故障の多い年、でも何とか乗り切る
買ったばかりのパソコンが壊れた

自分的には、今年のイベント(というかアクシデント)はこれに尽きる。
去年、書き記したように2年使ったパソコンが12月に故障した。しかたがないので、古いパソコンを使っていたが、Windowsも11になったので、新しいものに替えることにした。
そもそもの発端は、メーカーに「古いパソコンを捨てるには、どうしたらよいか?」と問い合わせたことだった。中国人の女性オペレーターが、あれこれ親切に教えてくれた。 それで、新しいものもそこから購入する運びになる。
途中、「在庫がない」との表示が出たが、「在庫はあります」と言う。クレジットカードが落ちないというトラブルもあったが、彼女が何とかしてくれた。
「会社からではなく、自分個人から購入してくれれば、もっと安くなります」とも。――何か、引っかかった。このメーカーは社員に個人営業をさせているのか?  それは頼まなかった。
7月28日に新しいパソコンが来た。セミオーダーで部品を選択したものだったので30万円近くもした。今度は、ハードディスクなしのSSD(ソリッドステートドライブ)にした。
pasocon_new 調子に乗って、古いパソコンとのデュアル・ディスプレイなんてのにも、挑戦した。画面2つだと、ホームページの更新なんかにも便利だ(写真は在りし日のパソコンの姿)。
新たに、お絵かきソフト“clip studio”を購入し、勉強を始めた。
と、そこまではよかった。
9月20日(偶然にも私の誕生日)に、パソコンが不調になった。ディスプレイが頻繁にブラックアウトする。すぐにまた、立ち上がろうとするのだが、しばらくすると消える。
こりゃ、自分がいろいろやり過ぎたためだと、信じ込んでしまった。ここからが苦難の始まり。
SSDは帯電に弱いというのは知っていた。だから、電源を落として、しばらく様子を見たりした。少しは良くなるのだが、またすぐ落ちる。 ネットであれこれ調べたが、直らない。nortonの新機能ソフトを入れたが、直らない。
とうとう青い画面が出るようになった。出荷時の状態まで、泣く泣く戻したが、やはりすぐに落ちる。
サービスセンターは、お約束どおり、電話に出ない。
しかたがないので、購入担当だった中国人の担当者にメールを出し、メーカーから直接電話を入れてもらうことになった。9月27日電話待ち。9月30日に修理の引き取りに来ることになった。
ところが、あれこれ準備をしているうちに、急に直った。あわてていったん修理をキャンセル。
しばらく、だましだまし使っていたが、10月になって超不調。「我慢の限界」に。
10月21日、再びメーカー窓口に電話、修理回収をお願いする。メーカーのサービスセンターは、無料電話はつながらないけど、有料電話番号だとつながることを知った。
まず、窓口担当は「本当に自分たちの会社から買ったのか」を確認する(前回の修理要請の際、終了済み)。 「そりゃ、回路の故障ですよ」と、担当は気楽に言う。
10月23日、回収に宅配業者が来た。
11月1日、修理したパソコンが戻った。ボードを入れ替えたという話だ。設定はまっさらになっているので、一からやり直す。
最近、同メーカーでは、「お客様に手厚いサポート。95%は1日の修理で直る」というCMを出している。ウソつき!
Microsoftから、one-driveが満杯だと言ってきたので、増量(有料)もした。
ようやく、元に戻った。紙ベースで印刷していたパスワード一覧が、命綱になった(やっぱ、紙だよ)。
しかし、古いパソコンのディスプレイは切れたままだった。そっちは諦める。
お絵かきは、意外とノリノリにやっていて、作品もどんどん増えてきている。このサイトには、そのへたっぴいな絵が掲載されている。 だんだんと上達してきているところを、できれば見てほしい。
(参考)clip studio手習い中 第1集→

************

パソコンと悪戦苦闘しているのと同時期、自宅の有線放送の録画ができなくなった。
そっちは、ハードディスクの故障だなと、予想した(そのとおりだった)。
有線放送のサービスセンターは、お約束どおりつながらない。近所に窓口があるのは、日頃の散策で知っていた。
8月25日、窓口を訪問し、状況を説明した。テキパキと対応してくれた。8月29日に修理に来た。機器の取り替えだから、すぐ直った。録画したビデオは消えたけど、ま、しょうがない。

************

東京でのコロナ感染は、終わらなかった。
以下、行政のコロナ指示(去年の追加)
期間対応状況
2022.1.21~2022.2.13まん延防止等重点措置期間飲み屋は夜9時まで(酒の提供は8時まで)
2022.2.14~2022.3.21まん延防止等重点措置期間飲み屋は夜9時まで(酒の提供は8時まで)
その後、制限期間は設けられていない。
12月現在では、第8波(2022年11月~現時点)が続いている(第5波2022年1月~3月を昨年のファイルで抜かしていたゴメン)。 ウイルスがオミクロンになって、行動規制は出なくなった。観光のための宿泊料の補助なども出された。
毒性は弱まったと言われるが、死亡者は高齢者を中心に増えている。皆、マスクを手放さなくなった。
国は当初、「飛沫感染なので2m開けて密を避けろ」と言った、しかも、スーパーコンピュータの画像まで出した(食事時には見たくない)。
個人的な見解という断り書きの上でのことだが、でも、あれって間違いだったんじゃないかと思う。やはり、一定程度の空気感染もあったのじゃないかな。
役所はなかなか自分たちの間違いを認めようとしない。
今じゃ、海外では「換気が一番効果的」という意見が大勢を占めているし、豪華客船での初期の発生は、船内の空調の閉鎖性が原因という説もある。
でも、2m離れれば大丈夫という指示が浸透してしまったし、アクリル板の仕切り板をさんざん買わせてしまった後なんで、ひょっとしたら黙っているのでは・・・。

私も、2月12日に3回目、8月8日に4回目、11月10日に5回目のワクチンを打った。 いつもながら、翌日副反応で熱発する。いい加減、勘弁してほしい。モデルナは副反応がきつくて、熱が丸2日間続いたので、懲りた。
11月27日に急に喉が痛くなった。発熱はない。コロナなのかもしれないが、そのまま放置。3日ほどで治る。
知り合いにも、コロナになる人が出てきた。

さて、行動が制限されないということは、支援金も出なくなる、ということだ。
しかも、コロナ期間中には、事実上無担保・無保証の融資をどんどん行った。その返済が始まる。
これから飲食店なんかが、どんどん潰れていくんじゃないかと危惧している。
実のところ、とっくに潰れてしまってもよかった店が、コロナの支援金と融資でズルズルと生き延びているという見解もある。
街中を見ると、テナント募集のまま、空き家になっている店舗は多い。とても不安だ。

************

行きつけの床屋が廃業した。でも、こっちはコロナが原因ではない。
男性2人組の弥次喜多コンビで経営してきた店だった。背の高い方がオーナーだったが、癌で亡くなった。ちょっと前に、店をビルに建て替えたばかりだった。
「娘のために、何か収入があるものを残してやらなきゃと思ってね」と語っていた。
ビルの1階を任された娘は、そこをギャラリーにした。こんな住宅地で、そんなものが儲かるはずがない。大方、友だちにでもそそのかされたのだろう。
床屋はそれでも細々とビルの片隅で経営していたが、主人の後を追うように、妻が亡くなったらしい。
ビルの借金も残っており、その上、相続税も払わなければならない。
親の思いもむなしく、娘は簡単にビルを売り飛ばした。そういういきさつだ。
残った床屋の相棒に紹介してもらって、別の店に行くようになった。だいぶ高くなったが、安手の店で掃除機のようなもので髪を吸い取られるのは、どうしても受け入れられなかかった。

************

1月にロシアのウクライナ侵攻が始まり、コロナもあって、物価も上がった。年金収入しかない者には打撃だ。
それまで外食をすると、1食700円くらいでおさまったのに、千円を出ることが普通になった。
飲み屋も値上げで、生活がきつくなる(飲まなきゃいいのに、だけどね)

1月頃から、ガンプラが入手しにくくなった。
転売ヤーというのが流行って、まとめ買いしていく。バンダイさんも生産ラインを増やしているが、追いつかない。
どうやら中国人がまとめ買いをしているようだ。
中国でもガンダムが放送されていて、日本と同じく1分の1の等身大のガンダムができたらしい。
また、中国では、コロナ発生に対する完全封鎖対策がとられた。いわゆる「ゼロコロナ政策」だ。
これで上海が封鎖され、家電が購入しにくくなった。中国の経済が、日本にまで影響するようになっていることを実感した。 それだけ、日本の生産力が落ちているということの裏返しである。
大丈夫か? 日本経済。

7月8日に、街頭演説中の安倍晋三元総理が凶弾に倒れて、亡くなった。これはショックだった。
まさか、自分の存命中にこんな事件が起こるとは、夢にも思わなかった。
犯人は、親が統一教会の信者で大金を貢ぎ、それに安部氏が加担していると恨んで、凶行に走ったという。 以来、統一教会バッシングが広まり、テロが成功した事例となった。
そういや11月19日、我が家の近くでも殺人未遂事件が起こった。隣の住民の騒音について苦情を訴えてた美容師が、我慢ならずに商売道具のハサミで刺してしまったという顛末だ。
その後の報道によると、被害者の男性は古くからの住民で、水道工事業を営み、特段社会性に問題はなかったという。猟奇性を感じる。そのうち報道されなくなる事件かもしれない。
物騒な世の中になったもんだ。
刑務所に入れてほしくて、人を殺害するような若者も出てるし・・・。

************

高岡瑞龍寺 8月13日に親戚のおばあちゃんが亡くなったという連絡が入った。しかし、コロナ第6波(2021年7月~9月)が山場にさしかかっていたので、すぐには弔問に行かないことにした。
そのかわり、9月12日にお線香を上げに高岡まで日帰り旅行をした。
おじいちゃんも高齢でキツそうな様子だった。「せっかくなので観光旅行でも」という気分ではなかった(写真は時間調整のために立ち寄った高岡市の瑞龍寺)。

************

自分自身についても、終活を進めることにした。
すでに前年の3月、春のお彼岸の折、菩提寺の住職に幾ばくかの費用を渡し、「私が墓参りに来なくなったら、これで墓じまいをしてほしい」と頼んであった。
実は、我が家の墓の隣にあったのは、私の祖父の無二の親友の墓である。「死んだ後も、並んで眠ろう」という話だったと聞いていた。 そこで住職には「当家が墓じまいすると、隣の墓の家族が気を悪くしないか気がかり」と伝えた。だが、今年のお盆に墓参りに行くと、隣の墓の方が無くなり、平地になっていた。
まぁ、世の中なんてそういうものなんだろう。

************

6月9日、三井住友銀行のエルダープログラムというのを始めた。
高齢者に対する、日常と終活サービスを行うという事業だ。実は、「そういうサービスがあると良い」という趣旨のことを、以前インターネットに載せていたことがある。
(参考)一人暮らし中高年向け安否確認事業→
自分で言っておきながら、自分が入らないという選択肢はないだろう、という判断だ。
内容は、私が想定していたものとは、少しばかり違っていた。
まず、条件として
(1)銀行に1,000万円以上の預金をキープすること
(2)エルダー専用の口座を用意すること
(3)毎月1回の面談をすること(有料で1回あたり9,900円・含消費税・(2)の専用口座から引き落とし)
(4)その他、付帯サービスは、無料のものと有料のものがある

(1)の負担は大きい。年金では食っていけないので、いつかは預金額が1,000万円を下回る。そうなると続けられない。
(3)はやむを得ないとしても、やっぱ毎月1万円近い支出は、長くなると大きい。でも、天涯孤独の自分の「生き死に」を気にかけてくれる人がいると思うと、それくらいしょうがないか。
(4)はちょっとガッカリした。というのも、私が欲していたのは、「遺言信託」と「死後事務委任」だ。どちらも有料になる。
遺言信託の方は財産の多寡にもよるが、着手の際の費用が1割くらい安くなるようだ。 まだ頼んでいないが、自筆の遺書なら費用はかからないのに、かなりの費用が必要。
もちろん、自筆遺書だと、見つからない場合のリスク、書式がちゃんとなっていなくて無効になるリスクがある。 でも、それはやむを得ない、というか、死んだ先のことを心配しても意味がない。
「死後事務委任」は別の法人に依頼することになる。調べてみると、最低でも140万円近い金額が入会時に必要だ。 もちろん、規定以外の注文を出せば、その費用も付加される。たぶん、結構大きい。例えば、葬儀経費は直送のみで、その先は経費アップになるという。
銀行のプログラム経由だと割引があると期待していたが、入会金の2万円が免除されるだけなんだそうだ。
せめて、総経費の1割くらい安くなると、利用のしがいもあるのだが。
ということで、付帯サービスについては、現在、未着手である。死ぬまでに使い切れないほどの財産を持っている人や、遺産相続でモメそうなほど多数の相続人がいる人にとっては、 たぶん、いい制度なんだと思うが。
私としては、当分様子見で、「自分の死を予感したら、あれこれ進めよう」と考えている。

************

ところで、オリンピックだが、あんなに、やっとこさっとこ開催したにもかかわらず、後から汚職・不正が出るわでるわで、全然、終わった感じがしない。
電通から来た<高橋治之>なる人物が東京オリンピック・パラリンピック組織委員会理事をやっていたのだが、 オリンピックがらみで、あっちこっちから賄賂をもらっていたということで逮捕された。
前回のオリンピック誘致がリオデジャネイロに負けた件で、マスコミは気楽に「ロビー活動が日本は力不足」なんて脳天気に解説していたので、嫌な予感はしてたんだよ。
ロビー活動って、要するに裏工作じゃないか。そこに使う金、公費からは出ないよ。
影響力のある人物にそれだけの権力を与えれば、必ず不正行為につながっていく。
捜査はまだ着手されたばかりなので、細部は今後の報道を待たなければならないが、ホントにもうウンザリだ。
その後も、企業間の談合話が発覚して、私の知ってるイベント屋の名前がずらずら芋づる式に出てきた。
昔と違って、企業間の調整など、公務員にできるはずがない。違法なんだもん。自分の手が後ろに回るようなことは、やれない。
だったら、企業同士で調整してくれた方が、ありがたい。そうなっちゃうよな。
オリンピックに向けて、死ぬほど働かされた職員が不憫でならない。その中には、私の知り合いもいる。
(それにしても、そういうものに巻き込まれる前に退職した私って、先見の明があるよな――と自画自賛しておこう)

************

最後に今年見た映画だが、「シン・ウルトラマン」と「トップガン・マーベリック」の2本だけ。面白かった。でも、映画は半年~1年待って自宅の有線放送で見るものになってしまった。 だって、いつでもトイレ休憩とれるもの。その間は、一時停止しときゃいいし。
展示会は、行動制限がなくなったので、また行くようになったが、これまでの経験から、自分にとって興味のあるものに絞った。 東京ビッグサイトには、1年で14回訪問したが、多くの展示会で規模縮小やドタキャンの空きブースがあり、入場者も少なくなっている。今後が心配。
スマホの歩数計ソフトは5,857km、昨年末は2,973kmだったので、この1年間で歩いた距離は2,884km。昨年よりも少なかったが、そこそこ歩いたことになる。
去年の半ばから、散歩すると右足にしびれや痛みがでるようになっていた。脊椎管狭窄症かなと思う。ギックリ腰も2度やっているし。 今年になってからは、それは次第に軽減されている。しかし、やはり1回に10km以上歩くと、翌日はちょっとキツい。
そんなこんなで年が暮れてゆく。

次のページへ→

自分年代史に戻る→

トップページに戻る→