第3回
「アマデウス」 Peter Shaffer's AMADEUS(1984)
− モーツアルトといえばクラシック作曲家の中でももっとも有名な人でしょう。いまだにその曲はTVやCMに使われ、彼の曲を聞いたことのない人はいないと思います。そのモーツアルトの半生を描いたのがこの「アマデウス」です。「アマデウス」はモーツアルトのミドルネームです。原題についているピーター シェイファーは原作者で、脚本も担当しています。なぜ原題に原作者の名前がついているかと言うと、モーツアルトの生涯には多くの謎があって、いろいろな人がいろいろな説を唱えているらしいのです。その中からこの映画はあくまでもシェイファーの原作をもとに作っていると明示したかったようです。
− しかしこの映画は、決して彼の生涯の謎に迫るとか、波乱の人生を描くとかいうだけのものではありません。主人公は同時代の宮廷音楽家アントニオ サリエリなのです。彼は貧しい田舎町に生まれた、キリストを神と敬愛する信心深い真面目な男です。音楽に憧れながらも、父親の不理解により音楽の勉強ができないという少年時代を過ごしますが、父の死後、音楽の都ウィーンへ行き、努力の甲斐あって、皇帝ヨセフ二世の宮廷音楽家にまで成り上がります。父の死から宮廷音楽家になるまで全て神の思し召しと信じ、神への感謝の印として自身の貞操と音楽をささげるほど生真面目な男です。一方、モーツアルトは幼少の頃から父親から音楽の英才教育を受け、少年時代には既に作曲を始め、その頃にはヨーロッパ中にその名を知られていました。しかし、彼の生活はというと、酒と女におぼれた、努力を知らない、神への信心のかけらもないもので、態度は礼儀知らずな幼稚なものでした。少なくともサリエリにはそう映ったのです。この二人の人生の対比をサリエリ側からの視点で描いたのがこの映画です。
− 映画はモーツアルトを殺したというサリエリの、神(神父)への告白という形で進行していきます。彼はモーツアルトの音楽と出会い、そこに神の存在を見出し、神が自身の存在を表現する媒体として、神を愛するサリエリではなく、神をも畏れぬ、幼稚で卑猥な小僧を選んだことに嫉妬を抱きます。彼はモーツアルトに自分の音楽を馬鹿にされるたびに、神に誹謗されたのだと考え、モーツアルトの音楽に触れるたび、そこに神を感じるたびに、今まで愛してきた神に裏切られたと思うのです。ついには、神の化身であるモーツアルトを騙し、殺すことによる神への復讐を企てるようになってしまいます。表向きは紳士のまま、モーツアルトに愛情を注ぐ振りをしながら、自分に心を開かせ、陰でいろいろな手立てを講じて彼を陥れ、死に至らしめることで、神を嘲笑し、復讐するのです。そんな彼がモーツアルトの死後、死んだモーツアルトの音楽だけが生き残り、生き残った彼の音楽がすたれていく現実を見せ付けられ、結局神に敗北したことを痛感し自殺を図りますが、失敗し、精神病院へ送られます。そこで彼は、訪れた神父に懺悔を促され、それらを告白するのです。神の僕として彼を救おうと訪れた神父への、神に裏切られ、信仰心を失い、神に復讐した男の告白。この構成が非常にうまく描かれています。結局、サリエリはその告白で神父をやりこめたことで満足し、神に救われぬ凡人達の代表として、生きていくことになるというところで映画は終わるのですが、彼の気持ちは痛いほど私には良く分かります。彼の気持ちが分かるからこそこの映画が素晴らしいと思うのだとも思います。何かを志し、挫折を感じた人なら誰でも彼の気持ちが少なからず分かるのではないでしょうか。
− 一方、サリエリと神との戦いに巻き込まれたかたちのモーツアルトですが、彼自身もまた厳格な父親の影に脅え、音楽哲学に縛られながら、それらから逃れるように酒や女におぼれ自らを死に追いやっていきます。結局、サリエリはモーツアルトの死期を早めたことは確かでしょうが、彼の企てがなくても遅かれ早かれ死んでいたでしょう。少なくとも映画ではそう描かれています。彼の人生もまた壮絶に描かれています。
− この物語を圧倒的なパワーで演出したのはミロス フォアマン。「カッコーの巣の上で」でアカデミー賞を取った監督です。主演はサリエリにF.マーリー エイブラハム、モーツアルトにトム ハルス。エイブラハムは舞台を中心にした俳優だそうですが、この映画でオスカーを獲得しました。それに値する迫真の演技です。トム ハルスはエイブラハムとオスカーを争い、敗れましたが、私はすっかりファンになりました。最近では「フランケンシュタイン」(1994)に出演、「ノートルダムの鐘」(1996)では声優として参加してましたね。美術もすばらしいです。あそこまで豪華に作り上げてしまうとは見事なものです。音楽はモーツアルトの作品を中心にクラシックを使っています。演奏シーンだけでなくサントラとしてクラシックをこれだけうまく使った映画は知りません。この映画ですっかりにわかモーツアルトファンになった私ですが、クラシック好きに言わせるとモーツアルトは単調で退屈なようです。
− この映画はアカデミー作品賞も取りましたが、大作で、歴史物ではあるものの、舞台はほとんどが室内だし、題材が上記の通り陰湿で、狂気に満ちたものですからかなり異色の受賞作品ではないでしょうか。興味の湧いた方はぜひご覧になってください。上映時間はかなり長いですが、退屈する場面は一個所もないすばらしい映画だと思います。(1998.4)
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