第2回

「ロッキー」Rocky(1976)

− 今回紹介するのはシルベスター スタローンの出世作「ロッキー」です。今更紹介するまでもない作品でしょうが、私が映画を好きになるきっかけを作ったのがこの作品なのです。中学生の頃だったでしょうか、今は亡き荻昌広氏(この頃はこの人の解説が一番好きだった)が解説をされていた「水曜ロードショー」で放送されていたのをたまたま観たのがこの映画に出会ったきっかけです。それからこの作品を何回観たでしょう、次の日も、次の日も、しばらくは毎日のように見ていたような気がします。今となってはテレビで吹き替え映画を観ることもありませんが、映画を好きになるきっかけとなったのがテレビで観た映画ですから、それを否定する気になれません。それがきっかけとなって、映画館に足を運ぶ人が増えればよいのだから、と思ってます。現実はそうではありませんけどね。

ロッキー

− そんなわけでこの映画、原語版よりも吹き替え版の印象のほうが強くなってしまい、初めてオリジナルを観たときは、大学に入ってレンタルして観たのだと思いますが、多少がっかりしたものです。一番がっかりしたのはラストシーン。吹き替えでは訳されていた台詞が、字幕ではなかったところです。ご存知のようにスタローンは口がよく回らないため(病気だったか、生まれつきの障害だったか忘れましたが)、言葉がはっきり聞き取れませんので、翻訳者も結構苦労するらしいのです。そのせいかどうかはわかりませんが、吹き替え版では、試合後、ロッキーが恋人のエイドリアン(タリア シャイア)の名を連呼する途中で、インタビューを受けたときに「俺はただ一生懸命やっただけだ、勝敗は専門家が決めるもんだから俺にはわからねえ」と言うのですが、そこがなかったのです(思い出したら涙が出てきた)。吹き替えの訳が正しいものだったのかどうか、確認する手段がないので分かりませんが、何せ、その台詞にいたく感動した私は、オリジナルでそこが訳されていなかったので、ひどく拍子抜けしてしまったのです。

ロッキー

− 当時の荻氏の解説では、黒人の力が強くなってきたアメリカ社会(この映画のチャンピオンは黒人)での白人の復権の象徴がロッキーであり、その姿にアメリカ人は熱狂したのだと言うことでした。その設定が、スタローンの作為であるにせよ、偶然であるにせよ、当時のアメリカ白人の感情を高揚させたことは間違いないところでしょう。しかし、それを抜きにしても十分感動する映画であることは間違いありません。脚本は主演のスタローン。三日で書き上げたのは有名な話です。それを製作会社に売り込みに行ったのですが、なかなか売れなかったそうです。それは自身を主役にしなければならないという条件付きだったからです。やっと買ってくれた先はユナイト。UAマークを観るたびにこの映画を思い出します。20世紀FOXで「スターウォーズ」を思い出すようなものです。監督はジョンGアビルドセン。スタローンは演出もやりたかったようですが、アビルドセンの地味な、抑えた演出は、この映画をより良いものにしたでしょう。彼はこの後「ベストキッド」(1984)をヒットさせました。この映画は少年版ロッキーといわれましたが、確かにロッキーに似た感動を覚える映画です。その他の共演はチャンピオン、アポロクリードにカール ウェザース(プレデターで久しぶりに見たときは嬉しかった)、エイドリアンの兄ポーリーにバートヤング、スタローンの弟も出ています(たき火の周りで歌ってるごろつきの一人)。犬のバッカスもスタローンの飼い犬です。

− ストーリーはもうご存知の方も多いかと思いますが、才能はあるのに努力を知らない30過ぎのボクサーが、ある日、ほとんど偶然に世界チャンピオンと戦う羽目になるというストーリーです。主人公ロッキーは練習という苦労から逃げ、やくざの手先のような仕事ではした金を稼いではいるものの、根はまじめな男で本当のやくざにもなれず、かといって学歴もないので仕事も持てず、ボクシングでもさっぱり芽が出ず、特別な目的も満足もないまま、ただ何となく、毎日の生活を繰り返しています。彼の周りも同じような人間ばかりで、いわゆる社会の底辺でくすぶっているような人たちばかりです。ただ違うのはロッキーは他の人とは違い、その生活に決して満足しておらず、目に見えない欲求不満を抱えて生きていたのです。このあたりの描写が実に上手く描かれています。心許せる友人もおらず、帰ってきては金魚や亀にえさをやって、話しかけている毎日。金魚の名前は「モビーディック」。このあたりにも彼の夢が託されてるのでしょう。彼の恋人となるエイドリアンとの出会いや関係が深まっていく過程、彼女の兄との関係等、アビルドセンは実に上手く演出しています。

ロッキー

− 一方、チャンピオンのアポロ クリードは富と名声を手に入れ、後はその名声を不動のものにするための演出ばかりを考えています。彼はアメリカンドリームを口実に数段格下の、到底勝ち目のない相手を選び、連勝記録を伸ばそうとしました。その相手となったのが”イタリアの種馬(Italian Stallian)”ロッキー バルボアだったのです。(日本語訳ではなんで語呂がいいのかわからなかったのですが訳を観れば一目瞭然ですね)

− ロッキーはその知らせを聞いて、突然の大舞台から逃げ出そうとします。それを必死で説得したのはジムのトレーナー、ミッキー(バージェス メレデス)です。彼も過去の栄光を持ちながらも、今は年老いて、うだつの上がらないジムでうだつの上がらないジム生たちを教えながら、目標のない生活を送っていたのです。彼はロッキーの才能を認め、努力を促すのですが、いつまでも中途半端な彼に不満を募らせていました。そこに世界戦の知らせが舞い込んだのです。最後にひと花咲かせたい、ロッキーのためにも自分のためにも。そんな思いが彼を動かしたのです。そのかいもあって、それまで一度も日の当たる場所に出たことのないロッキーは、ついにその恐怖を乗り越え、小さな世界から飛び出すことを決心するのです。その世界とは彼の住む町であり、彼自身の心の世界でもあります。彼は生まれて初めて目標を持ち、その目標のために、必死に努力をします。いつしか、それは彼だけの夢だけでなく、彼の知人、彼の住む町全体の夢となります。小さな町は、ロッキーのおかげで、希望を取り戻し、一つになっていきます。試合前夜、勝ち目のない相手に挑む彼は、エイドリアンに約束をします。「勝ち目はないが、絶対15ラウンドが終わるまで、立っている」と(また涙が..)。そして、試合の場面で興奮は頂点に達します。試合の演出も見事です、今の映画のような過剰な演出もなく、実に自然に、一歩引いたところから映し出される映像はアビルドセンの上手いところでしょう。そして、忘れてはならないのが、ビル コンティのすばらしい音楽。映画を観たことのない人でも絶対に知っている名曲です。彼のスコアがなかったらやはりあの感動はなかったでしょう。ほんとはメインテーマGonna Fly Nowだけでなくほかの曲もいいんですけどね。彼は最近はアカデミー賞授賞式の指揮者として活躍しています。

− そんなわけで、この映画、脚本、演出、音楽三拍子そろった、スポーツ物の金字塔でしょう。こんなすばらしい映画を生み出したスタローンは、脚本の才能もあるし(ロッキー、ランボーのシリーズや、その他彼が脚本に関わった作品は数多い)、演出もそこそこできるし(そこそこだけど)、影のある孤独な男を演じさせたらやっぱり似合うし、だから、同じ男しか演じられなくても、どんなに駄作に出演しても、どうしても嫌いになれないのです。むしろ、いろいろな役に挑戦しながら、苦悩している姿を見ると余計に気になってしまうのです。よくシュワルツェネッガーと比較されて、今は彼のほうが人気もありますが、どうしても演技力も演出力もないシュワルツェネッガーの方が人気があるのが信じられない。シュワちゃんが良かったのって、一言もしゃべらない「ターミネーター」だけだったと思いませんか。不思議だ。まあ、そんな話は映画とは関係のないことだから、良しとして、ロッキーとともにスタローンをもまさにアメリカンドリームの象徴にしたこの映画は観ていない人は必ず観てみるべき映画ですよ。アカデミー賞受賞作品。(1998.4?)

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