北カレーのヴラダの賭博場まであと少しという場所に、一体の銅像が立っている。足元のかめには献金と思しき金貨が溜まっており、どうやらこれはカレーの神々の一人なのではないかと思われる。クーガやスラングの他にも、カレーには神々がおわすのだ。
献金があるということは、この神はフォーガとは違って現在も信仰されているということだ。ちょっと不思議なのは、この神像相手に不届き者のアナランダーが戦い、勝利したときも誰も騒がないという事実だ。この像はイラストにもなっていて、それをみると周りにはカレーの住人たちが行きかっているのが描かれている。よそ者が神像を倒す様は、多くの者に見られているはずなのだが……。
そんな事態をよしとするとなると、これはもしかしたら運命の神の類で「全てはなるようにしかならない」的な教えの信仰なのかもしれない。アナランダーに神像が冒涜されようとも、全てを受け入れるのが教義というわけだ。しかしカレーにおいてはこれはちょっと大人しすぎる気もする。罠で死んだり、悪党にいいようにされようとも受け入れなければならないような教えでは、とうの昔にこの街から淘汰されてしまっているだろう。かめに金を入れる信者がいる以上、それも金貨が十八枚とくれば、この信仰はまだまだ健在と考えるほうが自然だ。
では……力が全て系の神だったらどうだろうか。信者たちは常日ごろから肉体を鍛え、神に挑み続けているとしたら? これならば、アナランダーが神像と戦っていても誰も騒ぎださない理由ができる。神に自分の力を認めさせたアナランダーが金貨を持って行ったとしても、誰も文句は言うまい。何故ならばこの者は自らの力を神の前で見事証明したのだから。
ところでアナランダーが魔法使いだった場合には、MUDの流砂によって神像が失われてしまうこともある。だがそれでも街の衆が騒がないところを見ると、金貨の枚数とは裏腹に実際の信者は相当に少ないようだ。一部の金持ちが信者にいるのか、あるいは神像が長きにわたって無敗を誇ってきたのか……。いずれにせよ、今まさに滅びゆく信仰なのではないだろうか。
マンパン砦の、それも天守閣の中で堂々と商売をしているナイロック。この男のすごいところは、砦の一室を自分の店としているところだ。これがどういうことかというと、警戒心の塊のような大魔法使いの支配する中で、自分のテリトリーを持っているということに他ならない。彼の店でかっぱらいを試みてみるがいい……店主その人が歯を鳴らすと、戸口には槍衾が横から飛び出してくる。明らかに設計段階から建物そのものに組み込まれた罠だ。しかも歯と連動している仕掛け……明らかにこの部屋はナイロック個人のために作られている。彼は堂々とここに店を構えているのだ。
ナガマンテやスログなんかも自分の持ち場――もちろん拷問室に台所――を持っているが、これは彼らの技能を最大限に活かすための配置と言える。対してナイロックはどうか。彼は商人だ。砦の住人相手に商売をしているが、彼の存在は大魔法使いにとって何か利になっているのだろうか? 大魔法使いの部下たちから金を取り上げることで、反乱を起こすような力を蓄えさせないようにしていると考えることもできるが、ちょっと無理がある気がする。ナイロックの店では魔法に必要な触媒も売っている。これでは砦の者に余計な力をつけさせてしまうことも起きうるではないか。
ナイロックの店で普通に買い物ができる以上、仕入れが必要なことは間違いない。しかしこの砦に外部の者が配達のためにやってくるとは考えにくい。なにしろ危険極まりないカーカバードの、それも最も険しいザメン高地にそびえる大魔法使いの砦だ。となると、ナイロック自身が買い付けに出かけるしかない。留守の間は店の扉に鍵をかけるのだろう。例の槍衾もあるし、多分セキュリティは大丈夫だ。
マンパンから定期的に外に出るとなると、これは各国の情報を集めるスパイとしても働いている可能性が出てきた。マンパンでは複数の「戦争屋」を抱えていることだし、ナイロックがその一人という線もありそうだ。かつて何か役立つ情報を大魔法使いにもたらしたナイロックが、特別な褒美として商売権を賜ったということはあり得るかもしれない。
【追記】
ところで、彼の店で悪さをした不届き者が出た場合でも、特に衛兵隊長カルトゥームのもとへは連絡がいかないらしい。あるいはそんな知らせを受けても隊長のほうではまともに対処する気が無いかのどちらかのようだ。両者の仲はまちがっても良いとは言えないだろう。もしもナイロックが大魔法使い直々に特別な褒美をもらっていたのであれば、彼はそれなりの大物ということになる。二人の間にライバル意識のようなものがあっても不思議ではない。金貨大好きヴァリーニャもナイロックの財産を狙っていることは間違いないだろうし、砦は今日も大いにギスギスしているのだと思われる。
蛇使いにして恐るべき魔笛の使い手であるマナタ。彼はバクランドに穴を掘って暮らしているが、その家族は「姉さん」と呼ばれる六匹の蛇たちだ。彼と戦ってみればわかるが、彼の奏でる笛の音には聞く者を眠りへと誘うだけでなく、相手を蛇に変えてしまう力が宿っている。我らがアナランダーでさえも、サイコロの出目によっては彼のペットとなる運命が待っているのだ。
しかし気になるのは六匹の姉さんたちだ。アナランド人が七匹目になりえる以上、この蛇たちの素性に興味が出ないわけがない。おそらくは過去にマナタを襲った向こう見ず共だと思われるが……まず思いつくのがクラタ族だ。奴らは村周辺だけではなく、バクランドのあちこちに出張している。実際にゲーム中、夜間襲われることもあるし、スロフの神官シャラを閉じ込めたのもクラタ族だった。それに連中は出会った者を誰彼構わず襲っている節がある。マナタにちょっかい出していてもおかしくはない。
他に考えられるのは人馬だろうか。人馬たちはマナタの住処を知っている。これはつまり、以前痛い目を見たという可能性もあるのではないか。もっとも人馬たちは魔法使いには一定の敬意を払っている部分もあるので、マナタの魔笛にも感じ入るところがあるかもしれない。しかしながら、人馬たちはマナタが飼っている生き物――つまりは姉さんたち――には出くわしたくないとも言っている。『モンスター事典』のケンタウロスの項によれば、彼らの伝承では元々馬だったが、神の不興を買った結果、呪われて人の身体を得てしまったという屈辱を味わっているとある。人に変わることが恥であるのなら、蛇ならもっとだろう。ならば、そんな姿になってしまった仲間を見たくないというのもわかる気がする。少なくとも自分が人馬であったなら、蛇なんぞに身を落とした自分の姿を同族の者に見られるなんて屈辱は耐えがたい。
もう一つ気になることがある。マナタがいうには、姉さんたちが七匹の大蛇がどこに行ったかを知っているらしい。実際に彼から得た情報どおりに進むと、月大蛇と遭遇することができるのだ。蛇同士、何か通じるものがあるのかもしれないが、これはどうにも元々がクラタ族や人馬だったとするとらしくない。六匹の中に相当の切れ者が混じっていると考えるほうが自然に思える。この地で生き延びているということだけで、マナタが恐るべき使い手であり、またこれまで何度も敵を下してきた経験の持ち主であることを証明している。何しろアナランドの勇士、しかも48の魔法を収めた術師でさえも彼の「姉さん」たちの仲間入りすることもあり得るのだ。かつてマナタを甘く見て術中にはまった魔法使いがいたとしても不思議ではあるまい。
第三巻に登場する魔法使いといえば、シャムことディンティンタとフェネストラだ。ならば、この広大なバクランドに第三の魔女が絶対に居ない、あるいは居なかったとは言い切れまい。元々自然法則が超自然的ななにがしかで狂っているような土地だ……魔術の研究には都合の良い環境でもおかしくはない。そしてそんな魔力の持ち主であれば、七大蛇の動きを読むこともできるだろう。実際、先の二人魔女は大蛇の情報には通じている。第三の魔女がマナタの元にいるのであれば、月大蛇の居場所を知っているのは当然とも思えるのだ。