(1)『保幼新編』の成立と伝本についての一考察:

『保幼新編』は、韓国では、写本としては、ソウル大學奎章閣に数本伝存し、通行本としては、隆熙3年(1909年)に大邱(テグ)で発刊された木版本があります。隆熙3年本は、当文庫所蔵本とは明らかに体裁が異なりますので、版木は異なると考えます。当文庫本と同じ体裁の版本が韓国に伝存するかは、確認できておりません。

韓国の社團法人 仁山醫哲學のWebによれば、憲宗 11年(1845年) に盧光履(1775〜1856年、当時71歳)が序を書いたと説明しています。また、ソウルの許浚(ホジュン)博物館(heojun museum)のWebによれば、『保幼新編』は、1905年(高宗42年,光武9年)に盧光履が序文を書いて刊行したと説明しています。1845年も1905年も共に、序末の乙巳の歳ですが、見解が違っています。

一方、中国では、中医古籍出版社の1991年版『全國中醫圖書聯合目録』によれば、『保幼新編』の成書はおよそ1644年、版本の伝存は中国全土でただ1ヶ所、中国中医研究院所図書館のみで朝鮮版本とあります。(原文:『約成書于崇禎十七年甲申(1644年)。目前国内僅中国中医研究院蔵有此朝鮮版本。』)1905年と1644年には、261年の差があります。1644年は正しいのか、また、その間、どのように伝本していったのか興味深いところですが、版本の伝存が少ない上、日本での翻刻出版歴が無いこともあり、日本に於いて実際の初刊年を特定するのは難しい状況にあります。

台湾での伝存は、当文庫の調べですが、「台灣地區善本古籍聯合目」や他の台湾古籍関係の目録に見つからず、確認できませんでした。当文庫では、先に当ホームページで紹介の序なしの1本に加え、序を有する1本を最近入手でき、計2本の朝鮮版本『保幼新編』を所蔵できるに至りました。よって、そのうち”序”を有する1本より、その”序”部分につき、”原本写真”を掲載し、かつ、その”書き下し文”と”現代語訳”を同時に掲載することで、少しでも、研究者や本書に興味ある方々のお役に立てればと思う次第です。

注記1:
序の年号(乙巳)について
17世紀以降では、乙巳の歳は、1605年、1665年、1725年、1785年、1845年、1905年、1965年のいずれかである。

注記2:
所蔵の2本について
両書を比較して、気にかかる点あり。それは、本文は同じ版木で印刷されたと考えますが、序を有する本も序の無い本も、匡郭(きょうかく)の欠け部分が同じながら、序の無い本は、字がしっかりしているのに対し、字の無い本は、字が一部潰れており、また版木が途中で折れた状態fで印刷したと思われる点あり、明らかに序のある本が後印と考えます。それと、本文はどちらも、版心部分が、花口魚尾であるのに対し、序は横線一本付きの黒魚尾です。となると、最初、盧光履の序は無く、再印刷の際つけられた可能性を否定できないように思います。社團法人 仁山醫哲學のWebによれば、初版は序が無かったように書いています。だとしますと、序の無い本は、初版であるかもしれません。初版がどのようなものであったか、知りたく思いますが、これ以上は、今後の研究を待ちたいと思います。





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(1)『保幼新編』の序の有る別本の表紙カラー写真  ・・・・・

(2)『保幼新編』”序”部分の所蔵原本写真

   a) 原本カラー写真(見開き型)その1       ・・・・・

   b) 原本カラー写真(見開き型)その2       ・・・・・

   c) 原本白黒写真(序部分のみ張り合わせた形) ・・・・・


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