<ブラボー、クラシック音楽!−曲目解説#13>
シベリウス「交響詩「フィンランディア」」
(Symphonic poem 'Finlandia', Sibelius)

−− 2006.04.05 エルニーニョ深沢(ElNino Fukazawa)

 ■はじめに − 寒い季節に寒い国の音楽を聴く
 私たちの会で北欧の作曲家を初めて採り上げたのは05年2月3日の第5回例会です。この日のテーマは、寒い季節に寒い国の音楽を聴き寒い国の人々の生活を想い起こそう、という物好きな発想から<ロシア、北欧物>です。そこでフィンランド(※1)のヤン・シベリウス(※2)作曲の『フィンランディア』を掛けてみました。この曲は「北欧物」の中で最もポピュラーでブラスバンドや合唱など様々に編曲されて演奏機会が多く、それだけ馴染みの有る曲だからです。

 ■曲の構成とデータ
 通称は『フィンランディア』、正式名称は『交響詩「フィンランディア」 作品26』(※3)です。曲は
  第1楽章:アンダンテ・ソステヌート ヘ短調 2/2
という1楽章形式の”型通りの構成”です。
  ●データ
   作曲年 :1899年(33歳)
   演奏時間:約8分

 ■聴き方 − フィンランド賛歌を素直に聴く
 金管で荘重に導入部を鳴らした後に弦が苦難の歴史を物語る様に引き継ぎ、次いで管と弦が人々の心を鼓舞し高揚した所で、フィンランド賛歌とも言うべき有名なメロディーが始め静かに最後には歓喜に満ちた楽想に発展して終わります。
 演奏時間が短く解り易いメロディーが出て来るこの曲は最も聴き易い曲の一つですが、作曲された背景を知りフィンランドに想いを馳せて戴ければ又一つ世界が広がります。

 ■作曲された背景 − フィンランド独立を鼓舞した劇音楽が基
 この曲を語る場合は、作曲当時のフィンランドの置かれた状況を理解する必要が有ります。地理的にスウェーデンとロシアに挟まれたこの国の歴史は両国に圧迫された歴史でした。
 フィン人(※1−1)は1世紀頃に中央アジアのウラル地方から移動して来て同じフィン・ウゴル語派フィン語群(※1−2)の先住民ラップ人(※4)を北に追い遣り現在の地に侵入を始め8世紀頃に定住が完了しました。その時の様子は彼等の民族叙事詩『カレワラ』(※5)に伝承されて居ます(△1)。
 しかし1155年にスウェーデン王エリク9世の侵入を許し1284年にスウェーデン領の一公国と成ります。ロシア(=帝政ロシア)もフィンランドの地を狙い1700年にはスウェーデンとロシアが北方戦争を繰り広げ、負けたスウェーデンが1721年のニスタット条約でフィンランド東部のカレリア地方(※1−3)をロシアに割譲、更に1809年のナポレオン戦争のドサクサに全土が帝政ロシア領に成って仕舞います。
 そんな中で1849年にリョンロートに依り編纂・出版された『カレワラ』はフィンランドの人々に大きな勇気と希望を与えました。そして遂に1899年のロシア語の公用語化という圧政に”切れた”フィンランド国民は立ち上がりました。この年の11月4日、ヘルシンキのスウェーデン劇場で愛国的な史劇『歴史的情景』が上演され、その音楽をシベリウスが担当しました。『交響詩「フィンランディア」』はこの劇の最後の場面「フィンランドの目覚め」の劇音楽を編曲して作られた曲で、民衆を鼓舞する楽想からロシア政府に演奏禁止された”曰く付き”の曲です。
 その後、1905年の日露戦争敗北と17年のロシア革命で疲弊したロシアに対し遂に1918年にフィンランド共和国として独立を果たしました。独立後もフィンランドの歴史は平坦では無く、相変わらず領土を狙う共産ソ連と1939年に戦争に成り44年にソ連に降伏し、又もやカレリア地方を割譲しますが、現在は中立外交に徹して居ます。
 尚、フィンランド賛歌のメロディーにはその後歌詞が付けられ「フィンランド第2の国歌」として歌われ、又、讃美歌第298番「信頼」(△2のp298)に成り黒人霊歌にも採用されて親しまれて居ます。
 [ちょっと一言]方向指示(次) 他に「第2の国歌」として有名な曲に、ヴェルディの「行け、我が想いよ、金色の翼に乗って」<イタリア>(『歌劇「ナブッコ」』の合唱)やエルガーの『行進曲「威風堂々」』<イギリス>(後に「希望と栄光の国」という歌詞を付ける)などが在ります。

 ■結び − サウナで『フィンランディア』の鼻歌
 フィンランド人が自国語でスオミ(=沼人の国)と自称(※1)するフィンランドは正に「森と湖の国」で、民族的にはアジア系に属しラップ人やカレリア人やエストニア人とは親戚、ハンガリー人とは同属です。歴史的な経緯から日露戦争に勝った日本には親日感情を持っていると言われて居ますが、16世紀にドイツ宗教改革の影響を強く受け福音ルター派が国教(約92%)で1人当たりのGDPが高い国であり、最早日本語化して居るサウナ(sauna)(※6)という語がフィンランド語である、ということを知る日本人は小数です。因みに、熱した石に水を掛けて蒸気を発生させ白樺の小枝で皮膚を叩くのが「フィンランド式のサウナ」です。
 寒い季節に寒い国の音楽をと採り上げた『フィンランディア』ですが、内容はサウナの如く”熱い”音楽でした。その後フィンランドに駐在経験の有るT氏が会に参加しフィンランドについて話して戴き、この曲は既に幾度か掛けて居ます。賛歌の部分は「シ」の無い六音音階日本人のメロディー感覚(=五音音階)と近い部分が有り、親近性が感じられる曲でもあります。
 サウナに入り乍ら『フィンランディア』のメロディーが鼻歌で出て来れば貴方(又は貴女)はフィンランド通にしてクラシック音楽の達人ですが、俗世間では変人と呼ばれるでしょう!!
                (>o@)/

−− 完 −−

【脚注】
※1:フィンランド(Finland、芬蘭)は、北ヨーロッパ、スカンディナヴィア半島の頸部を占める共和国。12世紀以来スウェーデンの治下、1809年以後ロシアの大公国、1917年独立。面積33万8千ku。人口510万(1995)。全土の1割は氷食湖で、3分の1は泥炭の沼沢地。林業・牧畜業が盛ん。住民はフィン族で、多くは新教を信奉。首都ヘルシンキ。フィンランド語名スオミ(Suomi、沼人の国)。
※1−1:フィン族又はフィン人(Finn)とは、広義ではフィン・ウゴル語派の内、ヴォルガ流域から移動してバルト海沿岸に広まったフィン語派の諸言語を話した人々を指すが、狭義では、後に更に北上して今日のスオミ語(フィンランド語)を話す人々を指す。
※1−2:フィン・ウゴル語派(Finno Ugric)とは、ウラル語族の一語派。ハンガリー・フィンランド及びそれら諸国に接するロシア連邦・ウクライナ両共和国などの領土内で用いられる。フィン語群ラップ語・フィンランド語など)とウゴル語群ハンガリー語など)とに分れる。
※1−3:カレリア(Karelia)は、ロシア連邦北西端に在る共和国。フィンランドに接し、針葉樹林と氷河湖が広がる。面積17万2千ku。人口80万(1993)。ロシア人が74%、フィン系カレリア人が10%。首都ペトロザヴォーツク。

※2:シベリウス(Jean Julius Christian Sibelius)は、フィンランドの作曲家(1865.12.8〜1957)。ベルリンとウィーンに留学。帰国後、作曲・教授活動に入る。民話を素材とする国民主義的な交響詩を始め、民族色濃い作品を残した。交響曲7曲、交響詩「フィンランディア」、組曲「カレリア」、ヴァイオリン協奏曲。<出典:「学研新世紀ビジュアル百科辞典」>

※3:交響詩(こうきょうし、symphonic poem)とは、文学的・絵画的な内容のプログラムを持った1楽章の管弦楽曲。自由な形式を持つ一種の標題音楽で、リストがこの語を初めて用いた。<出典:「学研新世紀ビジュアル百科辞典」>

※4:ラップ人(―じん、Lapp)は、ラップランド地方に住む民族の通称。公的な名称は自称のサーミ(saami)。言語はフィン・ウゴル語派に属し、フィンランド語(スオミ語)に近く、人種上はコーカソイドの中でも、低身長で髪が黒いなどの点で北方人種とは異なる。狩猟・漁労・トナカイ飼育を主な生業とし、総人口は約8万。

※5:カレワラ(Kalevala)は、フィンランドの民族叙事詩。全50章。医師リョンロート(E.Loennrot、1802〜1884)が民間伝承を収録、1835〜49年刊。雄大な構想と豊かな想像力に溢れた英雄物語で、フィンランド独立運動に多大の刺激を与えた。

※6:サウナ(sauna[フィン])は、フィンランド風の蒸気浴・熱気浴の風呂。石を熱した熱と、それに水を掛けて得られる蒸気とで小部屋の温度・湿度を高め、そこに入って汗を流す。サウナ風呂

    (以上、出典は主に広辞苑です)

【参考文献】
△1:『カレワラ(上・下)』(リョンロット著、小泉保訳、岩波文庫)。

△2:『讃美歌』(讃美歌委員会編、日本基督教団出版局発行)。

●関連リンク
参照ページ(Reference-Page):五音音階について▼
資料−音楽学の用語集(Glossary of Musicology)
ナポレオン戦争とは▼
ナポレオン戦争に関わる音楽(Music related to the Napoleonic Wars)
この曲の初登場日▼
ブラボー、クラシック音楽!−活動履歴(Log of 'Bravo, CLASSIC MUSIC !')


トップページの目次に戻ります。Go to site Top-menu 上位画面に戻ります。Back to Category-menu