第2章 告白、キターッ!
英二はベッドの中で寝返りを打った。
カーテンの隙間から明るい朝日が差し込んでいる。
寝ぼけまなこで部屋の時計を見上げると……
《あー? もうちょっと寝られそうだな……》
再び目を閉じてまた夢の世界へ―――と思ったときだ。
ピンポ~ン♪
頭の中でチャイムが鳴った。
《あん?》
英二は薄目を開けて天井を見た。
《空耳か?》
彼が再び目を閉じたところに……
ピンポン ピンポン ピンポン ピンポ~ン♪
《ああ、うるさい。なんだ?》
それからもうろうとした頭で、そういえば昨夜インターホンを部屋につけてやったことを思いだす。
《…………部屋?》
続いてふっと瑞希の姿がまぶたの裏に浮かんだ―――と、思った瞬間だった。
『起~きろ~っ! こらー!』
いきなりその顔がどアップになる。
「はいぃ?」
あわてて飛び起きると、昨夜の出来事が脳裏に浮かびあがってきた。
《えっと……あれって……》
何だかすごく馬鹿馬鹿しい夢を見ていたような、そんな気分だが……
だがその記憶はとてもはっきりしていた。
夢だったら普通は目覚めたとたんに速攻で忘れてしまうはずなのに……
そこで英二は恐る恐る目を閉じて瑞希の姿を思い起こした。すると……
『あのねえ、いつまで寝てるのよっ! とっとと起きなさいよ!』
昨夜作ってやった部屋の中で脳内瑞希が額に青筋を立てて怒っていた。
《な、なんでだよ? まだ早いだろ。あと四十分もあるし……》
『朝、あたしの家に寄ってくんじゃないの?』
《みっちゃんの家、そんな遠くないから大丈夫だって》
英二は再び横になって眠ろうとした。
『待ちなさいよ! それじゃあんた朝にシャワー浴びたりしないの?』
《は? しないけど?》
彼女は目を見開いた。
『えーっ! 汚ったない!』
《そりゃみっちゃんは女の子だからそうかもしれないけど、男なんてこんなもんだから》
『ええ? そうなの? うわーっ』
彼女がさも嫌そうに顔をしかめてみせるが、ともかく朝の二度寝の時間は貴重なのだ。
《だから寝かせてって》
英二は瑞希の映像を消し去ると、再び朝の眠りに落ちていった……
「英二ーっ! そろそろ起きなさい!」
今度は母の声が聞こえてくる。
《あんだよ……》
ピンポン ピンポン ピンポン ピンポン ピンポン ピンポン ピンポ~ン♪
「あんだってんだよ、うるさいなあ」
英二が再び瑞希の姿を思い浮かべると途端に彼女ががなりたてた。
『こらー! あれからどんだけ寝てるのよ! 静恵おばさまが呼んでるわよーっ!』
《どんだけって……》
英二が薄目を開けて時計を見ると……
「うわあああああ!」
こんどはもはやぎりぎりの時間だった。
普段ならもっと余裕で目が覚めるのだが、昨夜は少しばかり夜更かししている。
『だーから、起こしてあげたのにー。だいたい幼なじみが起こしに来てくれる展開って、あんたたち夢にまで見てんじゃないの? それ放置して二度寝とか、もう信じらんない!』
《そんなこと言われたってさあ……》
『で、どうするのよっ! うちには寄れるの?』
英二はちょっとぽかんとしたが、すぐに昨夜の約束を思いだした。
《うわ……いや、ちょっと間に合わないな。さすがに今からだと……》
とたんに彼女が額に縦じわをよせる。
『あー? ちょっと! あんたやる気あるの?』
《ほら、だからどうせ学校で会えるでしょ。きっと》
脳内瑞希がキーキー文句を言うのを聞きながら、英二はマッハで着替えをすませる。
見ていた彼女が驚いた。
『うわっ! 早っ!』
《このぐらい普通だって》
『そのシャツとかぐちゃぐちゃにして置いてあったけど、皺になってんじゃない』
《いいだろ。どうせ学ランの下で見えないんだから》
『学ランだって汚れたままじゃないの。ブラシかけたりしないの?』
《しないって。普通》
『おえーっ』
《あのさ、頭の中でうるさいんだって。もうちょっと静かにしててよ》
『別にいいじゃないのよ。邪魔してるわけじゃなし』
《気が散るんだって》
まだなにか言いたげな彼女を無視して、英二はスクールバッグに教科書やノートを放り込むと部屋を飛び出した。
『あのさー』
《だからなんだよ!》
英二が怖い声で尋ねるが……
『ペンケース、もってかなくていいの?』
《………………》
英二は三秒ほど硬直したあと引き返して、忘れていたペンケースをカバンに入れる。
『ほーらみーたこーとか♪』
脳内瑞希が歌いながら舞い踊る。
《ぐぬぬぬ……》
その動きがきれいなのが何だかさらに悔しい。
ともかく英二は気を取り直すと階段を駆けおりて、スクールバッグを玄関に放り出した。続いて洗面所に駆けこむと大急ぎで顔を洗い始める。
『あー? そんないい加減に磨いてると虫歯になるわよ~?』
《いちいち人のやることに文句つけるなよ! 君が虫歯になるわけじゃないだろ!》
『まー、痛いのはあんただけどねー』
あーっ、ウゼーっ!
英二は歯を磨きおわると今度はトイレに飛び込んだ。
それから便座を上げて用を足そうとしたのだが……
《ん?》
なにかが引っかかる。どうして彼女は静かなのだ?
今までは何か行動するたびにいちいち口を出してきたのに……
………………
…………
……
英二はあわてて目を閉じると瑞希の部屋を思い起こす。
そこでは―――脳内瑞希が目を皿のようにしてテレビを見つめていた。
もちろんそのテレビには英二が見ている物がそのまま映る仕組みになっていて……
《こらーっ! 何見てるんだよ!》
彼女はちょっと赤い顔でふり返る。
『な、なによ? いいじゃないのよ。減るもんじゃなし。見せてくれたって』
「だーめーだ!」
英二は強制的に部屋の中のテレビを消し去った。
『あーっ! なんてことするのよ! この卑怯者!』
「うるさいっ! 覗くなーーーっ!」
と、そのときトイレの外から声がした。
「英二? どうしたの?」
母の声だ。
「い、いや、なんでもないって」
「そう? 朝ご飯できてますからね。早くね」
「分かったって」
はあ…………………………
英二は大きくため息をついた。
まったくどういうことになってしまったのだ?
だが、ゆっくりと考え込んでいる暇はない。
用を足したあと食堂に行くと朝食の準備ができていた。
その間、頭の中でチャイムが鳴りまくっている。
《くそ……やっぱこんな仕組み、作ってやるんじゃなかった……》
とは思いつつも、そのままにしていたら今後どれだけ騒ぎまくられるか分からない。
英二はしかたなく部屋のテレビを復活させてやった。
『あーもう。ひどいんだから!』
ひどいことをされているのは英二の方のような気がするのだが?
『あ、でもおいしそう!』
高祖家では朝は洋食派だったので、パンにスープ、サラダ、スクランブルエッグ、コーヒーポットなどといった物がテーブル上に並んでいる。
《みっちゃんとこは和食なの?》
『うん。ご飯に味噌汁、焼き魚に納豆とか。あとおばあちゃんのお漬け物が美味しいの』
《へええ》
英二が生返事をしながら皿にサラダなどを取り分けていると、脳内インターホン越しに脳内瑞希の声がする。
『ねえ、ちょっと右見て、右』
《なんだよ》
英二は右を見るが特に大した物はない。
《右に何か?》
『そのパン、おっきいわねえ。どこで買うの?』
《これ? いや母さんが焼くんだけど》
『ええ? ほんとう? パン焼けるんだ。すごいなー。食べたいっ! 出して』
《はあ?》
そんなことができるのか?
断ったらまたどうせうるさいだろうから、英二は彼女の手元に母の焼いたパンを出してやったのだが……
『…………なにこれ。味がしない』
さすがにそこまでは無理だったようだ。
それから英二が食事をつづけようとするとまたチャイムが鳴って……
『じゃあ、左、左』
《左?》
左を見たが、こっちはもっと大した物はないのだが……
《なんなんだ?》
『いや、左には何があるか見たかっただけ』
《あのなあ! これじゃ食事もおちおちできないじゃないか》
『だってテレビじゃ前しか見えないし。あんたが食べるの見てたってお腹がすくだけじゃないの』
生き霊だか幻覚だかが空腹になるのか?
英二がもう放っておこうと思ったら、彼女はさらに無茶なことを言いだした。
『あ、そうだ。それじゃゲームのパッドみたいなの出して、それで画面が変えられるようにしてよ』
一瞬いい考えかなと思ったのだが……
《待てって。それで僕の見てる方を操作したいってことかよ?》
『そうすると便利でしょ?』
《却下っ!》
英二は脳内存在に操られるロボットではないのである。
『じゃあどうすればいいのよっ!』
それを聞きたいのはこっちだ!
英二はため息をついて、それから今の瑞希の部屋を作ったときのことを思いだした。
確か最初一方から見たときは変だったが、さまざまな角度から見た映像記憶を追加したらまともに見えるようになったのだが。
だとしたら今の光景を元に新しい部屋を作ってやればいいのではないだろうか?
だが……
《でも毎回それやるのか?》
どうせこいつのことだ。場所が変わるたびに騒ぎ立てるに違いない。
と、そのときもう一つ別なアイデアを思いついた。
《んじゃ、これならどうだろう?》
テレビだのインターホンだのという思いつきがけっこう実現できているとすれば……
英二は彼女の部屋を消して瑞希の姿だけを思い浮かべた。それから目を開くと、いま見ている光景にそのまま重ねてみた。
『きゃっ! うわ、びっくりした……って、うわーっ! 小人さんになったみたい!』
どうやら成功したようだ。
英二の視界に瑞希の姿が重なって、小さな彼女がテーブル上に立っているように見える。彼女の向うが少しばかり透けて見えてしまうのはしかたないが―――ま、生き霊と考えればそちらの方がリアルか?
ミニチュア瑞希はきょろきょろしながらテーブル上を歩きはじめた。シュールな光景だが、ともかくこれでゆっくり朝食ができる―――と、思った瞬間だ。
彼女は英二のスープのカップに近づくとその中を覗きこんで―――続いていきなりその中に飛び込んだのだ。
「なにしてやがるっ!」
『いやー、おもしろそうだなって思ったから、つい……』
スープから頭を出したミニ瑞希が笑いながら答える。
「食べ物を粗末にするなーっ!」
と、叫んでしまってから、母がすごく心配そうな目で英二を見ていることに気がついた。
「い、いや、なんでもないから……」
「本当? さっきからずっときょろきょろぶつぶつ……心配事があるのならお母さんに相談してよ?」
「いや、本当にだいじょうぶだから。気にしないで。あはは」
『静恵おばさんを心配させたらだめじゃないの』
英二は静かな殺意がわいてきたが、殺す相手が実在していないので自重した。
―――そんなドタバタを繰り返しているうちにも、時間は無情に流れさっていく。
家を出たのはもう学校に間に合うかどうかぎりぎりの時間だった。
英二はスクールバッグを自転車の前カゴに放り込んでその上にミニ瑞希を乗せると、学校への道に向かった。
『ちょっと。あたしの家には寄ってかないの?』
《寄ってたら間に合わないって》
『こんな時間じゃどうせもう間に合わないわよ』
《いや、間に合う。全力でこげばなんとか……》
スピードの出せる車道に出てトップギアで思いっきりこぎ始めると、彼女がちょっと感激したようにつぶやいた。
『うわあ、速いんだ。やっぱ男の子って』
《はっはは~♪ 男の脚力、なめんじゃないぞーっ!》
『でもそれじゃあたしの体、どうするのよ?』
それに関してはもう答えを用意してあった。
《え? ああ、だいじょうぶだって。ほら、みっちゃんに何かあったらうちにだって連絡来ると思うし。何もないってことは無事なんだよ》
『………………まあ、そうなのかしらね』
《それに学校に行ったらなにか分かるでしょ?》
『しょうがないわねえ……』
彼女が一応納得してくれたので英二は全力で学校を目指した。
英二たちの通う東磨東高校は郊外にあるのでバスの便があまりよくない。そのため自転車通学する生徒が多く、普段なら学生の乗った自転車が列をなしているのだが、さすがにこの時間だ。道は空いている。
「ぬおおおおお!」
『おー。がんばれーっ!』
ミニ瑞希に応援されながらが突っ走っていると、やがて昨日の八幡宮の前を通過した。
と、そこで唐突に彼女が言った。
『ねえ、英二くん』
「ああ? なに?」
いい加減疲れてきていた英二は少し不機嫌に答える。
『学校に着いたらちよこちゃんに相談してみたらどうかしら?』
「え? あ……」
立花ちよこ? 確かに霊感少女の彼女ならなにか解決策を知っているかもしれない!
「あ、そうだよね」
だが英二は彼女がちょっと苦手だった。
昨日は思いっきりにらまれたばかりだし、彼女の方からも『気やすく近寄るんじゃないよ!』というオーラがぎんぎんに放射されているというか……
でも背に腹は替えられない。こんな状況をいつまでも続けてるわけにはいかないし。
英二にとってはもちろんのこと―――もしこの瑞希が本当に生き霊だったとしたなら、彼女にとっても時間は大切なはずなのだ。
英二はぎりぎりで何とか学校にたどり着くことができた。
「ふえーっ」
息は上がって太ももはパンパンになっている。
這いずるようにして教室にたどり着くと、カバンを放り出して席にへたり込む。
それから……
「??」
こんなときにはたいてい圭輔とかがなにか言ってくるものなのだが……
見回すと、あたりがなにやら妙に騒然としている。
そのせいで遅刻ぎりぎりで英二が駆け込んできても誰も気にしてないようなのだが……
《どうしたんだろう?》
英二は近くにいた圭輔に尋ねてみた。
「あん? なにかあったの? 先生は?」
「え? あ、おまえ知らないのか?」
「何も。ってか、いま来たばかりなんで……」
「いや、それがな、姫が霊感少女に告白したんだってさ」
………………
…………
……
英二と瑞希はしばらく絶句したあげく、二人で同時に叫んだ。
「なんだってーっ!」『にゃんですとーっ!』
英二は圭輔の胸ぐらをつかむ。
「どういうことだよ。それって!」
「知るかって。きょう来たらいきなりそんなだって話で」
英二はばんと立ち上がると立花ちよこのクラスに走った。
そこはもっと騒然としていた。
教室の中を見回したが―――二人の姿はない。
近くに昔なじみの高木という奴がいたので英二は彼に尋ねてみた。
「あの、みっちゃん……ってか、叶さんがその、告白を? 立花さんに?」
「え? ああ。びっくりしたって」
「見てたのか?」
高木はうなずいた。
「ああ。朝いきなり姫がやってきてさ、窓際に座ってた立花に、会いたかったーっとか言って飛びついてって……」
「飛びついてって?」
「ああ。それからいきなりチュー だよ?」
だよ?」
「チュ……ウ?」
………………
…………
……
それを聞いていた別な生徒が突っ込みを入れてくる。
「いや、チューはしてないだろ。ほっぺたすりすりしてただけで」
それはそれで十分問題では?
「いや、確かに叶は舌だしてたから。ベロチューだったって。絶対」
「ベロ……チュウ?」
それを聞いていた脳内瑞希がぶち切れた。
『はあああああああああ? んなことあたしがするわきゃないでしょうがあぁぁぁっ!』
だが英二は思わず瑞希とちよこのキスシーンを想像してぽっと顔が熱くなる。
『お前も余計なこと考えるなーっ!』
いや、考えるくらいいいじゃないか! なんてのはともかく……
「そ、それで、二人は?」
高木はうなずいた。
「ああ。そしたらさあ、今度はいきなり立花が姫をトイレに連れ込んで……」
「トイレに?」
『トイレに連れ込んで何しとったんじゃあぁぁぁぁ!』
脳内瑞希がまたぶち切れる。
「そ、そんなところで何を……」
まさかキスよりももっとすごいことを?
「内緒話してたみたいで」
『………………あ、そ?』
「あはははは。それから?」
「ああ。で、すぐ出てくると今度は二人で職員室の方に行って……」
「職員室?」
「ああ。それから二人で早退しちまったんだ」
「二人で早退?」
「ああ。叶本家に戻るとかで」
………………
…………
……
まさに目が点になるとはこのことだ。
英二も瑞希も茫然自失だった。二人が正気に戻るにはしばらくの時間が必要だった。
『ど、どういうことよ? これって……』
《いや、僕に聞かれたって……》
英二はともかくもっと詳しいことを尋ねようと思ったのだが……
「うわあ、ショックうっ! 憧れてたのに……」
「ねえねえ、あの二人っていつからつきあってたのよ?」
「うわあー、相手が姫じゃどうしようもねー……」
「ご本家に帰るってどういうこと? 結婚の承諾をもらいにいったのかしら?」
「何でよりにもよってあんな美少女同士でくっつくよ!」
などと周囲の面々もパニックで、今以上の話など期待できそうもない。
そこに担任の教師がやってきた。
「こらーっ! お前ら教室に戻れーっ!」
その声に学生達がざざざっと各自の教室へと散っていく。
英二も釣られて戻ろうとしたのだが……
『待ちなさいよ。戻ってどうするのよ』
「え?」
『追うのよ! 後を!』
「どうして?」
『んなの、決まってるじゃない! あいつらが何するか確かめないとだめでしょ!』
確かにそうだった。
「おい。高祖もさっさと教室に戻れ」
じろりとにらむ担任に英二は大きくお辞儀をした。
「あの、すみませんっ! ちょっと今日、朝から調子悪くって」
「え?」
「来てみたら何かもっと悪くなった感じなんで、僕も早退します。すみませんっ!」
「あ? ああ。気をつけろよ?」
驚く担任を尻目に、英二はスクールバッグをひっつかむと教室を飛び出した。
英二は再び自分の自転車にまたがると、こんどは逆方向に向かって全力で突っ走る。
しばらく行くと前方に二人の女子学生が自転車で並走する姿が見えた。
「あっ! いたっ!」
英二は一気に彼女たちに追いつこうとしたのだが……
『待ってよ!』
スクールバック上のミニ瑞希が頭の上で大きく×を作っている。
『追いついたらダメ!』
《は? どうして? ちよこちゃんに相談するんだろ? だったら……》
二人揃っていてちょうどいいではないか。
『なに言ってるのよ。あんたまだ分からないの?』
ミニ瑞希がびしりと英二を指さした。
《分からないって何が?》
『これって、黒幕はあの子かもしれないってことでしょ?』
「えっ? うわわ……」
驚きのあまり側溝に落ちそうになってしまう。
そこで英二は道の脇に自転車を止めると状況をじっくり考えてみた。
もし瑞希の本体が怪物に乗っ取られているのなら、この騒ぎはその怪物が巻き起こしたことになる。だとすれば―――その怪物と立花ちよこが“関係者”だったということになるわけだが……?
《えっと……立花さんとその怪物がグルだったってこと?》
そんなことってあるのか? どっちかというと、ちよこの霊感体質が怪物に好かれてしまったとかそんな方面の方がまだありそうな気がするのだが……
だがミニ瑞希は大きくうなずいた。
『ええ。そうよ。それに間違いないわ!』
《どうしてそこまで言い切れるんだよ?》
英二の疑問に彼女はおもむろに語りだす。
『あ、あんた、四門家って聞いたこと、ないでしょ?』
しもんけ?
《なんだ? そりゃ?》
『いえね、これってあたしの家に昔から伝わる言いつたえなんだけど、あたしの家って、昔はなんていうか、陰陽師みたいなことしてたんだって』
《え? そうだったの?》
初耳なのだが……
『うん。なんか百年以上前の話みたいなんだけど』
《へえ……》
叶家ほどの旧家ならそんな言いつたえくらいありそうだが。
『それでその四門家なんだけど、そこってうちに臣従した憑き物筋なんだって』
《つきものすじ?》
『妖怪に取り憑かれた一族、みたいな感じかな? 普通は悪いことをしてるらしいんだけど、それがうちのご先祖様に調伏されて、手伝いをするようになったとか』
《はあ……》
『で、そんな憑き物筋の一族が東磨の四方を守護するために、まわりの四つの神社の神主になってるんだって。それを四門家っていうらしいのよ』
《え? それじゃ、立花さんのところって……》
『ええ。その四門家の一つで。あと王丸さんとことか』
《あのおじさんのところ?》
『うん』
王丸さんというのは反対側の町外れの小さな天神様の神主で、お神楽のときなどにはよく顔を合わせていた。
それはともかく、どういう世界の話なんだ? これは?
『たしか立花家の憑き物は猫又だったと思うんだけど……そう考えたら、あの怪物、化け猫だったような気もするし……』
ミニ瑞希が真顔に考え込んでいる。英二を引っかけようとかそんなようすではない。
《マジなの? その話》
『伽奈おばあちゃんに聞いたもん。あとお母さんにも』
《………………》
彼女の話が真実だとしたならば、確かにちよこが怪物とグルでもおかしくはないが……
《でも、それじゃ立花さんがどうしてそんなことを?》
『そんなの知るわけないでしょ』
それはそうだ。
《それに……それってすごく昔の話なんだろ。今でもそんな猫又がいたりするのか?》
『さあ……でもいないって言い切れるの?』
《そりゃまあそうだけど……》
少なくともそういう可能性はある、というわけだ。
『だったらいきなりこっちのこと話せないでしょ? もし本当にあの子が黒幕だったら』
《ん、まあ、そうだけど……》
『だから、あの二人のやることを、まず監視しないと』
《ん……わかった》
そんなアホなと思いつつも、英二はうなずいた。
普段だったら絶対こんなヨタ話、信じられるような代物ではなかった。
だが昨夜からの出来事はおかしすぎた。
朝までならまだこれは幻覚なのだとも考えられたかもしれない。だがこの告白事件がこのタイミングに起こったというのは果たして偶然なのか?
それにいま彼女が説明してくれたようなことは全くの初耳だった。もはやこれを彼の幻覚で説明するのは不可能なのではないだろうか?
《ってことは……今までのこれってみんな事実だったのか?》
『あ? なに? あんたまだ疑ってたわけ?』
《当たり前だろっ? どう考えたって普通じゃないし》
『ん、そりゃ変なのは私だって分かるけど、でもどうにかしないとまずいじゃない。あたしずっとこのままなんてやだし』
それはまったくその通りだ。
ともかくこの状況だけは何とかしなければならない。
そこで英二は再び自転車にまたがると、距離を置いて彼女たちの後をつけていった。
二人は寄り道もせずまっすぐ叶本家に向かうと、そのまま中に入ってしまった。
《何やってるんだろう?》
さすがに叶邸の中にまで入りこむわけにはいかないし……
『それじゃ覗いてみたら?』
《どうやって?》
本家のまわりは瓦屋根つきの白壁でぐるりと囲われている。簡単に中を覗くことなどできないのだが……
『あ、だったらそこの小道を入って……』
英二が脳内瑞希に教えられたとおりに行くと、高い木があった。
『それ登ったらちょうど姫御殿のあたりが見えるのよ』
《え? これ登るのか?》
英二はその木を見上げた。木登りなんて小学校のとき以来やってないが―――それにこれってノゾキになるのでは?
『いいから! 私が許す!』
いや、彼女が許可してくれてもしょうがないと思うのだが……
ともかく英二は何とかその木によじ登った。
枝の上から確かに姫御殿が見える。
「あっ!」
『静かに』
英二は思わず声を押し殺した。障子を開けはなたれた座敷の中で、ちよこと瑞希が並んで座って春華おばさんと話をしている姿が見えた。
『なに話してるのかしら?』
《さあ……》
『あんた読唇術とかできないの?』
《できるわけないだろ!》
できたとしてもこの距離だ。双眼鏡でもないと無理な話だ。
結局ちよこたちが何やら真剣に話をして、最後に春華おばさんに両手をついて礼をした姿を見ただけだった。
『いったいどういうことなの?』
そう問われても英二に答えられるわけがない。
それからちよこと瑞希は一緒に叶邸を出ると、どこかに向かって歩きはじめた。
『どこに行く気かしら?』
英二はそのあとをストーカーよろしくついていく。
だがどうも明確な目的地はないようだった。
彼女たちはまず叶邸のまわりを一周する。
『あれ? また元に戻ってきてるし……』
それから今度はすこし叶邸から距離を取ると、また大きくぐるっと回り始める。
どうやら螺旋を描くように叶邸周囲を回っているようなのだが―――ときどき何かに耳を澄ますようにして停止しては、またすぐに歩きはじめるのの繰り返しだ。
『なにか探してるのかしら?』
《そんな感じにも見えるけど……》
その日は結局そんな感じで終わってしまった。
特筆すべきことといえば、英二の不審なようすを見とがめた警官に補導されそうになったりとか、あちらは駅前のレストランのランチなのにこちらはコンビニのパンだとか、その程度である。
夕方も遅くになっていい加減足が棒になってきたころ、彼女たちは何やらがっくりしたようすで叶邸に戻っていった。ちよこはそのまま叶邸に泊まっていくようだ。
それを知った脳内瑞希が怒り出す。
『あんなのよ? 勝手に人の家に上がり込んでっ!』
と怒ってみても、それ以上どうしようもない。
英二たちもその日はすごすごと自分の家に戻るしかなかった。
翌日、彼らが今度は早起きして叶邸を見張っていると、ちよこと瑞希の本体が制服姿で自転車に乗って現れた。
『どこにいく気かしら?』
《カバン持ってるし、学校なんじゃ?》
『はあ? あんたバカなの? 偽物が学校に行ってどうする気よ? すぐに正体がばれちゃうでしょうが! カバンなんて偽装工作よ!』
言われてみればそのとおりなのだが、いきなりバカとか言わなくても―――と、ぶつぶつこぼしながら二人の後を追ったのだが……
………………
…………
……
《えっと……学校に、来ちゃったね》
『………………』
ちよこと偽瑞希は本当に登校してきたのだった。
『学校でいったい……あいつらどうするつもりよ?』
英二にもまったく見当がつかない。
学校というのは普通は勉学に励むところだ。ということは―――瑞希の中身の怪物が勉強しにきたと、そういうことなのか?
ところが―――本当にそうだった。
その日一日、偽瑞希も立花ちよこも平然と学校の授業を受けていたのだ。
しかも偽瑞希がボロを出すようなことも起こらなかった。
もちろん昨日の騒ぎだ。休み時間になると二人はたくさんの生徒に取り囲まれて質問攻めにあったりして―――おかげで英二が近づくことさえ困難だったのだが―――だがそれにも関わらず彼女の正体が疑われることはまったくなかった。
もちろん瑞希の性格が少々変わったことにはみんな気付いていたのだが……
「それがね。前々からちよこちゃんのこと好きだったんだけど、やっぱりほら、女の子同士だし……でも、思い切って言ってみたらスッキリしちゃった 」
」
などと言われてみんな納得してしまったのだ。
なによりその瑞希は偽物のはずなのに、友達の名前が出てこないようなこともなく、内輪ネタにも普通についてきているのだ。
《もしかしてあっちも本物ってこと?》
『んなわきゃないでしょーが! 本物はこのあたしよっ!』
脳内の瑞希はますますいきり立つが―――客観的にいえば怪しいのは、他人の頭の中などに居座っている方である。
ただその性格はともかく、話す内容を聞くかぎり瑞希本人との矛盾はないのだが……
ということは?
《じゃあもしかして本物が二人いるってこと?》
『はいぃ?』
脳内瑞希がぽかんとした顔になる。
《だからもしかしてみっちゃん……あのとき二つに分裂しちゃったとか?》
『ふざけるなーっ! あたしはゾウリムシかーっ! いー加減なこと言うと怒るわよっ!』
いや、決していい加減なアイデアではないとは思ったのだが、話がややこしくなりそうなのでそれ以上は黙っておいた。
《それにこんなのが二人いるなんて……》
―――まさに悪夢ではないか。グレムリンみたいに増殖されたりしたら……
「うわあぁぁぁ!」
『ん? なによ?』
《いや、なんでもないって……》
そしてその日の放課後。
偽瑞希とちよこは連れ立って市内に戻ると再び何かを探しはじめる。
それがまた不首尾に終わると、二人で叶邸に戻っていったのだった。
その日の晩である。
『どういうことよーっ!』
脳内瑞希が地団駄をふんでいた。英二も同様に頭をかかえていた。
何が何だか分からない―――この二日、英二はちよこと偽瑞希をずっと監視してきたのだが、彼女たちが何をしようとしているかについての手がかりさえ掴めていなかった。
英二は状況を頭の中で整理してみた。
まず告白事件のタイミングからしてこれがすべて幻覚だったというのはあり得ない。
だから夢の中に現れた怪物に瑞希の体が乗っ取られ、追い出された魂がなぜか英二の頭の中に居すわったと考えておくべきだろう。
そしてその怪物がが今も瑞希の体にとり憑いているのであれば、それに何らかの形で立花ちよこが関係しているというのもほぼ間違いない。
『くっそー! あの女ーっ! あたしの体をどうするつもりよ!』
脳内の瑞希がまたじたばたと暴れまわっている。
そう。英二もその点がまったく分からなかった。
《ほんとうに立花さん、どうしてそんなことしたんだろう?》
英二が心中でそう独白したときだった。
『あーっ! そうかっ! そういうことかーっ!』
脳内瑞希がいきなり顔を上げると叫んだのだ。
《どうした? 何か分かったのか?》
『あいつ、そういうつもりだったんだわ!』
《だからどういうこと?》
彼女はベッドの上に座るとマットレスをどんと叩いた。
『叶本家を乗っ取るつもりなのよ! どうして今まで気付かなかったかしら』
いきなり何を言い出すのだ?
《はあ? 乗っ取るって……みっちゃんの体を乗っ取ったら本家が乗っ取れるわけ?》
『そうだけど?』
あっさりと同意されてしまって英二が絶句する。
『だからできるんだって! あたしが叶家の跡取りなんだからねっ! だからあたしを言いなりにしてしまえば好きなことができるわけじゃない?』
《え? 跡取りって? そうなの?》
『そうなのよ! あたしの家って代々女系相続なんで。まあ表向きはパパが家父長ってことなんだけど。でも家の中で実権を握ってるのはママなのよ』
《それって……単に尻に敷かれているというのではなくって?》
『違うわよ。これが昔からのしきたりなの』
《………………》
うーむ。また初めて聞く話だが―――叶家というのはなんだかすごい家らしい。
呆然とする英二を横目に瑞希は真剣な顔で続ける。
『そうよ。あいつそのことを知ってて、それであたしを狙ったんだわ……くっそー! いったいどうしてくれよう! この! この!』
瑞希はまたマットレスをどんどん叩き始める。
《でもさあ、あの立花さんがそんなことするって、あまり信じられないんだけど》
『はあ? 人は見かけによらないのよ? どんなに見かけがかわいくったって腹の中は腐ってたりするんだからねっ!』
まさにそれはその通りだとは思ったが、そのことは言わずにおく。
『それにあいつがそうする理由だってあるわよ』
《どんな?》
『前に言ったでしょ? 四門家の話』
《ああ。確か大昔に調伏されて、それで叶家のために働いてたとかいう?》
『そう。それって要するにうちの先祖にやっつけられて、消されたくなきゃ言うとおりにしろってことで、ずっと言いなりになってたってことでしょ?』
《ん、まあ……そういうことになるのか?》
『そんな積年の恨みが積もり積もってたのよ。だからいつか復讐してやるってずっと腹の中では思ってて……そして叶家が弱体化した今、ついに牙を剥いてきたんだわ!』
えーっと―――マジですか?
《あのう……あんま悪い方ばっかりに考えるのはどうかなあ》
『じゃあ何だってのよ?』
《いや、そう言われても分かんないけど……》
脳内瑞希はまた部屋の中をぐるぐると歩き回りはじめる。
『うぬれーっ! 立花ちよこーっ! いったいどうしてくれよう!』
そう。ではどうするか? それがまた問題だった。
まず考えられる手段は話しあってみることである。
だがその場合、もし相手に敵意があったなら致命的な結果が待ちかまえている。
なにしろこちらの言い分だが『瑞希の体が怪物に乗っ取られて、その魂が英二の頭に宿っているから、体を返してくれないか?』といったものになるわけだが―――間違いなくいい病院を紹介されてしまって英二の人生終了である。
瑞希の告白騒ぎにしても、すでに思い切って言ってスッキリということになっているわけで、それが実は怪物のせいなのだと主張してみても……
たとえ敵意がなくとも、相手が経緯を知らなかったら結果は同じようなものだ。
《これってもうどうしようもないんじゃないかなあ……》
『なによ! 戦うまえから諦めるなんて男らしくないわよっ!』
《そんなこと言われたってさあ……だってみっちゃんの言うことが本当なら、相手はすごい化け物を召喚できる霊能力者だってことだよね?》
………………
…………
……
『……ん、まあそうだけど……』
《そんなの僕にどうしろってんだよ!》
英二は一介の高校生にすぎないのである。
さすがの脳内瑞希もしばらく絶句した。
『………………だからほら、あれがあるじゃない』
《あれ?》
『そう。ほら、知恵と力と勇気とか』
あ?
『それじゃなかったら、愛と誠、みたいな?』
《あのなあっ!》
いくら勇気があっても対抗する手段がなければどうしようもないのだ。
『だったらどうすればいいってのよ!』
それを聞いてんのがこっちだろうがっ!
疲れる。なんだかとっても疲れる……
《やっぱ春華おばさんに相談してみるってのは……だめだよなあ……》
『ダメに決まってるでしょ! もう絶対に籠絡されてるに違いないんだから!』
偽瑞希とちよこはあれからずっと一緒に昼も夜も行動していた。しかも夜は叶本家に寝泊まりしている。それはとりもなおさず本家はちよこの味方ということなのだ。
「はあ……」
英二は思わずため息をついた―――と、そのときだった。
『あ!』
《どうした?》
『方法……あるかも』
《どんな方法だ?》
脳内瑞希がにこーっと笑った。
『ほら、アニメとか見てたら召喚された化け物とかって、召喚した魔法使いとかを倒したら消えちゃうじゃない』
《あん? アニメ⁈》
って、ちょっとまて⁉ こいつ、もしかして……
『だから立花ちよこを倒してしまえばいいのよ』
英二は全力で突っ込んだ。
《倒すって誰が?》
『そりゃあんたに決まってるじゃないの。あたしじゃできないし』
まてまてまてまて! それじゃ英二が犯罪者になってしまうではないか!
《いやいやいやほら、それで召喚獣が暴れだすってパターンもあるでしょ?》
『そんなの確率二分の一でしょ』
どこからそんな確率が?
《だから人殺しはだめだって!》
『別に殺さなくっても。死ぬほど痛めつけてやればいいんじゃない?』
目がマジである。
《だーかーら、だめだって! てか、なんか今のみっちゃん、ちょっと怖いよ?》
英二は思わずそう口走ってしまったのだが、途端に今度は彼女の目から涙がぽろぽろとこぼれ落ちはじめた。
『怖いってなによーっ! 怖いのはあたしよーっ! こんな所に拉致監禁されてーっ!』
《いや、そんなことしてないから》
『じゃあなんなのよ。うちに帰してよ! あたしがいったい何したっていうのよ!』
《あ、分かったから。泣くなって》
英二はまたしばらくのあいだ脳内瑞希をなだめすかす羽目になった。
彼女は最初から妙にテンションが高かったが、最近はそれに輪をかけて感情のアップダウンの波が激しいようだ。
そうやってしばらくベッドに突っ伏して泣いていたが、それから彼女はふっと顔を上げるとつぶやいた。
『拉致監禁?』
《だーかーら、僕はそんなことしてないって言ってるでしょ?》
『本当にそうなの? もしかして気付いてないだけなんじゃ?』
ものすごく真剣な目だ。
《は?》
今度は何を言い出すんだよ?
『英二くんて……実は想像した相手を自分の頭の中に閉じ込める超能力を持ってるんじゃないの? 自分では気付いてないだけで』
英二はずっこけそうになった。
《はあ? 何を寝ぼけたことを……》
と、言いつつ―――しかしそんな可能性が絶対にないとも言い切れないことに気がついた。
『だとしたら……あんたがちよこを出して念じたら、あいつをここに引っ張り込むこともできるってことよね?』
《え? ああ? まあ、そういうことになる?》
『ちょっとやってみなさいよ。ダメ元でいいから』
《やってどうするんだよ?》
『だってここならあいつと対等に話せるでしょ?』
《………………》
―――英二は半信半疑ながらやってみることにした。
まず部屋の中に八幡宮で会ったときの立花ちよこを出してみる。
『うわー。いつ見てもすごいわねえ』
《静かにしてて。気が散るから》
それから英二はちよこに対してやって来いと念じてみるが―――もちろんちよこの映像はぴくりともしない。
《やっぱダメなんじゃ?》
しばらくがんばってみたが埒があかない。
そこで英二がもう終わりにしようとしたところに、瑞希が突っ込んだ。
『待ってよ。あのときあたし服着てなかったわよね?』
ぶはっ!
《いや、でも……》
『なに? あたしは裸に剥いたけどあいつは嫌だっての?』
だから、クラスメートの裸をそんな風に想像するのにはいろいろ弊害があるのだ。特に瑞希が脳内に現れたときからずっと少年たちのソロゲームにはご無沙汰なわけで……
『ほらほら!』
《わかったって》
英二はしかたなくあのグラビア写真を思いだした。
続いてそのモデルのおねえさんの顔にちよこの顔を合成する。
《うわーっ!》
これはこれで、やっぱそそってしまうわけで……
だがその横で脳内瑞希がちよこの体をじろじろ眺め回していた。
『なんか胸のあたり違わない? あの子結構大きいでしょう? 悪役のくせに』
いや、悪役の方がおっぱい美女が多かったりしないか?
英二はともかく妄想ちよこの胸を大きくしたが―――そんな操作をしていると、なんだかますますムラムラしてきてしまう。
《こ、これって……》
いわゆる蛇の生殺しとかいうやつではないのか?
『出てこないわねえ』
《そりゃそうだろ。そんな超能力なんてあるわけないし。それじゃそろそろ……》
なにか違うものが出てきそうになる前に終わりにしなければ……
ところが……
『もう……頭きた!』
脳内瑞希がいきなり妄想ちよこに膝蹴りをかましたのだ。
『あはっ! 変な感触っ!』
それから今度はちよこをベッドに押し倒すと、馬乗りになってマウントパンチを食らわせはじめる。
『このっ! このっ!』
《えっと……あの、みっちゃん?》
『あによ。リアルで殺さないだけいいじゃないの。あーっはっは!』
ちょっと目が血走ってるんですけど。
もう見ていられなかったので英二はちよこの姿を消した。
『あ、なにするのよ!』
《いや、だから……だってさあ》
そのとき英二は気付いてしまった。
『なによ?』
《もし僕にそんな超能力があったなら、立花さん、関係なくない?》
瑞希は目を見張るとちょっと考え込んだが……
『え? あ? 確かにあんたの超能力であたしをここに閉じ込めたんだったら……悪いのはあんただけよね? あは 』
』
はあ……
出てくるのはため息ばかりだ。
―――まったく面倒な奴だ。
叶瑞希のことは実際、ちょっと憧れていたのだ。
だからこそあの再会の日に英二は心を折られてしまったわけで……
だが、いま彼の心の中に居座っているこの娘はいったい何なのだろう?
確かに共有している記憶などからいえば、彼女は叶瑞希以外の何者でもない。
でも小学生の頃でもここまで傍若無人でワガママではなかったと思うのだが……
ただ、なんというか―――この瑞希こそがまぎれもない本物という気もしていた。
この二日間、英二はいいように引きずり回されて少しばかり辟易していたのは確かだ。
でもこの彼女はすごく生き生きとしているというか、学校での妙に取り澄ましている瑞希よりも見ていてずっと楽しいというか―――そんな少女とこんな秘密の時と場所を共有できているというのは、ちょっと嬉しかったりもするのだが……
《いや、でもね……》
この状態をとっとと解消したいというのも間違いなく本当の気持ちである。
彼女が困っているのは事実で、助けてやりたいという気持ちももちろんある。
でも英二本人がいちばん困っているというのもまた真実なのだ。
この子のために今の人生を棒に振れるのか? と問われれば―――さすがにイエスとは答えがたいわけで……
『なーにまた一人でぶつぶつ言ってるのよ』
《いや、なんでもないって》
ともかくこの現状をどうにかして打破しなければならないわけだが……
《それじゃさあ》
『なによ?』
《自分たちだけでだめなら、誰か他の人に頼んでみたらどうだろう?》
『他の人って?』
《ほら、祓い屋さんとか拝み屋さんっているじゃないか。もと陰陽師ってなら、そういうところって知らない?》
『そんなの百年前って言ったでしょ?』
《うー。そうか……》
だがそのとき英二によいアイデアが閃いた。
《でも、それなら別の四門家だったら対抗できたりしないかな? 王丸のおじさんのところとかどうだろう?》
『え? でもあそこもうお祓いはやってないって聞いたけど。そういうのはみんな立花さんのところに紹介してるって』
《えー? そうなの? 他の家は?》
『ずいぶん昔になくなってるみたい。だから他の二つの神社はうちが管理してるし』
そうだったのか……
《……くそ、いい考えだと思ったんだがなあ……》
『でもどうにかしてそういう人を探せればいいのよね?』
と瑞希が言って―――それから二人であっと声をあげる。
瑞希の視線の先には英二のノートパソコンがあった。
《ネットで調べられるかな?》
『やってみる価値、あるわよね?』
《でも……そういうとこに頼んだらお金とかかかるんだよな。きっと……》
『あんた、貯金とかは?』
ぐわっ!
《……五百八十円》
『………………』
なにやら憐憫の情がこぼれ伝わってくる。
『あー、まあ、十万円くらいなら、成功すればあたしが払えるし』
うわっ! さすが金持ち!
《うう、ありがと……》
それに比べて俺なんて―――しくしくしく。
『でも調べるっていってもどうすればいいのかしら』
《あ、こういう場合はねえ……》
友達が悪い霊に取り憑かれてしまいました。
ajtakas2468さん
知り合いの女の子が悪い霊に取り憑かれてしまいました。
どうすれば体から追い出すことができるでしょうか?
『こんなんでだいじょうぶなの?』
《さあ。僕も初めてだけど、どこかいいとこを紹介くらいしてくれないかな》
『まあ……やんないよりはましかもしれないけど……』
時間を見ると、これまたずいぶん遅い時間だ。
《ああ、それじゃ今日はもう寝るから》
『うん。おやすみ』
ともかくここは果報は寝て待てということわざを信じておくしかないだろう。
ぞわっと寒気がした。
《何だったのかしら。今の……》
時計を見るとまだ深夜だ。
ちよこはそこからまた眠ろうと思ったが、なぜか妙に頭が冴えてしまった。
そうなると脳裏に浮かぶのは瑞希のことばかりだ。
「はあ……」
迂闊だった―――こんなことになってしまうとは……
雷が入っているから体はとりあえず確保はできた。
でもいつまでもこんなことを続けているわけにもいかない。いきなりのあの騒ぎには、ちよこもちょっと肝が冷えてしまった。
《それよりもはやく見つけないと……》
本当にどこに消えてしまったのだろうか?
あの雷がその痕跡さえも見つけられないのだ。
夢散してしまったのだろうか?
いや、そんなことは普通ありえないとしたものなのだ。
《だとしたら……もう、すでに……?》
そんな思いにちよこは思わず首をふる。
《だめっ! そんな弱気になったら……》
まだそうと決まったわけではないのだから。
だが、絶対などと誰が言うことができるのだろう?
思いは悪い方に悪い方にと転がっていってしまうが―――ちよこはその考えを無理矢理に脇に追いやった。
そういえば―――さっき見たあれのことだが……
―――今日の夕食後、瑞希に入っている雷がやってきて言った。
「ちよこ。あれってどうしたらいいのかにゃ?」
彼女の指す方を見ると、開いた押し入れの奥にはしご段が延びているのが見えた。
「なんなの?」
「あの上にすごいものがあるのにゃ」
「すごいもの?」
雷に導かれてそのはしご段を上がると、そこは屋根裏部屋だった。
「これは……」
ちよこは目を見はった。
そこにはたくさんの本棚があって、古文書のようなものから明治から昭和初期のものとも思われる大量の蔵書がみっしりと詰まっていた。
そしてその一角に妙に薄い本で埋まった本棚があって、その下に見覚えのあるスポーツバッグが置いてあった―――
《あれ……どうしたらいいのかしら?》
それがなんであれ、彼女の思いが詰まった物に勝手に手はつけられない。
ともかくまずは見つけ出すこと。それが先決だ。
「そして始末しちゃえば……そうすれば……うふっ 」
」
小さくちよこが笑った。
 
 
		



