★ ザメンの実と眠れぬラム

『タイタン植物図鑑』には「ザメンの実 Xamen Fruit」なる項目がある。ここで紹介されているのは、女サテュロスからもらうことができる例の果物だ。食べると体力点が4回復するとある。出展も『諸王の冠』だ。間違いあるまい。
 さて、読んでみると「緑色の斑点があるメロンのような巨大な果実」とある。緑色! 残念ながら黄色ではなかった……。

 だがメロンの如きとあるため、食した後に皮が残るのは間違いあるまい。それに巨大であるならば、当然残った皮もそれなりの大きさのはずだ。そう、色の問題さえ解決できれば、この皮で眠れるラムが滑ることも期待できるのではないか?

 今一度『タイタン植物図鑑』に戻ろう。確かに緑色の斑点と書かれている。これははたして「緑色の 斑点がある果物」なのかあるいは「緑色の斑点 がある果物」なのか。
 原書の英文を当たれば答えはでそうだが、幸い?にも所持していない。ここは妄想の膨らませどころだ。要するに、後者であれば緑色なのは斑点であって、地の色は黄色かもしれないということだ!

 ……まあ、どちらかといえば熟れたら黄色になっていくとか考えるほうが自然ではありますが。でもこれだったら『タイタン植物図鑑』にそう書かれていないのは不自然すぎる。ここはやはりこじつけで行きたいところですねぇ。

(9/12/21)

★ 偉大なるガザ・ムーン

 シャムタンティの郊外に一人居を構える魔女・ガザ・ムーン。彼女は中々に強力な存在だ。例のお茶トラップでは間抜けな一面も見せる彼女だが、魔術の腕は相当なものと見受けられる。

 その理由として、豆人ジャンの防護霊気をものとせず効果を発揮する数々の魔法の描写があげられる。
 ガザ・ムーンと出会うシーンでは、主人公は必ずジャンに付きまとわれている。この豆人という種族は魔法使いにとっては厄介極まることに、周囲の魔法一切合切を打ち消してしまうのだ。実際主人公はジャンが近くにいるときは魔法が何一つ使えない。選択肢としては出てくるし、実際に選ぶこともできるのだが、魔法の効果は打ち消されてしまうというものである。例外は第四巻で唱える機会が訪れるZEDのみ。ジャン曰く、ZEDのように強力な呪文ならば、豆人の防護霊気を打ち破ることができるというわけだ。

 話をガザ・ムーンに戻そう。彼女の魔法が炸裂するシーンは多い。ジャンはあくまで主人公にまとわりついているので、彼女は阻害されないと考えることはできる。だが実はそれでは説明はつかない。彼女の魔法は、主人公を狙って放たれることが多いのだ。ターゲットである主人公の近くには、どう考えても巻き込まれる位置にジャンがいる。にもかかわらず、魔女の呪文は打ち消されることなく主人公を死に追いやるのだ。
 もちろん、豆人に対して敵意が無い魔法には防護霊気は働かないなんてことはない。主人公の魔法は攻撃のためのものでなくとも発動しないのだから。

 となると、考えられる可能性は二つとなる。
 一つは単純に彼女の魔法がZED並に強力なのだということ。もう一つは、彼女は直接魔法をぶつけてきているわけではないという可能性だ。前者については多くは語るまい。ガザ・ムーンは恐るべき魔法使いであり、その実力はかの大魔法使いにも劣らないということだ。こんな存在が野心も持たずにシャムタンティでせこい物盗りにいそしんでいるのだから、カーカバードも平和なものである。

 では一方の後者はどういうことか。それは、彼女は魔法によって何がしかの結果を引き起こし、その結果が攻撃手段となっているということだ。実際に作中でガザ・ムーンが放った魔法を見てみよう。例えば、魔法によって樹を引き倒して攻撃してくるシーンがある。これはわかりやすい。樹は魔法の産物でない。したがって、防護霊気では防げないわけだ。
 雷を放つ魔法もある。これも魔法の雷ではなく、自然現象としての雷を生み出す魔法と考えることができないだろうか。自然現象であれば、やはり豆人でも防ぐことは不可能だ。つまり、空気中の水分や気温を局所的にいじくる術に違いない。魔法科学の世界だ。

 彼女が披露する魔法はあと二つある。例の虫よけの呪文と、お茶にやられた主人公とジャンを家から放り出す魔法だ。虫よけに関しては、ZEDのように強力と言うよりは、おそらく豆人特効の呪文だと思われる。かつて豆人のせいで痛い目にあった魔法使いが編み出したのではなかろうか。
 問題となるのは間抜けな二人を処理した呪文だ。本文中には「林の中へ魔法で飛ばす」とある。明らかに直接作用している。魔法で呼び出した下僕に運ばせたと考えるには無理がある。この方法なら一応「魔法で運び出した」と言えるのではないかと考えていたが、そうもいかないようだ。しびれ薬によって、豆人の防護霊気が働くなったと考えるほうがまだありそうだ。連中の防護霊気は自らの意志でどうにかなるものではないとジャンは言っていた気がするが、身体の自由が利かないように、防護霊気も利かなくなるケースがあるのかもしれない。

 けちな野心のみを抱き、旅人相手に追剥ぎ生活をするトップクラスの魔女。
 あるいは魔法科学を駆使する、やはり旅人相手に追剥ぎ生活を送る魔女。

 どちらが、ガザ・ムーンなのだろうか。

(9/19/21)

【追記】  
 ガザ・ムーンが主人公とジャンを森に捨てる描写ですが、旧訳では「運んだ」となっていますね。これなら、GOBやYOBのような魔法、あるいはアリアンナのようにゴーレムを使ったと考えることもできそうです。

 ただ……これらの魔法で生まれた存在には魔力がこもっていると思われる(魔力が切れると消えたり元の椅子に戻ったりするため。ゴーレムのほうは憶測でしかないが、普段椅子として使ってそうだしね)ますが、そういった魔力を帯びた存在がミニマイトに近づいたとき、その魔力が失われるかどうかはわからないです。もしかしたらミニマイトに触れた時点でゴブリンや巨人は消え失せ、ゴーレムは椅子に戻るかもしれない。ミニマイトという種族ならそれぐらいあってもおかしくない気もします。

(9/22/21)

★ 不可解な月

 当サイトの掲示板で最後の戦士さんに教えていただいたのですが、第一巻で描写される月の描写に矛盾があるとのこと。
 カントパーニを越えたところの分かれ道から鉱山へ向かったときと谷間へ降りた時で、月齢が違うのだという……。確かめてみると、丘を登っていくとパラグラフ210では「満月」となっており、今一方の道を進むと遭遇するエルヴィンらの挿絵ではほぼ新月に近いと思しき薄い三日月が描かれている。(パラグラフ76)

 本文と挿絵、しかも異なるシーンの食い違いなので、おそらくは挿絵発注の際の確認ミスであろう。 しかしそれではつまらない。ここに何かしらの意味や隠された事実が見いだせないだろうかと考えることにする……んんっ? もしやこれは……どちらかが月大蛇なのではないか?

 第三巻で遭遇した際、月大蛇は満月の姿で登場した。あの月がほどける登場シーンは鮮烈だ。先の「同じ夜に見れる月齢が食い違う」問題、どちらかが偽物――つまり月大蛇だったのだと考えることはできる。他に月に関する描写がどうなっているか調べないと断言はできないが、おそらくはバクランドでの遭遇と同じく、満月のほうが大蛇だったのではないだろうか。
 そしてこの時期に、はたして大蛇がシャムタンティにいたかどうかだが、実は大いにありえる話なのだ。主人公がマンパンへ向かっていることが敵に知られたとわかるのは第三巻に入ってからであるが、この時点で七匹はアナランドからマンパンへ帰還するために北上している。つまり、その前に当然七大蛇はマンパンから偵察任務を受けてアナランドへやってきていたわけだ。主人公が出発する前に大蛇たちがアナランドに来ていたのなら、もっと早くバレているはずだ。第一巻冒頭の物見頭の台詞にあるように、主人公はマンパン行の任務に志願した後、修行をしている期間があったのだから。主人公が襲われなかったということは、七匹がアナランドに来たのは旅立ちの後だった可能性が高い。
 北上する主人公と、南下する七大蛇。月大蛇と主人公は、旅の初日の夜にすれ違っていたわけだ。

 だがここで一つ問題が起こる。
 カントパーニ門の居留地で旅立ちを見送ってくれた人々は、皆主人公の任務を知っていた。月大蛇とのニアミスが初日の夜ということは、主人公がクリスタタンティに到達する前に、敵はアナランドに入ったことになる。主人公の存在はあっという間に露見して、それこそダンパスあたりで追いつかれても不思議ではない。だが実際には、バクランドに入ってはじめて七匹の情報が伝わった。七匹の大蛇の移動速度、そして知らせを運んだ金冠鷲の速さなどは不明だが、奴らがアナランド入りしてから主人公の存在を掴むまでに数日はかかっている。
 おそらく敵は、国境から離れたアナランドの首都アークレトンまで飛んで行ったのだ。『タイタン』に載っている旧世界の地図を見ると、大塁壁からアークレトンまでの距離は、大塁壁から見てほぼカレーとスナタ森の中間あたりと同等の距離がある。これなら奴らの帰りが遅れたことと合致する。カントパーニ門が襲われなかったのは幸いだったと言えよう。

(4/30/22)

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