へ発展。
※1−1:古典派音楽(こてんはおんがく、classic music)とは、バロック時代に続く、1720年頃から19世紀初頭の簡潔で自然な様式の音楽。一般に、1780年頃以降のウィーン古典派を指す。それ以前の前古典派には北ドイツ楽派/初期ウィーン楽派/マンハイム楽派等を含む。ウィーン古典派は円熟期のハイドンモーツァルト、中期迄のベートーヴェンに当たり、今日の音楽教育の基礎と成っている。古典音楽。→ソナタ形式。

※2:フリードリヒ・ヴィルヘルム3世(Friedrich Wilhelm III)は、プロイセンの国王(1770〜1840、在位1797〜1840)。ナポレオン戦争で敗れ屈辱的なティルジットの和約を結んだ。ウィーン会議後はメッテルニヒの影響下に在った。<出典:「学研新世紀ビジュアル百科辞典」>

※3:F.シラ−(Friedrich von Schiller)は、ドイツの作家(1759.11.10〜1805.5.9)。疾風怒涛期の戯曲「群盗」「たくらみと恋」などから出発し、後に古典主義に転じ、「ドン・カルロス」「ワレンシュタイン」「オルレアンの少女」「ヴィルヘルム・テル」などの歴史劇を書く。他に歴史書「オランダ独立史」「三十年戦争史」、論文「人間の美的教育に関する書簡」「素朴文学と情感文学」、詩「歓喜に寄す」など。
※3−1:「歓喜の歌」又は「喜びの歌」と呼ばれる合唱部分は、シラーの詩「歓喜に寄す」に基づく頌歌(しょうか)、即ち祝(ほ)ぎ歌で、「第九」では「歓喜への頌歌」或いは「歓喜頌歌」と言います。
 シラーはこの詩を1986年2月に、彼が編集・発行する雑誌「ラインのターリア」第2号に発表しました。

※4:ソナタ形式(―けいしき、sonata form)とは、器楽形式の一。ソナタ・交響曲・協奏曲などの第1楽章に主に用いる形式。普通、2つ又は1つの主要主題を持ち、提示部・展開部・再現部から成り、序奏結尾部(コーダ)を付けることも有る。

※5:ハイドン(Franz Joseph Haydn)は、オーストリアの作曲家(1732〜1809)。ハンガリーのエステルハージ侯爵の宮廷楽長。ウィーン古典派三巨匠の一人(他はモーツァルトとベートーヴェン)。ソナタ・弦楽四重奏曲・交響曲の形式を大成して古典派様式を確立し、モーツァルトやベートーヴェンに影響を与えた。作は百曲余りの交響曲、弦楽四重奏曲、オラトリオ「天地創造」「四季」など。「交響曲の父」「弦楽四重奏曲の父」と呼ばれる。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>

※6:ワーグナー(Richard Wagner)は、ドイツの作曲家(1813〜1883)。旧来の歌劇に対し、音楽・詩歌・演劇などの総合を目指した楽劇を創始、又、バイロイト祝祭劇場を建設。歌劇「さまよえるオランダ人」「タンホイザー」「ローエングリン」、楽劇「トリスタンとイゾルデ」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」「ニーベルングの指環」「パルジファル」など。
※6−1:バイロイト音楽祭(―おんがくさい、Bayreuther Festspiel[独])は、作曲家ワーグナーが彼の作品を上演する為に1876年に創設した音楽祭で、同年楽劇「ニーベルンゲンの指輪」が全曲初演されたのが最初。今は毎年7月25日〜8月28日迄開催される。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>

※7:フルトヴェングラー/フルトベングラー(Wilhelm Furtwangler)は、ドイツの指揮者(1886〜1954)。ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、ベルリン・フィルの正指揮者に就任。細部に亘る徹底性と想像力の奔放さと即興性、雄大な表現で知られた。第二次世界大戦中ナチスに協力したと思われて戦後苦しい立場に置かれたことも有るが、音楽への固い信念の所為と認められて復帰。20世紀前半の最大の指揮者と言われる。<出典:「学研新世紀ビジュアル百科辞典」>

※8:バーンスタイン(Leonard Bernstein)は、アメリカの指揮者・作曲家(1918〜1990)。ハーヴァード大学、カーティス音楽院卒業。ニューヨーク・フィルなどの指揮者を務め、作曲はポピュラー音楽に迄及ぶ。教育者としても音楽の普及に大きな役割を果たし、20世紀を代表する指揮者でもあった。代表作は交響曲「エレミア」「不安の時代」、ミュージカル「ウェストサイド物語」。<出典:「学研新世紀ビジュアル百科辞典」>

※9:事大主義(じだいしゅぎ、toadyism, flunkyism)とは、(事(じ)は「仕え従う」の意)自己の思想に固執せず、権力や時の主流的な思想・行動に付き従って自分の存立を維持する社会的姿勢。「長いものには巻かれろ」の姿勢。<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>

※10:プロパガンダ(propaganda)とは、宣伝。特に、主義・思想の政治宣伝

※11:サブリミナル効果(―こうか、subliminal effect)とは、(subliminal は「潜在意識の」の意)意識下に刺激を与えることで表れる効果。テレビやラジオなどに、知覚出来ない程度の速さや音量の広告を繰り返し挿入し、視聴者の購買意欲を増すものなど。広告に於ける宣伝効果で実証され、サブリミナル広告(subliminal advertising)として、テレビ・コマーシャルでは日常的手段。
※11−1:マインド・コントロール(mind control)とは、[1].狭義には、催眠法で個人や集団を被暗示性の高い状態に導き、暗示で特異な記憶や思考を生じさせること。
 [2].広義には、強制に依らず個人の思想や行動・感情などを或る特定の方向へ誘導すること、又はその技術。精神統制とも言われ、宗教界などで使われる。
<出典:一部「学研新世紀ビジュアル百科辞典」より>

※12:「過ぎたるは猶(なお)及ばざるが如し」とは、[論語先進]度を過ぎて仕舞ったものは、程度に達しないものと同じで、どちらも正しい中庸の道では無い
※12−1:中庸(ちゅうよう、moderation)とは、
 [1].[a].偏らず常に変わらないこと。不偏不倚で過不及無しのこと。中正の道。「―を得る」。
   [b].尋常の人。凡庸。
 [2].四書の一。1巻。天人合一を説き、中庸の徳と徳の道とを強調した儒教の総合的解説書。孔子の孫、子思の作とされる。「礼記」の1編であったが、宋儒に尊崇され、別本と成り、朱熹(=朱子)が章句を作って盛行するに至った。
 [3].mesotes[ギ]。アリストテレスの徳論の中心概念。過大と過小との両極の正しい中間を知見に依って定めることで、その結果、として卓越する。例えば勇気は怯懦と粗暴との中間であり、且つ質的に異なった徳の次元に達する、とする。

    (以上、出典は主に広辞苑です)

【参考文献】
△1:『立体クラシック音楽』(吉崎道夫著、朝日出版社)。

△2:『ベートーヴェン』(大築邦雄著、音楽之友社)。

△3:『ベートーヴェンの生涯』(ロマン・ロラン著、片山敏彦訳、岩波文庫)。

△4:『メディア・レイプ』(ウィルソン・ブライアン・キイ著、鈴木晶・入江良平訳、リブロポート発行)。

●関連リンク
参照ページ(Reference-Page):『第九』の「歓喜頌歌」歌詞やWoO番号▼
資料−合唱幻想曲と第九の歌詞(Lyrics of Chorus Fantasy and Symphony No.9)
補完ページ(Complementary):『第九』誕生秘話▼
ベートーヴェンの合唱幻想曲と第九
(Chorus Fantasy and Symphony No.9, Beethoven)

補完ページ(Complementary):日本に於ける『第九』の状況▼
日本に於けるベートーヴェンの第九
(Beethoven's Symphony No.9 in Japan)

当会の基本理念と発足の経緯▼
「ブラボー、クラシック音楽!」発足の経緯
(Details of our CLASSIC event start-up)

板東のドイツ人俘虜収容所について▼
板東のドイツ人俘虜たち(The German captives in Bando, Tokushima)
マインド・コントロールや「言葉の呪縛」の発生機構の分析▼
理性と感性の数学的考察(Mathematics of Reason and Sense)
チャイコフスキーの「歓喜頌歌」▼
チャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲」(Violin Concerto, Tchaikovsky)
この曲の初登場日▼
ブラボー、クラシック音楽!−活動履歴(Log of 'Bravo, CLASSIC MUSIC !')


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