第69話 『年明けは、故意の季節』
ふらり、ふらりと、海岸を歩く傷心な少女が二人。
小雪交じりの潮風が波打ち際に白波を転がしていく。
「ふっ 年を越してしまったわ。来年の春は・・・」 泣き
「・・・・」
「あの女の魔の手から、シンジ君を救い出さないと・・・」
「・・・・」
「全てのシナリオが切り崩されている・・・」
「・・・・」
「裏切り者がいるわ・・・」 涙 じっー!
「ていうか。あんたとは組んでないでしょ 最初から・・・・」
「シンジ君は、レイに騙されているのに気付いていないのよ」
「あのバァカ〜 喜んで騙されているんでしょうよ」
「人が人を好きになるのはね」
「見かけとか、見かけとか、フィーリングとか、第一印象だとか」
「そんなの、くっだらない」
「・・・・」
「笑顔が良かっただの、表層面に惑わされちゃいけないのよ」
「・・・・」
「相手の正体、気質、思考とかも、わかって」
「良いところも、悪いところも理解して尚、好きになるべきよ」
「極端だからね。あの二人・・・」
「なんとか、正体を・・・」
「それ、あんたにも当てはめるの? マナ」
「くぅううう〜 あの性悪女〜」
「最近は、レイの料理の腕も上がって、マナとのアドバンテージも、なくなっているわね」
「ぅぅ 元々のスキルが高い上に貪欲に盗んで吸収するから始末に終えない」
「手料理を自慢するからよ」
「むかぁ〜」
「ふ このままだと餌付けね」
「なんとか、婚約を解消させて仕切り直さないと・・・シンジ君がレイの毒牙に・・・・」
「・・・・」
「なんとか、私がレイより、良い女だとシンジ君に見せ付けないと・・・」
「いまのシンジの知的水準は、レイの教育で成り立っているのよ」
「あんたの好きな相手は、そういうやつよ」
「・・・ぅ・・・」
碇シンジの実質的な恩師は、綾波レイだった。
連邦宇宙軍本部
旧NERVと各国の宇宙開発局の連合は、宇宙だけにはとどまらず。
平行次元世界に対する対策も同時に行われる。
そして、恒星間転移能力を持っていない。
地球連邦軍の目は、太陽系より平行次元世界へと向きやすかった。
アスカが画策して、レイが道筋をつくり、マナが実行。
文民側の代表のシンジが神輿に乗り、相応の権限で、そこにいる。
「あ、綾波」
「なに?」
「み、みんな、僕のこと、どう思っているのかな?」
「気になるの・・・人が何を思っているのか?」
「だって、みんな、精神感応世界で繋がっているから・・・」
「そう・・・」
「あ、綾波は、き、気にならないの?」
「みんなが何を考えているのか・・・」
「いいえ、碇君が、わたしを、どう、思っているか、だけ」
ぽっ!
「あ、綾波・・・」
『バカシンジ』
『レイは地位と性格と相関関係から誰がなにを考えそうなのか、見当がついているのよ。あんたとは違う』
『シンジ君〜 レイに騙されているよ・・・』
会議が始まる。
シンジは、アスカとレイが作成した資料を見るだけ。発言は、ほとんどない。
「平行次元サハクィエル系世界のガミラスの手法は、だいたい、わかったわ」
「空間転移装置を組み込んだ小惑星を目標とする恒星系の外へと送り出し」
「目的の太陽系外縁部の軌道に乗った後は、観測を行い」
「もし太陽系開発が可能であれば、ロボット惑星開発船団を送り込む」
「恒星間宇宙戦争は、費用対効果で損なのでは?」
「何らかの、誤解による戦争状態と考えられます」
「外宇宙に対する脅威は、わかりますが空間転移に対する技術は見込みが立っていない」
「平行次元世界への探査に集中すべきだと・・・」
「宇宙艦隊と虚空潜航艦を同一にするのは、問題ありませんか?」
「・・・それは・・・予算上?」
「予算を言い出されると是非もありませんね。同一が運用上において、有利かと・・・」
「ATフィールド艦隊は、コアと人材の関係がありますし」
「数の上でも、大きさ、費用、運用の上で、制限されると思いますが」
「ATフィールド艦隊と、既存の技術艦隊の二重構造となりそうですな」
「ゼーレ球が本領発揮すれば、制限無しで強力な両用艦隊になるのですが・・・」
「いまのところ、ゼーレ球に、それだけの力は、ありません」
「現用で考えましょう。反重力エンジンは?」
「エヴァ光質で一部代用が利きますよ」
「ですが、ATフィールドと反重力装置の干渉を調整しないと・・・」
「確かに、代用できない部分があるので完全ではありませんが将来的には、複製できそうです・・・・」
シンジは、ボンヤリと、お任せスタイル。
客観的に自分より頭の良さそうな人間が集まって話し合っているので、
不正腐敗がなければ、そのまま、サインする気でいる。
敵が存在していない間は、象徴的な軍隊で、予算も必要最小限に押さえられ
工廠などの整備が主役。
日和見な碇シンジが、まとめ役で穏健になりやすく。
さらにトリニティの監視を掻い潜って、利権を不用意に拡大すれば命取り。
それなりに健全な制度が構築されていく。
シンジが能力を過信し “俺が、俺が” で自己主張していけば、穴が作られ、
味方を作ろうとする為、歪な利権体制が作られるところ。
人類統合の草創期において、
歪な制度が作られなかったのは、幸運だったかもしれない。
海岸近くの大豪邸
ちょっと暇な正月。
ロボットメイド香取は、トリニティ直結で優秀だった。
しかし、この館では、その機能も発揮しにくい。
レイ、アスカ、マナ共に体力過剰で頭を使うか、体を使わないと、エネルギーを持て余してしまう。
おかげで、戦闘能力だけでなく。
シンジに良いところを見せようとしているのか、掃除、洗濯、炊事など、生活能力も高い。
さらにプラスアルファ・・・
「また、あの二人が動き出したの?」
アスカがグー。マナがグーでジャンケンを始める。
いくつもの事を同時並列で出来るのだから天才なのだろうか。
「懲りないわね。今度は、産業スパイね。こっちの情報をライバル企業に流している」
「ったく・・・」
アスカがパー。マナがパー
「あ、香取、それ浸け置きしているから1時間くらい、放っといて」
「はい」
アスカがチョキ。マナがパー
「あ、勝った♪」
「げっ!」
「むっふふふ・・・」
「アスカ。あんた、I・S・Iで、忙しいんでしょ シンジ君の散髪ぐらい。私がやるわよ」
「はぁ〜 企業運営シナリオは、出来上がっているの」
「・・・・ぅぅう」
「微調整くらいならトリニティがやってくれるし」
「事故や面倒が起きてもレイが片付ける。突発的な事件が起きてもマナの出番」
「ぅぅ・・・」
「だいたい、この天才、惣流・アスカ・ラングレー様に見落としは無いわ」
「ぅぅ・・・」
「ということで、次のシンジの散髪は、私ね」
「ぅぅ・・・」
あまりにも、暇なのか、I・S・Iの仕事もこなすほど。
ヘタレな人間だと自分の生活すらままならない。
しかし、3人のスキルの高さ、効率の良さも、行動力も常軌を逸して突出していた。
調理室。
そして、シンジも、元々、家政夫としての気質が強く。
料理を作るのが趣味だったりする。
「シンジ君。クロワッサンは、324層が良いんだよ」
「カヲル君。本当にできるのかな」
シンジは、パン粉をこねている。
「創作能力のある人間は、貴重なんだ」
「だけど、面白ければ、良いだけじゃ・・・」
「批評家の言うことは、正しくても、面白くないよ」
「じゃ 創作能力のある人と、批評家が、組めば、無敵?」
「普通は、手前味噌とヤッカミで、想像力が無いとか。技術力が無いとか」
「互いに相手を貶し合うから、組むことは、珍しいんだ」
「上手くいかないんだ」
「互いの短所を埋めて、長所を融合させるには、苦痛だし、エネルギーが必要なんだ」
「た、大変かも・・・」
「相手の優れているところを褒めて、自己嫌悪に陥るより」
「相手の劣っているところを嘲笑して、自己満足の刺激で、喜びたいんだ」
「ゼーレの人類補完計画は、歪な人間の長所を集め」
「短所を切り捨て、巨大な球体を作るようなもの・・・」 レイ
「そ、そうだったんだ・・・」
「何かを犠牲にして、何かを延ばす。大多数の人間は、能力のソース配分が歪に違うだけだよ」
「それなのに相手の弱点ばかりを責めるんだ」
「人類社会は、プラスより、マイナスになりやすいよ」
「個人の対立を超えて集団を作っても、人種、民族、国、宗教、文化、言語で対立」
「でも、精神感応世界になって、少しは、抑制されているわ」
「それでも和解とか、融合は難しいからね。普通は、足の引っ張り合い、潰し合いかな」
「異質な出会いと刺激に耐えられない人間もいるわ」
「それが普通だよ。ストレスになるしね」
「気持ちの平穏を求めるには異質なものを抹殺するか。対立。分裂が楽なんだ」
「刺激が進歩を促進するのに・・・」
「あ・・・破けた・・・」
「もう・・・駄目なのね」
「綾波さん。そういう時は “なんやてー!” って、言うみたい」
洞木が本を見て呟く。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「言えない」
冬月副司令も、現役で世話いらずに近い存在だった。
「そこで、桂馬が跳ぶか・・・」
「・・・・」
おかげで人間に奉仕、面倒を見るはずの香取は、暇だった。
デルタ機 シンジとレイ。
初号機のような一体感はない。
しかし、ハーモニックスシステムを持たない無機質な機体より操縦しやすかった。
トライデント機の光質増殖は、使徒戦後、対ゼーレ戦後も重要だった。
二人っきりで、のんびり空中散歩できて、同時に親密になれて、一石二鳥。
レリエル系のレリアース艦が居住性の高い探索用強襲揚陸艦に近いイメージなら。
トライデント機は、重爆撃機とか、大型戦闘艇というところ。
格納区画や居住区画が小さい分だけATフィールドが強く展開できて機動性も良かった。
「綾波、ど、どこか、行きたいところは?」
「碇君の行きたいところに行きたい・・・」
レイに完全に委ねられると、少しばかり、嬉しかったりする。
エイに似たトライデント機は、万能で海中から宇宙まで、
これといった目的地はない。
いろいろ思い巡らせて、大気圏と宇宙空間を行ったり来たり。
オーロラの幕を縫うように飛ぶ。
大気圏突入時の方が危機意識からATフィールドを展開しやすい。
エヴァ光質の増殖は、一定以上のシンクロ率とATフィールドが必要だった。
「・・・碇君。少しオーロラから離れて」
「うん」
機体をバンクさせて、オーロラから離れていく。
「・・・・・・・・」
「どう?」
「反重力装置が少し乱れる」
「影響が出るんだ」
「ええ、位相空間のATフィールドと反重力装置は、干渉しあって」
「相性が悪いから電磁波の調整に時間がかかる」
「だから、シュルツ艦は、ATフィールドに対する備えがなかったんだ」
「シュルツ艦は、アンドロイド兵ばかり」
「居住区の造りもアンドロイド用。機械は、ATフィールドを展開できない」
「・・・でも、改造したシュルツ艦は?」
「居住区画は、ユニット式になっていたもの」
「コアとエヴァ光質で増層して、ATフィールドも展開できるようにしたけど」
「ATフィールドが必要ないほどのエネルギーフィールドを発生させられる」
「じゃ コンピューター制御の無人ロボット艦というのは、同じなんだ」
「ええ。人の生活空間は、高くつくもの」
「ATフィールドは強力だけど、生身のパイロットは、一人か、二人・・・」
「す、少し寂しいね」
「ええ、環境が整うまで、トリニティとロボット任せが楽」
「有人と無人に分けたほうが良いの?」
「戦争にならない限り、分けた方が合理的」
『シンジ君。あと5分で、渚君と洞木君のアルファ機と合流する。そしたら、演習を始めるよ』
「はい、日向さん」
トリニティの仮想世界シミュレーションは、実弾演習と、ほとんど変わらない。
それでも威力を100分の1で被害判定を100倍にして、
確認の為、実戦に近いシミュレーションが行われる。
アルファ機とデルタ機は、一度、合流すると、バンク。
渚カヲルは、アルファ機の底上げの為に乗っている。
そして、シンジとレイもデルタ機の底上げの為に乗っていた。
航空戦は、空中だけにとどまらず。海中も、宇宙も、縦横無尽に駆け巡る。
ATフィールドの位相空間を利用しなければ、こういった芸当はできない。
デルタ機は、綾波レイの戦術機動で勝り、
アルファ機は、純正使徒のカヲルのパワーで勝っていた。
デルタ機は、海中への突入と同時に160度ターン。
後退しながら、追撃してくるアルファ機の側面を突き、
陽電子砲を掃射。アルファ機の撃墜判定。
『『・・・・』』 カヲル & ヒカリ しょんぼり。
『負けてしまったよ。シンジ君』
「6勝4敗だね。カヲル君」
『綾波レイの戦術機動は、天才的だね』
「経験の差」
『私が足手まといで、才能の差のような気がする』 ヒカリ。
渚カヲル単独の方がアルファ機(カヲル+ヒカリ)より強く。
カヲルとヒカリのダブルエントリーは、アルファ機の光質向上とヒカリの練度向上以上のものではなく。
シンジとレイのダブルエントリーもデルタ機の光質向上と練度以上のものではなかった。
アラエル要塞 ゼーレ球
ゼーレ球が究極の右脳だとすれば、トリニティは究極の左脳に近かい。
トリニティは、制御された範囲内での処理能力しか持っていない。
しかし、問題になるのは、善悪の知識の木。その実。ゼーレ球といえる。
こちらは、純粋に元人間の魂・精神の集合体で、制御外だった。
この二つを連結するのは、危険を伴うが連結しなければ、ゼーレ球は野放しで、さらに危険を伴う。
制御を超えた想像を司るゼーレ球は、人間と同様、未知の可能性を秘めている。
ゼーレ球がトリニティを制御下に置いてしまった場合の脅威は、計り知れず。
もう一台のトリニティで監視。
ゼーレ球は、その究極の存在に昇華する前段階で矮小な手足を持つことになった。
「リツコちゃん。双方向接続は?」
「問題ないわ。ハルカ」
「双方向連結用のトリニティも、監視用のトリニティも、良しと言うところね」
「結局、三位一体は、変わらないわね」
「三位一体は、必要最小限の危険回避ね。一元化のルールで苦心惨憺するだけ・・・」
「どう? キール議長」
『随分と、世界が広がったよ。キョウコ君。リツコ君。処理や作業がしやすい』
「一応、監視付きだけど自由に使えるわ」
『助かるよ』
このゼーレ球+トリニティの状態で “ガイア” と総称されるようになる。
人類補完計画ゼーレ球は、勢力拡大の補充を人類側に求めて、
人類補完計画原案の人類は、死の恐怖と、人と人の葛藤からの解放を求めて、
両者は、奇妙な緊張関係を漂せながら、競合・連帯していく。
“死を受け入れている” “死ぬのは自然” と強がっても、老いが近付き、死を前に決意を翻す。
想像力が欠如している上に意志薄弱、生にすがり付く、人間は、弱い生き物といえる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『赤い世界』
海岸沿いの白い別荘。
テラスのテーブルを挟んで座る少年と少女。
シンジも、アスカも、一人より、二人でいたいのだろう。ストレスになっても、あまり離れることはない。
NERVのマギが機能しているおかげで、電気も、水も、ガスもある。
食料は、インスタントもあれば、米も、腐るほど・・・・
動植物など残されているのに生態系の頂点に君臨する人間は、二人だけ。
真新しいことは、何もなかった。
退屈しのぎといえば、漫画を読むか、ビデオを見るくらいだろうか。
互いに懲りたのか、他人がいたら
“おまえら、熟年夫婦か” と、突っ込まれそうな距離を保って、一緒にいる。
シンジが、読んでいたマンガから目を離した。
「あ・・・あのう・・・・アスカ・・・」
「・・・・・」
「た、退屈だね」
「あんたはね」
アスカは、NERVから持ち出したマル秘資料を読み漁っている。
端末も、マギ直結で、赤木リツコレベルの情報が入る。
「な、何か、僕に、できること無いかな」
「じゃ・・・この計算をやって見せて」
アスカは、書類をシンジに手渡す。
絶望的になるシンジ。
「・・・あ、あのう・・・アスカ」
「なに?」
「・・・・・・・・」
「シンジ」
「なに?」
「私を抱きたい?」
「え! い、いや・・・そ、そうじゃなくて・・・」
「その気になれないのよね・・・」
「・・・・・・・」
まだ、そういう関係にはなっていない。
そして、男と女の間には、深くて、広い、溝ある。
というより、気質の違い。
それなりに覚悟を決めているアスカと、場当たり的に寂しいシンジだった。
アスカは、サードインパクトの概要をほぼ掴んでいた。
情報を知る者は、感情だけに左右されず有利な選択ができる。
というより、情報が無ければ情緒すらも湧いてこない。
そして、この矮小な小男シンジが使徒が起こそうとしていたサードインパクトから人類を救っていることも・・・・
本当なら、歯牙にもかけたくないバカな小男だが、こうなると本人が気付いていないだけで功績がモノを言う。
軽蔑気味の気持ちも揺らいでくる。
『こんな計画で人類が使徒を退けて、生き残ったなんて奇跡ね』
『ATフィールドの性質が心の壁だとしたら、シンジのATフィールドが異常に強いのも納得か・・・・』
『使徒がリリスを求める動機が裏死海文書に書かれていない・・・』
『使徒が完全な固体を選択したのなら、リリスは、無用になるはず・・・』
『基礎になる。計画に穴がある・・・』
『そういえば、この前、来た。あの高校生のシンジが、何か、言ってたような・・・・言ってないか・・・』
『ったく。あっちのシンジも、こっちのシンジも大局観ナシじゃない・・・』
『そういう風に育てられたからって、腹が立つわね・・・』
何より気に入らないのは、サードインパクト前と、いまのアスカ自身の精神状態が違い過ぎた。
二号機の中に母親がいたことは、最後の戦いの時に知った。
母親から捨てられた娘ではない。
母は、自分を見守って、一緒に戦っていた。ということも知っている。
だからといって、二号機は、量産エヴァに喰われたはず。
精神的な刺々しさが、これほど、薄れることはない。
この癒されたような精神状態は、サードインパクトにあるのか、探る必要があった。
精神的に追い詰められても、自分自身の心である方が良い。
アスカは、肉体も、精神も、傀儡であることを望んでいない。
「シンジ。明日、NERVに行くけど、あんたは、どうする?」
「ぼ、ぼくも、行くよ。一緒に・・・・」
「農園は?」
「いまは、寒いから、地中に電線を通して農園を保温してみようかと思っているんだ」
「水がしみ込まない?」
「・・・ハウス栽培の方が、良いのかな?」
「どっちでも・・・」
「ア、アスカ・・・ぼ、僕のどこが、気に入らないのかな」
「はぁ〜 シンジ。あんた、私に気に入って、もらいたいわけ?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「男なら、おべっかを使うな。女に惚れさせろ!」
「ぅ・・・どうやって・・・」
「自分で考えろ。バカシンジ」
「わ、わかんないよ!」
「・・・・」
「そんなのわかるわけないじゃないか。アスカが、どんな男を好きかなんて!」
「逆ギレ〜」
「そ、そんなんじゃないよ!」
「男なら覇気を見せてみろ」
「覇気?」
「そう、覇気」
「・・・・・」
「・・・・・」
「じゃ アスカを・・・・襲う」
「ほお・・・」
シンジは、真っ青で、立ち上がると、無表情なアスカに迫っていく。
そして、ぼんやり、見ている、アスカの肩に手を乗せる。
「・・・・・」
「・・・・・」
「でっ・・・」
「・・・・・な、殴らない?」
「殴る」
アスカの方が強かった。
こうなると、ヘビに睨まれたカエル。
シンジは、怖気づきながら離れていく。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「そ、そうだ。あ、あした、こ、コレやるよ」
シンジが唐突にテーブルにあった雑誌を指差す。
バンジージャンプの広告が載っている。
「・・・・ふ〜ん」
「・・・・・・」
「・・・はぁ〜 いいわ、飛び降りることができたら抱かせて、あげる」
「え、本当!」
「ええ・・・・でも、飛び降りることができなかったら。シンジ。あんた、私の奴隷よ」
「い、いいよ」
「ふっ」 にやり
「い、いまの、げ、下僕と、奴隷と、どう違うのさ」
「下僕に人権があるけど奴隷は人権がないわね」
「いまと、あまり変わらないような気がする」
むっ!
自動車は、腐るほどあった。
アスカは、かなり上手い。
シンジは、ヨタヨタと走って、時々、エンストする。
ほかに走る車が無いのだから事故が起きても、自損事故。
物損だけなら良いのだが、シンジに死なれると、少々どころか、一人残されて、かなり困る。
それでも、シンジの運転する車に乗りたくない。
その夜
アスカは、横になって、ぼんやり、月夜を眺める。
バンジージャンプの賭けでシンジを煽ったものの、
シンジは、元々、女の子を襲うタイプではない。
どちらかというと、アスカの方が強く、その気になれば、素手で虐殺。
しかし、シンジが銃で脅してくれば、勝てない。
格闘技の差も、その程度。
もっとも、来たら、来たらで、どうしたものか、という気にもなる。
ほかに男がいないのだから、いずれは、なのであり、
今が駄目、というわけでもない。
なんとなく、寂しく肌寒いのに踏ん切りがつかないだけだろうか。
シンジも似たようなものだろう。
あのバカは、やさしく接して笑いかけて、もらいたいだけ。
寂しん坊で本能そのままの欲しがり。
それ以外は考えていない。
自分自身を納得させるだけの口実と相手に求める最低限の資質もあった。
どちらも、満ちていないように思える。
それが満ちれば、後は、勢いとタイミングだろうか。
確かに誘うような素振りは、女に必要かもしれない、積極的な面も男に必要だろう。
こういう計算をしないシンジは、感情的で思慮が浅く、かなり能天気。低脳といえる。
この前、別世界から来た高校生のシンジになると、もう少しマシ。
未知の情報を知っている表情。
一定レベル以上の知性を裏付けにした言動は、わかりやすく謎と刺激があって魅力もある。
『まずは、私の精神状態を変えてしまうような “何か” を探らないと・・・・』
『あのバカがバンジーなんて、できるはずがない』
『自分自身が、わからないなんて、どうしようもないわ』
『ち! あの無知バカを教育してやるか・・・』
『いくら功績があっても神経質で懐も狭く、視野も矮小なバカシンジに抱かれるのは気持ち悪い・・・』
『もっと、良い男になるように・・・・zzz』
アスカの碇シンジ育成計画が始まる。
中学生シンジは、夜、こっそりと別荘から出て、海岸線を歩く。
明日のバンジージャンプは、不安だった。
アスカと・・・涎が出てくる。
自分の内にあるモヤモヤとしたものを処理する必要に迫られる。
手を海岸線に向けてかざすとATフィールドが展開。
これが自分自身だけで起こった事なら恐慌状態。
しかし、別世界の高校生シンジが当たり前のように使っていたせいで平静を保てた。
「もっと、きめ細やか、だったっけ・・・」
絞り込んでいくと、ATフィールドの形を変えることができた。
「・・・もう一人の僕と話したいな」
中学生のシンジが望んでも、高校生のシンジは現れない。
高校生のシンジが、やったようにアスカを助けることができるかもと、毎夜、練習していた。
パワー全開で単調なATフィールドを出すより、
小技で微細な使い方をした方が次に全開にしたときのパワーが増す。
これは、不思議というより、格闘技で似たような経験をしている。
「アスカは、ATフィールド。使えないのかな・・・」
ため息。
「そんな風でもないし、化け物扱いされると、イヤだし・・・」
ため息。
不意にこれまで感じたことのない気配を背後に感じる。
振り返ると男女が二人。
「これは、これは、珍しい世界に珍しい人物にあったね」
「未夜様。碇シンジです」
「だ、だれ?」
「未夜だ。こっちは、千歳ミズキ」
「どうして、僕の名前を知っているの?」
「戦ったことがあるだろう。レリエルだよ」
シンジの表情が変わる。
「もっとも、別の世界のレリエルだけどね」
「・・・・」
「ミズキ。ここは、最近分岐した世界だろうね」
「な、何か、用なの?」
「取り立てて用事はないよ」
「暇潰しに旅をしていたら珍しい世界で珍しいATフィールドを感じてね」
「・・・・・・」
「この世界にリリスは、残されていた。だけど、改造されていなくても相性が良くないね」
「残念です。未夜様」
「この世界のリリンは、人の形を捨てて継承を望んだのかな」
「それとも、本筋から離れ、別の進化を望んだのか・・・・」
「・・・・・・」
「もっとも、本筋の進化は、使徒も知らないからね・・・」
「・・・・・・」
「じゃ 別の世界の碇シンジ君。僕たちは、これで、お暇するよ」
「この世界が、私を消したくなる前に・・・」
不意に二人が黒い光を放つと消えてしまう。
赤い世界に取り残されたシンジは、いつもより、長めのATフィールド練習をする。
翌朝
バンジージャンプの施設も、無人だった。
シンジがビルの上から下を見ると、目も眩むような高さに怖気づく。
双眼鏡で覗くとアスカは、下にテーブルを置き、
マンガの山を作って、コーヒーを入れ、くつろいでいる。
さらにベットを置いて、明らかに長期戦の構え。
「ア、アスカ・・・なにやっているんだよ」
『シンジ。がんばってね。ベットも用意して待っているから♪』
「ぅ・・・・」
無線の調子は、憎らしいほど良かった。
シンジは、バンジージャンプの機材を何度もチェックし、
マニュアル通り、ロープを脚につける。
そして、恐る恐る下を覗き込むと、アスカは、マンガに魅入っている。
明らかに暇潰しか、第三者。賭けの当事者と思っていない。
『シンジ〜 まだぁ〜 わたし、もう、我慢できない〜』
「ぅ・・・・」
『はやくぅ〜』
無線からアスカの甘い囁きが聞こえる。
しかし、上から見るとマンガに魅入って、ニヤニヤしているのが、良くわかる。
「ぼ、僕が死んだら、どうするんだよ!」
アスカは、上を見上げると小悪魔の微笑み。
どこで覚えたのか、小指から人差し指まで、そそるように折り曲げて、誘って魅せた。
「アスカ〜」
『ほら、シンジぃ 見て、この胸、張りと弾力があるわ。突付くと、弾むの〜』
アスカが自分の胸を持ち上げてみせる。
『触りたいでしょう』
「ぅ・・・な、殴らない?」
『殴るか!』
「・・・ぅ・・・」
『ほら、この脚も白くて、サラサラ、スベスベ、滑らかよ。触りたい?』
アスカが白い脚を上げて、手で摩る。
「ぅ・・・アスカ・・・ほ、本当に良いの?」
『シンジ〜 飛び降りて、惣流・アスカ・ラングレーを自分のモノにしてみせなさいよ」
色っぽく囁いているのだが面白がっているのは、良くわかる。
「ぅ・・・・」
『はやくぅ〜』
「ぅ・・・・」
『やさしくシンジを抱きしめて、頭を撫でて可愛がってあげても良いわよ』
「・・・ぅ・・・」
『シ・ン・ジ・は・や・く♪』
「・・・ぅ・・・」
『シ・ン・ジ・は・や・く♪』
「・・・ぅ・・・」
『シ・ン・ジ・は・や・く♪』
「・・・ぅ・・・」
3時間後
シンジの泣きが入って、アスカに謝って許してもらう。
車の中
アスカが運転。
「ありがとう・・・・永遠のアスカ様」
代償で “永遠の・・・様” を付けなければならなくなる。
「まぁ 暇潰しになったわね」
「ぅ・・・最初から無理だと思っていたんだ」
「当たり前よ。私、パラシュート降下3回。バンジージャンプ5回。やってたから」
「シンジが、無理なのはすぐわかる」
「うっ」
「はぁ しょうがないわね」
「本当なら言わないけど、シンジを待っていたら、私、ババァになりそうだから・・・・」
「・・・・」
「いい。シンジ。女の子っていうのはね」
「最初は、刺激のある男に魅力を感じて惹かれるの」
「・・・・」
「体は、歳を取れば醜くなっていくけど。中身の魅力が体以上であれば、相応に輝いて見えるものよ」
「・・・・」
「バンジージャンプは・・・そうねぇ〜・・・」
「・・・・」
「まぁ この天才アスカ様に賭けを挑んで来たのは、面白かったわね」
「・・・・」
「あとは、わたしに合わせて、好かれるより」
「自分自身を磨いて、わたしを虜にさせるだけの魅力が欲しいわね」
「・・・・」
「未知の刺激。包容力、知性、体力。荒い気性とかもね」
「基本的に器が小さいとか、視野の狭い自己中じゃ駄目よ」
「・・・・」
「ということで、シンジ。あんたは、これから、私の奴隷として生きるの」
「徹底的にしごいて、少しは、マシな男にしてあげるわ」
「・・・ぅ・・・」
「勉強も、必要だから教えるけど。とりあえず」
「NERVに行く前に私の散髪をしてもらおうかしら」
「・・・・・」
「シンジ・・・返事は?」
「はい、永遠のアスカ様」
車は、美容室へと、入っていく。
HONなびランキング に参加しています。よろしくです。
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月夜裏 野々香です。
ちょっとだけ、赤い世界のシンジとアスカです。
シンジとアスカの二人っきりのゼーレの人類補完計画世界と、
人々の欲望の渦に揉まれた世界でシンジとレイが生きていく人類補完計画原案の対比でしょうか。
第68話 『地球連邦軍』 |
第69話 『年明けは、故意の季節』 |
第70話 『春も・・・・』 |
登場人物 | |||