もっとも太陽の近くを巡る、太陽系第1惑星。
 近いとは言っても、太陽から6000万km弱から遠い時で7000万kmにもなる。

 しかしアーチュスが作った星系儀では、その星は主星のすぐ近くに軌道を持っていた。
 本当にこの距離にあったならば……私たちが手を下すまでもなく、あっというまに太陽に落ちて行ってしまうだろう……

 真鍮のレールの上をすべる珠を見ながらそんなことを考えていると、アーチュスが口を開いた。

地球からだと、水星って観測しにくかったのよね。
常に内側、太陽の方向に位置することになるじゃない?

太陽の光にかき消されて、見えなかったってわけか。
……日の出前と、日没後のわずかな時間だけかな、ちゃんと見えたのって

 そうだ。「宵の明星」「明けの明星」と呼ばれた金星よりも観測できた時間は短いはずだ。
 にもかかわらず、人類は昔から水星の存在を知っていた。目視できた他の4つの惑星と並び、重要な星としていたのだ。

太陽をよく見ていたから、それについて回る小さな星をも見落とさなかった。

太陽はかく偉大なり……
重要な存在だったってことだね


第1惑星 「水星」

『威光と宝石』


 一切合切の全てを統べる王様がおりました。
 何しろ世の中に存在する土地を全部合わせても、王様のほうがまだまだ大きかったのです。
 まさに、世界の王でした。

 あまりにも偉大なので、王様は常に光り輝いておりました。
 その光は世界の隅々まで届き、生きとし生ける全ての者が、いつでもどこでも王様の光を見ることができるほどでした。
 逆もまたしかり。王もまた、この世の全てを知っていたのです。

 そんな王にも、頼みとする小姓がおりました。
 彼は絶えず王のそばを走り回り、細々とお世話を仰せつかっていたのであります。

 王の一番近くにおり、その輝きを全身に浴びることを許された者。
 何しろ王はあらゆる者に慕われておりましたから、そんな彼を妬む者もいたのです。

妬み深き謀臣
この世で最も美しく輝く宝石の噂を聞きました……
王よ、その宝石が欲しくはないですかな?

 王はそんな宝石のことは聞いたこともなかったので、興味をお持ちになりました。
 何しろこの世の全てに目が届くというのに、知らなかったのですから。

 謀臣は宝石――ヴァルカンと呼ばれる赤い炎の石――について語りました。
 それは王が放つ光の中に。故に、王は知らぬは必然。だが、王の寵愛するあの者であれば知っているはずだと。

 しかし、小姓は正直に「知らない」と答えました。
 彼は永年王のお傍で働いてきましたが、天に誓ってそんな宝石のことなんて見たことも聞いたこともなかったのです。

妬み深き謀臣
嘘に決まっています。ヴァルカンを独り占めにしておきたいのです。

しかし何と大胆極まる不届き者でしょう
奴は王の御威光――いや、王の"信頼"を嘘で穢し、宝石の隠し場所としておるのですからな!

 この讒言を信じた王は怒り、小姓を捕えさせました。
 彼は王の輝くヴェールから引きずり出され、暗い牢獄へと繋がれました。

 小姓を妬んだ者たちは、次に王のそばに仕えるのは自分だとほくそ笑んだのでした。

 そこへ現れたのが、その素晴らしい頭脳で名高いアインシュタイン大先生でした。王は姿なき宝石を探させようと、大先生を呼んだのです。

 森羅万象の全てはインスピレーションとイマジネーション、そして緻密な数式によって割り出されていきます。大先生の頭脳の前では、いかなる秘密も解き明かされてしまうのでした。

アインシュタイン大先生
確かに王が纏う光の中に、ひときわ強く輝く点はございました。
しかしながら、それは王の威光によって起きた空間の歪みが引き起こす現象でありまして。
要するに、王の光が歪んだ空間の中で増幅されているわけです。

ヴァルカンなる宝石などではなく、もっと素晴らしい存在……
王自らが纏いし栄光の証と言えるでしょうな

 かくして疑いが晴れた小姓は許され、牢から出されることになりました。

 名高いアインシュタイン大先生に自らの威光を誉めたたえられた王は上機嫌でしたが、小姓のほうでは王に幻滅しておりましたので、お傍を去ることにしたのでした。

 王の威光から離れた彼の前には暗い空が広がっておりました。
 しかし不安になることはありません。なに、かえって遠くまでよく見えるようになったというもの。

 もう誰も彼を縛り付ける物はありません。
 そう、どこへでも行けるのです……


ヴァルカンの存在は、アルバート・アインシュタインが否定したからね。

幻の太陽系0番惑星。水星の内側を回るとされた星か。
……アーチュス、ホントはこの星系儀に加えたかったんじゃない?

そうね……否定はしないわ。
水星の近日点の移動から"あるべきもの"として予測されたヴァルカンが、認識による形態として興味深いのは確かだもの

 しかし、彼女は心底残念そうにため息をついた。

でも、さすがに観測されなかった星を加えることはできないわね。
……せめて矮惑星でもあればよかったんだけど

 水星を表す真鍮の珠を取り外して傍らに置くアーチュスを見ながら、私は考えた。

 ……太陽のもとを去った水星は、一体どこへ向かったのだろう?

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水星が去ったことを記録しておくこと。

    A)次なる主として力ある星を選んだにちがいない ⇒ 木星

    B)ほとぼりが冷めるまでは身を隠すとすれば……
      それなら、小惑星帯あたりが適当ではないだろうか ⇒ ケレス

    C)どこへ行っても結局、太陽のもとへ戻るしかないと考えるなら ⇒ 太陽

ただし、すでに失われた星を選ぶことはできない。
提示された星がすべて存在しないのであれば、こちらへ進め。