第4部竜王たちの伝説 

第1章、降誕・・・過ぎるほどの

きゃらきゃらとした笑い声が庭に

面したテラスから聞こえてくる。

 

「リンさんってば、南帆子さんがかわいそう。」

「いいんだよ。だいたいあいつが

甘えすぎだったんだし。」

「え〜っ。でも私、南帆子さんの気持ちわかるもん。」

「せんはいいんだよ。むしろもっと甘えて見せろっつうの。」

 

この森に銭婆の突然の来訪があったのは2ヶ月前のこと。

この春、千尋の帰還を知ってより、たびたびの要請にも

関わらず、千尋との対面が叶わなかったリンは

銭婆の来訪後すぐにあった、頑固でいまいましい

龍神からの突然の繋ぎに驚くと同時にさもありなんと頷いた。

『千尋が貴公に会いたいと望んでいる。来訪を請う。』

傲慢な譲歩としか思えない繋ぎにむっとした思いは

すぐ次に届けられた千尋からの手紙にあっという間に消えうせ

いそいそと標の森に出かけたのだ。

それ以来、入り浸っているとしか言いようのない状況に、

今度は森の主の方がむっとしているのも小気味よく

リンは千尋と会えなかった4年近く分の

旧交を温めるのに余念がないのだ。

 

「この本は南帆子さんのだったのでしょう?」

「ん〜っと、あいつが最後に子を産んだのは38のときか、

ひぃふぅっと、もう30年くらい前のだけどな。」

「あら、じゃあ南帆子さんの子どもってそんなになるの?」

「大騒ぎして生んだ一番上の俊也は、

来年には40だぜ。んで、つい最近産まれた

ばかりだと思ってた俊也の子はもう15だ。」

人間って、ホントあっという間に年をとるのな〜。

ギシッと後ろに寄りかかって椅子をゆらすと

リンは嘆息をする。

「もっとも、お前もハハオヤになるっつうんだから

それだけの時が過ぎてってるってことなんだろうけどさ。」

そういうと、ほんの少し目立ってきた千尋の腹に手を伸ばす。

「俊也の嫁さんはさ、人はいいんだけどこっち系の力は

皆無でな。新しい本はさすがに借りられなくてさ。

南帆子の古い本ですまないな。」

千尋は腹に当てられたリンの手の

優しい感触に幸せそうに微笑む。

「ううん。すっごく嬉しい。銭婆お婆ちゃんに

この子は人間と同じように育っていくって

言われていたのだけれど、私何にも知らなくって。

だからこれを読んで勉強するね。」

「まあ、結局子を身籠ったり産んだりっていうのには

新しい古いはないけどよ。オレもさ、経験者じゃないけど

新波の家の子の誕生はずっと見てきたわけだし

わかんないことや心配なことがあったらオレに聞け?」

「うん。リンさん、頼りにしてるね。」

にこにこと大切そうに本を抱え込んだ

千尋を眩しげに見ると、リンは視線を落とす。

「男かな、女かな。どっちに似てもきっと美形だぜ。」

「え〜!私に似たら平凡すぎてかわいそうよ。

どうせだったらはくに似て欲しいなあ。」

「なんでさ。オレはお前似の子がいい。」

「・・・そうだな、私もそう思う。」

「え?はく?」

千尋と二人、相愛のカップルのような会話を楽しんでいる中、

邪魔者が突然乱入してくるのはいつものことで。

 

『ちっ、来るなよ。』

『私に断りも無く千尋に触れるな。』

『だからそういう情けないことはせんにも

分かるように話して見せろっつうの。』

 

一瞬バチッと音がするかのような不穏な空気が、

龍と狐の間に流れる。が、その原因たる

千尋の、嬉しげな笑みの威力のほうが強く。

互いに不承不承ながら無言の協定を結ぶことに

なるのもいつものことなのだ。

「はく。お仕事はいいの?」

「ああ。今日のところは一段落したからね。」

「リンさんがこの本を貸してくれたの。

お産のこととか詳しく書いてあるというから

すっごく助かっちゃう。」

柔らかく、その実、稲荷神への威嚇を含んだ微笑と共に

独占欲を丸出しにして千尋の横に陣取った森の主は

千尋の手にあるものにちらりと視線を落とす。

「そう、それはよかった。」

微妙な表情で礼を言う龍神にリンはにっと笑ってやった。

「あんたもさ、これを読んで勉強しておいたら?

んで、せんをもっと労わってやれっつうの。」

リンさんったら、はくは充分すぎるくらい優しいってば。

との千尋の抗議を聞き流すと、稲荷神は鼻をならす。

「どうだかね。ニンシン中の女にはいくら優しくしても

過ぎることはないんだってばさ。」

「リンさんったらさっき南帆子さんに言った事と矛盾してるよ〜。」

作為無く龍神が来る前に交わしていた話に戻っていく

千尋にどこか嬉しさを感じながらリンも話に乗っていく。

「いんや。だから南帆子はさ、旦那が

気の毒になるくらいわがまま放題だったんだよ。

ああ、そういえば南帆子の旦那は面白かったぜ。」

「え?聡氏(そうし)君のこと?」

「君ってあいつももう70過ぎの爺さんなんだけどさ。

ま、いいや。聡氏ってば今でも思い出すけど

あいつもつわりになったんだよ。」

「へ?」

驚いて目を丸くしている千尋の長い髪を手に取り

さりげなく指に絡ませながらリンは、

こちらを睨みつけている龍神を笑みを含ませた

瞳でちらっとみやると話を続ける。

「いや〜、驚いたのなんのって。男の癖につわりかよってな。

それが南帆子の体調とぴったり重なっていやがってよ。

その本にも書いてあるらしいけど擬似つわりっつうの?

女房にシンクロするあまりつわりまで経験してやるってどうよ。

まったくあの夫婦は夫婦そろってお騒がせっつうか、未だに語り草さ。

お産のときもやめろっつうのに当然立会うって言い張ってさ。

んでもってやっぱ、生みの苦しみまでシンクロしやがって

俊也が生まれた瞬間にぶっ倒れてやがんの。」

まあ、それだけ南帆子にべたぼれだったんだろうけどさ。

つか、あいつらのイチャツキぶりは今でも健在か。

当時の騒ぎを思い出したのか、リンは感慨深げに言いながら

唖然としている千尋と憮然としている龍神を

見比べると内心ふっとため息をついた。

 

千尋を大切に愛おしく思う気持ちは

負けていないつもりであっても・・・

神気が溢れる長い髪が背に沿って流れ落ち、

柔らかく全身を包み込んでいるその姿。

その妻を己の力の総てを傾けて、護り抱いている森の神。

意識してか無意識なのか妻へ注いだ愛を

誇らしげに見せ付けて、妻から放たれる愛を

誇らしげに受け取って、互いに光り輝きながら

ぴたりと添うている夫婦神。

・・・敵わない、な。ま、今更だけどさ。

 

「男の人にも、そんなこともあるの?」

「めったにないらしいけどな。つか聡氏が特別なのさ。」

「そっか、聡氏君も大変だったんだね〜。」

複雑な内心をおくびにも出さずこうして千尋と他愛無い話を

できることへの幸せだけをかみ締めて稲荷神は笑む。

いずれにしても、この元人間の少女の幸せを願う

その気持ちには表裏などないのだから。

 

明るく透明な笑い声が響き渡る森の一角。

美しい夫婦神が宿るその森の、

平和で穏やかな憩いのひと時は

現実厳しい人間社会の只中に一人で立つ

孤高の稲荷神にとっても、

何よりも大切で貴重な時間なのであった。

 

 

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リンさん、リンさん、リンさあん。

大好き、リンさん。

いやん、久しぶりにリンさんとちーちゃんの

いちゃいちゃタイムを書いちゃった。

本題からはずれているような気がするけど・・・

おまけに、お邪魔虫もいたけど・・・

でもいいの。だってリンさんなんですもの。

(・・・・・・・・・・)

そんなこんなで、前回アップしたあと

『巷にあふれている妊娠出産に関する副読本、

ちーちゃんに贈りたいです。』

とコメントをくださった方、安心していただけたでしょうか。

ちなみに南帆子ちゃんって沙良さんと信也君のお子ちゃまですよ。

(覚えていらっしゃいますか?)

前にちょっとだけ出てきたことあるけど、

もうお婆ちゃんになっちゃっているんですねえ。

ほんと、時間の経過ってあっという間ですね〜。(と、とぼけてみる)