理想の展示場を作ろう
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施設に愛称をつけよう

理想の展示場には、人の心を引きつけるネーミングが必要です。
とはいっても、発案するのはなかなかたいへん。
参考までに、東京ビッグサイトの愛称募集の際の経過を説明してお茶を濁します。

すでに「なんたってビッグサイトの味方です」で書いたように、「祭都+site(展示場)」という意味合いでこの展示場には愛称がつきました。私は、当時の「東京国際展示場愛称募集」の事務局担当です。

名前をどうつけるかということは、ひじょうに重要な要素です。

当時の「東京国際展示場愛称募集」の概要は以下のとおりでした。

1 採用作品 1点(賞金20万円) ※せめて100万円くらい出してあげたかった。 
2 優秀作品 10点
3 応募総数 6432点
4 募集から決定に要した期間は約半年
5 商標登録上問題がないか事前チェック
6 選考委員会を設置
7 キャンペーン実施委託先 旭通信社

今から振り返ってみると、この愛称募集作戦は、時期(オープン1年前)が遅かったように思えます。
当時、都庁関係者の認識は「愛称募集=PR活動の一環」程度でした。だから、開業直前が最適とされたのです。
このため、ゆりかもめの駅もりんかい線の駅も名前は「国際展示場」になってしまいました。道路標識すら間に合わない状況でした。
単なるPRと割り切れば、時期もこれでいいのですが、いい名前をつけ、それを定着させることは、集客力に直結するのです。

募集して一番多かった作品は「東京メッセ」でした。
「幕張メッセ」というのも、あの頃としてはひじょうに斬新な名前で、インパクトが強いものでした。本名の日本コンベンションセンターとなのったところで、知る人は少ないでしょう。
もちろん、ライバル展示場と類似の名称をつけることはできません。

愛称やシンボルマークをつけるときに一番大事なのは何かというと、実は、選考委員の人選です。センスのいい人たちを集めなければ、どんなにいい候補作があっても、募集作品の山の中で埋もれてしまいます。

東京国際展示場の場合、選考委員には、都庁関係者ばかりではなく、会場の設計者や展示会関係者にも加わっていただきました。

募集にあたっては、4大新聞のほか、懸賞関係の専門誌に広告を載せました。いゃぁ、これが効果絶大なんですね。専門誌に載った途端に、どどっと来ました。
でも、1890億円の展示場のネーミングの懸賞賞金が20万円というのは、あまりといえばあまりで、他の募集広告と比較してみても、ずいぶん安くて、恥ずかしい限りです。

さて、6千を超える応募作をすべて委員に渡して「ここから選んで下さい」では失礼です。まず、私たち事務局が吟味し、重複を除き、明らかに不都合なものを排除しました。
実際、6432の名前すべてに目を通すだけでも、6時間かかります。事務局全員が、これを何回か繰り返したのです。
それでも、200あまりに絞り込むのがやっとでした。

選考委員は皆、忙しい人たちですから、何回も委員会を開くわけにはいきません。
そこで、選考委員には、絞り込み後の候補作を事前に渡し、そこから気に入ったものを20作品ずつ持ち寄ってもらうことにしました。

これで100あまりに減ります。
さらにこれを委員会で吟味してもらい、最終的には優秀作10作品を決めました。

次にこれを弁理士にお願いし、商標登録上の障害がないか調査します。

聞くところによると、建築物の場合、商標上の問題は起きてこないとのこと(だから、レインボーブリッジのような他でもありそうな名前もつけられる)ですが、展示場側としては、売店に置く記念品などに愛称を使いたいのです。
また、商標チェックをかければ、他に類似名称があって抗議されることも、事前に避けることができます。

実際、このチェックの後、10作品中5作品がクロとされました。たとえば、選考過程で有力だったある作品は、某衣料メーカーのブランド名でした。
いい名前って、他にもけっこうたくさん使われているのです(なお、ネーミングについてのよもやま話は「ネーミングあれこれ」にも、紹介してあります)。

こうして残った作品5点に、選考委員会の意見を添え、鈴木都知事のご裁断を受けました。その結果、「東京ビッグサイト」となったのです。

応募作には「東京」の二文字はなかったのですが、営業上のメリットを考え、発案者の了解をとった上で、当方で付け加えさせていただきました。
「幕張」メッセを大いに意識した結果の「東京」です(でも結局、ほとんどの来場者は、東京を省略して“ビッグサイト”としかいっていませんけどね)。



決まった名前をもとに、協会でよく使うデザイナーさんにお願いしてロゴマークを作りました。あまり著名な人でない方がいいだろうとの判断でした。
日英6点ずつ候補作を作り、その中から各1点を、見本市協会職員の投票で決めました。上のロゴがそれです。
ちなみに、虹はレインボーブリッジ、青い線は海、そして▼が展示場を象徴しています。
このロゴマークが、後日、売店のちょうちんにあるのを見たときには、デザイナーさんも絶句したそうです。

ちなみに、展示場にはこのほかにシンボルマークがあります。
これも選考委員会を作って、コンペにより決めました。
こっちを作ったのは有名なデザイナーです。
しかし、作者があまりにも大物であったため、使用にあたっては、逐一了解を取らなければならないことになってしまいました。
使用先も制限され(ちょうちんなんて、もってのほか)、背景の色は白でなけりゃいけないとかの制約もあり、あげくの果ては「ビッグサイト」の名称が気に入らないのでいっしょに使うな、なんていわれ、そんなことで、シンボルマークの方が、事実上、使われなくなりました。
いいマークなのに残念です。
こちらの選考委員には日本屈指のデザイナーをお願いしましたが、「作品を選ぶよりも、できることなら私がシンボルマークを作りたい」と、皆さんがおっしゃっていました。

「理想の展示場」を作る場合にも、おそらく同じような愛称をつけることとなるでしょう。
たぶん、同じような選考過程をとります。

しかし、ほんとうにいい名前があって、それに自信があるのなら、一気に決めた方が、何かと好都合です。

ちなみに、「ゆりかもめ」は、「もうこれ以外の名前はない」という強引なトップの鶴の一声で決まったといいます。今では、社名まで株式会社ゆりかもめになるくらい、有名になりました。大したもんです。

公募したからって、いい名前が付くとは限らないのです。
たくさんの費用をかけて公募することよりも、著名な人に依頼することよりも、有力者で選考委員会を構成することよりも、その施設に対し、ほんとうに愛情を注いでくれる人たちが名前を考えてもらうことが、結果、一番いい愛称を生み出す秘訣ではないでしょうか。

コミックマーケットの来場者なんかに機関誌を通じて愛称を募集したらどんなだっただろうと、そんなことを考えてしまう今日この頃です。

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