第3章 盗賊討伐団
それから三日後の昼過ぎ、二人は自由都市グラテスの城門をくぐっていた。
「この道って結構近かったのね」
フィンが皮肉っぽく答える。
「そりゃそうだ。ちゃんと馬に乗ってればな」
だがアウラはけろっとして答えた。
「あのときは歩いてたもんね」
誰のせいだ! 誰の!―――と言いたかったが、もう済んだことだ。あのときは結構頭に来ていたのだが……
季節は初夏だったが、ここは高原地帯なので空気はさわやかだ。朝晩は少々寒いと言ってもいい。低地の方はやっぱりじめじめしていていけない。フィンの育った都もこんな高地だったので彼にとってはこちらの方が断然有り難かった。
逆にアウラは中原の暖かい所で育ったらしく、こういった乾燥して寒い気候はあまり合わないようだ。
《そういやこいつの育ちって、あんまり訊いたことがないな……》
二人とも一緒にいても互いの過去のことはあまり話さなかった。
アウラに関しては少なくともあの傷を受けたときのような辛い思い出につながってしまいそうで、無理に聞き出せない。
だが自分の事もあまり話していない。こっちもまた微妙なことが多いし……
《でも尋ねてこないからって、あまり黙っておくのも良くないよなあ……》
そのうち話さなければならないのだろうが―――ま、そのときはそのときだ。
そんな考えごとは止めにして、フィンはグラテスの町並みを眺めた。
グラテス市街はこの間の祭りのときほどではないにしても、やはり賑わっている。
ここはフォレスと同様、東西交易路上の重要拠点だ。だから単なる“自由都市”とは言ってもちょっとした国家並の経済力を持っている。
そのためここは長年アイフィロス王国とシルヴェスト王国がその領有を巡って争い、ときにはフォレスまでがちょっかいをかけてきたという歴史があるのだ。
そんな戦いで疲弊した街を憂えた市民達が、どこにも属さない自由都市として独立させたのがおよそ百年前。
当時の市長は外交が上手く、シルヴェスト、アイフィロス、フォレスを上手く三すくみにさせて、その隙に中間の緩衝地帯として“自由都市グラテス”を成立させたのだ。
それから百年。この状態が続いてきたというのはこの地域の人々すべてにとって幸運だった。
戦いがなくなることで交易が発展し、結果として周辺三国もその恩恵に預かってそれ以前よりずっと発展していったのだから。
だから今ではこんな大げさな城壁はもう不要といえるが―――それはそんな歴史を忘れないための生きた証拠となっていた。
「まだ疲れてないよな? 先にジェイルに行って討伐隊の話を訊いて来ようか?」
「そうね。じゃあこっちよ」
アウラが案内していった先には、ラーヴルで見たような建物が建っていた。
ラーヴルのジェイルは城の一部という感じだったが、こちらは町はずれにどかんと建っている。見た感じは似ているが大きさは一回り大きい。
「結構でかいな」
「ここっていろんな所から逃げてきた首が多いのよ」
「ああ、なるほどな」
ちゃんとした国ならば治安維持のため何らかの仕組みがあるものだ。
フォレスの場合だと軍隊が警察も兼ねていた。そのためフォレス国内は非常に治安の良い状態に保たれている。
だがグラテスでは自警団のような物に頼っていた。そのため街から出たらほぼ無法地帯になってしまうので、他の国にいられなくなったような犯罪者が良く流れてくるのだ。
それだけならこの周辺は通過するのも危険な地域になってしまうが、グラテスは同時に賞金稼ぎにも手厚い保護を加えていた。そのため各地から賞金稼ぎもたくさん集まってきていたので、犯罪者もあまりおおっぴらには活動できなかった。
二人はジェイルのホールに入っていった。
中の構造はラーヴルのジェイルと似た形式だったが、各部の造りはよりずっと立派になっていた。
「おお、さすがに賞金稼ぎの総本山って感じだな」
フィンがつぶやく。ホールの奥で賞金稼ぎらしい男が一人係官と話をしていた。
彼らはしばらく男の話が終わるのを待ったがなかなか終わらない。話の中身を聞いてみると既に雑談になっているようなので、フィンはその間に割り込んだ。
「あの、ちょっといいですか?」
男が振り向いた。
「なんだ?」
振り返った男の顔を見てフィンはちょっとびびった。
でかい図体に顔は傷だらけだ。むき出しの腕にも何カ所も傷跡がある。しかも声は低く凄みがある。相当年期の入った賞金稼ぎらしい。
その男は、なんだこいつは? という感じでフィンを睨む。だが次いでフィンの後ろに控えているアウラを見ると―――目が丸くなった。
「ああ? あんたもしかして、アウラじゃねえか?」
「え? どうして知ってるの?」
アウラが驚いたように男を見る。
「あたりめえじゃねえか! ベルト切りなんてマジでやった奴を忘れるかよ!」
「ベルト切り? あ! じゃ、あれ見てたの?」
「見てたぜ。人の獲物を引っさらいやがって。でもまあ、あんなもんを見せられたら、ま、いいがな。そっちは相方か?」
男は再びフィンの顔を見る。アウラは答えた。
「うん。フィンっていうの」
男はじろじろと値踏みするようにフィンの体中を眺め回した。
フィンはそれを無視して男に尋ねた。
「どうもよろしく。フィンです。アウラを知ってるんですか?」
「何年か前の収穫祭のときな。ちらっと会っただけだが」
相変わらずうさんくさそうにフィンを見つめながら男は答える。
《何だって? 収穫祭のとき? じゃああのときか?》
フィンが寝込んでいたときにアウラがやった仕事を見ていたということだろうか?
そんなことを考えていると男が言った。
「で、あんたら、こんなとこにいるってことは、仕事を探してるのか?」
フィンはうなずいた。
「はい。ちょっと急に要りようになってしまって、手っ取り早く稼げる奴がいいんですが、こっちで大がかりな討伐があるって聞いて来たんです」
男はちょっと眉をひそめた。
「ああ、なるほどな。確かにあるぜ。でも今ちょっともめててな」
「もめてる? じゃああなたもメンバーなんですか?」
「まあな」
「それではぜひその話を聞きたいんですが」
フィンの申し出を聞いて男はまたちょっと眉をひそめる。
「まあちょうど人手が足りなくなって困ってた所ではあるが……」
これはラッキーな感じだ。フィンはたたみかけた。
「それじゃ話を聞かせてくれますか?」
「話してやってもいいんだが、その前に幾つか訊きたいことがある」
そう言って男はフィンをじろっと睨んだ。
「ああ。もちろん構いませんよ」
「まずな、その喋り方だ。何でそんなに上品ぶってやがるんだ?」
その質問にはかなり意表を突かれた。
確かに賞金稼ぎが敬語で話すなんてらしくないのは間違いない。フィンは少し慌てて言葉遣いを変えた。
「あ、悪い悪い。勤めてた所が所だったからつい癖になっててね……こんな話し方の方がいいか?」
「まあな。で、失礼だがどういう所にお勤めだったんだ?」
「とある偉い人の大きなお屋敷の警備をしてたんだよ。そこで彼女と会ったんだけどね」
その説明に男は納得したようだ。彼はアウラに向かって言った。
「あの後全然見ねえからどうしたのかと思ったら、そうかい。偉い人の警護をやってたってわけか?」
「うん」
アウラはうなずいた。
「でもそれだったらそっちの方がいいんじゃねえのか? どうしてこんなところで……」
フィンは口ごもる。うーむ。本当の事を言うべきか、ごまかすべきか―――だが男はフィンとアウラの顔を見てにやっと笑った。
「って、その辺はあまり訊かない方がいいか?」
どうやら男は二人が駆け落ちでもしてきたのだと勝手に勘違いしたようだ。ならば放っておこう……
フィンは黙ってうなずいた。
「で、警備の前は? どのくらい賞金を稼いでたんだ?」
それは当然の質問だろう。フィンは答えた。
「うーん。まずアウラの腕は知ってるよな」
「そりゃ一度見たからな。だがあんたは?」
フィンはちょっと口ごもる。だがこればかりは嘘を付いてもすぐばれてしまうだろう。
「実は初めてなんだ」
男は吹き出した。
「なんだと? 冗談はよしてくれよ」
「何にだって初めてってのはあるだろ?」
「アホ! だったらもっと小物から練習してろ! 何考えてやがる!」
まあ当然の反応かもしれない。
だがフィンとてずぶの素人というわけでもなかった。
「じゃあ賞金稼ぎじゃない実績ならどうだ?」
「ああ?」
男は訝しそうにフィンを見る。
「例えばセロでベラ魔道軍と戦ったとか」
その言葉を聞いて男の目が丸くなる。
「ああ? 嘘付け!」
そこでアウラがむっとした顔で口を挟む。
「嘘じゃないわよ。本当なんだから」
男はフィンの顔をまじまじと見つめた。
「ってことはあんたフォレス軍にいたのか?」
「まあ一応な」
男は考え込んだ。
セロの戦いの噂は当然ながらここにも届いている。
僅か千五百のネブロス連隊が総勢二万のベラ正規軍を退けたというのだから、そんな兵隊ならそれこそ凄腕というのは分かるが―――目の前にいる男はどう見てもひょろひょろの若造にしか見えないじゃねえか? という表情だ。
「信じられねえな」
男は首を振った。
それを見てアウラが激昂しかかったがフィンはそれを抑えた。まあ無理もない。
こうなったら仕方がない。
「じゃあちょっといいかな」
そう言ってフィンは男の腕を掴んだ。
「ああ?」
男は訝しそうにフィンの顔を見るが―――フィンはにやっと笑うと男に軽身の魔法をかけて、それから思いっきり足払いをかけた。
「うわああああ!」
男は悲鳴を上げながら綺麗に空中で一回転した挙げ句、尻餅をついた。
これはこの魔法のデモンストレーションで良くやる技だった。大抵の奴はこれでおとなしくなってくれるがどうだろうか?
ちなみにアウラにやったときは思いっきり喜ばれてしまったが……
「まだやるかい?」
フィンはにやにや笑いながら手を差し伸べる。男はそれを振り払うとうなずいた。
「分かった。納得したよ」
「じゃ、信頼してもらえるか?」
「ああ」
「それじゃ討伐隊の話なんだが……」
フィンがそう言うと男はそれを遮った。
「ああ。話してやるが、ここじゃ何だからどっか行こうぜ」
まあジェイルで立ち話というのも何だ。フィンはうなずいた。
男は二人をラファーダという名の居酒屋に連れて行った。
まだ陽が高いが、酒場ではこんな時間でも結構飲んだくれている奴がいる。
そこは鉱夫とか荒くれが出入りする酒場で、まあ賞金稼ぎが打ち合わせするにはは打ってつけな雰囲気ではある。
酒場の奥に陣取ると男は言った。
「そういや自己紹介してなかったな。俺はバルコだ」
「僕はフィン、彼女はアウラだ」
「飲むものは? アルカでいいのか?」
「いや、まだ陽も高いし、ビアでいいよ」
「アウラ、あんたも?」
「うん」
男はあからさまに不服そうだったが、それ以上強要することはなかった。
頼んだ酒がやってくると三人はとりあえず乾杯をする。それからバルコはアウラを見て言った。
「にしても今日はえらく機嫌が良さそうだな?」
「え? そう?」
アウラが不思議そうに答える。
「だって前は話しかけようとしたら凄い顔で睨みつけてくれたじゃねえか」
「え? そうだった?」
「ああ。一緒に組もうかって言ったの覚えてねえ? そしたら、お断りよ! ってすげえおっかねえ声でさ」
バルコがアウラに会ったのは彼女の男嫌い全盛期の頃だ。斬られなかっただけでもましだと思わなければならないのだが―――もちろん彼はそんなことを知る由もない。
「うーん。覚えてないけど」
「俺ってそんなに印象薄いかあ?」
バルコは見るからに残念そうだ。もしかしたら彼女のことが気になっていたのかもしれない。
考えてみれば賞金首を手玉に取る娘だ。しかも彼女はなかなか整った顔立ちをしている。美人だと言ってもいい。だとすればバルコみたいな男が参ってしまってもおかしくないが……
「そうでもないと思うけど?」
だがアウラはそういった方向ではバルコのことなど眼中にないのは明らかだ。フィンはちょっと可哀想になった。
だが彼を憐れんでばかりもいられない。そろそろ本題に入らねば……
「でさ、そろそろ話を聞かせてくれないか?」
それを聞いてバルコは居住まいを正した。
「ああそうだな。でな、まず討伐する相手はボルトス一派だ。知ってるか?」
「いや、詳しくは。でも何年か前はパロマ越えの街道を荒らしてたんじゃないのか?」
「ああ。でも最近はアンゴル峠の方に良く出てるな」
「ふうん。で、人手が足りないって言ってたけど、なんでだ? 条件が悪いのか?」
バルコは首を振った。
「いや、別に条件は悪くない。でも急に一杯仲間が抜けちまったんだ」
「抜けたって、どうして?」
「それがな、来た奴の中に奴らのスパイが混じってたんだよ。そいつは見つけてぶっ殺したんだが、でも計画はもう奴らに筒抜けだってことだ。そんな相手が待ちかまえてる所に突っ込んでったって自殺行為だろう?」
「そりゃそうだ」
フィンはうなずいた。
それから内心少し心配にもなってきた。これは思ったほど楽な仕事ではないかもしれない。
「それでもめてたんだよ。今回のはもう止めにするかどうかってな。でもツィガロの奴らはやる気満々でな、まあせっかく来てるんだししょうがないけどな」
「確かツィガロの賞金稼ぎと合同でやるんだったな」
「ああ。国境付近だしな。共同でやってりゃ縄張りでもめることもない」
賞金稼ぎにも結構縄張りがあってという話は聞いたことがあるが、どうやらそれは本当らしい。
「向こうとこっちの数は? 俺たちが入ったらどうなる?」
「ああ? まあ互角ぐらいかな。あんたらが入ったらこっちが十二人、あっちは十三人か四人って話だ。でも今回は相手のアジトを襲撃するんでな。互角ぐらいじゃ心許ねえんだよ」
バルコの言うことはもっともだ。相手に立て籠もられたら厄介だし、地の利は向こうにある。普通のやり方じゃ確かに厳しそうだ。
だがフィンは悲観はしていなかった。彼はにやっと笑いながら言った。
「ま、力押しだったらそうだけどな」
バルコが眉をひそめる。
「何か策でもあるのか?」
フィンは首を振った。
「いや、もっと詳しく状況が分からないと何とも。でも上手いこと奇襲できれば互角の数でも何とかなるんじゃないか? 相手って所詮盗賊だろ?」
バルコはフィンをじろっと見て、それから答えた。
「まあザコ共はそうだが、ボスのボルトスとゲオル、それにギアデスは腕が立つぜ」
「ギアデスって片手の奴か?」
「ああ。知ってるみたいだな? 何年か前にどっかでぶった斬られて以来、少し頭が逝っちまったらしくてな、凶暴なんてもんじゃないぜ」
それを聞いたフィンとアウラが顔を見合わせて苦笑いした。
「ん? 何か知ってるのか?」
その様子を見てバルコが尋ねた。さっきからもそうだが彼は顔に似合わずなかなか観察力は鋭そうだ。まあ賞金稼ぎなんてのは腕力だけでやってける仕事じゃないはずだ。頭が空っぽで長く持つはずがないが……
バルコの問いにアウラが答える。
「それ斬ったの多分あたしよ」
「ああ?」
バルコは目を見開いた。
「パロマ峠であいつらに襲われたんで、切り落としてやったのよ。そのときはギイって呼ばれてたけど」
バルコはしばらくぽかんとした顔でアウラを見ていたが、それから笑い出した。
「ははは。まあベルト切りのあんたならできるか。あいつの腕を落とすなんてどんな奴かってみんなで噂してたんだよ」
「え? そう? あんま大した奴じゃなかったと思うけど」
「あんたの腕ならそうかもな。でも賞金稼ぎがずいぶんあいつに返り討ちに遭ってんだ。俺の知り合いも一人殺られてるんだよ」
それを聞いてフィンは冷や汗が出た。
《あいつってそんなにヤバい奴だったのか?》
まあ女だと見て舐めてかかっていたんだろうが―――でもガルガラスとかと比べてどうなんだろう? あいつだってフォレスじゃ滅茶々々強いはずなんだが、アウラには子供扱いされてたからなあ……
《もしかしてとんでもない奴なのか? こいつ……》
フォレス親衛隊の剣士達は身に染みて感じていた事実なのだが、フィンは元々剣術にはあまり興味がなかったので、そのあたりをまだよく理解できていなかった。
フィンは再度アウラを見直したが―――まあだからといって彼女に対する想いがどうかなるわけではないが……
そこでさっきからちょっと気になっていたことを尋ねてみた。
「それはそうとさっきから言ってる“ベルト切り”って何だ?」
「彼女から聞いてねえのか?」
「うん。全然」
バルコがにやっと笑った。
「ああ、あんたこっちは駆け出しだから知らなかったんだな。いやな、これは賞金稼ぎが相手を殺さないように無力化するテクニックの一つなのさ」
「へえぇ」
そんな話があるなら聞いておいて損はなさそうだが……
「ほら、賞金首っつっても中には殺したらパアな奴がいるだろ? いきなりぶっ殺せばいいってもんじゃねえわけで。そういう奴らを捕まえたいようなときだが、当然そいつらだってみすみす捕まりたくはねえわけだ。だから必死に抵抗したり逃げようとしたりするわけよ」
「ん、まあ当然だな」
「でだ。そういう場合に有効な方法なんだがな、まずそいつのズボンのベルトを切っちまうのさ。ずり落ちるズボンを押さえながら抵抗したりできねえだろ?」
フィンはぽかんとした顔でバルコを見た。
確かにそうかもしれないが……
「え? まあそうだけど……できるのか? そんなこと。だってベルトって普通、腹に食い込んでるもんだろ。凹んでるとこのベルトだけ切るなんてすごく難しくないか?」
バルコがにやっと笑う。
「あたりめえだ! だからこれは駆け出しを引っかけるジョークなんだよ。それを真に受けてベルト切りをやろうとする馬鹿がいたりするからな」
そこでバルコはアウラの顔を見る。
「ところがさ、それをこのお嬢さんが本当にやっちまったってんだから、たまげてんじゃねえか」
それを聞いていたアウラがびっくりした顔になる。
「え? あれって嘘だったの?」
それからしばらくぽかんとしていたが―――今度は怒り出した。
「何でそんな嘘教えるのよ!」
「知るか! 俺が教えたんじゃねえだろ? それに本当にやってるんだからあんたにとっちゃ嘘じゃねえだろ?」
「でも……」
いや、確かにそれはバルコの言う通りだ。
「大体な、あいつはさ、俺たちが目星付けてたんだぜ。普通な、そういうのには順番てもんがあるんだよ。だからあんな風に割り込むのはルール違反だ」
酒が入ったせいだろう。バルコはそのときのことを思い出して怒り始めた。
聞いていたフィンは何となく状況が目に浮かんでしまった。
多分バルコは仲間と一緒にその賞金首を狙って機を窺っていたのだろう。そこにアウラが文字通りのこのこやって来て、いきなり喧嘩を売ったに違いない。あの調子で……
だがアウラはそれを聞くとあっと口を押さえて謝った。
「あ、そうだったんだ。ごめん」
「あ? ああ……」
こうもあっさり謝られては、バルコも怒りを収めるしかない。
「でもまあ、そこであの野郎がケツ丸出しで命乞いしてるのを見れたんだ。毒気も抜けちまうわな」
そう言ってバルコは笑った。
この世界にもいろいろしがらみがあるらしい。当然といえば当然なのだが……
ともかくそんなわけで何とか討伐団に入れそうな雰囲気になってきた。だが別れ際にバルコは言った。
「まあ、あんたらならできそうだが、ただ、俺の一存で決められるもんじゃないんでな。明日の晩にここの二階で会合があるから来てくれ。他の奴らに紹介するぜ」
もちろんフィン達に異存はない。
「ああ。頼む」
とりあえずは幸先の良いスタートのようだった。
次の日の晩、フィンとアウラはラファーダの二階で大勢の賞金稼ぎ達に取り囲まれていた。
周囲にいる男達は皆一癖も二癖もありそうな奴らばっかりだ。体つきに関してはバルコのようにがっちりとした奴らばかりではなかったが、みな沢山の修羅場をくぐってきたらしく、体のどこかに大抵派手な傷がある。
まあ、傷にかけてはフィン達もそう負ける訳ではない。
アウラの胸の傷などはこの中でも最大クラスだろうし、フィンだって腰に結構な傷跡がある。それを受けたときは結構痛かったのだが―――やはりそれでもこいつらの間では、何か大人に取り囲まれた子供二人という気分になってしまう。
フォレスでガルガラス達と行動を共にしたときもこんな感じだった。
しかし男達の醸し出す雰囲気は全然異なっていた。
ガルガラス達ももちろん戦いを生業としているので、色々な所で荒々しさを感じたのだが、こいつらから感じられるような飢えた獣のような雰囲気はなかった。
だからフィンが最初に彼らに引き合わされたときには、かなりの緊張状態だった。アウラがいつもと同じ調子だったので逃げ出さずに済んだのだが―――しかし今や状況は逆転していた。
《ははは……何とかなったみたいだな……》
彼らの“デモンストレーション”が成功したのを見てフィンは内心ほっとした。
「分かってもらえたかな?」
そんな内心がばれないよう注意しながら、フィンは正面でへたり込んでいる大男に言った。
「ああ……」
男が尻餅をついたまま答える。
この男はロゲロといって、ツィガロから来ている賞金稼ぎ達のリーダー格の男だった。
フィン達が来たときに真っ先に疑いの目を向けたのは彼だった。まあ無理もないのだが、あからさまに否定されるのも面白くはない。そこでフィンは彼にちょっと後方宙返り一回ひねりをさせてやったのだ。昨日バルコにやったのよりもう一段サービスだ。
その体験は男にとって少しばかりショックだったようだ。
何しろ自分より二回りほど小さいフィンに文字通りに“手玉”にとられてしまったのだから……
その後ろでは更に別な男が、百合の茎をくわえたまま同じように硬直している。
それにはちょっと前までは花も咲いていたのだが、アウラが切り落としてしまった後である。
こちらの方はもう説明も不用だ。アウラはこんな人がたくさんいる中で何の躊躇もなく男が口にくわえた百合の花だけを綺麗に切り落としたのである。
この一見小娘の腕が並々ならない物であるのは、誰の目にも一目瞭然だ。
―――と、まあ、ここまでは予想された状況だ。
昨日のバルコはアウラの事を知っていたからあの程度で済んだが、今日ここにいる奴らはみんな初対面だ。いきなり信じてもらえると思う方が虫がよいだろう。
だから二人は前の晩からどうやって腕を見せるか相談してきていて、ここに来る途中にわざわざ道端で売っていた百合の花を買ってきたぐらいなのだ。
その作戦はとりあえず大成功だった。
そんな中で、バルコだけがにやにやしていた。
「どうだ? 言った通りだろ?」
バルコがロゲロに言う。
「とんでもない奴連れて来やがったな」
「ああ。でもこれだったら何とかなりそうだろ?」
ロゲロはうなずいた。
「ああ、そうだな」
そこにフィンが割り込んだ。
「でも俺たちが入ってもやっと互角の人数なんだろ?」
ロゲロは振り返ると言った。
「でもこんな力が使えるんなら……」
それを聞いてフィンは大きく首を振った。
「いや、あらかじめ言っとくけどな、俺の力をあてにし過ぎない方がいい」
「なんだと?」
ロゲロを始め賞金稼ぎ達が一斉にフィンを見る。
ああ、いつもこうだ―――フィンは内心ため息をつきながら答えた。
「自慢じゃないがな、学校じゃビリの方から数えた方が早かったんでな。そうじゃなきゃそもそもこんなところでうろうろしてないさ」
「………………」
男達はその意外な言葉に声も出ない。
というのも、トレンテの村人もそうだったが、魔法使いという存在は一般の人々から見たら相当な“過大評価”を受けているのだ。
それも無理はない。何しろ魔法使いは“魔法”が使えるのだから……
それは普通の人間には逆立ちしたってできないことだ。だから魔法使いは人々から羨望の目で見られたり、恐れられたりもする。
そんな思いこみや伝説が跋扈する理由は、結局彼らが本物の魔法使いとほとんど接することができないためだった。一度本物の魔法使いと話してみれば、彼らが決して特別な存在ではないことが分かるものなのだが……
少なくともフィンにとって魔法使いというのは、ちょっと特別な才能を持っただけの人間だった。彼にはアウラがあのように薙刀を操れることの方こそ魔法に近いわけで……
だが彼がそう言えるのは、彼もまた曲がりなりにも魔法使いの一人で、強力な魔法使い達とたくさん接することができたからである。
言い換えると、そうでもなければ魔法使いと日常に接することはほぼないのだ。
その最大の理由は、そもそも魔法使いというものの絶対数が少なかったためだ。
また、魔法使いの素質があっても訓練しなければまずまともな魔法は使えない。フィン程度の力でさえも、ちゃんとした訓練を行ったからこその賜物なのだ。
ところがそんな訓練ができる場所といえば、都の“銀の塔”と、ベラの“魔導大学”のみである。要するにフィンのような三流魔導師でさえ、都かベラに行かないと目にすることができないのだ。
そのため高い能力を持った魔導師はそのほとんどがどこかの国に高給で雇われているし、そんな彼らの能力はその国の国家機密だ。
フィンがうっかりフォレス魔道軍の訓練所に迷い込んで大変な騒ぎになってしまったのだが、普通あんな物を見てしまったら生きて帰れなくとも仕方がないのだ。
もっとささやかな力の魔法使いならもう少したくさんいるのだが、彼らの多くは、例えばあの冷凍輸送に携わっていたフェリエのように、都やベラで目立たない仕事に就いていることが多かった。
だがそういう“目立たない仕事”であっても、フェリエの場合一日に銀貨十枚の報酬を得ていたわけで―――普通の使用人なら銀貨一枚もらえれば御の字ということを考えれば、十分に高給取りだ。
魔法使いとは要するにそのぐらい出さないと二級クラスでも雇えないような、売手市場なのである。
それゆえに、まともな魔法使いがフィンのようにあてどなくうろうろしていることなど滅多になく、いたとしたら何らかの訳ありなのであった。
―――そんな背景があるため、都やベラ以外の場所では魔法使いはほぼ雲上人であって、その実態が伝説化されていてもやむを得なかったのだ。
《あの子だって最初はガチガチだったもんなあ……》
ハビタルにメイと一緒に派遣されたとき、最初の頃の彼女は可哀想なほど緊張していたものだが……
《でも後からはグリムール様とタメ口とか……》
あそこまで慣れ親しんでしまえるというのも、ちょっと普通じゃないとは思うが―――それはともかく、そのことはフィンにとってプラスとマイナスの両面をもたらした。
プラスの面としては非常にハッタリがかましやすかったことだ。
実際ここにいる奴らは、いま見せた技でほとんど呑まれてしまっている。こうして相手に一目置いてもらえれば、今後の仕事がいろいろやりやすくなるというものだ。
だがその反面、今度は過大な期待をかけられやすいという側面もあった。
何しろ彼らは魔法の限界という物を知らない。
魔法だから何でもできると思っているのだ―――いや、確かに銀の塔では『魔法の限界とは人間の想像力の限界でもある』などと習うのだが、そんな限界まで魔法が使えたなんて話は聞いたこともない……
いたとすれば、一夜にして東の帝国を滅ぼしたという黒の女王なのだろうが……
でもあれこそやっぱり伝説だと思うし、少なくとも最近そんな奴はいないはずだ……
というわけで、仲間に魔法の限界のことを理解しておいてもらわないと大変なことになるのである。
フィンは賞金稼ぎ達に説明した。
「魔法使いだって無敵じゃないことは分かってて欲しいんだよ。あんたらだってシフラの戦い、知ってるだろ?」
男達は曖昧にうなずいた。
その話はさすがに誰でも知っていた。おかげで都やベラの権威が失墜して、中原では現在レイモン王国が最も大きな勢力になっていることも。
「じゃあ何かい? あんたの力は何の役にも立たないってか?」
男の一人が言うが、フィンは首を振った。
「違うよ。そんなわけでもない。こないだのセロの戦いじゃ魔法が立派に役に立ってるんだから。とにかく魔法が有効な時と場合があるって、それだけなんだけど」
男達はまた分かったような分からないような顔をする。
この辺の所のさじ加減がどうにも難しい……
そういう意味でフォレスやベラは良かった。さすがに国王クラスにもなれば魔法のそんな側面も理解してくれているし、ベラではもはやそんなことを考える必要もなかったのだが―――これ以上そんなことを思い悩んでいても時間の無駄である。
そこでフィンはロゲロに言った。
「で、ともかく俺たちが本当に役に立てるかどうか、もうちょっと詳しい話を聞かせてもらいたいんだが。昨日バルコに上手くいくかもみたいな話はしたんだけど、それもこれも状況次第なんでね」
そこで一同は席に着き直した。
今回の討伐隊は山の向こうのシルヴェスト側のツィガロ村から来た賞金稼ぎ達と、グラテスでバルコが集めた賞金稼ぎの二つのグループから構成されていた。
ツィガロから来たのはロゲロ、フムール、クマドール、ペトロス、ビーバの五人。バルコの仲間は彼の他に、テルマン、デプレス、モルツァ、マクマランという名の男達だ。これにフィンとアウラを加えると総勢十二名になる。
それに対して敵側も同じぐらいの人数がいるらしい。スパイ発覚まではもう更に五~六人いたらしいのだが、そいつらは危険を察して逃げてしまったらしい。
グラテスの賞金稼ぎ達の間にその話は流れてしまっているので、この討伐はもうこれ以上人数は増やせそうもない。だとすると単純な策では確かにかなり危険かもしれない。
一同が落ち着いた所でフィンはロゲロに尋ねた。この盗賊団に関しては彼が一番詳しいらしい。
「一応、奴らの構成に関しては昨日バルコから聞いたんだが。首領はボルトスって奴と、副官格のゲオルとギアデス、こいつらは相当腕がたつ。その下に部下が十名くらい。こいつらはザコだけど、まあザコって言ってもその辺のチンピラよりはましなんだろ?」
「ああ」
ロゲロがうなずいた。
「ボルトスとゲオルはどこかの兵隊崩れだって?」
「そう聞いてるな」
「ザコ共も?」
「さあ。それはどうかな。でもおかげで奴らはかなり統制取れた動きをしやがるんだ」
ロゲロの言葉にフィンはうなずいた。
人数が多くてもバラバラにやって来てくれれば問題ないのだが―――まあこんな討伐隊が作られるほどの奴らだ。そんなことは期待できないだろう。
「で、今回は奴らのアジトを襲おうって、そういう予定だったんだって?」
「そうだ」
「まずどんな風に襲う予定だったんだ?」
そこでロゲロはアジト付近の見取り図を広げた。
「まずこれを見てくれ」
一同はその見取り図を取り囲んだ。
「アジトはこの川の上流にある。ほら、この部分のちょっとした平地の所に建てられてるんだ。険しい山の中なんで、背後は切り立った岩山だ。だから行く道はこれしかない。だがここに橋があるんだが、これが跳ね橋になっていて、こいつを上げられたら、もうどうしようもねえんだ」
そこでロゲロはちょっと言葉を切ってから続ける。
「アジトの裏手の岩尾根なんだが、その先端に見張り台があって、そこからだと向こうからやってくるのが丸見えなんだ。細い切り通しの道を通ってこねえといけねえから、要するに気づかれずに近づくことさえできねえんだ」
その見取り図を見る限り、そのアジトはかなり難攻不落に見えた。
フィンはロゲロに尋ねる。
「下の川は? そこ伝って入れたりしないか?」
「すごい峡谷だ。途中何段も滝とかがあるし、そこから行くのは無理だ」
まあそうだろう。
「アジトってどんな建物なんだ?」
「アジト本体は木造の家を改造した物らしい」
フィンはもう一度その見取り図をじっと眺めた。
それからまたロゲロに尋ねる。
「結構大変そうだな。でもこの地図どうしたんだ? 結構細かいけど」
ロゲロがふっと笑って答えた。
「前やったときに作ったのさ」
「前?」
「ああ。去年にも一度やったんだが、そんときは大失敗でな」
フィンは周囲の賞金稼ぎの顔を見た。一同うなずいている。この話はここでは有名なのだろう。
「そのときのことを聞かせてもらえないか?」
フィンが尋ねるとロゲロがうなずいて話し始めた。
彼の弁によれば、彼らはまず普通に正面ルートから攻めていったという。
すると尾根の上の見張り台にいた部下から連絡が行き、跳ね橋が上げられてしまった。
そこで彼らは仮設の橋を作ろうとしたが、川の向こうから弓で撃たれるなど妨害が激しく、その日は一時撤退したという。
だがその晩、彼らの野営地に敵の方が夜襲を仕掛けてきて、討伐隊は半数以上がやられてしまい、残りも這々の体で逃げ出してきたという。
その話をするロゲロの目には怒りの炎が浮かんでいた。
フィンは恐る恐る尋ねてみた。
「あんた……その場にいたのかい?」
ロゲロはフィンをきっと睨む。
「ああ。あの屈辱は忘れねえ」
フィンは黙ってうなずいた。それからバルコに言った。
「ボスも結構賢いみたいだな」
「ああ。あいつは侮れねえぜ」
そこでフィンは尋ねた。
「で、前回がこうだったとすると、今回はどういう予定だったんだ?」
「ああ。最初は昼間じゃ上手くいきそうもねえから、夜中に襲おうかとも考えたんだが……ロープを渡してこっそり川を渡れれば、見張りを殺って、橋を下ろして、本体が突っ込めるんだが」
「……夜中にか?」
フィンは少し驚いた。それってかなり無謀に思えるが……
だがバルコは続けた。
「ああ。でも暗闇で明かりも無しにはちょっと無理だろうってことで」
フィンはうなずいた。
まったくだ。夜襲というのは相当の土地勘がないと厳しいものだ。
「なんで、定期的に食料とかを運ぶ馬車を乗っ取って行こうということになった。だが相手もそんなことは想定してるみたいでな、馬車が橋を渡る時には奴ら総出でお迎えに来るんだよ」
「ってことは……」
「ああ。そこからは正面からのどつきあいになるわけだ。それでも奴らが一応不意を突かれた形になったんならまだやりようはあったんだが、それもばれちまってる。今更この作戦は使えねえ」
なるほど。ただでさえ危ない橋だったわけだ。小心者なら逃げ出して当然か……
とするとともかく別な作戦にするしかないわけだが……
「それにしても、どうしてアジトを攻めることに? 隊商のふりしておびき出すとかってできないのか?」
バルコが首を振る。
「いや、そりゃ何度もやったが全然かかからねえから、こっちから攻めようって話になったんだ。あれもどっかで漏れてたんじゃねえかな」
「なるほど……」
このボスは相当にできるようだ。個々の戦術は申し分ないと言ってもいいだろう。
だが彼は戦略的には大きな誤りを犯していた―――それというのはちょっと派手にやりすぎたということだ。
盗賊団というのは当然獲物を狩って生計を立てているわけだが、道行く者をみんな襲う訳ではない。そんなことをしたら当然旅人が来なくなるし、逆に賞金稼ぎは大挙してやってくることだろう。
そういうわけで盗賊団の縄張りだからといって、必ずしも襲われるわけではない。いわば仕事はほどほどにしておかなければならないということだ。
だが盗賊団としても食っていくためには仕事をしなければならない。そのため何を襲うかは重要な問題だ。
獲物は厳選しないと、儲けはないのに悪評だけ立ってしまうことになる。そのため大物盗賊団なら、どうせ悪評が立つのならばと金塊や宝石のような高額の輸送物に狙いを絞る事が多い。
このボルトス一派もそうだった。だがそのやり口が残虐すぎた。
金塊を奪っただけでなく、輸送隊を皆殺しにしたのだ―――おかげでツィガロとグラテスとの共同討伐隊が組織されることになったわけで……
これは盗賊団にとってはかなりシビアな状況のはずだ。
盗賊とは国境付近に出没することが多いのだが、これは盗賊の討伐行為が地域ごとにまちまちであることに起因する。
するとある地域で討伐隊が組織されても、別な国に逃げてしまえばOKなのだ。
それを追って行こうにも武装集団が国境を越えるという行為は、国家間の摩擦に発展しかねない。盗賊はそんなことは気にしないが、賞金稼ぎは一応、国家や都市のルールに則って行動しているのでそれは避けなければならない。
しかも国境警備をしている兵はよく賄賂をもらっていたりもする。要するに地域単位で討伐している以上、地域の枠を越えて動き回る相手を制するのは難しいということだ。
―――だが、もし二つの国が足並み揃えて盗賊団を討伐することになればどうだ?
そんなことは滅多にないのだが、そうなったら盗賊団にとってはかなりのピンチなのだ。
だからそうならないようにほどほどにやっていた方が長続きできたのだが……
そんなことを考えていると、ロゲロがフィンに尋ねた。
「それであんたの考えは? まだ何か訊きたいのか?」
だがフィンは首を振った。
「いや、とりあえずはこれでいいよ。で、まあ、これだったら何とかなるんじゃないか?」
フィンがあっさり答えたので、ロゲロやバルコが驚いて訊き返す。
「なんだと?」
「本当かよ?」
フィンはうなずいた。
この状況はセロの戦いの前にネブロスと散々討論したことが役に立ちそうだ。
そしてフィンは立ち上がるとロゲロの見取り図を前に自分の考えを説明し始めた。
フィンの説明に男達が聞き入る。
説明が終わった後、男達は一様に感動したように言った。
「……なるほど。それはいいかも」
「あんたがいないとできない作戦だな」
「これなら相手の虚もつけるかもな……」
フィンは男達の顔を見渡しながら言った。
「じゃあ俺達を仲間に入れてくれるって事でいいかな?」
「ああ」
一同はうなずいた。
それを見てフィンはほっとした。結構自信はあったのだが、それでも実際に自分の話を認めてもらえると嬉しい。規模は全然小さいものの、あのセロの作戦を上奏して採択してもらったときの嬉しさに通じる物がある。
フィンは側にいるアウラの顔を振り返った。
こういった場合はフィンの独壇場なので彼女はずっと黙って聞いていたが、フィンの顔を見るとちらっとハンドサインを送ってきた。
それを見てフィンはうなずいた。
《そうそう。確かにこりゃ重要だよな……》
そこで彼は一同に尋ねた。
「そうそう。それと重大なことを聞き忘れてた。で、こいつら賞金はいくらぐらいかかってるんだ?」
バルコがにやりと笑って答えた。
「ああ。ボルトスが二十枚、ゲオルとギアデスが十枚ずつ、ザコは三枚だ」
バルコの答えを聞いてフィンは計算してみるが……
「ええ? じゃあ総額六十枚ちょっとか? それをみんなで分けると……一人五枚ぐらいか……」
思ったほど多くないようだが―――ま、アウラと合わせて十枚になるとすれば、減った分は取り返せるか……
だがそれを聞いた男達が皆笑いだした。
「ああ? 何がおかしいんだ?」
訝しむフィンにバルコが答える。
「お前、盗賊の仕事ってのが何か忘れてないか?」
フィンはしばらくぽかんとバルコの顔を見返す。
それから徐々に彼が言いたいことが分かってきた。
「あ? いや、確かに奴らが貯めた財宝はあるだろうけど……それって勝手に持ってっていいのか?」
バルコが笑いながら答えた。
「もちろん少しは返還しなきゃならないがな。でも元の額なんて分かりっこないだろ?」
「そりゃそうかも……」
そういうことであれば、確かに賞金稼ぎは儲かる仕事なのかもしれない……
失敗すれば確かに命を失うことにはなりそうだが、それに見合うだけの報酬も期待できるのなら―――まあ、命がけでやる奴がいてもおかしくはないわけだ。