別設定のお遊び部屋4

究極の

千尋はなんともいえない気持ちで

去っていく特急を見送った。

寂しさ半分、腹立たしさ半分、不安もたくさん。

でもちょっぴりの解放感。

まあ、油屋で働いていたことを思い出せば

自分ひとりでやっていくこと

くらいなんともないでしょ。

千尋は自分を奮い立たせると、くるっと体の向きをかえる。

「はく。」

と、そこには駅の壁に寄りかかりながら軽く首を傾げ

千尋を見つめている琥珀の姿があった。

いつから見ていたの?

立ち止まってしまった千尋にゆっくり近付いてくると、

「そなたのご両親は、まことに面白いね。」

「・・・・どういう意味?」

琥珀はくすっと笑うと千尋に手を差し出す。

一瞬ためらった千尋だったが、それでも

取り残された疎外感がそうさせたのだろうか。

琥珀の手を素直に取ると、二人で

家に向って歩いていった。

もう直ぐ家につくという坂道の途中、

それまで沈黙を守っていた琥珀が突然話かけてきた。

「千尋。」

「なに?」

琥珀が繋いでいる手に少しだけ力を入れてきた。

「千尋、ともに暮らしてもいい?」

「へ?」

瞬間、千尋は琥珀の手を振り解くとざざっと音が

するくらいの勢いで後ずさった。

「な、な、な・・」

言葉にならない千尋を距離を保ったまま見つめる

琥珀は懇願するように続ける。

「そなたを一人暮らしなど、どうして、

そなたの両親はさせることができるのだろう。」

あのものたちは、親の庇護という結界を子に与える

意味をなんて軽く考えているのだろう。

狐の親は子離れの時期には

子に対し容赦のない牙をむく。

自分たちの生活を守るために、

お前はお前でやっていけと絆をあっさり断ち切るのだ。

あの親たちが自分の本能に弱いということは

不思議の町で豚にされていたことからも

わかることなのだけれど。

心配でたまらない。

千尋、そなた今、自分がいかに無防備か

分かっているのだろうか。

「もちろん、そなたの許しなくばそなたに触れないよ。

だから、そなたを守るためにそなたの家に

寝泊りさせて欲しい。」

 

千尋は顔を真っ赤にすると首をぶんぶん振る。

「だ、大丈夫だから。うち、お父さんが出張に

行くと決まった時から、ホームセキュリティーいれて

いるし。わたしの部屋に通報装置も設置されているし。

第一、一番危ない人を家に入れたらセキュリティーの

意味ないし。そ、それに、第一男の人と一緒に

暮らすなんて、そんなことできっこないし。」

混乱してナニを言っているのか自分でもわかっていない

千尋は、琥珀に背をむけると早足で歩き出す。

「そ、そういうことだから、じゃあね。」

「・・・送っていくよ。」

「いい、いらない。」

最後の10数メートルを走るようにして

家に飛び込むと千尋は息をきらせながら

ずるずると座り込んだ。

 

琥珀はその後姿を見ながら

小さく唇をかんだ。

それがそなたの望みならば、

すべてそなたの意のままに。

琥珀は、最初の一週間は別として、

千尋をこの家にもどしてから一切の

無理強いを強いていない。

来るなといわれれば行かない。

触るなといわれれば触らない。

それがどんなに切ないことでも。

だから、千尋が拒めば決して強いるつもりはない。

琥珀は小さく唇をかむ。

考えてみれば、千尋が琥珀に

望んだことはすべて、

・・・をしないで、ということばかり。

やめて

しないで

来ないで

いらない

 

ああ、千尋。

そなたが我に望むことは・・・

 

琥珀は指をパチンと鳴らすと

千尋の家に悪しきもの、悪意あるものが

近寄らないように結界を張る。

千尋に知られれば余計なことしないで

と言われるのだろう。

千尋に知られぬよう与える密かな守り。

せめてこれくらいは許しておくれ。

 

コンコン

琥珀は千尋の家の扉を叩く。

「千尋、そこにいるのだろう。

いやならば開けなくてもよいから聞いて。

そなたが呼べばわたしはすぐにそなたの元に

飛んでいく。だから、何かあったらすぐに

わたしの名前を呼んでおくれ。」

「・・・・・」

「千尋。」

「うそつき。」

扉の向こうから小さな声が返ってくる。

「はくは、はくからわたしを助けてくれなかったじゃない。」

琥珀は思わず爪が食い込むほど強く手を握り締める。

千尋・・・

琥珀の胸の内でいつも二つの思いがせめぎ合う。

すなわち、千尋の意思など無視をして

力でもって奪ってしまえと

首をもたげる龍としての本能と

千尋の、その笑顔と優しさと強さを

何よりも愛おしみ、悪きものや苦しみから遠ざけ

守りたいという男としての想い。

「千尋、許して。」

我が我を失って、そなたにしてしまったことは

そなたを切り裂き、傷つけた。

そう、もはや取り返しがつかないこと。

千尋に拒まれるたびに何度でも思い知る。

我という存在の醜さ。

『はくははくから私を守ってくれない。』

千尋、千尋、そなたの言うとおりだ。

それでも、そなたを腕の中から放すことができない。

 

「千尋。千尋。もうそなたの意思を

無視して、あのようなことは決してしない。

だから、千尋。わたしの名を呼んで。

そなたを守らせて。」

「・・・・もう帰って。わたしは大丈夫。」

アナタナンテイナクテモダイジョウブ・・・

 

千尋は、はくの気配が消えるまで身じろぎもしないで

玄関の扉を背に座り込んでいた。

どのくらい、そうしていたのだろう。

そうっと開いてみるとはくの姿は消えていて、

千尋はほっとため息をつく。

そうして、居間のソファーに座ると

両手で自分を抱きしめた。

どうして、忘れられる?

あの時の恐ろしい思い。

千尋は今まで思い出さないようにしてきた

あの瞬間を思い出す。

千尋を組み敷いた、

真っ赤な瞳をしたあの男は、

千尋の知らない男だった。

よく記憶に残っていないほど

荒々しく千尋を蹂躙した赤い瞳の

恐ろしい男。

どうして忘れられる?

あの時のはくの瞳を。

千尋の悲鳴と泣き声が満ちる中

いつの間にか鎮まった動きに

涙に汚れた顔をあげると、そこにあったのは

千尋がよく知る翡翠の瞳。

『はくっ、はくっ、いや、離して。』

その瞳を見た瞬間、すべての記憶が蘇って

千尋は目の前の男の名を呼んだのだ。

『千尋、千尋、すまない。』

それから与えられたのは、慈しみいとおしむような

優しい愛撫。気の遠くなるような快感。

赤い瞳の男が与えた恐怖と苦痛を

はるかに凌駕するほどの愛を

一晩中注がれつづけたのだ。

 

それからの日々、赤い瞳の男が

現れることはなかったけれど、

はくは、千尋を一生懸命なだめ、

落ち着かせようと、千尋の気に入りそうな

ことをなんでもしてくれたけれど、

そうして、許しを請いつづけていたけれど、

千尋は本能で察知していた。

はくは、あの赤い瞳の男と同じ人。

翡翠の瞳が、赤く変わったら

優しいはくはいなくなる。

千尋に愛を注ぐはくはいなくなる。

そこにいるのは、千尋を欲しがり

ただただ、奪おうとするあの恐ろしい男。

千尋は怖かった。

記憶の底に埋もれていた

目の前にいる

はくを懐かしみ、慕いたがる自分が。

だから、帰して。元の世界に、帰して。

わたしがいるべき場所に帰して。

赤い瞳の男に変わるはくが見たくない。

 

はくが好き。

でも、はくが怖い。

はくが、怖い。

 

 

 

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1・人生について で、語っていた千尋は

どうやら精神的にダメージをくらっていて

どっか人格がぶっ飛んでいたみたいで、

いつもの千尋とはかなり違っていたらしいです。

ようやく少しあの時のことを振り返る

余裕?が出てきたらしいですよ。

なので、今のところいくらお式を挙げてもらっても

はくのところに嫁にいけそうもないです。

こんなに怖がってちゃね。

ま、琥珀の自業自得。

信頼を取り戻すのはちょっと無理っぽいね。