8月13日(水)ペシャワール・ACC

 朝、4時半に起きて準備。パシュトゥ語はなかなか手強い。簡単には覚えられない。年のせい?でも、主語が男性か?女性か?複数?単数?によっていちいちすべて、動詞も名詞も形容詞もあれこれ全部変化するのだから、こりゃ、やってられない。

 実際、ACCの図書室には、絵本が数冊並べられているだけで、あまり活動がはじまっている、という感じが見受けられなかった。言葉でいくら、「おはなしは大切だ、必要だ」といってもしかたないだろう。それより具体的な活動を一緒にやった方がいいんじゃないか、と思い、早々にペープサートを一緒に作ることにした。

 ペープサートは日本で準備した。「どこへ行くの?ともだちに会いに」(童心社)という絵本を元にした。いわむらかずおとエリック・カールの共作の絵本だ。犬、ネコ、にわとり、やぎ、うさぎが次々と出てきて「どこへ行くの?」「ともだちに会いに」「どんなともだち?」「うたがうまいんだ」「私も歌が大好き。一緒に行きたいな」「いいよ。ぼくの友だちはあなたの友だちさ」・・・と友だちを増やしながら歩いていくというストーリー。私は自分で一式作ったが、あちこちに置いてくるために、何セットがあったらいいなと思い、友だち(のざきやすひこさん、ながいりかさん)や、友だちの子ども(あべふみかさん、こじまひろおくん、こじまほなみちゃん、こじまかずきくん)に頼んで、3セットのペープサートを作ってきていた。これを見本にペープサートを作ろうというのである。

 最初、みな絵を写し出したりしていたが、途中、私が抜けている間(アフガンへの国境を越える時に通るトライバルエリアの通行許可書を取りに行くのに、本人が出頭しなくてはいけないというので、えりさんと、ホームセクレタリーという役所に行った)戻ってきたら、予想以上にいいものができていた。女性の先生たち、シェキバや、ネロファンもなかなか絵心があり、しっかりしたものを描いているし、最初は描こうとしなかったサイドマハム所長も、なかなか味のある男の子の絵を描き始めていた。男性の先生、ヌルラマンの鳥もいい。友人たちが描いてくれたのをまねして描いている人もいる。

 お昼休み、子どもたちは家へ帰り、スタッフはみな一緒にお昼ごはんを食べる。お弁当ではなく給食である。ショキドール(警備兼もろもろ雑用を受け持つ用務員さん的職業)のおじいさんが作ってくれている。ドディ(ナンのようなパン。主食である)と、トマトと紫タマネギと唐辛子を刻んだもの(これもシンプルだけどなかなか美味)それに鶏肉のトマト味煮・・・これは、かなりごちそうらしい。つまり肉はごちそう。私たちが満腹になると、ショキドールのおじいさんが片付けてくれる。先生たちは、後かたづけや掃除などはしない。これはショキドールと呼ばれる職業の仕事だそうだ。これは、インドネシアでも同じだったけれど、先生も子どもたちも、「これは自分の仕事ではない」と、掃除や片づけをしない。

 さて、食事が終わった後、スタッフが練習もなしに、子どもたちにペープサートをやるという。

 すでに、女の子の教室には、女の子たちがいっぱいに座っている。中にまじって座っている男の子は、お姉ちゃんにくっついて来ている弟たちらしい。さて、大人たちが一列に並び、ペープサートを持ち、そして、大根劇をやるのはなかなかおもしろかった。私はまだ演じ方の説明などしていなかったからでもあるが、大人たちは、まるで秘密の相談でもしているかのように、観客の子どもたちに背を向けてしまっている。子どもに背を向けて、ひげのおじさんたちが、「ワンワン、どこへ行くの?」などというセリフをまじめ臭く言っているので、笑ってしまった。そして、あのヌルラマン氏は、ロバ(私の作ったペープサート版には、ウサギの代わりにロバが出てきている)を演じたが、フーフーフー鼻息、鼻息・・・おたけび〜〜とすごい迫力であった。芸術家の氏が、話の筋も考えず、ロバが悶絶苦しみ絶叫しているところを演じているのかと思ったが、私はロバがかわいらしい身体に似合わず、実際にそのような声で鳴くのだ・・・ということを、はじめて知った。

 とんでもないペープサートの初演となったが、それでも、子どもたちには面白かったようだ。今度は、子どもたちにやってもらおう・・・ということになる。

「やりたい人」「ハーイハーイ」と、女の子たちは競ってでてくる。まったく、積極的で、全然引っ込み思案ではない。実は子どもたちの方が上手なくらいであった。





 男の子の部屋の方は、昨日は人数が少なくて休みだったそうだ。だから、今日初めて出会う子がたくさんいる。男の子たちの方がかえっておとなしいくらいだ。「やりたい人」と言うと、一人少し大きい学級委員のような子が手を挙げ、ほかの引っ込んでいる連中に、「おまえと、おまえとおまえでてこい」のように指示して立たせ(それで後込みする子はいない)「ワンワン・・おお、遊びに行こうぜぇ・・・おう、ワンワン・・・」と、まるで野犬の散歩のような雰囲気で、ペープサートを演じた。なんだか愉快であった。男の子の部屋を、スメーラという小さいけれど、とても積極的な女の子がのぞきにきて、私に「早く女の子の部屋に戻ってきてよ」とせかすかのように一生懸命目で合図を送る。ヌルラマンに、のぞいているなら入れ・・・と言われると、彼女は物怖じもせず入って座る。小さい時は、男も女もなく、平気なのだろう。じきに、こんな女の子も、男女席を同じくせず(今だって、クラスは分かれているんだが)となるんだなぁ・・・と思う。

 「おおきなかぶ」、「ガンピーさんのふなあそび」、「さんびきのやぎのがらがらどん」・・をやる。まだ言葉が不安なので、紙を見ながら話すので、まだイマイチなのだが、男の子たちもみんな乗り出して聞いてくれた。彼らにとって、とっても意外な日だったに違いない。いきなり予想もしていなかったへんてこなことが起こったという感じ?普段はまじめな?大人である先生たちが、ペープサートを持って、「ワンワン」などと言い、その後にへんてこな日本人がきて、絵本を見せて話をして、この本はあげるから読んでね・・などと言ったのだから。

 男の子たちも、ヌルラマン指揮で歌を歌ってくれた。哀愁を帯びた歌である。故郷の歌であろう。

 その後、また女の子たちの部屋へ行く。座れ座れ、そして、私の回りを、女の子たちが囲み、すごい熱気だ。ここでは、なぜか、大きなカブで引くと、拍手をする・・・ということになってしまった。それもちょっと変であるが、みんな大喜びで拍手をしてくれる。女の子たちのくったくのない笑い。積極的に楽しいことにつっこんでくるその勢い。なかなかすごい。ナシィバというリーダー格に見える女の子に、あんたが語ってみて!とおおきなかぶの絵本を渡すと、少し照れながらも、それでもうれしそうに、カブを反対に引いた。



 
えりさんが「アグレッシブですよね」と言ったが、本当にその言葉があてはまるくらいだ。遠慮したり引っ込んだりすることがない。でも、こんなエネルギーの子どもたちが、この狭い教室にいて、そして、この狭い教室こそが、彼女たちの発散の場になっているのだ。しかも、彼女たちはもう少し大きくなったら、顔をかくし、自由に出歩くこともできない・・・そんな風になったら、こんなエネルギーをどこに閉じこめておけるのだろう?彼女たちのこのエネルギーはどうなるのだろう?

 エリさんの話では、ここの男の子はまだおとなしいが、男の子たちは興奮し出すと、一気に切れてしまったり、抑えが効かなくなるという。アフガン戦士の子どもたちだもの・・・・なるほど・・・・ラオスあたりののんびりして、シャイな子どもたちとはやっぱり違うらしい。

 子どもたちの歌は、次から次へとつきることがない。「私が歌う」「私が・・・」と、次々と女の子たちが前へ出てくるのである。カメラを向けると、写真を撮って!というのも、焦点が合わなくなるほど、どんどん迫ってくる。大きい子たちが「バスバス(十分、十分)」と言って、押さえてくれたけれど。いやはや、大変。

 でもきっと、今日は特別に興奮していたのかもしれないけれど・・・きっといろんな可能性を秘めた子どもたちだ、と思う。この子どもたちの元気さと笑顔はすてきだ。

 しかし、疲れた。声はかれている。暑い上に、シャワールという布をずっとかぶっていなくちゃいけないのは一段と暑く、よけい疲れる。部屋に戻ってきて、ビールはないから、水と、せめても持ってきたインスタントコーヒーを水にといて飲んでいるのが、せめてもの潤い。

 今日は、市川さんと磯部さんが一足早くアフガン入りしたので、日本人男性がいない。エリさんと私は、夕食は男性スタッフのイブラハムにつき合ってもらって、中華レストランに行く。外食ひとつ自分でできない、こうも女であることが不自由な国ってあるのだろうか?ここで、ずっと働くとなったら、どんなに大変だろうか?と思う。

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