100のお題・079.愛は静かな場所へと降りてゆく 

(別設定の千と千尋の神隠しより)

別設定のお遊び話・第2部恋人編

 

11・愛は静かな場所へと降りてゆく

 

その1

 

 

冷たく乾いた風が生まれつき

色素の薄い髪を吹き上げる。

少女は今にも涙が零れ落ちそうな瞳に

力を入れるとぐっ拳を握り締めた。

「はく!!」

何度目かの呼びかけにも姿を現さない恋人に

少女は咽喉の奥を鳴らすと眉を寄せる。

最後にあってからどれほどの日が過ぎたのか。

しかし瞳に焼き付けられているかのように

鮮やかな面影が目の前の光景に重なって、

一瞬瞳を閉じた少女は大きく息を吸い込むと

くるりと方向を変え駆け出していった。

 

 

国際空港から都心に向う特急の中で

偶然隣り合わせに座った男が訝しげにちらっと

視線を流すのにも気付かないまま

千尋は目の前に流れるテロップに息をのむ。

「このところまた頻発しているらしいね。」

「やあね。日本はこれだから。」

「この前は新潟だったけどそろそろ東京も危ないかもな。」

「いや〜ん、やっぱり帰ってこなきゃよかったね。」

「大丈夫だよ。うちの所は耐震構造ばっちりのはずだから。」

「ほんと?だってあの崩れたマンションだって

耐震しっかりしてたって。」

「欠陥だったんだろ。」

斜め前に座っていた新婚旅行帰りらしいカップルの

会話がキ〜ンと耳に響く中、

千尋は膝の上の拳をギュッと握り締める。

そうして、そのまま家にも戻らずにまっすぐここに来て

目にした物は信じられない現実だった。

 

くるくると回る赤色灯。

行き交う怒号に担架からだらりと下がった腕。

慎重に動かされる重機の合間にレスキュー隊員が走りまわり

マスコミのカメラがその様子を容赦なく映していく。

張られた黄色いテープのこちら側の野次馬が

おそらく画面の向こうでここを眺めている人々と同様の

姦しい噂話に興じている中、少女は必死に足を動かす。

『まだ瓦礫の下には何人も埋まっているそうだ。』

『早く助け出さなきゃこの寒さで・・・』

『うわっ、また揺れた。』

 

かつてはくの河が流れていた一帯に沿って

起きている一連の出来事。

局地的な群発地震。

突然湧き上がる地下水や伏流水。

崩れ去る建物に

ひび割れていくコンクリートロード。

被害がどんどん拡大してい中、

知られていない地下の断層が活動しているのだろうとか

耐震構造に欠陥があったのだろうとか、

地下水脈の流れが変わったのだろうとか、

しかし、これまでの天災と同様

時が過ぎればそのうち治まるだろうとの

楽観的な見通しはあくまで

人間の勝手な憶測に過ぎないのだ。

 

『だめ。はく、ダメよ。』

唯一本当の原因がわかっている少女は

必死で走り続ける。

『ごめんなさい、はく。ごめんなさい。でも

お願い。どうか・・・』

 

怒れる神による天罰。

人の世に降り注がれた禍は

神の気が済むまでに

治まることはないだろう。

失われたものを取り戻す。

人の手が奪ったものを

再び神の手に取り戻すその時まで。

即ち琥珀川が甦るまでこの天から下された禍は

決して治まることはないのだ、と。

 

『だってもうそこにはたくさんの人々が生きている。

このままではたくさんの人に禍が及んでしまう。

お願い、はく。お願い。どうか・・・』

 

 

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決着がつくまでお付き合いください。