《アリスとアーチュス》
- Aris - t - Archus -
この惑星は、私たちの星系でも最も変わった星だと思う。
98度。それがこの惑星の赤道傾斜角だ。つまり、ほぼ横倒しになっているというわけだ。
そのせいで、天王星の1年の半分はずっと昼。残り半分は長い夜となる。
自転ではなく、公転が太陽の運行を司るのだ。
しかし付き従う月たちは皆、主の自転に律されている。ここでは天の法則がちぐはぐなのである。
確かに惑星が今の形に収縮するよりも前にこの異変が起きていたとするなら、のちに数々の月になっていく塵芥ごと傾いていたのかもしれない。
そんな仮説も提唱されているが、確かなことは誰にもわかりはしない。
亜莉珠の言葉に私ははっとした…… 盲点だった。
言われてみれば、その通り。ギリシャの天の神ウラヌスは、ローマではカエルスと呼ばれていたはず……
鋭い指摘だと感心したのに、台無しだ。
そう。カエルスなんて神は、誰も知らないのだ。
ローマにおいて、彼は忘れ去られた神だったのである。
第8惑星 「天王星」
『賭けせしめ』
ある時、神様と悪魔が賭けをしました。
賭けの内容は伝わっていませんが、おそらく人間に関することでしょう。
どんな時代でも、人間は彼らが思いつきもしない行動をしばしばとるものですから。
……そして、運は悪魔に微笑みました。そう、神は負けてしまったのです。
賭けは賭け。
神とも言えど、その約束を違えることはできません。
こうして、天の玉座に悪魔が座ることになりました。
ところが玉座のほうではたまったものではありません。
悪魔なんぞ載せてられるかとばかりに、大きく傾いだのです。
そこで玉座は太陽のほうを向きました。
そして長い長い間ずっとそうして、悪魔を焼こうとしたのです。
しかし地獄の業火で慣らした悪魔はびくともしません。
玉座は今度は太陽に背を向けました。
焼くのがだめなら凍えさせようというのです。
それでも、厚い毛皮を身にまとった悪魔はへっちゃらでした。
こうして天の玉座は悪魔の物となりましたが……
玉座は意地でも傾いたまま、今でも悪魔を落とそうとしているのです。
お話は出来てしまった。
まさかの、悪魔の完全勝利。
……つまり、ここに位置を占めるべき星ではない。
私は手を伸ばして、真鍮の弧の上をゆっくりと転がる珠を1つ取り除いた――横倒しになって回転していたその星を。
私の手の中にある真鍮の球を見ながら亜莉珠が言った。
彼女の言う通りだ。
小さいとはいえ、私たちも太陽を巡る星。こんな強力な悪魔に狙われたらたまったものではない。
どうにかして、2度と戻ってこれないようにしなければ。
このたわいないお喋りから生まれた恐るべき存在を、葬る手段はないものか……
天王星が失われたことを記録しておくこと。
ただし、失われた星を選ぶことはできないことを忘れるな。