第7回

「ストレイト・ストーリー」The Straight Story(1999)

リチャード・ファーンズワース

− また一つ、すばらしい作品に出会いました。今まで観たロードムービーの中で最も好きな作品となった、この「ストレイト・ストーリー」は、一人の老人が兄弟に会いに行く道中に出会う人々との交流を通して、兄弟、親子、家族の絆を描く暖かい物語です。主人公からの視点のように、ゆったりと、そして穏やかに進む物語と暖かい多くの名台詞には心が癒されるようでした。

− 物語は実話を元にしています。足腰がすっかり弱ってしまった老人が、ある日、長い間仲違いをしていた兄が倒れたという知らせを聞き、改造したトラクターで遠く離れた兄の住む町へ旅に出ます。その途中で出会う人々との交流の中で、彼の積み重ねてきた人生の断片を語ることによって、相手の心を癒していくのです。同時に、その言葉は彼の子供や兄弟に対する思いの強さを観るものに強く印象付けます。その辺を映像ではなく、全て会話によるシーンだけで観客に訴えかけるのに成功したのは、脚本と演出の巧さ以上に主役を演じたロバート・ファーンズワースの演技力によるところが大きいでしょう。

デビッド・リンチ

− そして、終に兄と出会うラストシーンの演出がまた泣かせます。過剰な演出や台詞は全くなく、お互いの目も合わせないまま、一言かわし空を見上げるそのシーンは、互いへの愛情の深さを見事に表現し、シーンとしては全く出てこなかったにもかかわらず、仲の良かった幼い頃の二人の姿をまるで自分の思い出のように蘇らせるのです。音楽や大げさな演出で盛り上げることなく、あくまでストイックに撮られたそのシーンは印象的な名シーンとなりました。

− 監督はデビッド・リンチ。これまでの彼は、日常に隠れた異常な世界や人間の暗部を描くことが得意で、本人も言うようにこんなに「ストレイト」な物語とは全く無縁だった人物ですから、このような作品を作ったことは非常に驚くべきことだと思います。「イレイザー・ヘッド」や「ブルー・ベルベット」、「ツインピークス」などの歪んだ世界観は生理的に受け付けない人も多いことでしょう。そんな彼が、脚本に感銘を受け、自らが監督することを申し出たというこの作品は、彼にとって穏やかで美しい世界を穏やかで美しいまま描き出した初めての、そして非常に魅力的な作品となりました。

− 主人公を演じたのはリチャード・ファーンズワース。個人的には「赤毛のアン」のマシュー役が印象に残っている名優です。主人公を世話する、少し知恵遅れだが心優しい娘を演じたのはシシー・スペイセク。久しぶりに見たためか歳を感じましたが、とてもいい演技を見せてくれます。最後にしか登場しませんが、兄役のハリー・ディーン・スタントンも非常に存在感のある演技を見せたと思います。(2000.5.15)

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