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感情直結涙腺 IV



ラーメン。

声を掛けると彼女は振り返り、オレの顔を見た。

「ラーメン食いに行こうよ」

彼女は壁の時計をちらりと見遣って、またオレの顔に目線を戻す。

「ん、行こうか」

パソコンの電源を切ると眼鏡を外して目頭を押さえる。

仕事の最終段階だと言っていた。

もしかして誘っちゃあ悪かったのかな。

そう思いはしたが、彼女はすでに車のキーを片手に玄関に向かっていた。




「それで? ラーメンを食べに行ったの?」

夜中の二時に? キュウが呆れた声を出す。

オレ達のバンドで紅一点のキュウは、一番 年下でもある。

オレが欠伸をしたのを見咎めてその話題になった。

「そお」

旨かったぜ、ほら、前に言ってたじゃん。角の。

オレが麺とスープの関係をとくとくと語り出すと、コタローがチョップをかました。

「いてえな!」

「ラーメンの薀蓄はいいんだよ」

「ああ!?」

「夜更かしすんなってあれほど…!」

そういえば、そんなことを言ってたっけ。

今日は大事な日だとかなんとか。

「まぁまぁ」

ルゥが止める。

「大丈夫だよ、声も調子悪くないみたいだし」

「だろ〜?」

コタローは乱暴だ横暴だ!とオレが騒ぐと、コタローは後ろから蹴りやがった。

「ハイ、そこ暴れない!」

キュウのドラムによる停止が入り、ようやく練習を再開する。

いつも気難しいコタローが更にピリピリとしているのには、理由があった。


メジャーデビューのためのレコーディング。


それが今日 行われるのだ。

そこそこには人気を確保している俺たちだったが、それはアマチュアとしての話だ。

誰でも知っているバンドになる、というデカすぎる夢のあるコタローが

神経質になるのもわからなくもない。

オレとしては、本当はどうでもいい。 歌って、食べられるくらいに稼げれば充分だ。

歌えれば、光の中で歌えればそれでいい。



「あ!」

オレが突然 大声を出したので、チューニングをしていたメンバーが顔を上げた。

頭を抱えてうなる。 思い出した。

この話が決まったとき、オレは彼女にプロポーズした。

プー太郎あつかいする彼女に、ちょうどいいチャンスだと思ったのだ。

それなのに彼女は突然また何の話だという顔をして、さっさと風呂に行ってしまった。

メジャーデビューに浮かれて騒いできたオレは、大人しく待っている内に寝ていて、

そしてその話をすっかり忘れていた。



これは……断られた、ということだろうか。



「うわー、オレもうダメかも〜〜」

「ええ!?」

「なんで突然?!」

お前 精神状態がすぐに影響するから止めてくれーと騒ぐみんなを尻目に、

オレは泣きそうだった。



一緒にいなきゃダメなんだって、なんでわかってくれないんだろう。


この話を彼女が蒸し返さないということは、黙殺されたということだ。

自分がすっかり忘れていたことを棚に上げて、俺は絶望的な気分になった。

彼女はずっとオレといたいとは思っていないのか。


「…今日、パス…」

「んなワケにいくかーー!!」


ズンズン落ち込んで、一時 取り返しのつかない状態になりかけたが、

根掘り葉掘りメンバー全員にしつこく聞き出され、実はオレが、

メジャーデビューの「メ」の字も彼女に話していなかったことを指摘されたのだった。






2003/11/18
改稿 2005/01/23











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