100のお題・097. 宣戦布告(別設定の千と千尋の神隠しより)

別設定のお遊び話・第2部恋人編

 

8・ 宣戦布告

 

「しばらく会えない。」

この夏以来、習慣付いてしまった恋人との休日。

晩秋近い週末の終わりに、竜の恋人から

唐突に告げられた言葉は、何気なさを装いながらも

どこか含みを持っていて、千尋は

そのくりっとした瞳を僅かに泳がすとコクッと頷く。

「ん。」

静かに頷いた千尋の顔を覗き込むように

竜の魔法使いは続ける。

「しなければならないことがいろいろあってね。

しばらくはそなたの元に来れそうもない。」

「・・・しばらくって、どれくらい?」

「そうだな。たぶん、春までには決着がつくと思うけど。」

思ったよりも長い期間だったのか大きく目を瞠った千尋に、

竜の魔法使いは慌てたように、付け加えた。

「どちらにしても春分には、必ず会いに来るから。」

機嫌を伺うように付け加えられた言葉に、千尋は

複雑な笑みを浮かべると、静かに首を振った。

「ううん。むしろちょうどよかったかもしれない。」

「千尋?」

「あのね、私のほうも、言わなきゃいけないことがあって。」

実はね・・・

そうして今度は、千尋のほうが反応を窺うかのように

おずおずと、しかしいつものごとく爆弾発言をかましたのだ。

 

竜は告げられた内容に息を飲み込むとぐっと拳を握り締める。

「・・・そなたのつれなさには慣れているけれど。」

「ごめんなさい。早く言わなきゃと思っていたのだけれど。」

申し訳なさそうな上目遣いは

無意識な分、性質(たち)が悪い、と

自分から会えないと言い出したことを棚に上げ

竜の魔法使いは深いため息をつく。

「お母さんとお父さんがどうしてもって、折れてくれなくて。」

「はくが、反対したらどうしようと思っていたのだけれど。

でも、会えないならちょうどいいよね。」

良かったのかも、とにこっと笑った恋人に

魔法使いの機嫌は急降下していく。

「行くな。」

「え?」

「と言ったらどうするつもりだった?」

千尋は、黒々と潤んだ目を見開くと首を傾げる。

「ん〜。でも、はくはそんなこと言わないでしょ。」

「年末と年始を含んで3ヶ月近くも異国に行くというのに

恋人の私が反対しないとでも?」

「反対、なの?」

問い返された言葉に、竜の魔法使いは

どこか凄みのある微笑を返す。

ぐっとつまった千尋は、それでも頬を膨らますと

だって、はくだって会えないって言っているくせにぃ・・・

もぐもぐと口に中で呟きながら

情けなさそうな声で呼びかけてきた。

「はくぅ。」

愛おしさ半分、苛立たしさ半分。

若い恋人の困ったような声に、

僅かに溜飲を下げた魔法使いは

ふふっと軽く笑うと柔らかい頬を突っつく。

「行っては欲しくないけれど。」

「でも、そなたが必ず私の元に戻ってくると

約束するのならば、行っておいで。」

「はくったら。当たり前じゃない。」

ぱあっと明るい笑みを浮かべた千尋は

一転してうきうきと続ける。

「一応、語学留学って形をとるから

出席日数は調整してもらえるけれど、

春休み中に補習と進級テストを受けなきゃ

留年になっちゃうもの。」

そう言うと、頬に添えられた手をつかみ

まるで踊るかのようにぶんぶんと振りまわす。

「だから、3月の半ばには戻ってくるから。

ああ、でもほんと言うと楽しみなんだ。

ネイティブアメリカの文化って興味あるから、

そっちの博物館とかにも連れて行ってもらうつもりなの。」

「そう。でも私のことも忘れないようにね。」

「はくってば、もう。」

千尋ははにかむ様に笑うと、ぴたっと動きを止める。

「でも、はくのほうは何で会えないの?

お仕事が大変なの?」

「ん。まあ、いろいろとね。」

「無理しないでね。」

「もちろん。」

竜の魔法使いはその心情を丸ごと映し出す愛おしい娘の

顔をそっと包むと、思いのたけを込めるかのように

深い口付けを贈ったのだった。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「ここ、か。」

竜の魔法使いは、駐車場の白線が引かれた

アスファルトの上に立って、目の前の光景を眺める。

同じような形の大きなマンションが数個連なっているそこは、

かつて彼が主であった河の跡。

自身の中に落ちてきた、かの恋人を救い上げた場所。

山の清水のごとく清らかとは言えなかったが、

しかし水音も高く流れ下っていた当時の

面影も気配もすでになく、どこか不自然なほどに

人工物だけに覆われている。

「これは・・・」

人型に転化している竜の魔法使いは顔をあげると

サングラスに隠された瞳を空に向け、

かすかに眉をしかめた。

「気の流れがこうまで滞っているとは・・・。」

時間の問題、だな。

と心の中だけで呟き、きびすを返す。

と、

「こんにちは。」

このマンションに住んでいるものだろうか、

若い主婦といった数人の女性たちが

買い物袋を手にすれ違いざま、頭を下げる。

それに合わせて軽く頭をさげ歩み去ろうとした男は、

背後の気配にふと耳をそばだてた。

「いやん。かっこいい人ねえ。」

「はじめて見たけど、引越してきたのかしら。」

「ん〜どうかしら。ここって家族向けだから、

ああいうタイプのイメージじゃないわ。」

「あら、案外新婚さんかもよ。」

そんな姦しいうわさ話に憮然として、

去りかけた男は突然の悲鳴に思わず振り返った。

「やだあ。見て、ほら。」

「ああ、またあ?」

「やっぱり、何かあるのかしらねえ。」

「でも、いくらなんでも買ってきたばかりなのに、

もうしおれかかっているってどういうことよ。」

夏場でもあるまいし、ねえ。

ほら見て。

と、中の一人が目の前に掲げたのは

シクラメンの鉢で、買ったばかりらしいそれは

屹立しているはずの花が見事にへたれている。

「ねえ、1回保健所かどこかで調べてもらったほうが

いいんじゃないかしら。ほら、ダイオキシンとか、

いろいろ汚染物質の事が話題になってるじゃない。」

「そうねえ。うちのベンジャミンも半月と持たなかったのよねえ。」

「そうよねえ。やだ、恐くなっちゃった。」

「でも、主人がねえ。」

「あんまり悪い結果が出ると、ここの

資産価値が無くなるって言うのよ。」

「うちも買ったばかりだけど、でも健康のほうが

大事だもの。植物が育たないっていうのは

絶対なんかあるのよ。」

シクラメンの鉢を抱えた女性が、高い声で言うのに

次々と賛同した女達は、がやがやとしゃべりながら

各自行くべき場所に散っていったのだ。

 

最後の女性が視界から消えるのを見送ると

竜の魔法使いはつと姿を消し、宙に飛ぶ。

「当然だろう。」

風の中に混じるのは氷のごとき響きで。

「神を失った地に、天の加護があるものか。」

 

河を埋め立て、マンションを建立してより、十余年。

辛うじて残っていた、神威の名残も完全に消え去り、

不自然にたわめられた自然の気流が、

悪しき流れを呼び起こそうとしている。

木も草も一本とても見当たらない

不自然なほどの人工物に覆われた地。

竜の魔法使いは、空の高見から

かつての支配地を眺め渡す。

琥珀川が流れていた地は

すでに完全に埋め立てられ

そのほとんどがコンクリートで覆われて

人の住む土地となっている。

 

気づかぬほうがおかしいのだ。

 

竜の魔法使いはおかしそうに頬を歪める。

こうして空から見下ろすと、周辺とは

全く気の流れが異なって、緑はいわんや、

命の瞬きがまったく感じられない。

 

まさに、呪われた地、だな。

 

皮肉げな笑みが苦しそうに歪む。

「なぜ人間は・・・」

そうして、鋭い視線を突き刺したまま

固い決意を言霊を乗せたのだ。

「還してもらおう。」

竜の魔法使いは深紅の光を瞳を載せ、

これから、襲うであろう災いに思いを馳せる。

もはや人間への慈悲など望むべくもなく。

しかし、ふとよぎった面影に深紅の光が翳っていく。

「そなたが知ったらなんと思うだろう。」

 

そう、好都合かもしれない・・・

今このときに、そなたがこの国からいなくなる。

むしろ、天の配剤かもしれない、な。・・・

 

神に仇為した人間たちに

神の怒りを思い知らせん、と

竜は一つ首を振る。

そうして、鬼と化すことを思い定めた竜の魔法使いは

神還るべくその力を発したのだった。

 

 

おしまい

 

 

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ハク様、お手柔らかに。

と言いたいけれど、

千尋さんがアメリカの両親のもとに遊びに行っちゃった以上

彼を鎮めて止めることが出来る存在はもはやいないのかも。

 

 

琥珀川。

埋め立てられてマンションが建ってしまう河って

どんな感じだったのか、イメージがなかなか湧かなくて。

でも、考えてみれば

うちの近所にもあったんです。

一つの谷筋を完全に埋めたてて

住宅街になっている場所。

きっと琥珀川って、

総延長10キロくらい。

地方都市の近在の山にその源を発していて

一気に大河に向かって流れ込んでいく、そんな河。

途中途中、深い淵があって、その流れの速さから

高低さはあっても谷を形作り、

その中を流れ下っている、そんな河。

 

いーやー。怖いー、埋立地だよー。

しかも河の上にあるんだよー。

そんな場所に家やマンション

建てるなっつうの!!

琥珀主が時間の問題だな、と呟いていたけれど

主様が手出ししなくても

いずれ地盤沈下とかでマンション崩れちゃったかも。

さあ、はく様。

千尋さんがネイティブアメリカンの

イケメンのお兄さんに口説かれている間

頑張って、働いて神様に返り咲いてねん。