第9回

「ゾンビ」トリロジー
Night of the Livingdead(1968) Dawn of the Dead(1977) Day of the Dead(1985) -

− 監督のジョージ A ロメロは「生ける屍の夜」(Night of the Livingdead)を監督第一作目で発表した後、ほぼ10年ごとに続編「ゾンビ」(Dawn of the Dead)、「死霊のえじき」(Day of the Dead)を発表し、熱狂的なファンの間ではキングオブホラーと呼ばれるようになりました。中でも2作目「ゾンビ」は、その時代のホラーブームにものり、ゾンビという名を一般的にしてしまったほど有名な作品となり、後のホラー映画の流れに大きく影響したといってもよいでしょう。死人たちが突如として蘇り、大挙して人間たちに襲いかかり、終には人間たちを滅ぼしてしまうという恐怖はそれほど世界中に衝撃を与えたのです。他の2作品を知らずとも、「ゾンビ」だけは知っている方も多いことでしょう。

ジョージ・A・ロメロ

− しかしながら、これらのシリーズが傑作である理由は単に人間に襲いかかる死人たちの描写やそのストーリーが衝撃的だったからではありません。ロメロ監督はこれらの作品の中で死しか逃げ道がないといった極限の状態に立たされた人間たちの行動を描くことにより、その中に潜む弱さや愚かさ、そして卑劣さを深く抉り出しているのです。彼は人間不信とも取れるほど人間の暗部をしつこいまでに追及し、奇麗事ばかりで塗り固められた社会への痛烈な批判として一貫してこのシリーズを作り上げています。そしてここにこそこのシリーズが傑作である理由があるのです。ですから、同時期に流行した、残酷描写だけの他のホラー映画と同じようにこの映画を評価したり、いわゆるノリだけで片付けてしまうのは間違っています。そこにある恐怖とは他のホラー映画のそれとはまったく異質なのです。

− 死人たちは人間誰もが持つ潜在的な死への恐怖を具現化した物です。そしてその姿は自分自身の死後の姿でもあります。人間たちは殺されることによる肉体的な苦痛を恐れるのではなく、死によって自我が消滅し、食欲のみによって行動する純粋な存在である死人たちに変身してしまうことを恐れるのです。そういった恐怖の淵に立たされた人間たちがいかに脆いものか。エゴを丸出しにして争い合う醜い姿や死人たちを必要以上にいたぶる姿といった人間の暗部であり本質である部分をいやらしいまでに描いて行くのです。これらは決して啓示的な物ではないにはせよ、大げさに言えば実に宗教的なメッセージなのです。そしてそれらに加えて、人種差別や科学万能主義に対する批判など、おそらくはロメロ監督自身が抱いている、さまざまな思想がそれぞれの作品中に盛り込まれており、それらもまた、どれも人間あるいは現代文明に対して否定的なものばかりになっています。更には、それぞれの作品中、唯一正当な行動をとりつづける主人公たちもまた結局は不遇の死を遂げるかもしくはその場を逃れることはできても決して恒久的な幸福を得ることはなく、迫り来る死に怯えながら生きていかなくてはならないという、人間の存在すべてを否定したかのような結末も用意されているのです。

− このように陰鬱な、しかしながら重要なテーマを盛り込めたからこそこのシリーズは他の同種映画と一線を画くした存在になりました。そういった意味でこのシリーズは彼のライフワークといって良く、事実、それら以外の彼の作品はどれも見劣りする物になっています。

− 最後に第1作は後にシリーズの特殊メイクを担当したトム サビーニによりリメイクされ(邦題「ナイトオブザリビングデッド」)、こちらもまたオリジナルの主旨を損なうことなく、うまくアレンジされていることを付け加えておきます。(1998.11.18)

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