第3章 失われた服を求めて
その翌日、一行はロータに向かう街道をのんびりと走っていた。
《あー……これが本当のドライブならいいのになあ……》
今日もその思いが頭から離れない。
なんだかもう気持ちよすぎる日なのだが―――しかし旅の目的を考えてしまうとやはり平穏ではいられない。
彼女たちは来たるべき戦いに備えて数十騎の護衛兵士たちに囲まれて疎開先に移動している最中なのだ。
それに昨晩、ついにバシリカにいたアロザール軍が北に向かって動き出したという報告も入ってきたのだ。
《確か普通に行けばアキーラまで二週間ちょっとだっけ?》
前述の通り、軍の移動とは時間がかかるから障害がなくともその程度はかかる。
また少数だが南方にはレイモンの守備隊が配置してあって、いろいろと相手の行軍の邪魔をすることになっているので、もう少しは時間がかかるだろう。
そうすればメリスに向かった主力部隊が行って戻ってくることも可能なわけで―――そんなことを考えていると……
「あはは。そういえばこの辺だったわよね。信号弾届けたの」
今日も外を走っているリサーンが前方の丘を指さした。
「ほら、あそこから飛んでって。五分くらいの所にあんたたち走ってたのよ」
そう言って併走していたサフィーナに笑いかける。
「暑かったんだからね!」
その話はもう何度も聞いたが―――コルヌー平原の大勝利のきっかけはまさにサフィーナとフィンの愛の逃避行作戦だったのだ。
「だってしょうがないじゃないの。サインくれって言い出したのはあいつなんだし」
「でもマンガまで描かなくたっていいじゃないのよ」
「知らないわよ。アルマーザが勝手にやったんだし」
「あいつ本当にすぐ調子に乗るよなあ」
同じく近くを走っていたマジャーラが言った。
「そうそう」
そのアルマーザは今日も大皇様の馬車に同乗しているが……
「でもあんなんでよく役に立ったよなあ」
「そうよねえ。最初聞いたときは、はあ? って感じだったし」
そうなのだ。二人が命からがら戻ってきて結果を報告したときは、もうほとんどお葬式のようだった。
何しろ分かったことと言えば敵の秘密兵器とは何らかの物体で、九月半ばに船で運んでくるということだけだったのだ。
メイたちにとっては彼らが無事生還できたことを喜ぶしかなかったのだが―――ところがともかくその情報を元に大河アルバの河畔を見張っていたら秘密兵器を運ぶ船団を発見できて、そのスケッチを持ってくることができたのだ。
《あれ見たときは本当に驚いたけど……》
まさかメイも見たことのある機甲馬だったとは……
《最後まで諦めたらダメなのよね……》
そのおかげでサフィーナとフィンの命がけの大冒険が無駄にならずに済んだのだ
《でも、この小さな体にどうしてあんなパワーが?》
前を行く彼女の後ろ姿を眺めながらいつも思う。彼女はメイよりもちょっと大きいだけなのに……
そんなことを考えているとマジャーラが尋ねてきた。
「んで、まだまっすぐ行くのか?」
メイはうなずいた。
「あー、はい。もうしばらくは」
この旅の目的地は極秘なので最低限の者しか知らないのだ。そのため一般兵士などはもちろん、VIPのメンバーであっても知らない方が多いのである。
「ってことは、今晩泊まるのはあの宿か?」
「え?」
「あー、この前の作戦のときに泊まった?」
「あー、多分そうですね」
メイが答えるとマジャーラが嬉しそうに笑う。
「結構いい宿だったんだよな」
「まあ、領内ならば大丈夫ですよ」
レイモン王国の中ならばこうやってVIPならば宿屋に泊まることもできる。しかしその先になってしまうとそんな保証もできなくなってしまうわけで―――まあ、そのための準備もしてはいるのだが……
そんな話をしながらのんびりと馬車を走らせていくと、やがて前方に小高い丘が見えてきた。
「あ、あの先じゃなかったっけ? あの宿」
「あの上から見えたよね」
そこでリサーンとマジャーラは先行して行ってしまった。
《あー、そういうのあんまり良くないんだけど……》
一応彼女たちは行軍中なので勝手な行動は慎むべきなのだが―――ところが二人は丘の上に到達すると驚いたように立ち止まって、下を指さして何か話し始めた。
「あれ? どうしたんでしょう?」
それを見て手綱を握るクリンが首をかしげる。
「さあ、行ってみれば分かるんじゃない?」
そしてハミングバードが二人に追いつくと……
「えええええ⁉」
同じくクリンも目を丸くした。
丘の上からは広い草原を眺めることができたのだが、そこは何故か大量の騎馬兵で埋め尽くされていたのだ。
「何なんだ? あいつら……」
「あー、レイモンの騎馬軍団なんじゃないですか?」
………………
…………
メイがしれっと答えると、マジャーラ、リサーン、それにクリンが顔を見合わせる。
「なんでそんなのがあそこにいるんだ?」
「あはは。さすがに早いですねえ」
同行している守備隊にも何やら動揺が走っているが……
「あれってもしかしてメリスに行った部隊?」
リサーンの問いにメイがうなずく。
「うん。そうだけど」
「どうしてこっちに?」
「転進してきたんでしょ?」
彼女がじとっとした目でメイを見るが……
「ってことは最初っからこの予定で?」
「うん」
メイは再びうなずいた。
彼女は仕事柄今回の作戦の全貌を把握しているのだが、ともかく極秘事項が多くて迂闊には何も喋れないのである。
リサーンは多分それで大体を察したようだが……
「あのー、どういうことなんですか?」
クリンは全くわけが分からないという表情だ。
そこでメイは苦笑いしながら答えた。
「メリスに向かった軍が途中で方向を変えてこっちに来たのよ」
「どうしてそんなことをしたんですか?」
「メリスを攻めると見せかけて、他の所に行こうとしてるの」
「ええ? どこにですか?」
「とりあえずはロータかな?」
クリンはまた目を丸くする。
「ええええ? どうして教えてくれなかったんですか?」
そこにリサーンが言った。
「あはは。そりゃ敵を騙すにはまず味方から、みたいな?」
メイはうなずく。
「ごめんね。シルヴェストの間諜とかが、どこにいるか分からないし」
「えーっ⁈」
クリンは目を白黒させているが――― 一行は丘を下ってレイモンの騎馬隊と合流した。
そこでVIPのメンバーが馬車から降りて勢揃いしたところに、アリオールとラルゴ、それにローブを纏った魔法使いの一団が馬に乗ってやって来た。
一団は馬から下りると大皇と大皇后に向かって跪く。
「遠路はるばるご足労おかけいたしました」
「うむ」
アリオールの挨拶にカロンデュール大皇がうなずいた。もちろんさすがに彼やメルファラ大皇后は今度の作戦の全貌を知っているのでこの状況に驚いてはいない。
だがあと知っているといえばエルミーラ王女にニフレディル、ファシアーナくらいなので、残りはほぼ全員が呆然とした表情だ。
しかしメイたちもまたちょっと緊張していた。なぜなら目の前に都の大魔導師が三十人近く勢揃いしているのだ。
都の魔道軍とは式典などで一緒にいたことはあるが、それ以外のときはほぼ顔を合わせたことがない。
しかし……
「お、ちゃんと迷子にならずに来れたみたいだな」
「レイモン軍の後を付いていくだけなのにどうやって迷子になるのだ?」
「え? あのときだってそうだっただろ?」
「そりゃ、いつの間にか勝手にいなくなった奴がいたからだろうが?」
ファシアーナとマグニ総帥が何やらやりあっているのだが……
「あはは。またですか?」
振り返るとアルマーザが呆れたように二人を見ている。
「あれ、いつもなの?」
「はい。出会ったら大抵は」
「へええ……」
アルマーザはファシアーナの御付きみたいな形で魔道軍の所にも結構顔を出していたので、もう彼らには慣れっこなのだ。
と、そこでアリオールが一同に向かって言った。
「さて、驚いておられる方々もおりましょうが、これはすべて予定通りの行動です。その詳細につきましては後ほど、宿に着いてからご説明致します。なので安心してお進み下さい」
「お出迎えありがとう」
「御意」
アリオールの挨拶が終わると、マグニ総帥が魔道軍のメンバーに向かって言った。
「それではお前たちは持ち場につけ」
魔道軍のメンバーは軽くうなずくが……
「ほら、頑張って来いよ?」
ファシアーナがそう声を掛けると、一同の背筋がそろってピンと伸びて……
「「「「「はいっ!」」」」」
一斉に返事をした。
《えええ? シアナ様ってそんなに偉かったのかしら?》
魔法の教官だったのは確かだが―――そこにアルマーザが耳打ちする。
『あー、みんなあんな調子なんですよ? シアナ様が来たら』
『へえ……』
『おかげであたしまで畏まられちゃって……何かこそばゆいんですよねえ』
どうも彼女は都では泣く子も黙る鬼教官だったらしいのだが……
《でも最初っからあれだったし……》
彼女との最初の出会いは劇場で酔っ払って乱入してきたときだった。そこでまず真っ二つの黒焦げにされかかって、その後は幽霊屋敷でみんなでお風呂に入ったり、壊れた馬車で爆走した後にあの塔を登ってみたり……
《あははは!》
何だかろくなことがない気がするのだが―――と、マグニ総帥が振り返ってエルミーラ王女に挨拶をする。
「エルミーラ様もご機嫌麗しゅう」
「ありがとう」
王女が笑って答えるが―――顔が少々引きつっている。
《あははー。あのときは宣戦布告もしちゃったし……》
防衛会議で見たときはずいぶん頼りない人だなあと思った記憶があるが、今では逆にすごく頼もしそうな雰囲気だ。
《人って変われるのよね……》
メイ自身が昔はしがない厨房の料理人だったというのに……
《これって何なんだろう……》
そんな感慨に耽っていると……
「あ、それでは先行部隊の方はこちらに」
コーラが手を振った。
それに応じて魔導師が十名ほど動き出して彼女の後を付いていく。
魔法使いの能力と性別は特に関係がないのだが、やはり魔道軍となると男ばっかりだ。そして魔法使いであっても男ならばやはり女の子が気になってしまうと見えて……
彼らの視線がベラトリキス一行やイーグレッタ、それに先行するコーラなどにちらちら向いているのがここからはよく分かる。なぜならメイの方を見る視線がないのでゆっくり観察できるからで―――いや、彼女の方を見る者もいるのだが……
《でもあれって子供か愛玩動物を見てる目よね? 絶対!》
―――などとやさぐれていたらまたまた運命に関して考察しなければならなくなるので、そろそろこの状況の説明をしておくべきであろう。
まずあの日メリスに向かって進軍していったレイモン騎馬軍団一万は、途中から方向を南に変えてこの合流地点に向かったのだ。
その理由はここからロータを経由してトルボ要塞を攻略するためだ。
最初にメリス方面に向かったのは、敵の主力をそちらに集中させるためだ。
《ふふっ。ちょっと慌ててるでしょうねえ……》
何しろ迫ってきた敵がいきなり消えてしまったのだ。
しかし彼らはそこで迂闊に動くわけにはいかない。
レイモン軍がこちらに回ってくることは想定できるだろうが、その他にも可能性はいろいろある。何しろ機動力に優れる騎馬軍団だ。一旦隠れてやっぱりメリスにという作戦もあり得るし、こちらの意図がはっきりするまで迂闊に防衛ラインを動かすわけにはいかないのだ。
そしてその間にこちらの主力が一気にトルボ要塞を攻略してしまおうというのである。
最初のメリス攻めも十分に有効な作戦なのだが、これにはちょっとした問題があった―――というのは敵軍がメリス攻防戦で敗色濃厚となれば、間違いなくトルボ要塞に退却することになることだ。そちらの経路は空いているし、ラーヴル方面に逃げても袋の鼠だからだ。
しかし敵の主力がトルボ要塞に入ってしまうとこれは少々厄介だ。
シフラからの補充も受けられるし、メリスよりも遙かに防衛しやすい要害だからだ。
ところがここで先にトルボ要塞を落としてしまえば敵は南北に分断されてしまい、後続の歩兵部隊と合流して一気にメリスの本隊を攻めることができる。
《そしてフィンさんの言っていたあれだけど……》
アイフィロス王国民は白銀の都の大皇を崇敬している。そこでカロンデュール大皇に『奪われた故国を奪還せよ!』と、檄を飛ばしてもらえれば、国内の民の蜂起も十分に見込めるのだ。
そうなれば旧アイフィロス王国領にいるサルトス軍をまとめて殲滅することも不可能ではない。
すなわちその後の戦いが遙かにやりやすくなるのである。
だが最初からトルボを狙うと分かっていたら相手方も対策してくるだろう。何と言ってもトルボは要塞だ。小高い山の上の頑丈な城壁で囲まれた城塞で、攻め手は急な斜面を下から攻め上っていかなければならない。要塞攻略戦の準備はしているとは言っても、攻めるのは簡単ではない。
そこでこうしてフェイクをかましてトルボを手薄にさせたのである。
そして何よりも向かうはレイモン騎馬軍団である。
通常の軍勢一万がが僅か三日でここまで来るなどというのは不可能だ。しかしその土地を知悉していてなおかつ騎馬隊のみで構成されたこの軍であればその不可能が可能になる。
こうして敵が態勢を建て直す前に一気に攻略してしまおうというわけである。
となればトルボの守備隊はもはや籠城して足止めして、シフラなどからの援軍を待つしかないのだが……
《うふふ。籠城ねえ……うふふふふ》
思わず不穏な笑みが漏れてしまう。
何しろこちらの軍勢には騎馬軍団一万に加えて都の大魔法使い三十人が加わっているのだ。
その一人一人の実力はファシアーナやニフレディルに匹敵するとなれば―――プラス三万、合計四万の軍勢と計算することもできるわけで……
メイは出立前に行われた魔道軍の訓練光景を思い出した。
―――訓練はアキーラから少し離れた場所にある荒野で行われた。
見学しているのは大皇に大皇后、ベラトリキスの仲間たちに、アリオールとレイモンの将軍たちだ。
「それでは軽く肩慣らしをしましょうか」
マグニ総帥は魔導師たちに目配せした。
そこでまず一人が前に出た。前方には高さ十メートルくらいの草に覆われた小高い丘がある。
魔導師は片手を挙げると―――いきなりその上に直径一メートルを超えるような光球が現れて、びゅんと飛んでいって前方の丘に命中した。緑だった草が一気に燃え上がり、その後には丸く黒い燃えかすが残る。
「うわぁ!」
思わず声が出てしまうが……
《これって、もしかして凄いんじゃない?》
メイはこれまでも何度もこの魔法のデモを見たことがある。魔道大学に短期留学したときや、フォレス魔道軍の訓練の視察に同行したときなどだ。
フォレス魔道軍の魔導師はいわゆる一級魔導師だ。その彼らの力でも凄まじく、一人で一般兵五百人という換算が為されることもある。
そんな彼らが同じ魔法を使うのを見たわけだが……
「凄いスピードですねえ……」
「そうねえ」
エルミーラ王女も驚いた顔だ。
フォレスの魔導師も同じくらいのパワーの光球を出してはいたのだが、あちらでは何というか、よいしょっと出して、その後ふわっと飛んでいって、みたいな感じだったのだが、こちらのは出してから命中するまでがほとんど一息だ。
「えっと……あれ連続でできるんですか?」
メイが尋ねると、総帥は笑って答えた。
「ああ、もちろんですよ。ほれ」
総帥の命を受けてその魔導師は今度はファイヤーボールの連発を始める。
「うひゃあ……あれだけでその辺の村とか焼き尽くせますよねえ」
「そうですな」
彼はさも当然といった風に答えた―――
そんな光景を思い出すと……
《あんなにすごいのにどうしてあのときはあんな弱腰だったんだろう……》
思わずそう思ってしまうが―――だがその理由ももうよく分かっていた。
魔法使いには素質が必要だ。素質を持たない者をどう訓練したところで魔法使いにはなれない。またそんな素質を持つ者は一般民にはほぼおらず、黒や白の女王の血を引いている都の公家やベラ首長の一族であってもよくて数十人に一人というところだ。
更に素質があれば魔法使いになれるかというと、今度はまたその訓練が大変だ。
そのことに関してはとても分かりやすい実例が身近にいたりして……
《アラーニャちゃんの素質って特級クラスなのよね……》
今でこそ彼女はめきめきと実力アップしている最中だが、ティア様と出会う前はただの迷惑なポルターガイスト持ちだった。
《しかもおっぱい術士だし……》
ティア様がそれですごく怒られていたのは今でも覚えているが―――ともかく強力な魔法使いとは稀少で、その訓練にも長い時間と専門的な知識が必要なのだ。
一方それ以外の点では彼らもまた普通の人と変わらない。
食事をしなければならないし夜寝る必要もある―――そしてちょっとした事故や病気で命を落としてしまうというのも一般民と同様なのだ。
《ファシアーナ様が動けなかったのも……》
最初に彼女と出会ったときメイは真っ二つの黒焦げになりかかったわけだが、あのときはアウラの薙刀の間合いに入っていたのでファシアーナは迂闊に魔法が使えなかった。
ともかくそれだけの手間暇をかけて育てても死ぬときは一瞬だ。従って戦いでは魔法使いの安全が最優先になるというのは必然であった。
それともう一点、それまでほとんど実戦をこなしたことがなかったのも問題だった。
それまでの長い歴史の間、都を直接攻めようなどという国は現れず、都の魔道軍が直接に敵と戦うこともなかった。そのため都が攻められた場合のシミュレーションなどもあまり行われていなかったところに、唐突のレイモンの侵攻である。
しかもレイモンはクォイオの戦いやシフラ攻防戦で都とベラの連合軍を打ち破った実績があった。泡を食ってしまったというのも致し方ない気もするが……
しかしあそこでエルミーラ王女やロパスなどの助言で実際に防衛してみたら、攻めてきたレイモン軍はまさに手も足も出なかった。
そして起死回生の策として直接大皇を拉致しようとしてきたのだが……
《あはは……あれも傑作だったわよねえ……》
それはこちらの仕掛けた罠だった。
メイもその場に居合わせたのだが、まさにこちらの完勝といった内容だったわけで……
魔法使いであってもそうやって勝てば自信につながるという所は普通の人と同じなのだ。
―――ファイヤーボールのデモが終わると、マグニ総帥が言った。
「それでは例のあれをやりましょうか」
そこで今度はまた別な魔導師が前に出ると、両手を斜め前に差し上げて精神を集中し始める。
すると前方の上空が丸く輝きだして、そこから広い範囲に小さな光球が一面に降り注ぎ始める。
「おお……」
レイモンの将軍の間から低いどよめきがあがる。
「炎の雨ですな?」
「そうですな」
アリオールが感慨深げにその様を眺めているが―――これはレイモン軍にとっては忘れられない魔法だろう。彼らの最初の勝利、クォイオの戦いでレイモン軍が無力化した魔法だからだ。
その戦いを指揮したガルンバ将軍は、兵士に水を被らせて突進した。
炎の雨は広範囲にダメージを与えることはできるが、その光球一つ一つはそれほど威力がない。乾いた草とかならば炎上させることはできても、濡れた兵士には全く効かなかった。
しかも騎馬軍団は高速で突進してくる。そのためウィルガ軍の壁が崩壊してしまったのである。
と、そこで総帥がアリオールに尋ねた。
「もしあのとき防馬柵などがあればどうなりましたかな?」
アリオールは笑って答える。
「ははは。父上はまた別な策を考えなければならなかったでしょうね」
マグニ総帥は黙ってうなずいた―――
そしてまた、本当に運命の悪戯としか言いようがないのは、あのときは最大の敵として都と対峙していたレイモン王国が今回は彼らの味方だということだ。
《本当に凄い人たちだもん……》
普通の国では都とベラ両方に敵対しようとは思わないだろう。だが行きがかり上とはいえ、レイモンはそれらを敵に回して一時は中原全体を手中に収めたのだ。
今回の作戦もそんなレイモン軍と一緒だからこそ初めて可能になったと言っていい。
最初にシフラのアラン王の首を取ると笑っていたときも最初はびっくりしたものだが、やがて彼らなら何とかなるんじゃないかと本気で思えてきたりして……
《ま、一万って普通はトルボみたいな要塞攻めにはちょっと足りないそうなんだけど……》
なので本来は歩兵部隊も含めてありったけを投入する予定だったわけだが……
―――炎の雨のデモが終わると、一同は岩だらけの場所に移動した。
地面にはゴツゴツした大石がたくさん落ちていて、少し離れた先に十メートルはあるだろう大岩の路頭が聳えていた。
「さて、準備しろ」
総帥の命と共に十人の魔導師がふわっと飛び上がると、その大岩に向かって縦一列に並ぶ。間隔が二十メートルほどあるので、一番向こうの魔法使いは豆粒のようだ。
「やれ」
総帥の合図と共に最後尾の魔法使いの所に大きな石が浮き上がるのが見えた。この距離であの大きさに見えるということは、差し渡し二メートルはあるだろうか。
それがまずはゆっくりと前に動き出すが―――並んだ魔導師の上を通過するたびにその速度がどんどん上がっていき、最後はまさに矢のような速度で一直線に的の大岩に激突したのだ。
ボ・グォォォン!
そんな轟音と共に岩は砂煙で包まれ―――それが晴れた後は大岩の上半分が消え去っていた。
「あはは。あれじゃ城門だけでなく、城壁ごとぶち抜けませんか?」
「まあ、それは城の作りによるでしょうが」
あくまで総帥は冷静である―――
魔法使いであればあのくらいの大石を持ち上げられる人はわりと多い。
アラーニャちゃんはあの機甲馬をひっくり返したし、アスリーナさんが川に落ちたメイを助けたときも、持ち上げた水塊の重さを計算したら数十トンには達しただろう。
だから要塞を設計する場合には、そんな大岩をぶつけられても大丈夫なように作るという。
だがこの魔法の場合、複数で協力してやるとその人数分パワーが増えるのだ。
たくさんでかかればより重い物が持ち上がるというのは一般人同様だが、魔法使いの場合それを動かす速度が人数分加算されるという効果もあるのだ。
そして何かに物をぶつけた場合、速さが速いほどダメージも大きくなる。そこで一般的な要塞では、魔法使いが数人がかりで岩などをぶつけてきたときでも耐えられるよう設計されるというが……
《あはは。十人がかりとか……まだ二十人残ってるし……》
普通の国同士の戦争でこれだけの数の魔導師が集中することなどない。
戦いに参加するのは普通は数名程度、国の命運を決するような戦いでも十数名というのがいいところだ。
だが今彼らにはその倍の、しかも超一級の魔導師が揃っているのである。
そして……
―――多段階の投擲魔法のデモの後、また総帥が言った。
「それではあれも確認しておきましょうか」
そうしてまた魔導師の一人に目配せする。彼はうなずくとたたっと走って荷馬車の所に行って、そこにあった酒樽を一つ手に取った。
《あははははっ!》
うー、これはイマイチ見たくないのだが―――そんなメイの思いと裏腹に、その魔導師は樽を抱えて高く飛び上がっていった。
それから一同から十分離れたところに行くと、樽を地面に落とす。
それが地面に当たりそうになった瞬間だ。
ボーン!
そんな音と共に樽が爆発して一瞬白煙が広がるが、次いでそれが透明な青白い輝きと共に膨らんでいった。
その炎は一瞬で数十メートルの範囲を焼き尽くし……
グォォォォ!
あたりを熱風が吹き抜けていった。
《あはははは!》
魔法使いのファイヤーボールも威力があるが、それでも一発では数メートル範囲を焼けるくらいだ。なのでこれと同じ破壊力を求めるならば、数十発くらいを一気にぶち込まなければならない。
そしてあのときは……
《あの樽、百個分くらいあったもんなー……》
本当ならばもっと少ない量で確認しておくべきだったのだが、時間が迫っていたこともあって水の樽でやったテストで問題ないと判断してしまったわけで……
「メイ、大丈夫か?」
サフィーナが心配そうにのぞき込んでいるが……
「あ、まあね」
さすがに前ほどではないにしても、やはり顔が引きつってしまうのは仕方ないが―――
と、まあこんな状況なので相手が少々の砦に籠もっていたところで、この軍勢なら正面から押し通っていけるのである。
そして軍勢を騎馬隊だけにしたのはこれだけの攻撃力があれば十分であるということに加えて、その速さで相手を翻弄してしまおうというわけだ。
レイモン軍が最初にメリスに向かって進軍を開始した時点で、敵のサルトス軍は全力でそれを迎え撃つ準備をせざるを得ない。ところがそこで急に実はトルボが目的でしたと分かっても、この速度で来られたらそれに完全に対応する暇がない。
それを加味すればトルボは間違いなく短期間―――十日以内で陥落させられるわけで……
《うふふふふ。慌ててるでしょうねえ……》
こうしてこちらの選択肢が増えたということはかように効果が大きかった。
《あの晩に検討したこと、役立ったみたいですねえ。フィンさん……》
彼は今、少し離れたところにパルティシオンと並んで立っているが―――メイがそんなことを思い起こしてニヤニヤしていると、前の方からコーラが戻ってきた。
「あ、おかえりなさーい。お姉ちゃん!」
クリンが手を振った。コーラも小さく手を振り返す―――ここで大きく手を振ったりしたら停止信号と間違えられてしまうので普段から注意が必要なのだ。
「ただいま」
戻ってきた彼女は少し上気していた。
彼女たちもこうして本物の軍隊と一緒に行動するのは初めての機会だ。
しかも彼女の今回の任務はメイたちの身の回りの世話だけでなく、このような魔導師たちのエスコートもあった。
魔導師たちは一塊になるのではなく、幾つかのグループに分散して野営することになっている。
かつてセロの戦いでベラ軍の魔導師が一カ所に固まっていて、それを夜襲で一気に叩くことが奇跡的な大勝利の布石となったわけだが、当然同じことをされないように手を打っておく必要があるわけだ。
また魔導師があちらこちらにいれば心話を使ってその間の連絡が取れるので、彼らを全軍の各所に配置することで全体の意思統一が容易になるというメリットもある。
そんな一団をコーラが案内して帰ってきたわけだが―――これが意外に難しい任務なのである。
というのは今ここには一万のレイモン騎馬軍団が勢揃いしているわけだが、当然でたらめに整列しているわけではない。連隊の並び、その中の大隊の並び、その中の中隊、小隊の並びがきっちりと決まっている。そして全員がそれを知悉しているため、初めての場所でもぐちゃぐちゃにならずに整然と隊列できるのだ。
ところが都から来た魔法使いがそれを知っているわけではない。彼らは今回各連隊に分かれて従軍しているのだが、通常のレイモンの小隊と同じ扱いになっている。彼らだけを特別扱いすると目立ってしまって夜襲の目標になってしまう危険性もあるためだ。
ところがそうなると彼らは大軍の中での自分の居場所が簡単には分からないのだ。
レイモン兵ならば例えば1-2-3(第一連隊第二大隊第三中隊)であれば全体のどのあたりとすぐ分かるのだが部外者には結構分かりづらく、しかも整列の仕方は状況によって一通りではないので簡単に迷子になってしまうのだ。
そこでコーラの出番である。
彼女はヴァレンシア学院でそういった教育も受けているので十分にエスコート役を務めることができる。
もちろんそれだけなら適当な新兵にでも任せておけばいいのだが、特に彼女が抜擢された理由は魔導師が相手でも物怖じしないところにあった。
《魔法使いにはもう慣れてるしね》
何しろこの一年、ファシアーナやニフレディル、それにアラーニャなどと接していたので、レイモン人の中では一番魔導師に慣れていると言っても過言ではないからだ。
エスコート役にはもう一人後続部隊担当もいるのだが、そちらはコーラよりも年上の若い士官であったが、端から見ても気の毒になるほど緊張しているのが見え見えだ。
むしろコーラにとっては相手がみんな男だということの方が問題だ。
魔導師たちの年齢は様々だが、中には結構若くてわりとハンサムな人もいたりする。
「コーラさん、お仕事慣れましたか?」
彼女はにっこりと笑ってうなずいた。
「ええ、むしろあちらの方がびくびくしちゃってて」
「そうなんですか?」
「ええ。皆さん方がめちゃめちゃ気になるみたいで」
「あ、まあそうでしょうねえ」
それはメイも既によく知っていたが、コーラは更に続ける。
「中でも一番人気があるのはやはりアルマーザ様でしたね」
「え? そですか?」
アルマーザがニヤニヤしているが……
「あ、でもこいつ大皇様のお妃になるんだろ?」
サフィーナが言うと、コーラが笑って答える。
「はい。そう言ったらみんな凄くがっかりしてて」
彼女が妾妃に内定しているということはまだ公表されていないのだ。
それはともかく……
「えーっ⁈」
何故かアルマーザが不満そうな叫びを上げる。
「何がえーっ⁈ なんだよ。当たり前じゃないか」
「でもー……」
あはは。マウーナさんのときもそうだったけど、この人たちは―――妾妃になった後、何か残念な問題を起こさなければ良いのだが……
「それじゃ残りは?」
マジャーラの問いに……
「あ、それはわりとばらけてましたよ? リサ様もハフラ様も、マジャーラ様もそれぞれファンがいるみたいで。それにサフィーナ様を妹にしたいって方もいらっしゃいましたし」
「あ?」
彼女がちょっと納得いかない様子だが―――そこであたしは? などとは訊かないのが大人の対応である。
と、そこでコーラがメイに尋ねる。
「それで明日はこのままロータに向かうのでいいんですか?」
「あ、それはそうよ。だから明日はゆっくりと屋根のあるところで寝られるから」
「はい」
コーラがにっこり笑った。
キャンプは大好きだとは言っていたが、やはりそれでも地面の上よりはベッドの方が気持ちいいのは間違いないだろう。
「ロータか……」
と、そこでサフィーナがため息をついた。
「ん、どうしたの?」
メイが尋ねると……
「あ、いや……さすがに……ないよな?」
「ないって何が?」
「晴れ着だが」
メイは一瞬戸惑ったが……
「ああ! あれ、逃避行のときに持ってったのよね?」
「ん」
彼女たちは皆、故郷の村から一張羅の晴れ着を持参してきていた。男と夜を過ごすときにはそれを着て臨むのだという。
かつての彼女たちにとってそれはまさに一生の晴れ舞台だった。そのために親たちが丹精を込めて縫い上げてくれた物なのだ。
そしてそんな物だからこそ逃避行には持って行くのが当然ということで、二日目の夜はそれを着てフィンと“役得”に臨もうとしていたそうなのだが……
《あの後回収してる暇なんてなかったのよね……》
何しろ彼女たちはロータに着くなりふん縛られて、その後大立ち回りを演じたあげく、まだ若葉マークだったアラーニャとの決死の脱出といった大騒動だ。そんな余裕があるはずない。
「さすがに残ってないよなあ……」
「そうねえ。一年も前だし……でも一応調べてみたら? 知ってる人がいるかもしれないし……」
「んだな……」
まあ、そのときはまさにダメ元だと思っていたのだが……
―――ところがやれることはやってみるものだ。
翌日の昼過ぎ、一行はつつがなくロータに到着した。そこでメイたちはサフィーナの晴れ着を探すことにした。
最初は雲を掴むような話だった。
彼女の荷物があったとしたら、かつてアロザールの司令官の官舎に使われていた建物である。
そこでメイとヴェーヌスベルグのみんな―――サフィーナ、リサーン、ハフラ、マジャーラで行ってみることにしたのだが……
「ああ、こちらに残されていた物は、基本処分してしまいましたが」
ロータの守備隊の司令官が残念そうに答える。
「処分した物のリストとかはないんですよねえ」
メイの問いに司令官は首を振る。
「それは……重要だと思われた物は保管してありますが、その中には女性の衣装などはございませんが」
「ですよねー」
まあ仕方のないことだ。
一年前ここロータはアロザール軍の支配下にあった。しかしそこにいた士官やアロザール兵たちは後のコルヌー平原とトゥバ村の戦いでそのほとんどが戦死してしまった。あのグルマンも例外ではなかったそうだが……
その知らせを受けたロータの守備隊は泡を食ってそのまま逃走したため、レイモン軍は無血でここを取り返すことができたのだ。
その際に砦内には彼らの私物のほとんどが残されていた。
あのときはまだアロザールがさらなる秘密兵器を隠しているのではないかという観測もあって、残っていた物品は慎重に調査された。特に司令官の手紙とか手記とかがあれば全て持ち帰って調べられたのだが……
《日常品までは調査しないものねえ……》
何しろ彼らは余裕綽々で出陣していったのだ。あんな結果になるなど想像だにしていなかったに違いない。なので戦闘に不要な所有物はみんな残されていて、合わせたら凄い量になるのだ。
「カバン取られて、その後は分からないのよねえ」
メイが尋ねるとサフィーナがうなずく。
「ん。フィンと捕まったとき部下が持ってたが、それっきりだ」
「部下の名前なんて分からないわよねえ」
「ん」
と、そこでリサーンが司令官に尋ねる。
「あ、でもここみんなで片付けたんでしょ?」
「はい。それは」
「片付けた人ってまだいるの?」
「ああ、それなら結構いるでしょうが……」
「あ、だったら見てもらえないかな? 結構珍しい服なんで覚えてる人がいるかも」
そう言ってリサーンは自分の晴れ着を取りだした。
服はゆったりとした上着とだぼっとしたズボン、それに腰帯の組み合わせで、目を引くのはそれに施された珍しい模様の刺繍にきらめくビーズだ。
「ほう……確かに、見かけない服ですな」
そこで彼にこの官舎で働いていた者を集めてもらった。
官舎の会議室に集まったのはほとんどが女だったが、彼女たちはベラトリキスにいきなり呼び出されてひどく面食らった様子だ。
「あー、この中でここ片付けてるときにこんな服を見たことのある人、いる?」
リサーンが彼女の服を高く掲げると……
「あ? それって……」
中の一人が反応したのだ。
「こんなの見たの?」
「ええ。でも片付けたときではなくって」
「え?」
「私、アロザール軍がいたときからここで働いておりましてそのときに……」
「あ、詳しく教えて」
女性はうなずいた。
「あ、はい。あのグルマンが黒猫様に吊される騒ぎがあってからしばらくしてのことですが、私が部屋を掃除しておりますと、荷物の中に入っていたのでございます」
「何て奴の部屋?」
「確か……クリードといったでしょうか? グルマンの直属の部下の一人でしたが……」
それを聞いてサフィーナがつぶやく。
「あのときカバン持ってきた奴かなあ?」
「かもね。それで」
「はい。変わった服だったので覚えておりますが、少し汚れていたので洗濯致しましょうかと尋ねたら、その男は慌ててそんなことしなくていいって言ってそれっきりですが……それって?」
「あ、実はサフィーナの服だったんだけど……」
それを聞いた女性は驚愕した。
「ええええっ⁉ 黒猫様のお召し物だったのですか?」
「ん」
その女性は真っ青になった。
「何と……そうと分かっておりましたら何としてでも取り返して差し上げましたのに……」
オロオロし始めた女性を慌ててリサーンが慰める。
「いや、分かんなかったらしょうがないでしょ? 気にしないで、ね」
「でも……」
「で、それっきり見てないの?」
ハフラの問いに女性はまたうなずいた。
「はい。奴らが逃げた後、あの部屋を片付けましたがその服はありませんでした。あったら絶対覚えていますが……」
「じゃ、誰かが持ってっちゃったわけね?」
「んー……」
その場で分かったのはそれだけだった。
そのあと女たちにサインを書いてやったりしていたら結構時間を取られてしまったわけだが―――メイたちは官舎のロビーに残って相談していた。
リサーンが腕組みして残念そうに言う。
「まあ、持ってかれちゃったんじゃしょうがないわよねえ」
「ん……」
サフィーナもあきらめ顔だが……
「でも誰が持って行ったのかしら?」
ハフラが問うと……
「そのクリードって奴じゃない? その服が気に入ってたんだろ?」
マジャーラが答えるが……
「でもそいつってトゥバで死んでるのよね?」
「だろうなあ……」
「じゃあ、トゥバで燃えちゃった?」
だがリサーンが手を振った。
「いやいや、戦場にそんな物持ってかないでしょう?」
「そりゃそうよね」
彼らは間違いなく余裕で生還するつもりだった。
その証拠に残されていた物には結構な金品や宝飾品などもあった。アロザール兵たちは各地で散々略奪を行っており、士官クラスならかなりの財宝をため込んでいたのだ。
だが同時に盗まれた形跡もあり、そうでなければもっとたくさんあったはずだが……
と、そこでハフラが言った。
「えっと……要するに残ったアロザール兵は、軍の全滅を聞いて慌てて逃げ出してったのよね? 金目の物を持てるだけ持って」
「ってことね」
リサーンがうなずく。
「そんなときにちょっと珍しいからって、女物の服を持ってったりはしないわよねえ」
「そりゃそうだろ?」
マジャーラがそう答えるが……
「でも、それがサフィーナの服だってこと、知ってたらどう?」
………………
…………
「え? ああっ!」
一同は膝を叩く。
まさに今のレイモンでベラトリキスを知らない者はいない。そしてその服がそのメンバーの持ち物だったとしたならば……
「あ! じゃあすごく高く売れたりして?」
「ファラ様の借用書だって高く売れてたじゃない」
以前ツケ払いツアーをした際に不要になった借用書を回収しようとしたら、家宝にしたいから是非譲って欲しいと言われてメイが返済済みと裏書きしてやったことがあった。その後それが結構な値段で取引されているという話も聞いたりしたわけで……
《ファラ様の直筆サインってだけであれだったし……》
とすれば“黒猫のサフィーナ”が実際に着ていた服となれば、もしかしてもっと凄い価値があったりするのでは?
「こいつの服がかあ?」
マジャーラがジトッとした目でサフィーナを見るが……
「んー?」
「あはは。いや、確かにそういう物を欲しがる人って結構いますよ?」
そのあたりはいつか郭巡りをしたときに色々聞いたことがあるわけだが……
「でもよく知ってたよな。そいつ」
マジャーラがぼそっと言う。
「え?」
「盗んでった奴って、それがサフィーナの服って知ってたわけだろ?」
「そりゃそうよねえ」
「普通はあんま見せびらかしたりはしないよな?」
「だよね。価値が分かってたら秘密にするわよね?」
洗濯するかと聞かれてそいつが慌てたのがそういう理由ならば……
「んじゃあと知ってる奴って?」
一同は顔を見合わせる。
「グルマンは死んじゃったのよね?」
リサーンが言うとハフラがうなずいた。
「ロータにいた軍はディベール配下になってみんなアキーラ攻めに投入されたって話よね」
「でも知ってたとしたらクリードとかグルマンに近い奴よね」
「でもそういうのはみんな死んでるんでしょ……って、あ!」
ハフラがはっと顔を上げる。
「どうしたのよ?」
「あいつよ。あいつ。裏切った奴!」
「あ!」
一同は再び顔を見合わせた。
「ランブロスか!」
サフィーナとフィンを裏切ったあの男ならアロザール兵ではないからアキーラ攻めには行っていない公算が高い。そして彼ならそれがサフィーナの持ち物だとよく知っているわけで……
「じゃああいつが持って逃げたのか?」
サフィーナが言うとハフラがうなずいた。
「その可能性、高いんじゃない?」
「そういやあいつ、アルマーザのマンガも大切にしてたよなあ」
「アルちゃんとマーザちゃん?」
「ん。ほら、一緒に旅したとき、なんかニコニコしながら眺めてたりして……だから結構いい奴だなって思ってたんだが……」
「あいつに案内してもらったときね?」
「ん」
ランブロスというのは結構頭の切れる奴だった。アロザールに使われていたレイモン人の間諜は妻子を人質に取られていたのだが、彼はどうにかしてその名前をごまかすことに成功していたのだ。
《そいつが裏切ったのも、冷静に勝ち目を判断したからだろうって言ってたし……》
実際あの時、中立の立場でレイモンとアロザールのどちらが勝ちそうかと問われたら―――メイでもアロザールと答えただろう。
アロザールの呪いの破壊力は見ての通りだったし、それが何とかできたのも本当に幸運だったとしか言いようがない。そんな敵が第二の秘密兵器を投入しようとしているのだ。
《あれだってセロの戦いがなかったら絶対分からなかったし……》
彼がそう判断したからといってちょっと責められないのだ。もしかしてあんな状況じゃなければ、本当に役立つ味方になっていたかもしれないのに……
「それじゃそのランブロスの行方だな?」
「さすがにここにはいないわよねえ」
「そりゃそうだな」
「あ、でもアリオール様に頼んで指名手配してもらうことはできるんじゃ?」
「あ、そうよね」
―――といった感じで、サフィーナの晴れ着の行方の手がかりが見つかってしまったのである。
まあ、たしかにこれからランブロスを探すのは大変だろうが、奴ならば似顔絵も描けるし見つけ出すのが不可能だとは言えない。
「あははー。やってみるもんだなあ」
「ん」
一同がそんなことを話していたときだ。
「あ、みんな、ここでしたか」
アルマーザとアラーニャがやってきた。
「あ、お前ら、用事があったんじゃ?」
最近はずっとアルマーザは大皇様のお付きだし、アラーニャは魔法使いたちと一緒なのだが。
「いや、サフィーナの晴れ着、見つかったかなって思って。それで抜けて来たんよ」
「あたしも」
アラーニャもうなずいた。そこでリサーンが答える。
「いや、見つかりはしなかったんだけど、手がかりはあってね」
「手がかり?」
「うん。どうやらランブロスが持ってったみたいで」
「ランブロスって……あ、あいつですか?」
アルマーザの目が丸くなる。
「そうそう。で、後でアリオール様に指名手配してもらったらどうかって」
「はあ。そりゃよかったですね」
「ん」
アルマーザもアラーニャもほっとした表情だ。
《大切な服なのよね。あれ……》
彼女たちの母親たちが一生懸命縫ってくれた一番の宝物なのだ。ヴェーヌスベルグの娘たちが自分のことのように心配してくれるのも無理はない。
―――と、この話は一段落したのだが、そこでマジャーラがサフィーナに尋ねた。
「そういやおまえ、あいつをやっつけたっていうのはここか?」
「ん。上の階の端の部屋だったが」
彼女は一同ににやっと笑いかける。
「ちょっと見てみたくね?」
「あ、そうね」
一同はうなずいた。確かに一見の価値はあるかも……
そこでメイが再び司令官に尋ねると彼は快諾してくれた。
「あ、もちろん構いませんが。ただ元のままじゃありませんよ?」
「そりゃそうでしょうけど、ちょっとお願いします!」
そこで彼に案内されて一同は元グルマンの私室にやってきた。
今ではこざっぱりと整理されている普通の客室だ。
「なんかただの部屋だな」
マジャーラがあたりを見回す。
「あのときは変な物が一杯置いてあったんだが」
メイもここで彼女がグルマンを叩きのめしたとはなかなか想像が付かないが……
「あー、結構高いわねえ」
見るとリサーンが窓から身を乗り出している。
メイも近寄って見てみると……
「うわー、ほんとだ。って、ここから屋根に上がったの?」
「そうだが?」
サフィーナはしれっと答えるが……
「どうやって?」
「どうやってって、まず窓枠に乗って、飛び上がって庇に捕まって、くるっと回って、えいやって上がるんだが」
「はあ?」
メイは頭の中でその動きを想像してみたが……
「いや、危ないでしょ。それって」
「どうして?」
サフィーナは首をかしげる。
「だって落ちたら……」
「落ちないが?」
「ええ? でも……」
ここは三階で、二階と一階の窓の上には小さな庇はあるが、上の屋根から落ちたらそのまま地面に激突なのだが……
「んじゃやってみるか?」
「ええ? 危ないって!」
「大丈夫だよ。あ、それにアラーニャもいるし。落ちたらよろしくな」
「え? あ、はいっ!」
それからサフィーナはいきなり窓枠に飛び乗ると、いま言った方法で一気に屋根の上によじ登る。
続いて庇から顔を出して……
「ほら、大丈夫だろ?」
「あー……」
「ま、こいつならこのぐらいはできるな」
「うんうん。小さいのに力はあるから。それに体も柔らかいし」
まあ、黒猫の異名は伊達ではないのだが……
「それじゃみんなは?」
メイが尋ねてみると……
「え? さすがにちょっと考えるよなあ」
「そうねえ」
ちょっと考えるだけなのか?―――と、メイが呆れていると……
「で、どうする? お前らも来ないか? 見晴らしいいぞ」
上からサフィーナが呼んだ。
「ええっ?」
メイは思いっきりたじろぐが……
「あ、じゃ私、上げましょうか?」
「あ、そうね。お願い」
考えたらアラーニャが一緒だった。
「それじゃ捕まって下さい」
そこでメイとリサーンが彼女の両腕に、後ろからはアルマーザが捕まると、四人はすっと浮き上がって窓から飛び出して屋根の上にすとんと降りた。今ではもう熟練の安定感だ。
「うわー、確かに……」
屋根の上からは砦の中が一望できる。
「な、気分いいだろ?
「はあ。いいですねえ」
その間にアラーニャがハフラとマジャーラも連れてくる。
「へえ。いいじゃないか」
「そうね」
彼女たちもちょっと感動しているが―――と、メイは屋根の上の特徴的な飾りに気がついた。ロータの建物の屋根には伝統的に魚の背骨のような出っ張りがついているのだが……
「あ、あれにロープを結んであいつを吊したのね?」
サフィーナはうなずいた。
「ん。ロープ持って上がって、あれに結んで、戻ってあいつの足の間を通して、また上がって引っかけて引っ張るんだ。そうしたらあいつが窓から落ちたときにがくんってなって、こっちも落ちちゃって……」
その話も何度となく聞いてはいるが―――と、そこでハフラが尋ねた。
「え? 二回も行ったり来たりしたの?」
「ん? そうだが?」
「それって一回で済んだんじゃ?」
「え?」
「最初にグルマンの足の間に通して二本持って上がれば」
………………
…………
「あ!」
サフィーナがぽんと手を打つ。
「確かに一回で済んだな。ま、細かい話だが」
「それはそうだけど」
えっと、あはははは。細かい⁈
ともかくそこで彼女はグルマンと一緒にぶら下がってしまったそうだが……
《うわあ……やっぱり怖いでしょ。絶対……》
下はかなりの高さなのだが―――そこでフィンを呼んできてもらって、吊されたグルマンから色々聞き出したそうで……
「で、その後あそこに行ってアラーニャが来るのを待ってたんだ」
彼女は城壁の上に聳える三角屋根のついた櫓を指さした。
「へえ」
「あそこはもっと見晴らしがいいぞ」
「じゃ行く?」
「はいっ」
メイがアラーニャを見ると彼女が元気にうなずいた。
そこでまずメイとサフィーナ、リサーンがアラーニャに運んでもらったのだが……
「あれ? フィンさん? それにアウラ様!」
行った先には先客がいた。
「あ、みんなも来たのか?」
フィンが驚いた表情で尋ねる。
「うん。サフィーナの武勇談を聞いてたの」
メイが答えるとアウラが笑う。
「あはは。あたしと同じね」
「フィンさんも大活躍でしたもんねえ」
「あはは。そうだな」
と言いながらアラーニャを見て何やら複雑な表情だ。
「じゃ、残りの人をを連れてきます」
「はーい」
ふわりと飛んでいく彼女を見て……
「あはは。彼女、上手になったなあ」
「ですよ? もうシアナ様やリディール様並みに飛べるみたいですから」
「あはははは」
あのときは本当に大変な目に遭ったわけだが―――フィンの額にはあのときの傷がまだうっすらと残っていたりする。
「うっわ。本当にいい景色ねえ」
リサーンが感極まったような声を上げる。
その櫓の上からは砦だけでなくロータの町並みが一望できた。その向こう銀色に輝く大河アルバがあって、その先は見渡す限りの平原が広がっている。
大河の岸辺には今回トルボ攻めに行くレイモン軍の野営地が見えた。
《うわあ……やっぱり一杯いるなあ……》
メイが感慨深げにそれを眺めていると、ハフラとマジャーラも到着して屋根の上は人で一杯になってしまった。
《あはは。もしかしてフィンさんとアウラ様、デート中だったんでは?》
とは思ってももう後の祭だ。
「うひゃあ! すごい景色だなあ!」
マジャーラとかが来ると雰囲気も何もあったものではないが―――と、そこでハフラが尋ねる。
「あれって何?」
振り返ると彼女の指さす先に小さな山のような物が見えた。
それにフィンが答えた。
「あ、ありゃ天空の岩だな。近くだとすごくでかいんだが、ここから見ると小さいな」
「あの上ってもっと景色がいいんだって。何でもレイモン全土が見渡せるとか」
アウラがニコニコしながら続ける。
「へええ、何だか行ってみたいですねえ」
レイモンというのはこの一年暮らしてみてわりといいところだとは思うのだが、フォレスなどとは違って高いところから見下ろす光景に乏しいというのは致し方なく……
「そうだなあ。こんなときじゃなきゃ行ってみたのになあ……」
「それじゃ終わったらまた来ましょうか?」
「あはは。来れるといいなあ」
うむ。本当にこんな心配のなくなったときにまたのんびり―――というか、思いっきり突っ走ってみたい場所なのだが……
翌朝未明。
メイたち一行は大河アルバの対岸のレイモン野営地に渡り、出陣しようとしている一万の騎馬隊を眺めていた。
《うわー、やっぱりすごいわよよねえ……》
彼女たちのいた本陣は少し小高い丘の上にあったので、その全容がよく見渡せる。
その前には第一連隊、右に第二連隊、左に第三連隊が勢揃いしている。
一つの連隊は六つの大隊、一つの大隊は八つの中隊、一つの中隊は十個の小隊、一つの小隊は六騎の騎兵で構成されているので、一連隊が二千八百八十騎。それが三つあるので合わせて八千六百四十騎。
またアリオール将軍に率いられる本隊が大隊三つで構成されているのでそれが千四百四十騎。合計一万飛んで八十騎が今回の軍の総勢だ。
《あはは。数覚えちゃったし……》
この数の騎兵がビシッと並んでいるのを見るのはまさに壮観だ。そしてそれはレイモン軍の練度の高さを物語っている。
一万もの人がいればそれをきちんと整列させるだけで至難の業だ。
だがレイモン騎馬隊は単なる整列はもちろんのこと、幾つもの攻撃フォーメーションを自在に操って、まるで生き物のように戦場を動き回ることができるのだ。
もちろん今回の軍にはかなりの新兵が混じってはいる。しかし少なくとも小隊長クラスまでは熟練したレイモン騎兵なので、小隊の仲間六人の動きが乱れなければ問題ないのだ。
メイも何度かそんな訓練光景を見せてもらったことがあるが……
《ありゃ確かに平原で相手にはしたくないわよねえ……》
この騎馬軍団こそがかつてのレイモン王国の覇権の礎となった刃なのだ。
メイがそんなことを思い起こしていると中央の壇上にアリオールが現れる。
あたりがしんと静まりかえる。
アリオールはゆっくりと全体を見渡すと話し始めた。
「皆の者! よく聞け!」
その声はあたりに朗々と響き渡った。
横で手綱を取っていたクリンが驚いて身じろぎする。
「あはは。魔法よ」
「そうなんですか?」
魔法の中にはこうやって声を大きくする魔法というのも存在していて、メイはもう慣れっこなのだが、これまで魔法使いがほとんどいなかったレイモン人にはまだそうではない。
アリオールは続けた。
「我々はこれよりクルーゼに向かう!」
兵士たちの間から混乱したようなどよめきがあがった。
そう。ここにいる者のほぼ全員がこれからトルボ要塞を攻略しに行くと思っていたからだ。
アリオールは分かっているという様子で手を差し伸べた。
「もちろんこれは先日の説明とは異なっていることは百も承知だ」
彼はまた兵士たちの顔を見渡した。
「だがこの戦いを最も早く終わらせるにはどうしたらいい?」
あたりが一瞬沈黙して―――それからどよめきが上がる。
アリオールは満足そうにうなずいた。
「そうだ! 奴の首を挙げてしまうことだ!」
今度は一斉に兵士たちが歓声をあげる。
《うわあ、凄い声……》
魔法などなくともこれはあたり一帯に響き渡ったことだろう。
「えっと、あの……どういうことなんです?」
クリンが目を白黒させているが……
「あはは。ごめんね。また敵を欺くためには味方から、みたいな?」
「あーん。ひどいですよー!」
「でもこれが敵にバレちゃったらまずいの、分かるでしょ?」
「うー、でもー……」
確かにこの戦いを終わらせるにはアラン王の首を取ってしまうのが一番早い。
実際、フォレス・ベラ連合軍が来る前はこれしかなかったわけで、いかにそれを実現するかという一点に集中して作戦が練られていたのだ。
ところが連合軍の到来で状況が変わる―――こちらの選択肢が増えたのだ。
以前ならシフラ特攻しかなかったところが、メリスやトルボが同じくらいに重要な戦略目標になったのだ。
すなわちこれまではじゃんけんでグーしか出せなかったようなもので―――それではそもそもじゃんけんにならないが、ここでチョキとかパーも出せるようになったのだ。
ならばチョキやパーを出すかと思いきや、やっぱりグーというのも立派な作戦だというのはお分かり頂けるだろう。
実際連合軍が来る前よりもトルボの守りは堅くなっており、相対的にシフラが弱くなっているのは確かだ。
すなわち今回の方がはるかに勝ち目が大きいのである。
「我々は約束したな? 大皇后様の元にあの男の首を持って行くと!」
「ぬ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
再び兵士たちの喊声があたりに響き渡る。
そもそも今回のメリス攻めやトルボ攻めに関しては、弱腰だという批判も結構あったのだ。確かにじっくりと足下を固めながら相手を追い詰めていくような作戦ではあるのだが。
そういう意味でむしろ兵士たちは喜んでいる様子でもある。
と、そこでまたクリンが尋ねた。
「あのー。でも皆さん、食料は十日分なんですよねえ」
「そうみたいねえ」
「ここまで四日かかってるし。それじゃシフラはぎりぎりなんじゃないですか?」
あ、クリンちゃん、なかなか鋭い質問だね
「なのでちょっと途中は節約して食べてねってことみたいで」
「えーっ⁉ かわいそう!」
いや実際その通りなのだが、どちらにしても長期戦は無理なのだ。一気に強襲して陥落させるしかないわけで。そのために先日のように魔道軍の準備も万端に整えられている。
《それだとシフラの一般民に被害が出ちゃうんだけど……》
だが今そんなことを考えても仕方ない。ここで決着をつけなければ今後どんどん被害は増えるばかりなのだ。
それに町を焼き尽くすというのは最後の手段で……
《あはは。ちょっとむさ苦しかったわよねえ……》
今回は小鳥組戦術で一気にアラン王の居城に突入することも考えられている。
この間の魔道軍のデモンストレーションの最後にそれも披露されたのだが、そのときには男の魔導師が四人の男の兵士に囲まれて飛んでいたわけで、何やら少々華やかさには欠けていたわけだが……
《それって魔法使いの人たちにも被害が出ちゃうかもしれないんだけど……》
小鳥組みたいに魔法使いが戦場を飛び回るというのは、彼女たちがやり始めるまではまさに非常識だった。もちろん戦場とは危険に満ち満ちているわけで、ちょっとした流れ矢で魔法使いが失われてしまうこともあるからだが……
でもやはりアラン王の首が戦争終結には一番早い。そのために戦力の出し惜しみをしているわけにはいかないのだ。
そこでクリンが尋ねる。
「それで皆さんを見送ったら私たちはどちらに向かうんですか?」
「あーいや、みんなに付いてくんだけど」
………………
…………
……
「はいいぃ⁉」
またクリンの目が丸くなる。
「あっちは戦場でしょ? 平原のどこかに疎開するんじゃ?」
「それがね。色々検討した結果、レイモンの中で一番安全な場所っていうのは、レイモン最強軍団の中だってことになって」
「えええええ⁉」
クリンはまたしばらく目を丸くしていたが……
「もう、メイ様、意地悪です! 嘘つきメイ様って呼んじゃいますからねっ!」
「そんなこと言われても、あたしだって穴掘って本当のこと言って埋めたいくらいなのよ?」
「ぶーっ!」
あはははは。怒られてしまったが―――ともかくアラン王を欺くにはこのぐらいのことはしないとダメなのだそうだ。