第2章 アウラ、被告になる
裁きの間の傍聴席に座って、フィンはひたすら待ち続けていた。
もうすぐアウラの裁判が始まるのだ。
《あのバカ!》
フィンは心の中で毒づいた。
とうとうやってしまった―――いつかはこんなことになるような気がしていたが……
バルグールとかいう事務官の耳をそぎ落としただと? しかも城の庭で白昼に丸腰の相手をだ!
《これで終わりなのか?》
話を聞けば、どうやらその男はアウラを口説いて、それから抱きつこうとしたらしい。
全く馬鹿なことを―――フィンだってあの峡谷下りのときでさえも、自分からアウラに触ったことはない。その程度で済んで幸運だとしか言いようがない。
だが世間一般じゃそうではないだろう?
普通口説かれたぐらいで相手を半殺しにしたりするか?
その男は耳を切り落とされたあげく、薙刀の柄で散々にぶん殴られたという。騒ぎを聞きつけてやってきた警備兵も手がつけられず、エルミーラ王女の命令でやっとやめなければそのまま叩き殺していたかもしれないという。
いくら何でもやりすぎだ―――そんなことをせずとも、特にあそこならば大声を挙げれば済むことではないか。
いったいどういう裁きになるのだろう?
フィンはフォレスの法をまだ詳しく知っているわけではなかったので、これがどのぐらいの罪になるか見当が付かなかった。
良くて追放か―――悪ければ極刑もあり得るかもしれない。
フィンは深くため息をついた。
彼が何か取りなすことができるだろうか? それをこの数日間ずっと考えていたが、良い方策は思いつかなかった。
元はといえば、彼がアウラを連れてきたようなものだが、フィンはアウラがひどく喧嘩っ早いことは十分に知っていた。そんな女を連れてきた自分に非がある、とでも言ったら許してもらえるだろうか?
そんなことはありそうもなかった。
もはやフィンにはどうしようもなかった。
その頃アイザック王の居室では、エルミーラ王女が王の膝に取りすがって懇願していた。
「お父様、一体アウラをどうなさるおつもりです?」
「何と? お前がそのようなことをわしに聞くのか? この五年間何を勉強してきたというのだ?」
「以前の衛兵が事務官を斬った例でしたら、存じ上げております。そのときはその者は城から追放ということになりました」
「その通り。今回もほぼ同じ状況だ。とすれば大体そのような判決を下す事になるだろうな」
「でも、これは私がけしかけたようなものなんです。それにあそこは一般の者の立ち入りは禁止されていたはず、でしたら城から追放というのは重すぎます」
「けしかけた? ああ、例の話か? ならばそれは違うな。恋人がちょっと浮気していた程度で刃物を振り回すような者は、やはり危険と言うしかあるまい? それにあの庭は確かに入るなとは言ってはあるが、入ったときの罰則などは定められておらん。良くて厳重注意程度であろう。アウラの罪を相殺するほどの行為ではないのだ」
「ですがお父様……」
「お前はもしや、アウラのために私の裁きを曲げろと言っておるのか?」
王女は青くなった。
「法の執行は厳正であらねばならぬと言ったのは、お前ではなかったのか?」
「ですが……」
「確かに、お前の言うことは理解できないわけでもない。アウラは素直な良い娘だし、あのバルグールの評判が悪いことも知っておる。だからといってアウラをすぐに無罪放免にするわけにはいかん」
王女は泣きそうな目で王を見つめた。
「お前も分かっているはずだ。アウラを許すには、それなりの理由が必要だ。単に許してしまえば、矛盾した判例が生ずることになる。それとも女兵士ならば男を斬っても罪にならないとでもするか?」
「ですが……」
アイザック王は取りすがる王女を見下ろした。
「あれからそろそろ五年になるな」
王女は息を呑んだ。
「わしはお前の成長に大変満足しているのだ。あのときはとんでもない大口を叩く娘だと思ったものだが」
王女はうつむいた。
「それでお前はどうなのだ?」
王女は驚いたように父親の顔を見上げる。
「まだ遅くはない。今ならまだお前はナーザ殿と旅立つことも可能だ。そうすればアウラと別れずにも済む」
しかし王女は決然として首を振った。
「それはもう決めたことです」
王は微笑んだ。
「ならば、お前はこれから起こることから目を反らしてはならぬ。これはお前の選んだ道なのだ。国を治めるということは、きれい事だけでは済まないのだ。場合によってはもっとも愛した者でさえ切り捨てなければならないこともある」
王女は唇を噛んだ。
「ではゆくぞ。付いて参れ」
王は立ち上がって裁きの間に向かった。
王女は黙って王の後を追った。
二人が到着したときには、もう全ての準備が整っていた。
王が裁判官の席に着くと、裁判開始の鐘が鳴った。
「さて、これよりアウラがバルグール書記官に対して行った傷害行為に関しての裁判を行う」
そう言って王は連行されているアウラと被害者のバルグールの顔を見比べた。
バルグールは顔にぐるぐる巻きに包帯をしている。アウラは黙って床を見ている。バルグールは憎々しげな目でアウラを眺めている。
《ふむ。全く面倒なことをしてくれたものだ》
王は心の中でつぶやいた。
「それではまずバルグール。言い分を述べよ」
バルグールが立ち上がって周囲に礼をする。それから彼はくどくどと喋り始めた。
「私はそこにいるアウラという女性を告発しなければならないことを、心から悲しんでおります。できうることならばそうしたくありませんでした。しかし、単なる感情にのみ押し流されて真実を見失ってしまうというのは、私の受けた傷以上に恐ろしいことでございます」
バルグールはちらっとアウラの方を見た。
アウラは全く無表情に、同じように床を見つめている。
「白状しますと、私はあの日、国王陛下の庭に忍んで参りました。それはアウラ殿に一目お会いしたいと思ったからでございます。恥を忍んで申しますと、最初にアウラ殿にお会いしてから、私めはアウラ殿の虜となってしまいました。それ故に私はいけないことだとは知りつつも国王陛下の庭に忍んで行ったのでございます。
そこで私はアウラ殿を見つけまして、どうかお話を聞いて下さいと頼みました。しかしアウラ殿は私の話を聞いてもくれないばかりか、いきなりこうして斬りつけて来たのです」
そう言ってバルグールは自分の顔を指さした。
「これはいったいどうしたことなのでしょうか? 確かに私は入ってはいけない場所に入りました。ただ盲目になっていたが故に。ただそれだけなのです。そしてアウラ殿にお話ししようとしただけなのです。ただそれだけのことなのに、これほどのことをされるだけの罪に値するのでしょうか?
それから後はみなさまもご存じだとは思います。これが私がアウラ殿を告発せざるを得なかった理由でございます」
それを聞いて王が言った。
「うむ。しかし一つ尋ねたいのだが、この城においてはこの程度の喧嘩は、法務官の立ち会いの元で示談するのがほぼ習わしとなっておるが、今回バルグール殿がそれを受け入れず、告発にまで踏み切った理由を聞かせて欲しいのだ」
バルグールはその質問は十分予期していたのだろう。立ち上がるとにやっと笑って傍聴人を見回した。
「恐れながら申し上げます。確かにここではこのようなもめ事の際にはそのようにすることが普通かと存じ上げます。このことがみなさまの失笑を買っていることも存じております。それでも私は恥を忍んで申し上げたいと思います。
まずこれは喧嘩ではございません。そのとき私は完全な丸腰でした。先ほども申しました理由で、私はアウラ殿にまさに一方的に斬られてしまったのです。
確かにアウラ殿はそのときお機嫌が悪かったのでしょう。しかし、もし兵士が、単に機嫌が悪いという理由だけで人を斬って回るような城があったとしたら、その城に正義があるといえるのでしょうか?
そうなのです。これは国の正義の問題なのです。このガルサ・ブランカの城は、フォレスの国の中心であります。その中で正義が行われなかったとしたら、いったいどこで正義が行われるのでしょう?
私は私怨で申し上げているのではございません。ただフォレスの未来を憂えているだけなのでございます。私はアイザック様が公明なお方だと存じ上げております。ですからこのことについて公明正大なご判断を下して下さると信じております」
そう言ってバルグールは席に着いた。
《正義とな?》
王は内心苦笑したが、それを表情に出すことはせず、次いでアウラの方を向いた。
「それではアウラ殿。バルグールはああ申しておるが、そこで一体何が起こったのかな?」
アウラが慌てて立ち上がった。
「私、薙刀の練習をしていました。それに疲れたので休んでました。そうしたらバルグールがやってきたんです」
「アウラ殿は何か申したか?」
「ここは立入禁止なので出ていくように言いました」
「バルグールはどうしたのだ?」
「出ていきませんでした」
「それからバルグールは何と言った?」
「バルグールはそれから……私がきれいだと言いました」
「それだけか?」
「それから、もう死んでもいいとも言いました」
周囲から失笑が漏れた。王はバルグールに尋ねた。
「ほう。バルグール殿。そんなことを言ったのかな?」
バルグールは慌てて答える。
「いえ、それは言葉の綾と言うもので……」
「アウラ殿はそれでバルグールを斬ったのかな?」
「いえ、そのあとこの男が私を……抱きしめようとしたからです」
王はバルグールを見た。
「バルグール殿。貴公の申し立てには入っていなかったが、相違ないかな?」
「ええ? は、はい……しかし、それがこのような仕打ちを受けるほどのことなのでしょうか?」
アウラがバルグールをにらんだ。
「ふむ。確かに男であればそのようなことをしたくなることもあるであろう。だが白昼堂々とわしの庭でするべきことではないな」
王はそう言って冷ややかな目でバルグールを見る。
「しかし、アイザック様」
「わかっておる。もちろんだからといってそれで殺されては困る者も多かろう?」
そういって王は周囲の男達を見回した。何人かはばつの悪そうな顔をして顔を逸らす。
「確かにそれだけであれば、少しやり過ぎの感は否めぬな」
横で聞いていた王女は青くなった。王は本気でアウラを罰そうとしているのだろうか?
王女も理性では分かっていた。確かにこれだけなら、悪いのはアウラだと……
傍聴席のフィンも同様だった。彼は王女以上に無力だった。
バルグールはそれを聞いて勝ち誇ったような素振りをする。
アウラは相変わらず無表情なままだ。
王は王女の方をちらっと見た。青くなっている王女を見て、王の口元に少し笑みが浮かんだ。
それから王は再びバルグールの方を向いた。
「だがバルグール殿。もう少し聞いておきたいことがあるのだ」
「何でございましょう?」
「貴公は勝手にわしの庭に侵入したわけだ。その理由だが……」
「それは申したとおりでございます。私はアウラ殿にお会いしたくて……」
「本当にそれだけか?」
バルグールは少し慌てた。
「ど、どういうことでございましょう?」
「ミーラと、あとリモンにも聞いたのだが、あの日ミーラが庭で勉強すると決めたのは、朝食を取った後のことだったというのだ」
「はい?」
「普通ならミーラは西棟におるはずだ。当然アウラ殿もその付近にいるはずであろう?」
「は、はい……」
「どうしてアウラ殿があそこにいると分かったのだ? 全然あさっての方角だな?」
「え? そ、それは……」
バルグールは口ごもった。
「どうした?」
「たまたまアウラ殿がいるのを見つけまして……」
「ほう? わしの庭の中は、外からは簡単には見えぬはずだが?」
「そ、それは……あちこちお探ししてどこにもいらっしゃらないので……」
「ということは貴公は執務時間中に、アウラ殿を探して城の中をくまなく歩いていたと、そういうわけかな?」
「え? あの……」
バルグールはますますしどろもどろになってきた。
「大変な職務怠慢と言えるな」
「しかし……」
「あげくに、アウラ殿がそこにいる確証もないのに、わしの庭に侵入したと?」
「いえ、その……」
「それほどまでにアウラ殿がお気に召されたか?」
アウラが驚いたように王を見つめる。
「さ、さようでございます……」
また周囲から失笑が漏れる。
それから王は少し考え込んだように間をとると、唐突にバルグールに言った。
「ふむ。では彼の言うことにはどう答える?」
「は?」
バルグールはきょとんとした目で王を見た。王は黙って衛兵に指示をだした。衛兵は下がって男を一人連れてきたが、それを見た途端にバルグールは青くなった。
「バルグール殿は彼を知っておるな?」
「え? も、もちろんでございます……」
「彼は誰だ?」
「あの、城に事務用具を卸しております商人チェントでございます……」
「ふむ。その彼がなぜか一部始終を見ていたと証言してくれたのだ」
バルグールはがたがた震えだした。
王は素知らぬ顔でチェントの尋問を始めた。
「チェント殿。貴公はあの日どうしておった?」
チェントと呼ばれた商人は、少し震えながら答えた。
「はい。王様。私はあの日、王様のお庭におりました……」
「ほう。貴公もそんなところにおったのか? あそこは普通の者は立ち入りが許されていないことは知っておろう?」
「は、はい。よ、よく存じております」
「まあそれはそれとして、貴公は何を見た? 包み隠さずに答えよ」
「は、はい。バルグール様が庭の中央で薙刀の練習をしているアウラ様に忍び寄っていくのを見ました」
「それから?」
「バルグール様はアウラ様に声をかけました。アウラ様は驚かれた様子で、ここは立入禁止だと言いました」
「それからどうした?」
「バルグール様はアウラ様をくどき始めました。アウラ様は嫌がっておられるように見えました。それからバルグール様はアウラ様を抱きしめようとなさいました。その後起こったことは速すぎてよく見えなかったのですが、突如バルグール様が頭を抑えてとんでもない悲鳴を上げられました。それで私は怖くなってその場から逃げました。それ以降のことは存じません……」
チェントは震えながら証言した。
「ふむ。両者の言うことと矛盾はしておらぬな。どうかな? バルグール殿」
「は、は、はい……」
「ん? どうしたのだ? バルグール殿。ご気分でも悪いかな?」
「え? いえ、ちょっと傷が痛みまして……」
「それは大変だ。ならば手早く済ませなければならんな。だがちょっと訊いておきたいのだが、チェント殿。貴公はどうしてまたそんな現場に居合わせたりしたのかな? あそこは……」
そこまで言ったときにいきなりバルグールが叫んだ。
「恐れながら、それはこの件とは無関係かと!」
「バルグール! 勝手に口を挟むでない!」
バルグールは慌てて黙った。
だが遠くから見てもがくがく震えているのが分かる。
王は素知らぬ風でチェントに尋ねた。
「で、なぜそこに入った?」
「あの、私は、呼び出されたのでございます」
「誰にだ?」
「そこのバルグール様でございます」
途端にバルグールが飛び上がった。
「う、嘘だ!」
「バルグール!」
王はバルグールを睨んだ。バルグールは再び黙り込んだ。
「それでチェント殿。何でまた彼は貴公をそのような所に呼び出したのかな?」
「それは……その、お金を納めにでございます」
「妙な納め方だな?」
「あの……それは、その、バルグール様個人宛でして……」
「ほう。なるほどな」
そう言って王はバルグールを見た。バルグールは縮こまってがたがた震えている。
「と、申しておるが、どうかな?」
「そ、それは、何かの間違いでございます! 誰かが私を陥れようと……」
それを聞いて王はバルグールをきっとにらんだ。
「お前はわしの忍耐力を試しておるのか?」
「め、滅相も……」
「わしにもっと別の証人を出させたいのかな?」
バルグールは崩れ落ちるように床に座り込むと、そのまま平伏した。
王女は驚きのまなざしで父親を見つめていた。
アウラは何が起こったのかよく理解していなかった。
「わしの庭を逢い引きの場に使うぐらいならば、まだ可愛いげもあろう。だがそこを不正の取引の場に使うというのは、わしを愚弄するにもほどがある! それでよく正義がどうこう言えたものだ! もしわしがそんな場を押さえたとしたら、その場でたたき斬ったことであろう。お前は命長らえているだけでも幸運と思うことだ!」
そう言って王は王女とアウラに微笑みかけた。
それから再びバルグールを見ると言った。
「で、バルグール殿。確かに話が横道に逸れてしまったな。では本件の審議に戻ることにしようか?」
バルグールは震えながら首を振った。
「と、取り下げさせて頂きます……」
「は? 何と?」
「訴状は取り下げさせて頂きます」
「ふむ。そうか。では今回の事件はなかったこと、それでよいかな?」
「ぎ、御意にございます」
そしてバルグールはふらふらしながら退席していった。
フィンは感服していた。王女は呆気にとられていた。アウラは何が起こったのか分からず、きょろきょろしている。
「だが、アウラ殿!」
その沈黙を破ったのは王の厳しい声だった。
アウラが慌てて王の方を向いた。
「は、はいっ!」
「わかっておろうな? 城の中では軽々しく刃をさらすものではないと」
「はい……」
「それを反省して頂くために、しばらく謹慎を申しつける。よいな?」
「はい……」
アウラにはいまだに何がどうなったのかよく分かっていなかった。
彼女はただあそこで我慢できなかったことを悔いていた。
それというのも―――再び図書館のあの場面が思い出された。
あれさえなければ……
あれさえなければ……
あれさえ……
その夜エルミーラ王女は再び王の居室にいた。
「お父様……ありがとうございます」
王はそれを聞いて笑った。
「お前は何に対して礼を言っているのだ?」
「それは……アウラを救って下さったことと、素晴らしいお裁きを見せて頂いたことの両方です」
「あの裁きを素晴らしいことと申すか?」
「はい。あれがもし私でしたら、アウラを判例通りの罪に問うか、矛盾した判例を作るかのどちらかになってしまったと思います。お父様のお裁きは私の想像を超えておりました。そしてお父様がこのような手段をお使いになってまでアウラを救って頂いたことを、心から感謝しております」
王は目を細めて王女の髪を撫でた。この娘は本当に成長した―――そろそろ政務を任せてもいいかもしれないと王は思った。
「それでお前はどう思った?」
「はい……それでお聞きしたいことがあったのです」
「なにかな?」
「お父様はバルグールがあそこで賄賂を受け取っていたことを、あらかじめご存じだったのですか?」
「なぜそう思う?」
「あれだけのことを、アウラが事を起こしてからお裁きまでの間に、調べられたのでしょうか?」
王はにやっと笑った。
「もちろんあの男がいつもあそこでああやっていることは、知っておった」
「でしたら……どうしてもっと早く罰しなかったのですか?」
王はまた目を細めて、王女を撫でる。
「なぜだと思う?」
「……わかりません」
「お前はこの五年で十分に国法のこと、行政のことを学んだ。わしが想像していた以上にな。そろそろお前も実務を経験しなければならない時期になっておる。だが実務とは本に書かれている知識とはまた別な物だ。わしが何を言っているか分かるな?」
「……はい」
王女は最近ますます自分の踏み込んだ道が、確かにひどく険しい道であるということを実感していた。それを思うと本当にやっていけるのかどうか、不安になる。
今またそんな不安が王女の胸を去来する。
そんな心の中を見透かしたように王が尋ねた。
「不安か?」
王女はぎくっとして答えられなかった。王は黙って王女を撫でる。それからおもむろに尋ねた。
「ミーラ、お前はアウラが好きか?」
王女は少し驚いて王を見つめた。
「それはもちろんですが」
「ではなぜアウラが好きなのだ?」
「ええ? なぜって言われましても……」
「アウラを側に置いておくと、何か都合が良いことがあるからかな?」
「いいえ、そんなのではありません!」
王女は言下に否定した。
「だろうな。わしもそう思う。だからこそわしはこういう手段を使ってまで、アウラを救ったのだ」
「ええ?」
「これからお前の前には茨の道が続いていると思うがいい。確かに不安であろう? だがそのとき全く損得抜きでお前についてきてくれる友がいればどうだ? そんな道行きも少しは楽になるのではないかな?」
「お父様……」
王女は王の顔を見た。王は王女に微笑み返した。
「ありがとうございます……」
二人はしばらくそのまま互いを見つめ合っていたが、やがて王が言った。
「で、そのアウラの様子はどうだ?」
「今は自室でおとなしくしていますが」
「そうか。だがあの性格はどうにかなりそうなのか? ナーザ殿と何か仕組んでおったのであろう?」
「はい。ナーザは多分近いうちに決着がつくって言ってました」
「今回の事件は影響しないのかな?」
「それはあまり関係ないと言ってました」
「だと良いがな。いくらわしとて、そう何度も今回のような事ができるわけではないぞ。もしもう一度似たようなことをしでかしたら、もはや庇いようはないと思っておかねばな」
「はい……」
それを聞いて王女も少し不安になった。
ナーザが賢くて信頼できる人間なのは確かだが、事はアウラの心の問題だ。百パーセントということはあり得ない。
もしナーザが失敗したら―――そのときはアウラをどうしなければいけないのだろうか?
アウラと出会ってまだ半年ぐらいしか経っていないが、王女はアウラのことが大好きになっていたのだ。
《そのときには……私もそういう決断をしないといけないの?》
だがそこで王女は不安を振り切った。
考えるのはナーザが失敗した後でいい。
今は信じて待つこと―――それだけだ。