禁じられた火遊び
第1章 彼女たちが水着に着替えたら
木立の間を吹き抜ける風が、メイの濡れた体から熱気をぬぐい去っていった。
《うわー、これってマジ気持ちいいかも!》
草原は真夏になっていた。
こんな暑さには、ヴェーヌスベルグ勢はともかく、都やフォレスなどの山国育ちのメンバーはほとんど慣れていなかった。メイは一度それでひどい目に遭ったことがあるのだが……
《だから変に我慢しちゃまずいのよね……》
あのときは本当に死ぬことだってあるんだからと散々説教されたのだが―――というわけで一行はそうなる前に離宮の奥庭で水浴をしようという話になったのだ。
離宮とはかつてレイモンの王族が住んでいた場所で、外部からは完全に遮断されている。ここに至るためにはアキーラ城の王の間を経由するか、もしくは高い塀を乗り越える必要がある。
アキーラ城はかなり無骨な実用的な城塞なのだが、その奥に併設された離宮とその庭園は旧ウィルガ王国の庭師が造園したとのことで、何かもう違った世界に迷い込んだようだ。
中央には大きな池があり、そのまわりを様々な木々や花壇が取り囲んでいる。
その周りを取り囲むようにウィルガ風の丸い屋根をした宮殿が建っていて、その光景はどこから見ても一幅の絵画のようだ。
かつてはその宮殿にレイモン王の妻妾やその子供達が居住していたのだが、今そこにいるのはメルファラ大皇后とその女戦士たちだった。
庭の中央の池は鑑賞するだけでなく、中に入って泳げるようにできている。
メイは泳げないので単に池に浸かって出てきただけだが、木陰で柔らかな草で編まれたカウチに横たわって風に吹かれるというのは大変気分がよい。
《すごく綺麗な水だったけど、どこから引いてるのかなあ?》
アキーラは草原の真ん中にあって、あまり水は豊かではない。だからお風呂も結構貴重だというが―――そんな場所にこんな大きな池を作って、いつでも泳げるように水を浄化してしておくというのはまさに王侯の贅沢なのであった。
この場所を愛でていたのはかつてのレイモン王、マオリだ。
アリオールの話ではマオリ王は正直、王としてはだめだったという。彼は結局王としての決断を何一つできなかった。そのため彼は自身と家族の命を失ってしまったのだと。
王は絵を描くことが好きだったらしく、城にも何点か残されていた。メイも見せてもらったのだが、とても優しい感じの人物画だった。
《この人も王様にさえ生まれなければ、平穏な人生を送れてたのかもしれないのに……》
そう考えると複雑な気分になってしまう。
メイはこれまで散々に王女だの国長だのに生まれついてしまった人たちを見ていたが―――横ではその王女様が同じく木陰でうたた寝をしている。
《この二人ももっと別な立場だったら、普通に結婚して家庭を持てたのかしら?》
ま、尻に敷かれてるところは同じだろうけど……
「きゃーっ! 何すんのよーっ」
リサーンの声だ。
「あはーっ! 油断大敵ーっ!」
シャアラがニヤニヤしながら、くにくに指を動かしているが……
「やったな? このぉ!」
バシャーンと派手な水しぶきが上がる。
その音に寝ていたエルミーラ王女が薄目を開けた。
「あは。またシャアラさんが悪戯してたんじゃないですか?」
「あ、そ」
王女は再び寝てしまった。
《あは。昨日の会議でも遅くなっちゃったし……》
アキーラの解放はまさに道程の一里塚に過ぎなかった。周辺にはまだまだアロザール兵がうろうろしているし、兵力も足りていない。
それに関してはアラン王の方法が分かったため、以前より遙かに急ピッチに解呪は進行中なのだが―――古いやり方で解呪した人との間に、何やら新たな確執が生まれているとか何とか……
《あはははは。ハフラさんの言ってたこと、もうちょっとだけ聞いとけば良かったんだけどなあ……》
まあ、後からなら何とでも言えるわけだが、おかげで“リーブラ様”はちょっと大変なことになっていたようだ。
それはともかく、やるべきことは山のようにあった。
確かに今ではアリオール以下、レイモンの人たちが中心に動き出しているから、彼女たちのすべきことは減った。
だがそれでもフィンや王女が様々な助言を求められる局面は多く、そうなればメイも一緒に出向かなければならない。
《みんなは休めてるんだけどなあ……》
だがこれでも前よりはずいぶんマシになっているのだ。
アキーラ解放後、レイモン軍はその勢いで一気にアロザール軍の背後を衝くべく全力で準備を始めていた。そしてそんな兵士たちの士気を鼓舞するために、メルファラ大皇后とその女戦士たちの面々は各地で引っ張りだこになっていた。
今の彼らにとって彼女たちの応援はなによりの支えになる。
だから彼女たちが現れたときの人々の熱狂は、それはそれは凄まじいものだった。
ところがあの秘密兵器のおかげで動けなくなってからというもの、特にヴェーヌスベルグ勢はこうやって離宮でだらだらする毎日だ。
《分かんないんだから動きようもないんだけど……》
そのため昨今の会議は、いかにして敵の秘密兵器の正体を暴くかということが焦点になっていたわけだが……
《って言われてもねえ……》
会議をしたところで良いアイデアが出るわけではない。だからといって何もしないわけにもいかない。ただ焦燥した時間が無為に過ぎていくだけなのだが……
メイはため息をついた―――そこにまたリサーンの声が聞こえる。
「それじゃ競争しよっか?」
「ん。いいよ」
「よっしゃー」
サフィーナとシャアラがうなずくと、池の向う側にある大きな石の上に三人で立った。
「どこまで?」
「あっちの大きな石の所でどう?」
「OK!」
「ん!」
それからリサーンが手を振る。
「それじゃ、えーっとメイさーん! ゴール見ててもらえます?」
「あー、いいですよー」
メイは立ち上がるとゴールの大石の側に立った。
「いーですよー!」
それを聞いて池の中にいたアーシャが手を挙げた。
「よーい……スタート!」
彼女が手を振り下ろすと同時に、三人が矢のように飛び込んで泳ぎ出す。
《うわあ……速い……》
みんなすごいスピードだ。
足の届かないところではそのままずぶずぶと沈んでしまうメイにとっては、まさに魔法だ。
そして……
「シャアラさん、サフィーナさん……それからリサさん」
メイの言葉にシャアラがガッツポーズをする。
「やたー!」
「むーっ!」
「あー、やっぱあんたら速いわ」
トップはシャアラだったが、サフィーナも僅差だ。リサーンも少し遅れたとはいえ、一身長分程度の差しかない。
《サフィーナって体小さいのに……》
ともかくこのヴェーヌスベルグ娘たちの運動神経というのは半端ではない。まあ、ティア様が選りすぐりを連れてきていることもあるが、中で一番ニブいと言われているアカラでさえも、池の向こうをすいすいと泳いでいる。
《本当に来てくれて良かったわよね……》
彼女たちがいなかったらアキーラ解放計画など文字通りの夢だった。そうなればメイたちは大草原の中をあてどなく逃げ回っていたわけで―――想像するだにゾッとする状況だ。
そんなわけで彼女たちはまさにアキーラ解放の立役者なのだが、一方でその正体をどう説明するかでいろいろ紛糾もしていた。
何しろ彼女たちと交わった男は死んでしまうという呪われた一族だ。
しかもその“女王様”は都から飛空機で拉致されてきた元皇太子妃だとか、一緒にやってきたキール/イルドの変わった体質とかも含めて、もう嘘っぽすぎだったりヤバすぎなのである。
そこで彼女たちは危機に陥った大皇后を救出するために黒の女王のお告げを聞いてやってきた、西方のさすらいの一族云々ということになっていた。
これでも相当に怪しいのだが、まあ完全に間違っているわけでもない。さすらいの一族とは黒の女王の血を引いていると言われているのだ。
また東方の山国フォレスの王女がどうしてこんなところに来ているのか? というのも同様である。
やってきたきっかけがアウラが大皇后の屋敷に乱入して都に呼びつけられたからだとか、押し入った理由があのル・ウーダ・フィナルフィンだったとか、それにはメルフロウ皇太子の死の真相までが関わっていたとか―――これまた公には絶対できない話である。
そこでエルミーラ王女もまた、夢枕に白の女王が立って大皇后の窮状を訴えたから云々ということになっている。
《なんかもうおとぎ話の世界よねえ……》
そもそも白銀の都の大皇后が、敵国だったレイモンを救うために立ち上がったということ自体がそうなのだが……
「あ、みなさーん! 飲み物が来ましたよ!」
アルマーザの声がした。
振り返ると彼女とアラーニャが冷たい飲み物を乗せた盆を持ってやってくる。その後ろからファシアーナ、ニフレディル、それにレイモンの若い侍女も一緒だが……
《ん?》
彼女の眼がまん丸になっている。
よく見ると盆を持ったアラーニャの足が動いておらず、地上十センチメートルくらいの所を浮遊していたのだ。
《あはは。飛行訓練中なのね?》
レイモン人は魔導師に慣れていない。多分彼女もこんな間近で接したのは初めてだろう。ならばああなるのは当然だ。
「おー、やったー!」
「あたしあれ好きなのよね」
娘たちががやがやとやってくる。
それを見たファシアーナが……
「あ、アラーニャちゃんは訓練中だから。みんな、こういうことしちゃダメだよ?」
と、いきなり彼女のお尻を撫でた。
「きゃーっ」
アラーニャは驚いて落下してしまい、手にしていた盆がひっくり返って―――だがその上に乗っていたグラスやポットが空中にピタリと停止すると、一滴もこぼれずに地面に着地した。こんなことができるのは……
「言ってるそばから何ですか!」
ニフレディルがキレ気味だが、ファシアーナは涼しい顔だ。
「いや、だからダメだよってことを分かってもらうためにさ。ほらあ、アラーニャちゃんもこの程度で落っこちてたらダメだよ?」
「あ、はい。すみません」
アラーニャは素直に謝るが、ニフレディルは青筋を立てている。
「だーかーら、今そういうことをしなくてもいいでしょ!」
「だってお前がいたから、ほら、ジュースは大丈夫だったじゃん」
「あのねえ!」
そんな様子を見聞きしていた侍女の目がさらにまん丸になった。
《あははー。色々なんて言うか……》
すごい魔法と、魔法使いたちのこんな所に接してしまうと、何ともいえぬ感慨がわいてくる。
《あはは! ハビタル行ったときはまじビビってたしなあ……》
あのときは一生に一度あるかないかの大冒険! って感じだったのだが、今ではあそこで食べ損なったナマズのサンドイッチが一番心残りだったりして……
「あ、クリンさん、ありがとね」
呆然としていた侍女にアルマーザが空の盆を渡す。クリンと呼ばれた侍女は、慌ててそれを受け取ってペコッとお辞儀をすると、しゅたたたっと駆け去って行った。
「あら、カワイいわね?」
王女がニコニコしながらその後ろ姿を眺めている。
「何だかメイちゃんがまだ初々しかった頃みたい」
あ? じゃ、今は何なんでしょうかね?
メイがじろっとにらむと、王女はにーっと笑い返す。
《ま、どうせろくなこと考えてないんだけど……》
こういうことにいちいち突っ込んでいる暇はないのである。
でもまあ、確かにあの頃に比べたら自分でも何なんだ? と、思わないでもないのだが……
そんな調子でみんなが一休みしていたときだ。
「こんにちわーっ」
「あー、遅くなっちゃった」
やってきたのはアルエッタとルルーだ。手に何やら大きな包みを抱えている。
「やっと終わったんだけど……」
そう言ってルルーは辺りを見回すと首をかしげた。
「あれ? みんなは?」
ヴェーヌスベルグ娘たちが苦笑いする。
「あは、それがあっち行っちゃって」
リサーンが辰星宮の方を目配せした。
池の周りに建つウィルガ風宮殿には“天陽宮”、“水月宮”、“辰星宮”という名がついていて、メルファラ大皇后や大魔法使い達が天陽宮、エルミーラ王女やメイ達が水月宮、ヴェーヌスベルグ勢が辰星宮に滞在していた。
《なんかもうみんな広すぎて……》
解放活動中はみんなで狭い農家に寝泊まりしていたので、広すぎて何だか落ち着かない、などというのはともかく……
「えー? みんな?」
「あはは。無きゃしょうがないからとか言って……」
ルルーの額に縦じわがよる。
「もう、遅くまでエッタさんに手伝ってもらったのに!」
それを聞いたアルエッタがルルーに尋ねた。
「みんなどこ行っちゃったの?」
「あっちなんだけど……」
ルルーが気まずそうに辰星宮の方を指さすが……
「ん? なら持ってってあげようか?」
彼女の親切な申し出に、その場の全員が蒼くなった。
「いえ、そのね……」
ルルーが耳打ちをすると―――途端にアルエッタの顔が真っ赤に染まる。
「あは、あははは。それじゃダメね」
何やら声が裏返っているが……
「んもう、んなことだったら最初から泳いどけば良かった!」
ぷんぷん怒っているルルーにシャアラがグラスを差し出す。
「まあまあ、ルルーちゃん、気を静めて。ほら、おいしいジュースもあるぞー」
「ください!」
もらったジュースをぐっと飲み干すと、ルルーは少々座った目で一同を見回した。
「で、もう水着が合わない人はいませんねっ?」
「大丈夫大丈夫!」
とか言いつつ、おなかのお肉をつまんでいる娘が何人か―――と、この状況にはちょっとばかり説明がいるだろう。
まず、今の私たちは“水着”というものを着用しているのであった。
この水着だが、水に濡れても透けない素材で作られているのだが、それ以外はほぼ下着そのものと言っていい代物だ。ベラの夏服でも最初はかなり抵抗があったものだが、これは遙かにそれを超越しているのである。
メイなどの山育ちの一行にはそもそも水浴という習慣がなく、みんな泳げないし水着というものも知らない―――というか、白き湖で泳いだりしたら湖底の怪物に引き込まれて食べられてしまう、と言われて育っているわけで……
一方ヴェーヌスベルグ勢は砂漠育ちだが、オアシスの湖でみんな泳いでいたので前述の通り泳ぎはうまい。しかし他人の目を気にする必要がなかったので、みんな素っ裸で泳いでいたそうだ。
しかしここはレイモンだ。それではまずいわけで―――そこでドゥーレンやアルエッタが全員の水着を仕立ててくれたのだ。
しかもその際に各自の特徴に合わせて一人一人違ったデザインまでしてくれていた。ドゥーレン工房は王侯貴族相手の仕立屋だったので、それはまさに見事な出来映えだった。
例えばメイが着ているのはフリルのついた可愛いセパレートで、横で寝そべっているエルミーラ王女はお腹がきゅっと締まって見えるワンピース。
その先に寝ているリモンは背中の傷が見えないような独特のカットになっているし、さらにその隣のメルファラ大皇后は、その見事なスタイルを余すところなく見せるべく何やら表面積の狭いセパレートで、腰のあたりに花の飾りがついている。
《まさに合理的よね……こんな暑い所じゃ……》
そんなわけでこうやって見るとみんな普段の二割増しぐらいで綺麗に見えるのだ。
―――それはそうとこの水着なのだが、小さすぎるときついし、大きすぎると泳いでいる最中に脱げてしまったりするらしく、体にぴったりフィットしてなければならない。そこで各自のサイズにきちんと合わせて仕立てないといけないのだが、それに協力したのがルルーだった。
彼女たちがアリオールと合流して以来、ドゥーレンやアイオラなど、元シルヴェストの裏組織の人々とも共に行動していたわけだが、その中にはアルエッタもいた。すると裁縫好きの二人は完全に馬が合ってしまって、最近はずっと一緒で、この水着製作にもルルーが大喜びで参加していたのだ。
そしてこちらではルルーが繕い物を一切取り仕切っていたため、彼女は全員のサイズも熟知していた筈なのだが―――できあがった物を着てみたら、なぜか入らなかったりはみ出したりする娘が続出してしまったのである。
というのも、アキーラ解放のための働いているときは厳しい作業に緊張感も加わって素敵にスレンダーだった方々が、解放後はあのゼーレさんたちの美味しいお食事を毎日腹一杯食べ放題でごろごろしていたわけで―――おかげでルルーとアルエッタはサイズ直しで大忙しだったのだ。
《あは。何だかすご~~~く既視感のあるお話だけど……》
そう思って王女をちらっと見ると……
「うふ。何かしら」
にやっと笑う王女と目が合った。
「あはは。なんでしょうね」
もう、あんな話がそうそうあってもらっちゃ困るわけで……
で、そのお肉がはみ出した人たちが―――具体的にはティア様、マウーナ、マジャーラ、ハフラだが、彼女たちがいま何をしてるかというと『着る服がないならあっち行こ!』と、キール/イルドの所に行ってしまったのである。
もちろんそこで彼女たちが何をしているかは説明も不要だろうが―――アルエッタが真っ赤になったのはそのためだった。
「じゃ、どうしましょう? みんなで見ようと思って持ってきたのに」
アルエッタがポケットから小箱を出してきた。
「あ、新しいの?」
シャアラが尋ねると彼女がうなずいた。
「ええ。この作者、ハビタルの有名な版画家の人なんだって。凄く上手で」
「いいよ。いない奴なんて。見せて見せて!」
そこでアルエッタが小箱を開けて中からカードを取り出して広げると、一同全員がその回りを取り囲んだ。
「おーっ!」
そこには見事な銅版画で彼女たちの勇姿が刷りこまれていた。
レイモンでは大皇后とその女戦士たちの人気は絶頂である。そのため色々なところに呼び出されてお披露目されていたのだが、当然アキーラからあまり離れるわけにはいかない。すると遠隔地の人は彼女たちを見る機会がないわけで、そのためにこんなブロマイドカードが流通していたのだ。
しかし……
《うわー……》
何だかもう美化が甚だしいのだが……
「えっと、これがファラ様なんですが……」
アルエッタが指さすと……
「うわ、とうとう羽が生えちゃった」
「ええ?」
メルファラが驚いたようすでのぞき込むと、確かに肖像の背中から大天使のような輝く翼が生えている。
「まあ……」
描かれた本人も少々当惑している。しかも……
「光の大皇后、ですか?」
肖像の下にはその名が“光の大皇后メルファラ”と字付きで刻み込まれているのだ。
「最近はそれで定着してますが……」
エルミーラ王女が答える。
「ファラ様だったら別におかしくないでしょ?」
「でも……」
メルファラは何か恥ずかしげだ。
《でもこの中じゃ一番美化されてない部類だって思うけどなー……》
なにしろ……
「で、これが“暁の女王エルミーラ”様」
「おーっ」
「まあ、素敵!」
それを見て王女はニコニコしているが―――ま、きりりと引き締まったお顔はよろしいのですが、絶対こんなに細くはないですけど……
それに本当はまだ王女様なのだが、カードの中では既に即位済みである。
「それから“黄昏の女王ティア”様」
………………
…………
「えっと、痩せすぎよねえ」
「うん。それに顔ももっとニヤけてるしねえ……」
いないから散々な言われようだ。
ちなみに彼女は本名だと色々差し障りがあるので、このように“ティア様”が正式名称となっている。
「続いて“女戦士のメイ書記官”」
あー、また書記官になってるではないか―――などと思っていたら……
「きゃー、カワイい!」
「これだったら羽を生やして妖精みたいにした方が良くない?」
「あ、今度の謁見ドレスそんなのにしてもらう?」
「え? そんな薄絹はあるけど……羽の形を保つのってどうすればいいのかしら……」
ルルーが真顔で首をひねり始めるが……
「やめてくらさい!」
謁見相手にインパクトを与えるため、活動の初期から何やら妖しいデザインのドレスを着せられていたのだが、すぐ悪乗りするところはルルーもやはりヴェーヌスベルグ娘で、どんどんどんどん派手になっていったのだ。
《もう、マジ恥ずかしかったんだから……》
などと思っている間にも、アルエッタは紹介を続ける。
「続いて魔法使いの人たちで……“紅蓮のファシアーナ”と“審判師ニフレディル”」
この二人は威厳のある魔導師のローブ姿なのだが……
「あらまあ」
「あっははは」
見ていたお二人がちょっと苦笑する―――どう見てもかつての“魔法少女”だった頃のお姿なんじゃないでしょうか? これって……
「それから“土蜘蛛のアラーニャ”」
途端にアルマーザが突っ込む。
「あーっ、アラーニャちゃんのおっぱい、こんなに大きくありませんよ?」
だがしかし、巷では彼女はものすごい巨乳というのが定説になっているのであった。その理由は説明も不要だと思うが……
そのときメルファラの横にいたパミーナがぽそっと言った。
「でも土蜘蛛なんて……そんな字でいいの?」
それはメイもそこはかとなく感じていたのだが―――アラーニャは不思議そうに答える。
「え? どうしてですか? もふもふしてカワイいのに」
それにはパミーナだけでなくメイ達も驚いた。その様子を見てシャアラが言った。
「あー、ほら、こっちじゃあれってサソリを食べてくれたりして、いい奴なんだけど?」
「そうそう。あの子が家から出て行くと不幸が訪れるって言われてるし」
アーシャも付け加える。
「え? そうなの?」
所変われば感性もいろいろ変わるのであった。
「そして……“白き魔法のフィーネ”」
………………
…………
……
全員が大爆笑する。
「ぷはーっ。これっていつ見ても笑えますねえ」
「ほんとに……可哀想だからノーコメントよ」
フィーネさん―――今ではリーブラ様は、本当はあまり表に出すべきじゃないのだが、ベラトリキスの四大魔導師の一角になってしまった関係で、こうして出さないわけにはいかないのだ。
どうしても出なければならなかったお披露目のときにはアルエッタに代役をしてもらったのだが、今後どうするかはこれも頭が痛いところなのである。
「で、今度はこの二人、“イワツバメのリサーン”と“アオバズクのハフラ”」
「よっしゃー! 決まった!」
リサーンがガッツポーズをする。
「あー? これってちょっと美化しすぎでしょ?」
「いや、でもそれならハフラの方が」
「ん、まあそうだけど……」
この二人は“小鳥組”の小隊長として知られていた。例のスズメガの話から彼女たちのチームがスズメ組とヒバリ組と呼ばれるようになっていたためだ。
またアキーラ突入時、南門と西門の潜入作戦の指揮をとったりもしたため、特に兵士の間では知名度が高かった。
「このハフラさんがアオバズクっていうのは?」
パミーナの問いにまたリサーンがニヤニヤしながら答える。
「いや、あの子ねえ、夜の猛禽と言われてて……」
「夜の? 猛禽⁉」
「ふふっ。すごく激しいのよ? だいたいイルドをまともに相手にできる子なんてそうはいないんだから……」
「まあ……あのハフラさんが?」
エルミーラ王女が意外そうに尋ねる。
「うん。他にはティア様とマウーナと、あとアカラもね」
「なによぉ? いきなり!」
アカラはそうは言いつつ―――否定しないのか……
「でもどうしてそんなこと、みんな知ってるのかしら?」
それを聞いたメイとリサーンが顔を見合わせて苦笑する。
《あはは。いろいろ喋っちゃったからなあ……主にリサさんが、だけど……》
彼女たちは解放前にアキーラに潜入して下準備をしてきたのだが、そうするといろんな人々からベラトリキスってどんな人達? と尋ねられるわけである。そこで緊張をほぐすためにも少しばかり脚色しつつみんなのことを話していたわけだが―――それが巡り巡ってこういうことになっているわけである。
「さてー、どれどれ、次は四大剣士様かあ」
リサーンがわざとらしく続ける。
「えっとー、“旋風のアウラ”、“暴風のリモン”と」
「んと……」
リモンが恥ずかしそうだが、でもわりと合ってると思います。彼女の戦い方を実際に目にしたらまさにその通りだし、しかもキリリとしててすごくカッコいいし……
「えっとそういえば今日はアウラ様は?」
アルエッタが辺りを見回して尋ねた。
「あ、リーブラ様と一緒よ」
「あ! なるほどっ!」
彼女はとても納得したようにうなずいた。あの二人も今日は一緒にお休みなのだ。
《なんかもう、本当に嬉しそうだったし……》
聞けば本当に二年ぶりなんだとか―――ま、今日はゆっくりご休息してください。
「で、こっちが“白虎のシャアラ”に“猛牛のマジャーラ”」
二人ともヴェーヌスベルグ風の細身の長剣を構えた姿だが……
「おーっ、強そうだな」
なんか片手でドラゴンでも一ひねりしそうな、すごいガタイになっているのだが―――彼女は気に入っているようだ。
「それから今度は~、“白鳩のアーシャ”に“羚羊のマウーナ”」
アーシャは細身の長剣を、マウーナはキリリと弓を構えている。
「アーシャって鳩ってイメージなのかなあ?」
アカラがぽつっとつぶやいた。確かに丸っこい鳩という感じではないのだが―――それを聞いてアルエッタがちょっと赤い顔で答える。
「いえね、こちらじゃ“白鳩のような胸”って言い回しがあってね……」
「……ってことは羚羊は?」
「うん。お尻」
「きゃはははは」
そう。この二人は小鳥組でも戦っていたのだが、もちろん遙かにこちらの方で有名である。
なにしろ子供達の間であの“しずくの歌”が大流行なんだそうで―――情操教育的に問題は無いのだろうか?
「そしてこの子が“黒猫のサフィーナ”」
短剣を帯びて身をかがめ、今にも相手に襲いかかりそうなポーズだ。
「あはは。まさに猫ーっ!」
「ちっちゃくてかわいくって、時々さかりがついちゃったりして」
「むー!」
じろっとサフィーナが睨むが、少なくとも現物より胸が大きいせいか、まんざらでもなさそうだ。
《さかりって……そうなんだ……》
彼女とはわりと一緒にいるのだが、あまりそんな風には感じなかったのだが……
「で、“川獺のアルマーザ”」
………………
「いつも思うんですけど、なんで私がカワウソなんですか?」
「さあ……」
「でも何となくそんな感じじゃない?」
「そうなんですか?」
この人はなんと言っていいのだろう? 何か飛び抜けた感じではないのだが、実は何をやらせてもそれなりにこなせる、かなり頼りになる人なのだ。
剣でも弓でも使えるからスズメ組やヒバリ組に空きができたら入ってもらってたし、料理もできるから随分手伝ってもらったし、裁縫もできるし、歌も上手だし、踊りも踊れるし、本なんかもわりとすらすら読めるし……
「カワウソってほら、綺麗な動物なんですよ?」
「ありがとうね、アラーニャちゃん……大好きっ!」
「ちょっと! いやーん」
こういう所がなければむしろ完璧超人なのだが……
「それから今度はこの方たちで……“牝鹿のパミーナ”さん!」
「まあ……」
パミーナがちょっと赤くなる。
「おーっ」
「わー、優しそう!」
彼女は戦いはできないので、みんなの身の回りの世話を一手に引き受けていた。そのためだろうか、まさに聖母といった姿なのだが……
「でもちょっと太ってる?」
本物のパミーナさんはファラ様同様の素晴らしいスタイルなのに―――今も大皇后とお揃いの水着がきっちり似合ってるし……
「それから“ヒメウズラのアカラ”」
「きゃーっ! カワイい!」
「あはは。何か本人が食べられちゃいそう!」
「もう、ここまで丸くないと思うけど」
彼女も戦いは不得手な方なので、メイやパミーナと共に主に料理を担当していた。もちろん二十数名分の毎日の食卓だ。大変な仕事だったのは間違いないわけで……
「そして“シマエナガのルルー”」
「あはは! これもカワイいっ!」
「シマエナガってどんな鳥なの?」
アカラの問いにルルーがニコニコしながら答える。
「すごーく小っちゃくて可愛いのよ? それに蜘蛛の巣を編んで巣を作るんだって」
だがその鳥はまん丸だというのに、彼女はむしろほっそりとしているのだが―――彼女たち非戦闘員は他とあまり接触することがなかったので、イメージ先行の姿になっていた。
その彼女の担当は洗濯や繕い物だったのだが、これまた大変な作業だった。
何しろ外回りから帰ってきた連中の服は、泥汚れならまだしも、返り血を浴びていたりあちこちが破れたり切り裂かれていたりしている。
その上、状況によってはいろんな服を新調しなければならないことも多かった。そんな場合にまさに彼女が大車輪で働いてくれたのだ。
《今回の水着もそうだけど……》
しかし彼女は裁縫が大好きで、そういうのが全く苦にならないらしい。
「そして最後に“女戦士の忠犬メローネ”!」
「おーっ!」
そう。彼女のおかげでみんな夜にぐっすり寝られたのだ。本当に感謝しているわけで……
「そういえばネイ君は結局?」
ファシアーナがメイに尋ねる。
「はい。リエカさんのところで引き取ってもらえることに。メローネと一緒に」
「そっか」
彼と、そしてキール/イルドも間違いなくベラトリキスの一員なのだが、この二人は色々と差し障りがあるので存在を秘密にされてしまったのだ。
《凄く役に立ってくれたんだけどなあ……》
ネイはメローネの世話とみんなのマスコットとして。本物の子供がいるというのは何だかとても心が和むのである。
そしてキールはなかなか冷静な物の見方ができるので会議ではいろいろ重要な意見を出してくれてたし、イルドだって……
《あはは。毎日お風呂に入れたし……》
それにやはりヴェーヌスベルグ娘達にとってはエルセティアと共にキール/イルドが心の支えだったのだ。
―――そんなこんなでブロマイド鑑賞が一段落したところで、ファシアーナがアラーニャに言った。
「さて、じゃあ続きやってみようかー」
「はいっ!」
アラーニャが元気に返事する。
「じゃ、今度は人と一緒に飛んでみよう。アルマちゃん、一緒に飛んでやんな」
「え? いいですけど」
「それじゃ、ほらアラーニャ、こいつを抱き上げて」
「え? こうですか?」
アラーニャがふわっとアルマーザを持ち上げる。物を動かす魔法は昔から得意なので、今ではこのようにごく自然にできるようになっている。
「そうそう、それから足を持って……」
「足? こうですか?」
「うんうん」
あー? これって……
アルマーザも不思議そうに尋ねる。
「あのー、どうしてお姫さまだっこなんです?」
彼女はアラーニャより体が大きいので、なにやら妙なバランスだが……
「最初はこれが一番いいんだよ。ほら、行ってみ!」
そこでアラーニャは池の上に飛び出した―――のだが……
「きゃっ!」
ばしゃーん!
いきなり池の中に落下してしまった。
「おい、お前何やってるんだよ!」
「いや、おっぱいがそこにあったからつい……」
「あのなあ……」
どうやらアルマーザにむにむにされたらしい。
「アルマーザったらどれだけアラーニャちゃんのおっぱいが好きなのかしら」
アーシャが呆れたようにつぶやく。
確かにこれだけ数あるおっぱいの中で、どうして彼女の物にこれほどこだわっているのかは永遠の謎、なのかもしれないが―――と、そのときリサーンが言った。
「おっぱいと言えばさあ、サフィーナ、フィンさんはどうなったの?」
「あ? 何の関係があるのよ!」
「いや、おっぱいって大きさじゃないのよねって思ったらさ」
「だから何の関係があるのよっ!」
それを聞いてシャアラもニヤニヤしながら尋ねる。
「あんたってまだフィンさん一筋?」
「え? あ、うん……」
サフィーナが赤くなってうなずいた。
彼女がフィンに恋しているという話はもう公然の秘密であった。だから特にリサーンなどのお節介な連中が、取り持ってあげようか~? と何度も尋ねていたのだが、言うときになったら自分で言うからと本人が答えるので、みんな温か~く見守っているのだが……
《もうずいぶん読めるようになってるんだけどなあ……》
サフィーナの勉強にはあれからずっと付き合っているが、今では普通の小説くらいならほぼ問題なく読めるようになっている。リサーンが彼女は地頭はいいと言っていたが、確かにすごい進歩だ。
《そろそろレイシアンの歌とか……はまだちょっと無理かなあ……》
あれはすごくおもしろいのだが、文体が少し古くって―――などと考えていたときだ。
「え? え? サフィーナさん、フィンさんのこと好きなの?」
アルエッタが驚いたようにサフィーナに尋ねた。
「え? あ、うん……」
ああ、そういえば彼女は知らなかったか……
「フィンさんにはアウラさんがいるのに?」
アルエッタがまた不思議そうに尋ねる。
《あ、確かに普通はそう思うわよね……》
それを聞いたシャアラがちっちっちと指を振る。
「ふふっ。アウラ様はねえ、フィンさんがいいならいいって言ってるのよ」
「そうなの?」
「うん。あたしちゃんと聞いたもん ですよね? シアナ様」
「え? うんうん。確かにそう言ってたね」
ディロス駐屯地の襲撃のときに、何やらそんな会話があったらしい。
アルエッタは一瞬びっくりしていたが、今度は目が輝き出す。
それからサフィーナににじり寄る。
「へええ……じゃ、デートとかした? もう」
「え? いや、その……」
「だったらいい場所知ってるわよ」
「いい場所?」
「うん。城壁の上なんだけど」
「城壁?」
アキーラは城塞都市で全体が城壁で囲まれているのだが……
「うん。そこのね、東の見張り台なんだけど、そこから見える朝日がものすごく綺麗でね、陽が昇る瞬間にそこでキスしたら、一生幸せに暮らせるんだって」
「えええ?」
「“誓いの見張り台”って言われてるのよ?」
あの城壁には以前登ったことがあるが、確かに景色は素晴らしかった。
アキーラの周辺はなだらかな平原が広がっていて、その彼方から日の出は確かに壮麗だろうが……
「へえ、そんな場所があったんだ」
「サフィーナ、いいじゃない。もう今度誘っちゃいなよ」
シャアラやリサーンが煽るが……
「でも一生幸せに暮らすってことは、フィンさんとアウラ様と三人で?」
「え?」
ぽそっとしたルルーの突っ込みにリサーンは腕組みしてちょっと考え込むと……
「ま、とりあえず一晩の思い出でもいいじゃない それで子供でもできちゃえば……」
とそこまで言って、あっと口ごもる。
他のみんなも同様だ。
こちらの呪いに関しては相変わらず未解決だったことを思い出したのだ。
「あー……それじゃやっぱりサフィーナとフィンさんは無理なんじゃ?」
「あのときならともかく、今じゃさすがにねえ……」
一同がっくりと頭をたれる。
そこでアーシャがニフレディルに尋ねるが……
「あれって、アロザールの呪いと同じようなものではなかったんですか? 前そんなことを言ってましたよね?」
彼女は首を振った。
「そんな可能性があるかもというだけで、証拠は何もないんです。間違えていたら相手は死んでしまうわけですから」
「そうよねえ……」
あたりにどよーんとした重たい空気が垂れ込めた。
《あー、こりゃまずいなあ、話題を変えた方が……》
そう思った瞬間だ。リサーンと目が合った。
「それはそうと、メイさんは恋人いないんですかあ?」
いや、話題を変えるのはいいけど、やめて、それだけは聞くのやめてー!
「あははははっ。今はいませんけどっ!」
「じゃ、昔はいたとか?」
「それに関してはノーコメントですっ!」
あたしのファーストキスの相手はぺぺちゃんなんだからねっ!
そこにアカラがぽそっとつぶやく。
「でもー、それこそメイさんならフィンさんとお似合いなんじゃ?」
メイは突っ伏しそうになった。
「いきなりなんですかー!」
「だっていつも楽しそうにお話ししてるじゃないですか」
「いや、あれはいろいろ打ち合わせをやってるんですよ?」
「じゃあ全然好きじゃないんですか?」
この子も素直~に答えにくいことを聞いてくるのである。
「いや、ほら、尊敬はしてるんですよ? フィンさんがいなかったら私たちどうなってたか分からないわけですから。みんなそうでしょ?」
「ええ、まあそうよねえ」
娘達がうなずく。と、そこでリサーンが尋ねた。
「そういえば王女様おっしゃってませんでした? うまくいったらみんなでフィンさんに素敵なお礼を差し上げるって」
エルミーラ王女の顔に何やら腹黒そうな笑みが浮かぶ。
「あらまあ、そういえば。ふふっ……」
それから王女はちらっとメルファラの方を見た。それに気づいて彼女が赤くなる。
「ちょっと、ミーラ様……」
「でもリーブラ様がもしあのときの約束を果たせと言ってきたなら……約束を破るわけにはいきませんし……」
と、そこにリサーンが尋ねる。
「もしかして王女様もフィンさんを狙ってるとか?」
「ふふっ。私は役に立つお方なら男だって女だって……なんならメイちゃん?」
「いやいやいや、ご冗談を。あはははは」
だんだん何が何やら分からない話になりつつあるが……
―――そう言えば、もうかなりどうでもいい気分なのだが、王女の結婚問題もまだ未解決なのであった。そしてその候補には未だにフィンが入っていたりするわけで……
《あ、でももう都とベラの調停云々って話でもないから、フィンさんじゃなくてもいいのかな?》
それにもし今ここで王女の婿候補を募集したら世界中から志願者が集まってしまいそうなのだが……
《あははは、それはそれで大変なことになりそう……》
いや、もう何もかもが懐かしい―――などと思っていると……
「やーん」
ばしゃーん。
………………
「シアナ様~、抱っこって全然危ないじゃないですかー」
アルマーザだ。見ると二人とももう頭までずぶ濡れなのだが……
「ああ? そりゃおまえが触りまくるからだろ? 触らずにいられないのか?」
「そんな無茶な~」
無茶―――なのか⁇
ファシアーナも苦笑している。と、そこでアルマーザがぽんと手を打った。
「あ、それじゃこう、手をつないでってのはどうなんです? シアナ様とかはいつもこうやって飛ぶじゃないですか」
「えっ?」
「それにこれなら誘惑に負けずにすみますよ?」
アルマーザは真顔だが―――それを見たファシアーナがにやっと笑った。
「あー、ふふっ。じゃ、やってみる?」
何やら不穏な笑みだが……
「じゃ、ほらアラーニャちゃん」
そこで彼女たちは手をつなぐとふわっと浮き上がった。それからヒューンと前に飛び始める。
「ほらー、大丈夫じゃないですか!」
アルマーザが勝ち誇って叫ぶが……
「よっしゃ。じゃ、こっち戻って来い」
「はい」
そう答えてアラーニャが方向転換した瞬間だ。
「ひゃーっ!」
そんな悲鳴と共にアルマーザがすぽーんとそのまま飛んでいってしまったのだ。
「あーっはっは。こっちの方がむしろ難しいんだよ。だから最初は抱っこが一番安全なんだって」
「きゃああ! アルマーザ!」
何だかずいぶん勢いよく対岸の茂みに突っ込んでいったが……
………………
…………
あ? もしかして死んだ?―――みんながそう思った瞬間だ。
「ちょっとあなた、そんなところで何してるんですか!」
アルマーザの叫び声だ。それに続いて……
「いや、違う! 違うんだ!」
「何が違うんですか!」
これって―――男の声なのだが……
《男?》
一同が顔を見合わせる。
「もしかして……ノゾキですか?」
メイとかはともかく、今のメルファラ大皇后のお姿は……
慌ててパミーナが彼女にガウンを着せる。
いつの間にかリモンが薙刀を手にしている。
「ファラ様をノゾこうとか……命知らずな奴だな」
ファシアーナの手の上には炎の玉が出ている。
「あー! 逃げましたよ!」
「待て、こらあ!」
シャアラとリモンが猛虎のように突進していく。
「あたし達はこっちを塞ぐわよ!」
リサーンとサフィーナが男の進路に回り込んでいく。
アーシャとアカラ、ルルーもメルファラ大皇后やエルミーラ王女を守るべく、位置について構えている。
こういうときはまさに女戦士。しかもこの奥庭は外界から遮断されているということは、ノゾキ男はまさに袋の鼠であって―――すぐに庭園の隅に追い詰められてリモンの薙刀がその喉元に突きつけられていた。
「ち、違うんだ! だから!」
「何が違うってのさ? ファラ様をノゾこうとか、そんな死にたいわけ?」
まあ彼女たちが許してもレイモン中の男が許さないだろうが……
「違う。大皇后様じゃない。マウーナを、マウーナを探しに来ただけで……」
………………
…………
マウーナ?
一同は呆気にとられた。
まあ確かに彼女も羚羊のマウーナだ。レイモン中の男の間で人気沸騰中なのは間違いないのだが……
マウーナはご機嫌ななめだった。
「はあぁ? 何なの? いったい……次、あたしの番だったのに!」
あはは。お気持ちは十分にお察ししますが……
「あの、実はちょっとですね、この方がマウーナさんに会いたいって言うので」
メイの言葉にマウーナはそのノゾキ男をじろっと見るが……
「あ? 誰? この人?」
男が蒼くなる。
「そんな! マウーナぁ!」
「いや、実はそのですね、このカサドールという方がですね、カナパの村であなたと一夜を過ごしたと、そう供述なさっているのですが……」
「カナパ?」
マウーナは首をかしげる。
「ほら、ディロス駐屯地を落とした後、最初に行った村ですよ」
「あ、あそこか……って……え?」
「もちろん嘘ですよねえ、そんなの」
あれからもう三ヶ月以上は経っている。だとしたらそんな男が生きていたとしても、こんなにピンピンとしてノゾキを働けるわけがない―――のだが……
「………………」
マウーナは目を丸くして男を見つめている。
「あの……マウーナさん?」
「えっと……あの晩?」
「そうだよ! 僕だよ!」
それを聞いていた娘達がいっせいに突っ込んだ。
「えーっ! あんたそんなことしてたの?」
「手は出さないって約束だったじゃないのぉ!」
「一人でずるーい!」
そっちの突っ込みですか? というのはともかく……
「いや、でもそれだったらおかしいじゃないですか! この人がこんなに元気なの……」
メイの言葉にみんな正気に戻る。
それからアーシャが言った。
「マウーナ、本当にこの人なの?」
「えっと……」
マウーナは首をかしげている。
「分からないの?」
「だって暗かったし、あの人ひげもじゃだったし……」
あはははは!
カサドールは綺麗に散髪してひげも剃っていた。まあ彼女を探してやってきたというのなら、当然の身だしなみだったとは言えるが……
そこに、彼女と一緒にやってきたハフラが言った。
「もしかして……実はその夜に一緒だったのはこの人の兄弟とか親友で、いまわの際に『マウーナを頼む』って頼まれたとか……」
何でいきなりそんなややこしいことを考えつくんだろう……
「違いますぅ!」
そこでリサーンが言った。
「ってかハフラ。カナパで解呪した人のリスト、あるんじゃないの?」
彼女が解呪関係の詳細な記録をとっていたのだが……
「あれは今、学者さんとかに貸し出してて、今は手元にないの」
「ということはマウーナが思い出さなきゃ、この人がこう主張してるだけってことで?」
リサーンの言葉にニフレディルがうなずいた。
「そうなりますね」
「そんなぁ! 嘘じゃありません!」
男はもう涙目なのだが……
「だったらもうリディール様が見ちゃったら?」
だが彼女は首を振る。
「それには正式な手続きがいるので、今すぐにはできませんよ」
まあこれは実際仕方ないことである。
と、そのときだ。マウーナがカサドールに言った。
「じゃちょっとあんた、脱いでみてよ」
「あ?」
男の目が丸くなる。
「あそこ暗かったからさ、でもほら、そこなら間近で見てたし」
と、男の股間を指さした。途端に男が赤くなる。
「えと……ここでですか?」
「いーじゃないの! 減るもんじゃなし!」
さすがにここは突っ込んでおかなければ……
「ちょっとちょっと、マウーナさん! ほら、ファラ様とかもいるし」
うちの王女様ならあまりお気にはなさらないと思いますが……
「あー、しょうがないわねえ、じゃ、ちょっとこっちに来て!」
マウーナは男を近くの茂みに連れ込んだのだが……
『なに縮こまってるのよ、これじゃ分からないじゃない!』
あはは、いくら美人に囲まれてもこの状態じゃ……
『いや、でも』
『ほら、貸してみて……』
『あっ、ああっ……』
………………
…………
……
『あーっ! やっぱあのときの?』
『お、思い出してくれたか?』
『うんうん。この反り形、確かにあのとき……』
………………
…………
「「「「「えーっ!」」」」」
そこにいた全員が驚愕した。
「まあ、そんなに一人一人違うものなのですか?」
などと驚いているお方もいらっしゃいますが―――ともかくこれには驚かざるを得なかった。
「ということは、本当にアロザールの呪いとこれって関係あるってこと?」
リサーンがニフレディルに尋ねる。
「これが事実ならばそういうことになりますが……」
それから今度はリサーンが全員に向かって尋ねる。
「他にやっちゃったーって子は? 正直に手を挙げなさい!」
だがさすがに全員が首を振る。
それを見てニフレディルが言った。
「だとすれば命知らずな人を集めてみても……いいかもしれませんね」
………………
…………
「「「「「おーっ!」」」」」
ヴェーヌスベルグ娘達が歓声を上げた。
彼女たちの呪いとアロザールの呪いの関係が示唆されたとき、そのためなら死んでもいいとか言う男ならいくらでもいそうだから試してみようか? という話も出たのだが―――さすがに却下されていた。
と、そのときエルミーラ王女がつぶやいた。
「だとしたらマウーナさん、もしかして太ったっていうのは……」
………………
…………
……
「えーっ⁉」
全員の視線がマウーナに集まる。
「ちょっと! お医者さんに見てもらいなさいよ!」
「う、うん……」
そして……
《あー、一生涯に二度もこんな話に出くわすとは思わなかったわ……》
王女の疑念ははまさにドンピシャだった。
「三ヶ月ですね。間違いありませんよ」
急遽呼ばれた御殿医がそう診断した。
「でも、気持ち悪いとかなかったし……」
「つわりには個人差がありますから。出ない方もいるんですよ」
呆然としているマウーナに、娘達がだきついた。
「やったじゃないの! マウーナ!」
「もう、この裏切り者ーっ!」
彼女たちが喜ぶのも無理はないが……
《もしかして……これで色々問題解決とか?》
そんな考えがその場のすべての者の頭に浮かんだようだ。
「ってことは……あたしたちもフィンさんにしてもらったら、呪いが解けるのかしら?」
「別にフィンさんじゃなくても、呪いが解けた人だったら誰でも良かったでしょ?」
「あーっ! じゃあもうよりどりみどり?」
「え? きゃーっ!……でも、ちょっと待って? どっち側で? 後ろじゃないとダメなのかしら?」
………………
…………
「マウーナ! あんたいったいどっちでやったの?」
「ふ、普通に決まってるでしょ!」
などと盛り上がっているところですが、ここは言っておかなければならない気がするわけで……
「いやいや、みなさん。アラン様の解呪方法をお忘れですか?」
………………
…………
……
「あっ……」
「ちぇっ」
「はあ……」
どうしてがっかりしてるんでしょうねえ。あははは。
「でもそれなら……」
リサーンがいきなりサフィーナのお尻をなでた。
「きゃん、何すんのよ!」
「せっかくだから、あんただけはフィンさんに解呪してもらったら?」
「え? あ……」
それを聞いた他の連中も……
「それいい!『お願い! 私の呪いを解いて!』とか言って迫ったら絶対よ!」
「え? え?」
サフィーナは目を白黒させているが……
《あははは。すごい殺し文句だとは思うけど……》
少なくとも一つ確実なのは―――ヴェーヌスベルグの運命が今、変わったということであった。
―――その頃、同じように水着が入らなかったティアはお医者様にダイエットしなさいと言われていた。