別設定のお遊び話7

くもりのない

 

麦わら帽子をかぶり、日差しよけに長袖では

あるけれど、ゆったりと風を通してくれる薄い緑の

チュニック風ワンピースを身にまとった千尋は、

菜園に朝食用の新鮮な野菜を取りに行こうと

重く厚い木のドアを開けようとしていた。

窓からは、早朝にも関わらず真夏だぞ!と

訴えるような日差しと青空が覗いている。

と、力を入れる間も無くドアが表から開けられ

そこには、千尋の顔を見たとたん

その秀麗な顔を無邪気に綻ばす青年が立っていた。

「千尋、おはよう。」

外見は、まさに爽やか好青年そのものに見える

相手に対し、千尋は眉を顰めて腰に手を当て

呆れたように返事をする。

「はく、ま〜た、徹夜開けに直に来たんでしょ。

もう、ほんとに体こわすよ。」

この竜の魔法使いは、沼の底にあるこの魔女の家から、

転変して空を小一時間ほど飛んだ場所にある、

ある町の町外れで「魔法使い」として開業しているのだ。

千尋自身は話を聴いたことがあるだけで行ったことは

ないし、「魔法使い」とやらいう仕事の内容についても

知っているわけではない。が、この世界では銭婆のように

昼間働いて夜は眠るというまっとうな日常を送っている

ものは珍しい部類に入るらしく、油屋と同様、たいていのものは

夕方から明け方近くまで仕事をして昼間は休んでいるらしいのだ。

で、当然この目の前にいる青年も仕事明けの状態で。

銭婆との契約で農作業や糸紡ぎ、編物やら家畜の世話、

そうして、家事全般の手伝いを仕事として請け負った千尋は

当然、夜はくたくたでぐっすりと寝入ってしまうので、唯一

ゆっくり会えるのは、この早朝の時間帯と夕方の時間だけなのだ。

なので、目の前にいる『好』青年は、千尋が、この世界にいる

ひと月あまりの期間、せっせと通うつもりでいるらしい。

「でもトンネルの向こうまで通うよりは全然楽だよ。

まあ、そっちも苦になるわけじゃないけど。」

そなたに会えると思えばね。

そう言って、千尋が持っていた籠をそっと奪った琥珀は

どうやら野菜の収穫を手伝うつもりらしい。

諦めたように肩を竦めて、琥珀の後についていった千尋は

菜園に来ると朝食用の野菜を吟味する。そこには

小さい畑ながら多種多様な野菜が元気に育っていて

収穫しながら毎朝の献立を考えるのも楽しいのだ。

 

インゲンを茹でてお醤油と手作りマヨネーズを

かけるとおいしいかも。それからきゅうりとナスは

昼食用に糠床につけるでしょ。夕べつけたのは食べごろに

なってるはずだし。おなすは余分に採ってキャベツと味噌炒めに

しようっと。あとトマトとレタスとゆで卵のサラダを

作って、ん〜そうね、味噌汁に入れるのは、にんじんとおじゃが。

あっと、じゃがいもは2つでいいから根っこを傷めないように

そっと掘り出して。本格的な収穫はもうちょっと後だから。

ついでに、おくらもたたいてかつお節と合えようかな。

ああ、もろこしの毛が色づいてる。これおやつにとっていいか

おばあちゃんに聞かなくちゃ。んと、こんなもんかな。

とりすぎてもしょうがないし。でもはく、細いくせにけっこう

食べるんだよねって、やっぱり今日も食べていくよね。

千尋は、はくをこっそりとのぞき見る。気持ち良さそうに

早朝の空気を深呼吸している琥珀は、そんな千尋に

気付くとにこっと微笑んだ。さり気に視線を逸らした千尋は

仕事明けのはくのために焼き魚をつけることを決めたり、

ついでに、とばかりに畑の隅になっている無花果と桃も

ぷちっととったりして、やっと満足したのだった。

 

「はく、疲れているんなら座ってたら?

朝ご飯の用意これからだから、少しまたせちゃうよ。」

はくが台所まで運んでくれた籠の中から野菜を出しながら、声をかける。

朝の涼しい風が窓から入って千尋の髪を揺らす様を眺めながら、

琥珀は、台所の椅子に座ると幸せそうに頬杖をついた。

そうして、まるで新婚のようなこんな時間を、

いつかは必ず真のものにしよう、と心に強く誓うのだった。

千尋はそんな琥珀の決意など知らぬげに朝食作りに熱中する。

と、調理が佳境に入った頃、徐にドアが開いて銭婆が入ってきた。

「あ、おばあちゃん、お帰りなさい。三本柱のお姉さん無事

赤ちゃん生まれました?疲れたでしょう。すぐ、朝ご飯にしますね。」

銭婆はくるくると働きながら明るい声で話かけてくる千尋に微笑むと、

いるのが当たり前の顔をして座っている琥珀をぎろっと睨む。

そうして、珍しく夜を徹しての仕事になってくたくたに疲れていた

銭婆はどっこいしょっと、琥珀の真向かいに腰を下ろした。

琥珀はそんな銭婆に澄ました顔で話し始める。

「おはようございます。銭婆殿。夕べはご活躍だったようですね。」

「なんだい、お前。またきているのかい。お前さんのほうこそ

厄介ごとを抱えているらしいじゃないか。」

こんなところに来る余裕なんてあるのかい?

とでもいいたげに鼻をならす銭婆に、琥珀は涼しげに答える。

「ああ、良くご存知ですね。その件はもう解決しました。」

「へえ、どうりでさっぱりした顔をしているわけだ。

あの狸の始末はついたというわけだね。」

「まあ、多少力づくの感は否めませんが、言っても

わからない連中ですからね。依頼主との約束の期限も

迫っていましたし、まあ他に手段がなかったというわけで。」

「ふん、何を使った?」

銭婆が興味深そうに身を乗り出してくる。

呪いがどうの、魔法薬がこうの、と、魔法使い同士らしい裏がありそうな

会話を千尋は聞くともなしに聞きながら手早く朝食を並べる。

「二人とも、お仕事のお話は後にして、お食事をどうぞ。」

そんな千尋に、はかったように顔を向けた魔法使いたちは

今まで自分達が話していた闇に近いような内容と正反対の

千尋の持つ輝きに圧倒され、同時にため息をついたのだった。

 

銭婆は和やかに食事をしている若い二人を眺めながら考える。

琥珀の幸せそうな顔とどこか緊張している千尋の顔。

好きだという青年が目の前にいながら、素直に受け入れる事を

しない頑なな少女。それでも琥珀を切るつもりはないらしく。

 

どうしたいかなど、答えなど出ていそうなものなのに。

はくを知りたいといいながら、あの竜のテリトリーに

行くのをしり込みしている少女は、本能的に

魔法使いとしての仕事の内に、あの恐ろしい男(!!)が

顔を出す事を知っているのかもしれない。

それは、ある意味この世界で生きていく上で必要不可欠な部分で。

甘い顔ばかりを見せていたら、たちまちのうちに食い物にされてしまう。

人間社会が忘れたふりをしている弱肉強食の理が

まさに、そのまま生々しい口を開けている世界なのだ。

 

銭婆は、穢れを知らぬかのような無垢な輝きを見つめる。

そうして、その輝きに魅せられている一匹の雄竜を見やった。

 

まあ、たしかにこの男にはもったいない娘だけどねえ。

胸に下げているあの薬を飲むことを選択したなら

はく竜がぐうの音もでないくらい完璧な婿を見つけてやろうか。

琥珀が知ったら、怒り狂うような考えをもてあそびながら銭婆は考えつづける。

それでも・・・ね。

あんたがほんとに求めている道を決めるのは、あんた自身だよ。

 

 

 

 

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いよいよ、佳境に入っていきます。