第6章 ヤクート対決
そんなわけで呪われた山の冒険では、結局大した成果はあがらなかった。
でも全く収穫がなかったわけではない。
《ハフラともお友達になれたし、リサーンがあんなに怖がりって分かったし……うふふふ》
少なくともこの二週間、結構楽しい旅だったのは間違いない。
そしてその時もそろそろ終わりに近づいていた。
眼前にはヴェーヌスベルグオアシスの森が広がっている。
「久しぶりね」
「体中砂だらけ! 早く泳ぎたいわ!」
ハフラとリサーンは嬉しそうだ。もちろんティアもそれには大賛成だ。そろそろ泳ぐには寒い季節になりつつある。これを逃すと今度は来年になってしまう。
一行が森の小径を抜けて集落のゲートをくぐると、戻ってきた彼女達に手を振る娘がいる。
「あ! 帰ってきたの? ティア、リサーン! それにイルド様!」
「あ、ただいま~、ミア!」
彼女も家族の一人だ。
「おう、みんな元気だったか?」
その声に気づいて他の娘達がわらわらと寄ってきた。
「おかえりなさ~い!」
「何か分かった?」
「それがあんまり……でもお土産あるのよ」
「ええ?」
ティアは馬から下りるとミアに持ち帰ったガラス瓶を見せた。
「こんなの、いっぱいあったからもらって来ちゃった」
「きゃあ! きれい!」
「うわ、みせてみせて」
取り合いを始めそうな娘達にティアは言う。
「大丈夫。みんなの分あるから。アラーニャちゃん。出してあげて」
「はいっ」
アラーニャがお土産のガラス瓶を馬から下ろし始めると、村娘達が彼女の周りに集まっていく。
その間にティアはミアに尋ねた。
「で、どう? そっちは何か変わったことはなかった?」
とは言ってももちろん社交儀礼みたいなものだ。このど田舎、ヴェーヌスベルグで一~二週間不在にしたからといって何が変わるはずもない。
ところがミアは大きく首を振るとティアの手を取って言った。
「ううん、それが大変なのよ」
「大変?」
一体何事なのだ?
「実はね、エルダ様、ご懐妊だったんだって」
「え? じゃああれってつわりだったの?」
「そうだったみたい」
旅に出る前に女王がちょっと体調を崩したという話は聞いていたが……
「えええ? 本当? すごいじゃない。じゃ……アーシャに妹ができるってこと?」
「ええ」
「うわ、確かにそりゃ大変だわ。年の差……えーっと、二十一年? うわあ!」
だがミアはそれを聞いて首を振った。
「それもそうだけど、違うのよ。大変なのはそこじゃなくって」
「え? じゃあ?」
「エルダ様ね、これを機会に退位なさるんだって」
「え?」
ティアはぽかんとしてミアの顔を見た。
《退位って……女王様からの退位するってことよね?》
それから徐々に事の重大さが身に染みてきた。
「……ってことはもしかして?」
「ええ」
ミアはうなずいた。
「えっと、じゃ、アーシャは?」
「ちょっと落ち込んじゃってて……」
「どこ? 今?」
「こっちよ」
ミアはティアを案内し始めた。
―――この件に関してはもう少し詳しく述べておく必要があるだろう。
まずエルダ様というのはこのヴェーヌスベルグの現女王だ。彼女は齢もうすぐ四十に達するが、今もため息が出るほどお美しい。
その女王様がご懐妊なされてしまったわけだが―――今までは子を為すのは若い女とほぼ相場が決まっていたのだが、イルドのせいでこの一年、比較的高齢の女性までが妊娠する例が頻発していた―――そのためエルダ様が、養育に専念するため女王の座から退きたいと言い出したのだ。
子育てと言われてしまったら女達は誰も反論などできない。そこでそれをきっかけに以前からくすぶっていた諍いの火種が再び燃え上がってしまったのだった。
ヴェーヌスベルグには有力な次期女王候補が二人いた。
その候補というのがエルダ女王の二人の娘、ヴェガとアーシャだったのだが、両者なかなか甲乙付けがたいところがあって、そのどちらを推すかによって一族は大きく二つのグループに割れていたのだ。
姉のヴェガはティアから見ても震いつきたくなるほどの美人で、何よりも実行力があった。そのため自他共に女王候補のナンバーワンだった。
だが“実行力がある”と言えば聞こえはいいが、正直“自分のわがままをごり押しする性格”と言う方がふさわしかったりして、そのため彼女を嫌っている娘も多かった。
そういったアンチヴェガ派の娘達がアーシャの支持に回っていた。
アーシャとはもちろんトルンバ村に来た女達のリーダーだ。
ティア達はこちらに来てからは彼女の家族に交ぜてもらっていて、ずっといろいろ世話になりっぱなしだ。今ではヴェーヌスベルグで一番親しい友人でもある。
アーシャは女王候補に挙げられるだけあって、その美しさについては決して姉にひけはとらなかった。
だがその性格は姉と違って控えめで、自分から女王になろうという意気込みはあまりなく、どちらかというと反ヴェガ派から祭り上げられているというのが実態だ。
それだけならば結局はヴェガが女王になってお終いなのだが、そうも簡単にはいかない事情があった。
というのは、女王になるためにはもう一つ大きな条件があったのだ。
それは“ヤクート・マリトス”で良い成績を収めることである。
これは古い言葉でヤクートが狩り、マリトスが夫を意味するので、みんな陰では“夫狩り”と呼んでいるが―――要するにトルンバ村で彼女達がしたように、踊りで男を誘ってくることである。
現女王エルダもそうだった。
彼女には二人の娘がいるが、そもそもこのヴェーヌスベルグで一人の女が二人以上の子供を持つことは、双子の場合を除けば、そのシステム上に非常に困難だ。来た男には若い未経験の娘から割り当てるのがルールで、子持ちの女は優先順位が最後になるが、たいていはそれまで男が持たなかったからだ。
ただしヤクートに行って実際に男を連れてきた女であれば例外的に、子持ちだろうと何だろうと無条件でその男と床を共にする権利があった。
しかしヤクートに行くためには、その女性が他の誰よりも男を誘う能力が高いとみんなに認められなければならない。
ヴェーヌスベルグでは男を誘えるかどうかに一族の存亡がかかっていた。
従ってヤクートのメンバー選定は完全実力制―――すなわち最も美人でスタイルが良く、踊りが上手だと認められた者が選ばれるのである。
要するに二人の子持ちということは、現女王エルダがかつてはヴェーヌスベルグ最高の美女で、実際にヤクート・マリトスで高い成績を収めたことを意味していた。
そしてその当然の結果として、その娘のヴェガとアーシャも共に素晴らしい美人だった。
こうした場合に雌雄を決する手段が“ヤクート対決”だ。
両者が共にヤクート・マリトスを行い、より多くの男を連れてきた者の勝ち、という勝負である。
ところがこれが実は既に決着がついていたのだ。
ティア達がやってくるきっかけになった一年前のヤクートが、実はヴェガとアーシャのヤクート対決の場でもあったのだ。
その動機は村の役割分担でのもめ事といった些細な物だったらしいが、次期女王候補が二人もいても仕方がないのでそろそろ決着をつけておこうと行われたのが、あのときのヤクート・マリトスだったという。
その結果はヴェガ側の完勝だった。
連れてきた男はヴェガ三人に対してアーシャ一人だった。
しかもヴェガ一行はトルンバには来ていなかった。それは彼女達がその時点で既に三人の男を入手済みで、乗ってきたラクダではそれ以上は連れて帰れなかったからだ。
そこで彼女たちはまだ一人も入手できていなかったアーシャ達をお情けでトルンバに行かせてやっていたのだ。
その結果がご存じの通りで―――おまけに余計な女を二人も連れてくるし……
おかげでヴェーヌスベルグに来てすぐの頃は、何か微妙にみんなの視線が冷たかったことを覚えている。
アーシャ達だけは優しかったが、他の村人とか、特にヴェガとその取り巻きからは明らかに見下されていて―――まあ、そのときはここの生活に慣れるためにそれどころではなかったのだが、それはともかく、そのときアーシャが連れてきた一人というのが何を隠そうキール/イルドだった。
それから一年。一族の評価は逆転していた。
確かにヤクート対決では間違いなくヴェガの勝ちだったが、その後の一年で各自の連れてきた男が楽しませた女の数と生まれた娘の数を比較すると、今度はアーシャ側の圧勝だったからだ。
女王エルダも含めて男など諦めていた女達がまたその喜びと、場合によったら新しい娘までを得ることができたのだから……
そしてそもそもなぜ彼女達がヤクート・マリトスなどということを行っているかといえば、とどのつまりは子孫を得て一族を維持するためである。その基本目的を鑑みれば、一族にどちらが多く貢献したかは明らかである―――という理屈をこねられたらヴェガ側も返答に窮するのだった。
というわけで、一年前のヤクート対決は二人の決着をつけるどころか、関係をより泥沼化させる結果に終わっていた。
「こっちよ」
ミアの案内に従ってティアは林の中のオアシスの畔にやってくる。
「どこ?」
「この先よ」
泉の畔に生えていた灌木の隙間を抜けると、アーシャが膝を抱えてうずくまっているのが見えた。
「あれ以来ずっとああなのよ」
「そうなの……ねえ、アーシャ! 帰ったわよ!」
アーシャが顔を上げる。やってきたティアを見て少し喜びの表情が浮かぶが、すぐにまた暗い顔になってしまう。
ティアとミアは彼女を両脇から挟むように湖畔に座った。
アーシャは力なく笑いながら尋ねた。
「お帰りなさい。どうだった?」
「うん。いろいろおもしろかったんだけど、それよりねえ、ちょっと聞いたんだけど、エルダ様、ご懐妊なんだって?」
「ええ……」
アーシャはうなずいた。
「ご決心はお堅いのよね?」
「ええ」
「あのバカ、もうちょっと控えさせといた方が良かったかしら」
エルダ様のお相手をした後、熟女もいいなあとか鼻の下を伸ばしていたが……
「そんなこと無いわ。お母様も大喜びで、三人目が生まれるなんて。それにあたしの妹なんだし……」
「ん、まあ、そうよね」
何か色々引っかかるところはあるが、本来ならば間違いなく喜ばしい出来事に違いない。
そのときミアがぽつっと言う。
「でももうキールの家でも多すぎでしょ? どうするのかしら?」
「さあ……」
ヴェーヌスベルグ社会の基本構成要素は“家族”である。
ここでの家族というのは同じ男を相手にした女達とその娘で構成される。
ヤクートで複数の男が来た場合、一人の女が複数名と関係を持つことは原則としてない。そんな余裕があるなら他の女に回してやらないと可哀相だからだ。なので、一人の女が複数の家族に属するということは、非常に希な例外だった。
その例外がエルダ女王で、彼女はオッソの家とアルスロの家という二つの家族に属している。
オッソの家がヴェガの家、アルスロの家というのがアーシャの家だが、ティア達は今ここに入れてもらっていた。
ちなみにオッソ、アルスロというのは母親達には共通の夫、娘達には共通の父親だった男の名だ。
このためヴェーヌスベルグには新しい男がやってくる度に、その男の子供を宿した女達によって新しい家族が構成されることになる。
そして今、当然ながら“キールの家”と“イルドの家”という新しい家ができていた。
だが困ったことに今までの家は多くても十五~二十名がいいところで、社会の仕組みも一家族はそのぐらいの数を超えないという前提でできていたりする。
それなのにキールの家は三十三名、イルドの家に至ってはもう九十二名だか三名だかの家族がいて、既に食べ物の分配とかでごたごたが起こり始めているのだ。
「今度の女王様って、それもどうかしなきゃならないのよね」
「ええ」
アーシャはそう言ってため息をついた。
「いいじゃない。べつに。ヴェガがやりたいって言うならやらせてあげれば」
「そうもいかないのよ。マハータとかシャアラが納得してくれないの」
「ああ、マハータか……」
マハータとはアーシャの母親の一人だ。
父親を共有する女達は共同で子育てをするので、娘達から見たら母親は実質たくさんいるようなものなので、こういう風に表現されるのだが―――彼女はいわゆる反ヴェガ派の急先鋒だった。
シャアラはマハータの娘だが、彼女はアーシャとは小さい頃から一緒に育った仲だ。彼女達の意見を無碍にはできない。
「でもそうしたらやっぱりもう一度対決?」
「ええ……」
それはヴェガ派が主張していることだった。
そもそも今までのルールではたくさんの男を連れてきた方が勝ちだった。そのルールでは既に決着済みのはずなのに、あれこれ理屈をこねてそれを認めようとしない。
そこで百歩譲って前回の結果はノーカウントでいいから、もう一度勝負しろ。それで負けたなら潔く女王の座は諦める、とそう言うのだが……
全くの正論だ―――だがそうなったら今度はアーシャ側にはまず勝ち目がなかった。
まず彼女がたまたまキール/イルドを連れてこられたのはとんでもない幸運だった。どう考えたってそんなこと、もう一度期待できるわけがない。
そしてこの一年間彼女達の間で暮らしてみてティアもよく分かっているのだが、正直ヴェガはすごいのだ。もうほとんど確信を持って言えるが、もしあのトルンバ村にヴェガとアーシャの両方が来ていたら、イルドが鼻の下を伸ばして付いて行ったのは間違いなくヴェガの方だっただろう。
アーシャの踊りが下手なわけではない―――というよりはものすごく上手なのだが、一度ヴェガの踊りを目にしてしまうとそこには歴然とした違いが見えてしまうのだ。
彼女の踊りはもう圧倒的な自信に溢れていて、女のティアでさえついふらふらと付いて行きたくなるような迫力に満ちている。それに対してアーシャの踊りは美しいが―――だがそれ以上に迫ってくる何かに欠けているのだ。
《もっと本人が自信を持てればいいんだけど……》
そうすれば彼女だってヴェガに決してひけは取らないとは思うのだが―――だがこればっかりは性格としか言いようがないし……
そのとき横で話を聞いていたミアが言った。
「やっぱりシャアラを説得するしかないかしら」
アーシャもうなずいた。
「そうよね」
ティアは尋ねた。
「シャアラとヴェガって昔何があったの?」
とにかく彼女がひどくヴェガを嫌っているせいで話がややこしくなっているのだが、どうしてそうなったかに関してはティアはまだ聞いていなかった。
「あ、まだティア、知らなかったっけ?」
「うん。仲悪いのは知ってたけど」
そこでミアが答えた。
「確か獲物の分配のときだったっけ。ヴェガ達の取り分が多すぎるってシャアラ達と揉めちゃって、それでマハータが仲裁に入って、この獲物を捕ってきたのは誰よ? みたいなこと言ったらヴェガが、じゃあ男を連れてきたのは誰よ? とか言い返して、ものすごい口論になっちゃって……」
「うんうん」
「最後にヴェガが、そんなこと言うならあたしを孕ませてみなさいよ、そしたら何でも言うこと聞いてあげるからって……」
「ええ? それ言っちゃったんだ……」
ミアはうなずいた。
うーむ。これではシャアラがぶち切れてもおかしくはないわけだ……
ここヴェーヌスベルグには女しかいない。だから共同体を成り立たせるためには当然男仕事をする者が必要になる。マハータもその娘シャアラも腕の良い猟師として知られていた。
そのような女に対して『悔しかったら自分を孕ませてみろ!』と言うことは、彼女達に対する最大の屈辱なのだ。
それには『お前達はいくら男のふりをしても永久に男にはなれない半端者だ。お前達が役立たずだから自分たちがこうやって男を連れてこなければならないのだ』という言外の意味が込められている。
「まあ、その前からも仲が悪かったけど、あれが決定的ね」
「はあ……」
これは仲直りさせるのも大変だ―――というか、もうティアに手を出せる領域ではないような……
だとしたら後は……?
《堂々と戦って玉砕するしかないかしら……》
そうすればみんな一応納得はするだろうが―――最初から負けるつもりで戦うなんて……
これではアーシャが暗くなるのも仕方がない。
そのときだった。泉に誰かがやってきた。
灌木の隙間から覗くと、来たのは若い三人の娘だったが……
《あちゃー、何であの子達が?》
彼女達はレトラ、ルウガ、ジュムラというヴェガの取り巻きの娘だった。
ヴェーヌスベルグに水場は幾つかあって家ごとに使う場所が大体決まっている。だからここにはヴェガの家の娘は来ないはずなのだが―――でもそれは単に距離の問題なので、わざわざ遠い水場に行って悪いわけではない。
ティア達が出て行くかどうか迷っているうちに、娘達は泉の水を汲みながら話し始めた。
「アーシャこっちにもいないのね」
「逃げたのかしら?」
「じゃないの? まあそりゃそうだろうけど。あははは」
それを聞いてアーシャが身を固くするのを、ティアとミアが両脇からなだめた。
「大体ヴェガも心配しすぎでしょ。様子を見てこいなんて」
なるほど。彼女達はアーシャの様子を偵察しにきたというわけか。
「そうよね。大体どうやってアーシャがヴェガに勝つって言うのよ? 今まで一回も勝ったことないくせに」
アーシャがぐっと歯を食いしばる。だが聞いた話では実際そうだったらしい。
「そうよ。何度やったって同じだし、もう誰かに代わってもらった方がいいんじゃないの?」
「誰かって、誰によ?」
「シャアラとか?」
「ぷっ。あの筋肉女が踊りなんて踊れると思う?」
うわ! これシャアラが聞いてたらまた怒るぞ?
「じゃマウーナは?」
「お尻大きすぎよ。子供を産むにはいいだろうけど、バランス悪いでしょ」
そんな調子で三人の娘は次々にアーシャの家族の悪口を言い出した。
アーシャの顔が青くなる。
確かにそうだろう。自分の悪口よりも、自分を信頼してくれる人に対する悪口の方が堪える物だ。
ティアはよっぽど出て行ってその娘達を引っぱたこうかと思ったが、アーシャが我慢している以上余計に悪い結果になりそうなのでやめておいた。
だがそのときだった。
「それじゃあの余所者は?」
「余所者って、あのおっぱい魔導師?」
「羽箒を踊らせるのはうまいけどねえ」
「あはははは」
「じゃ、もう一人の方は?」
「もう一人って、ティア?」
「うん」
一人がそう言った瞬間、残りの二人が一瞬黙り込む。
《え? これってもしかしてあたしって……》
だが次の瞬間……
「「「きゃはははははははははははは!」」」
三人は腹を抱えて笑い始めた。
「無理無理。ニワトリが踊った方がまだ可愛いって!」
「大体どこがウエストか分からないし。あれだけはないわ」
「あはははは」
目の前が真っ白になるというのはこのことだ。
気がついたらティアは両脇からミアとアーシャに腕を捕まれて、口を力一杯塞がれていた。
「うういい! いいあえいあい!」
「騒ぎを起こしちゃダメよ!」
ティアがうなずいたのでアーシャが手を離す。
そのときには三人娘は水瓶を抱えて行ってしまった後だった。
ミアが言った。
「ひどいわね。あの子達」
アーシャがうつむきながら答える。
「みんなの事をあんな風に言うなんて……」
「でも実際アーシャの代わりなんて……」
そのときだ。
「ふふふふふふ」
ティアの喉の奥から不吉な笑いがこぼれだした。
「どうしたのよ?」
「あはははははははははははははは!」
「何がおかしいのよ」
目の据わったティアを見てミアがちょっと引き気味に尋ねる。
「ニワトリだ? ウエストが無いって?」
そりゃアーシャとかと比べられたらやや太めということになってしまうかもしれない。
だが、無いわけではないのだ!
そりゃちょっとこちらに来てから太り気味だったとはいえ……
「気にしちゃダメよ。あなたは……とても素敵だと思うわ」
ぐぐぐ―――アーシャの気遣いがとてもとても心に染みる。
ティアはアーシャの両肩に手を置くと、彼女の目を真っ直ぐ見ながら言った。
「ありがとね、アーシャ……でもね、あたしね、もう怒ったから」
アーシャがちょっと慌てた表情になる。
「だめよ。喧嘩なんかしちゃ」
ティアは首を振る。
「喧嘩なんかしないわよ? あいつらやっつけるだけだから」
アーシャがもっと慌てた表情になる。
「やっつけるって、だから喧嘩はだめって!」
「なに言ってるのよ? 勝つのよ⁉」
「え? 勝つ?」
ぽかんとした顔で見つめるアーシャにティアは答えた。
「ヴェガに勝つのに決まってるでしょ? 要するにあの対決に勝てばいいのよ!」
「ええ?」
「ちょっとティア!」
アーシャとミアが同時に驚きの声を挙げる。それからミアが言った。
「あなた、知ってるでしょ。ヴェガのこと……」
「もちろんよ。それでも約束してあげるから! あたしね、アーシャ、あなたを絶対女王様にしてあげるから!」
「え?」
「聞こえなかった? あなたを勝たせてあげるって言ってるのよ」
「勝たせるって、どうやって……」
「あ・た・し・に、任せてって!」
ティアは胸を叩いた。
―――今までよく勢いだけでそう請け合っては結局残念な事になってしまったことも多かったのだが、このときのティアにはちょっとばかり自信があった。
その翌々日の朝、ティアは目の下に隈を作って少々ふらつきながら沼地を目指して歩いていた。
「大丈夫か? ティア」
そんな様子を見て並んで歩いていたシャアラが心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫よ。終わったらちゃんと寝るから」
ちょっと色々考えていて、この二日、ほとんど寝ていないだけだ。
このシャアラともトルンバ村からの仲でアーシャ同様にいろいろ面倒を見てもらっているが、彼女は家族の中では一番腕っ節が強く、猟が得意でいつも美味しい鴨とかを獲ってきてくれる。
今日も彼女は狩りに行く途中で、大きな弓と矢筒を携えている。
「でも大丈夫かな……」
「大丈夫だって! 説明したでしょ?」
「うん。でもなあ……」
さすがのシャアラも少々自信なさげだ。
これが喧嘩沙汰なら彼女が弱気になることなどあり得ないだろうが、今回はまったく畑違いの勝負なのだ。
二人がそうして歩いていると、ふっと視界が開けて沼地に出た。
砂漠の中の沼沢地は非常に貴重なため、ここは渡り鳥の格好の休み場所になっている―――すなわち秋口になると丸々太った鳥たちがたくさん向こうからやってきてくれるわけだ。
少し離れたところに狩り小屋が見えた。
獲物がやってくるのを待つための小屋で、小屋と言っても簡単な枠組みに茅の屋根がかけられただけの、ほとんど雨避けみたいなものだ。
二人が小屋に近づくとそこには既に先客がいた。
「よ! マジャーラ」
シャアラの声に振り返ったのは彼女と同じく若い猟師のようで、脇に弓と矢筒が置いてある。
「あん? 何しに来たのよ?」
マジャーラはちょっと険のある声で言う。それに答えたのはティアだった。
「マジャーラ、お仕事の邪魔するつもりはないんだけど、ちょっとお話、いいかな?」
わざわざティアがこんな所まで来たのは、彼女に会うためだ。
「何の用? あたし忙しいんだけど?」
「うん。えっと、用って言うのはね、一緒に踊って欲しいの」
………………
マジャーラはしばらく絶句すると目を丸くしてティアを見つめた。
「は?」
「一緒に踊って欲しいの。アーシャと、あとシャアラと」
マジャーラは再びじっとティアを見つめて、それから言った。
「あんた、あたしをからかいに来たの?」
「いえ、本気よ? だからシャアラにも来てもらったんだから」
マジャーラは今度はシャアラを見た。
「お前が、踊るって?」
「ああ」
シャアラはうなずいた。
「相手はヴェガなんだろ?」
「ああ」
それを聞いてマジャーラは吐き捨てるように言った。
「馬鹿か?」
「あんだと? もっぺん言ってみろ!」
シャアラがいきなり沸騰する。
「ちょっと! シャアラって!」
ティアは慌てて間に割って入った。
もちろんここには喧嘩に来たのではない。
「あのね、ちょっと話聞いてくれる?」
「………………」
ティアは構わず話し始めた。
「マジャーラも聞いてるでしょ? シャアラがヴェガにひどいこと言われたって話」
「……ああ」
「ぶっちゃけ、マジャーラがあんなこと言われたらどうする?」
「てめえ! 何が言いたいんだ?」
マジャーラもいきなり沸騰した。
その剣幕にティアは内心少々びびったが―――でもこれは間違いない! 彼女も絶対怒っている! ヴェガの言ったことはシャアラを個人的に屈辱したというよりは、猟師という職業その物を屈辱したような物なのだから。
そこでティアはにこっと笑うと尋ねた。
「正直な気持ち、聞きたいんだけど、マジャーラって、ヴェガのこと好き?」
マジャーラの目が一瞬泳いだ。
「……んなこと聞いてどうするよ?」
「嫌いだったらね、一緒にやっつけない?」
「は?」
今度はマジャーラはぽかんと口を開けてティアを見つめた。
「もちろんやっつけるって言っても、殴ったりするんじゃなくて、今度の対決でなんだけど」
マジャーラはまたしばらくぽかんとティアとアーシャを見比べる。
「こいつとかあたしが踊ったらヴェガに勝てるって?」
バカも休み休み言え! といった表情だが―――ティアは真剣な顔でうなずいた。
「うんっ!」
「はい?」
ティアは今度はマジャーラを正面から見ながら言った。
「うん。勝てるから」
マジャーラはティアを指さしてシャアラに言った。
「こいつ……頭おかしくないか?」
それにシャアラが答える。
「あたしも最初そう思ったさ。でもさ、面白いからちょっと聞いてみ?」
そう言ってシャアラはティアの肩をぽんと叩いた。
ティアはマジャーラに微笑みかけると、計画の概要を話し始めた。
「……そういうわけなんで、シャアラとマジャーラが二人いたら完璧なのよ。どうかしら?」
話を聞き終えてもしばらくマジャーラはぽかんとしたままだ。
それからいきなり吹き出すとけらけらと笑い出す。それから彼女は言った。
「確かにな。面白いわ。それ」
よし! どうやらマジャーラはやる気になってくれたようだ!
「で、何だって? 両翼が白の女王と黒の女王なんだって?」
「うん。そんなイメージで行こうかって思ってるんだけど……」
「もちろんあたしが黒の女王だよな?」
「え?」
想定外の質問に一瞬ティアが戸惑っていると、今度はシャアラが突っ込んだ。
「待て。どうしてだ?」
「そりゃあんたとあたしじゃ当然だろう?」
「ふざけるな。この間のか? ありゃインチキだろ?」
「はあ? この期に及んでまだほざくか?」
二人の間にいきなり火花が散る。
「えっと……ちょっと待ってよ。二人とも黒の女王やりたいの? どうして?」
ティアも含めて、たいていの女の子は白の女王の方が好きだと思っていたのだが……
それを聞いてシャアラとマジャーラは同時に答える。
「強いからだ!」
「強いからだ!」
それからまた二人でにらみ合う。
《あははは! 聞いたとおり!》
この二人はいつもこの調子なんだそうで……
「……えっと、ごめんなさい。私には決められないんで、その、二人で決めてもらえる?」
それを聞いてシャアラとマジャーラはまたにらみ合った。
「ま、しょうがないな」
「じゃ、どうやって決めるよ?」
「今日の獲物の数でどうだ?」
「上等だ」
二人はおもむろに背中合わせになると弓と矢の点検を始めた。
「それじゃよろしく。あたしまだ訪ねるところあるから」
「ああ」
ともかく事が収まったようなので、ティアはシャアラ達と分かれると集落の方に戻った。
ティアが戻るとゲートの所でアラーニャが待っていた。手には籠を持っている。
「あ、ティア様!」
「どうだった?」
「うまくいきました」
よし!
「じゃ、行こうか」
「はい」
そこでティアとアラーニャは二人で連れ立って林の奥に入っていった。
「えっと、栗林ってどっちだったっけ?」
「こっちです」
「良く覚えてるわね。林なんてどこも同じみたいに見えるけど」
「一年もいれば分かりませんか?」
「うーん」
などという会話をしていると、向こうの方から歌声が聞こえてきた。
「あ、本当に歌ってますね」
「言ったとおりでしょ? 大体あなたがそうだったのにどうして信じないかな?」
「だって……」
ティアの計画には歌手も必須だった。
そこで最初はアラーニャに歌ってもらおうかとも思ったのだが、彼女にはもっと重要な役割があった。それで歌の上手い娘を捜していたのだ。
すると裁縫仲間のルルーから、リブラというとても歌が上手な娘がいるという話を聞いたのだ。だが彼女は内気なので人前ではあまり歌わないと。
でもそういう娘ほど一人になれば歌う物なのである。そこでこっそりと、今日彼女に一人で栗拾いに出かけてもらうように工作を行ったのだが……
《うわ! いい声!》
アラーニャもいい声だが、このリブラという娘の声はもう素晴らしく透明なきらきらしたソプラノだ。
「いい歌ですね。なんて歌でしょう?」
「さあ……」
二人はしばらく彼女の歌に聴き惚れていた。
《うん。これならOKなんてもんじゃないわ!》
そう確信するとティアはがさがさと林の下生えをかき分けてリブラに近づいて行った。
「誰?」
リブラが驚いて振り返る。
「あ、おどかしちゃったらごめん。あたし。エルセティア。知ってるよね?」
「ええ、まあ。えっと……」
彼女の目が左右に泳ぐ。こうしてみると―――すごく地味な娘だ。ヴェーヌスベルグの女達の間に混ざったら一瞬で居場所が分からなくなってしまいそうだ。
だがそれも今日までだ。
ティアはリブラに向かって手を差し伸べて言った。
「実はね、あなたをスカウトしに来たのよ」
「はいぃ??」
リブラは全く虚を突かれたようで、ぽかんとティアを見つめたまま固まってしまった。
「あなた今歌ってたでしょ? その歌、誰に習ったの?」
リブラはしばらく固まったままだが、いきなりぽっと赤くなる。
もしかして今の歌は彼女のオリジナルなのか? これはますますもって逸材ではないか?
「えっと、その……それじゃ……」
リブラはいきなり逃げだそうとしたが、その前にティアは彼女の手を掴んでいた。
「ちょっと待って。少しだけ話を聞いて!」
「あの……」
ティアはそのまま強引に話し始める。
「実はね、例の対決、聞いてるでしょ? で、アーシャのために手伝ってくれる人、探してるのよ」
「そんな! 私が? 私は踊れません。スタイルだって良くないし……」
ティアは首を振った。
「違うの。歌って欲しいのよ」
「え?」
ティアは近くにあった倒木の上にリブラを座らせると、アラーニャと両側から挟むように腰を下ろした。
「あなた、歌好きでしょ?」
「え? あの……」
「ちょっと聴いてよ」
そこでティアはアラーニャに目配せすると歌い始めた。あのトルンバでやってみせた二重唱だ。
リブラは目を丸くしてそれを聞いている。
歌い終わってからティアは言った。
「ね、ちょっと一緒に歌ってみない? ここなら誰も聞いてないし」
「ええ?」
目を白黒させているリブラには構わず、ティアはまた歌い出した。そしてオブリガートの入りの所でリブラに目配せする。そこから以前アラーニャに教えたように、一節ずつ彼女に教えてあげようと思ったのだ。
ところがリブラは今聴いたばかりなのに完全に旋律を覚えていた。
《うわ!》
ティアはいきなりちゃんと歌い出したリブラに大慌てで合わせる。
リブラは段々気持ちよさそうになって、やがて本気で歌い始める。
歌の終わりの和音が林の中に消えていったところで、リブラははっと我に返ったようだ。
「えっと、あの……」
「ふっふっふ」
そう笑ってティアはいきなりリブラに頬ずりした。
「きゃ!」
「すごいじゃないの? もしかして知ってたの?」
「え? 前お祭りで歌ってたの聴いたから……」
そんなこともあったか? 確かにこちらに来てから数回ほど披露した記憶もあるが、アラーニャのオブリガート旋律は結構込み入っていて覚えにくいのだが……
「で、どうだった?」
「どうって?」
「歌うの、気持ちいいでしょ?」
「………………」
リブラは答えなかったが、彼女の気持ちはその表情が雄弁に物語っている。
ティアは確信して続けた。
「実はね、今度の対決で、歌に合わせてアーシャが踊るんだけど、アラーニャちゃんがね、ちょっと別の仕事があってメインで歌えなくて、こんな上のパート、歌える人探してたのよ」
「歌に合わせて?」
「そう。葦 笛だけよりずっといいと思わない?」
「ええ?」
「ここってね、踊れないとダメみたいなところあるけど、あたし、全然そうじゃないと思うの。それどころか、あなたの歌だけでも、男を一杯引きつけられると思うわ」
「ええ⁉」
「都だったらそうなのよ。パライナってすごく歌の上手い人がいるんだけど、男の取り巻きがものすごくって」
「都って……」
「いや、あなたの歌、ちゃんと習えば都でも通用するかもよ?」
「………………」
リブラはぽうっと考え込んだ。この表情は―――うん。嫌がっている顔ではない。それどころか、都で歌っている自分を想像しようしているのではないだろうか?
《よし! かかった!》
だとすれば……
「ともかく考えてもらえないかな? 今日の晩、みんなでアルスロの集会所に集まるんだけど、そこに来てもらえないかしら?」
「え? ええ……」
リブラは曖昧にうなずいたが、これはもうほぼ間違いはないだろう。
「お邪魔したわね。ありがとう」
「ええ、はい……」
よし! それでは最後の一人だが……
「あ、そうだ。あなたも保母さんだったっけ。もしかしてダウラさんって知ってる?」
ティアはリブラに尋ねた。
「ダウラ? ダウラおばさん?」
「そうそう」
「ダウラおばさんも誘うんですか?」
「うん。ダウラさんって、低くってすごく豊かないい声してるでしょ?」
ティアは以前お祭りで彼女が歌っているのを聞いてすごく印象に残っていたのだ。
それを聞いてリブラははっとしたようにうなずいた。それから彼女は言った。
「トゥフーラにいると思うけど……案内しましょうか?」
「え? 本当?」
そう言ってしまってからリブラは手にした小籠の中を見て小さく「あっ」とつぶやいた。籠には栗はまだ半分くらいしか入っていない。
「あ、それなら手伝ってあげる!」
こういう事もあろうかと、彼女達も籠を持ってきている。ティアとアラーニャはリブラと一緒に栗拾いを始めた。
三人で行えば仕事も捗る。三十分もしないうちに、リブラの籠だけでなくアラーニャの持ってきた籠も栗で一杯になった。あとでアカラにマロングラッセとかを作ってもらったらどうだろう? と思っただけでよだれが出て来るが……
《ふふ! 趣味と実益を兼ねた完璧な作戦だったわ!》
ティア達が栗満載の小籠を携えてリブラに案内されて来た場所は、トゥフーラと呼ばれる一番小さい子供達の集落だ。いわばヴェーヌスベルグの保育園だ。
《うわあ……》
子供達がたくさん駆け回って遊んでいる。当然女の子ばかりだ。ヴェーヌスベルグでは子供は集団で大切に育てられる。
ティア達の姿を見て子供達が寄ってきた。
「わあ! 栗だ! 栗だ!」
拾ったばかりの栗をいきなり食べようとする子がいるので、リブラがその手から栗を取り上げる。
「サリー、だめって。生じゃ食べられないから。あとで焼いてあげる」
「ええ~!」
あはは。相変わらず騒々しい。でも小さい子供達を見ていると心が和むのは何故だろう……
そのときだ。
「リブラ、早かったね」
そういって恰幅の良い中年の婦人が出てきた。ダウラだ。
「彼女達が手伝ってくれて」
リブラがティアとアラーニャを指して言った。
「え? そうなんだ。ありがとう。でもどうして?」
ここでは普通は仕事は分業制になっているので、こんな風に他人の仕事に割り込むことはあまりないのだ。
「あはは、実はちょっと下心がありまして」
「下心?」
ティアが笑いながら答えるが、当然ダウラは訝しげな顔になる。
するとリブラがダウラに話し始めた。
「ダウラおばさん、実は彼女達、あなたにお話があるそうなんです」
「あたしに? 話って?」
「おばさんも聞いたでしょ? あの対決のこと」
「ん、まあ、そりゃね」
「で、彼女達、アーシャを助けてくれる人を探してるそうなんです」
「ああ」
「で、彼女達、おばさんにも出て欲しいそうなんです」
当然ながらダウラは驚いた。
「あたしを? 一体何の冗談だい?」
「それが、歌って欲しいそうなんです」
「え? 歌?」
「はい。それであたしも誘われてて……」
ダウラは目を丸くしてリブラの後ろにいるティアとアラーニャを見つめた。
というか、ティアが説明すべき事を大方リブラが説明してくれてしまったわけだが―――要するに彼女、もうやる気満々なのでは?
ティアは大きくうなずいた。
「そうなんです。ヴェガに勝つにはダウラさんの力が必要なんです。コーラスの低声部が足りなくって。今だとアルマーザだけしかいなくて。でもコーラスって低い声がないと、すごくひょろひょろな感じになるでしょ?」
「コーラスって?」
「コーラスをバックにリブラに歌ってもらって、その前でアーシャ達が踊るんです。素敵だと思いませんか?」
「でも歌うって……」
「聞いたんですけど、別に歌っていけないって決まりはないですよね?」
「ん、まあ……」
ダウラは目を見開いたままティアを見る。それからリブラを見た。
「で、あんた、出る気なのかい?」
「おばさんが来てくれたら……」
リブラのその言葉を聞いてダウラは目を丸くする。
それからしばらくしてにっこりと笑った。
「あは! 何かそりゃ面白そうじゃないか!」
ティアとアラーニャも満面の笑みを浮かべる。
「あ、それじゃ今晩、アルスロの集会所に来てもらえませんか? 詳しいことはそこで」
「ああ。わかった」
「それじゃリブラもお願いね!」
彼女は黙ってうなずいたが、少し頬が上気していた。