月夜裏 野々香 小説の部屋

    

新世紀エヴァンゲリオン

『一人暮らし』

      

 

 

渚カヲル物語

 渚カヲルは、ジュースを飲ませてもらっていた。

 味のないレモン色の液体。

 「・・・カヲルちゃん・・・おかあさん。お仕事に行ってくるから」

 「何かあったら、必ず、家政婦のユウコさんにいうのよ」 母親

 母親は、やさしく悲しげな表情だった。

 後ろにいる父親は、何も言わず。しばらくすると出て行く。

 「・・・・・・」 渚カヲルは、頷いた。

 そして、母親も逃げるように出かけて行く。

 渚カヲルは、庭の見える縁側にいた。

 “いた”

 というのは、この場合、当てはめ難いような気もする。

 “置かれていた” というべきだろう。

 自分自身が置物であるという気がしてくる。

 車椅子がなければ、どこにも行けず。

 そのうち車椅子があっても、自分の力では、どこにも行けなくなる。

 そして、ここに落ち着いているのも家政婦が縁側まで車椅子を押して来てくれたからだ。

 いまのカヲルは、車椅子を押すどころか、呼吸すらも意識しないと出来なくなろうとしている。

 体から力が抜けている状態。

 もうすぐ、自分自身の重みすら堪えられなくなるだろう。

 頭の中は、ハッキリしている。

 考えることだけはできた。

 父親も母親も高級官僚なのか、裕福な豪邸に住むことが出来た。

 セカンドインパクトを生き残って育った環境では、最高水準といえる。

 最高の教育を受けてきた。

 誰もが羨む環境。

 社会的に成功した父親と母親。

 しかし、楽しかった日々は、筋萎縮性側索硬化症という病によって、徐々に失われていった。

 父も母も手を尽くした。

 いくら特権階級であっても、セカンドインパクト後の情勢は、その種の問題を置き去りにする。

 重病人は後回し。

 貧乏で、頭が悪くても健康が一番。

 最初のころ、見舞いに来ていた友達とも会わなくなっていた。

 立場があまりにも違えば、親子でなければ踏み込めない。

 そして、父も母も辛いのか、あまり顔を見せない。

 いま、一番、近くにいるのは、少しソバカスが残った、やさしい女性。

 誰もが嫌がることでも、懸命にやってくれる。

 家政婦、飯島ユウコ、30歳。

 それでも彼女とは、立場が違う。

 同じ立場に立てない。

 渚カヲルは孤独だった。

 体の自由が利かなくなってきている。

 庭には大きな岩があって、そこを中心に庭園が作られていた。

 セカンドインパクト以前の庭は、もっと綺麗だったらしい。

 いまは、庭師自体が少なく。手入れしやすいように作り直されていた。

 家政婦の飯島ユウコが家の仕事をしながら、時々、背中や体をマッサージしてくれる。

 「カヲル君。痒いところがあったら。言ってね」ユウコ

 「・・・・く・・・び・・の・・う・・し・・ろ」 カヲル、話すのが少し億劫だ。

 「ここね」ユウコ

 「・・・う・・ん」カヲル

 体から力が入らず抜けていくのに、マッサージを受けた後は、少し元気になる。

 気のせいかもしれない。

 いまさら死に向かっていく体が戻るわけでもない。

 カヲルは、人生を振り返る。

 セカンドインパクトを運良く生き延びて、それなりに豊かな生活を送れる子弟。

 災厄後の混乱期も卒なく育つことが出来た。

 そして、恵まれた環境で、セカンドインパクトと関係なく・・・・・・・死んでいく

 14歳という人生は、短すぎるような気がする。

 抗議したくなった。

 誰に?

 神は、いないという公式があるのなら、解いてやろうかと思う。

 もっとも元気になれば、神はいると思うだろう。

 最後の瞬間まで・・・・・・最後の瞬間。

 何を考え、何を思うだろうか

 “神様、助けて” だろうか

 少し、まどろんだ。

 半分眠っていたような気がする。

 ふと気付くと、黄緑の小鳥が庭を飛びまわっている。

 なんという鳥だろうか

 カヲルは、飯島ユウコに聞こうと見回したが見つからなかった。

 洗濯、掃除、昼食だろうか・・・・・。

 元気に飛び回る黄緑の小鳥が羨ましかった。

 大きな岩に泊まって身繕いを始める。

 ふと、渚カヲルは、岩のそばに行ってみたくなった。

 自分の力で・・・・・

 もう、最後かもしれない。

 家政婦や両親がいれば、黙って見ていないだろう。

 それなら、誰も見ていない今がよかった。

 車椅子に手を置いて動かそうとした。

 動かない・・・・・

 力を込めた・・・・・

 ふと気付くと、ストッパーが掛かっている。

 カヲルは、弱々しくストッパーを外す。

 そして、車椅子を・・・・・回す・・・・

 わずかに動く車椅子。

 カヲルは、計算した。

 自分の体力。

 車椅子の距離と岩までの距離。

 いつの間にか、小鳥が乗っている大きな岩まで行くことが目標になっていた。

 カヲルの脳裏に文字が浮かんだ。

 ・・・・・・墓標・・・・・

 カヲルは、車椅子を動かした。

 生きた証を残してみたいと思った。

 家政婦に知られるだろう。

 そして、両親にも・・・・・・

 怒るだろうか。

 それでも良かった。

 置物のまま死ぬのは、いやだ。

 あの岩まで、自分の力で行くことが出来れば・・・・

 “カヲルは、自分の力で、あの大きな岩まで行った”

 と、父と母は、時々、思い出してくれるだろう。

 必死に車椅子を回そうとする。

 手に力が入り難い。

 酷く疲れやすく。

 涎をたらし。

 ゼイゼイと言っているような気がする。

 ・・・・・格好悪い。

 冷静に分析する。

 それでも、やめようとは思わなかった。

 時々、小石や石畳の凹凸で抵抗が大きくなる。

 それも、計算の範囲。

 自分の身体機能と体力。

 移動距離を計算すれば、何とか辿り着けると思っていた。

 まるで、エレベストの山を登っているような気もした。

 自分にとっては、エレベストの山だった。

 普通に健康だったら1分も掛からない。

 しかし、いまは、絶望的に遠かった。

 そして、庭石に手を置いて車椅子を降りる。

 1Gの重力が圧しかかり、転げ落ちる。

 地面に顔をぶつけた。

 そして、自分の頭が、予測より重い。

 みっともなく、這わなければならない。

 腕や肘や膝を使って、庭石を超えて大きな岩に体を押し進めて行く。

 口から唾液が流れている気がする。

 大きな岩に向かって手を伸ばした。

 薄れてゆく意識・・・・ブラックアウト。

 

 

 第17使徒タブリスは、まどろみの中にいた。

 自分の出番は、まだ先。

 セカンドインパクトが起きたのは知っている。

 スイッチが入ったのも知っていた。

 しかし、自分の出番は、まだ後。

 先にリリスに向かった種子は、敗北していた。

 そのことに対する感慨は何もない。

 別の方法を考えればいいだけだ。

 次に出る仲間は、成功するかもしれない。

 成功すれば、自分の出番は、さらに伸びる。

 そう、リリンの種子で優秀なものが星を相続する。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 なぜリリスは、完成した形で人類は生成できなかったのだろうか?

 途中の過程に意味があるのだろうか?

 

 タブリスは、どうでも良いと思っていた。

 仮に原子記号にある。どんな組み合わせでも、人類の未来が閉ざされているとしたら。

 種として満足できないとしたら・・・その答えは、リリスが持っている。

 どの道、自分の時が来るまで待つしかない。

 ふと気付くと、子供が近付いてくる。

 弱々しく、たどたどしく、不器用で惨めな生命体。

 リリン系人種

 この程度の種ならサードインパクトは、簡単に起こるだろう。

 どうやら、自分の出番は、次の機会になるだろうか。

 ・・・・・・・・・・・・・・・。

 タブリスは、自分に向かって、必死に這って来る少年に興味を持つ。

 むかしは、元気に遊んでいたはずだ。

 何かアクシデントが起きたのだろうか。

 ふとタブリスは、この少年に意識を移すことにした。

 この少年の体を借りるのも悪くない。

 順番は、変えない。

 まどろんだ状態でも、人間の質量ならどうにでもなる。

 

 

 渚カヲルが行方不明になったのは、そのときだった。

 家政婦の飯島ユウコに、迷惑をかけたかもしれない。

 しかし、その時、渚カヲルに意識はなかった。

 渚カヲルが混沌の中で自分自身を感じる。

 むかしのように、力に溢れ、動いている気がした。

 そして、まどろみの中でぼんやりと自我に目覚めた時。

 第三東京市の高台の公園に立っていた。

 自分自身が自らの力で立っていることを確認する。

 大きな力の衝突を感じた。

 初号機と二号機が二体に分離した使徒を倒した。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 カヲルは、微笑んだあと・・・・・消えた。

 

 

 スイスの古城。

 表向きは、古臭い城。

 その実、NERV本部を除けば、世界最高水準の地下施設がある。

 キール・ローレンツは、情報と金融を握っていた。

 情報から上がる株を買うことも。

 買った株を上げることも思いのまま。

 ほかの仲間も、それぞれの分野で政略・戦略的な意味で世界を支配している。

 しかし、世俗の権力も、権威も、名誉も、金も、女も、到来する危機を前にすれば、無に等しい。

 セカンドインパクトは、結果としてイレギュラーだった。

 それでも、一人当たりの資源とエネルギー量で計算すれば、人類の未来を先送りできた。

 世界最高峰のコンピューター。

 三つの首と三つの尾を持つ地獄の犬。ケルベロス。

 そして、東方の三人の賢者マギ。

 マギ同型の6台が、同じ結論を試算して弾き出していた。

 “人類の自滅” または ”人類の衰亡”

 人類史は、内戦、内紛、戦争が多すぎた。

 人類の制御に失敗したのか?

 いや、ゼーレは、全能の支配者ではなかった。

 むしろ、全能であれば、もっと安逸な人類史。人類世界になっている。

 表裏一体。

 欧米列強の有力者による同好会から端を発していた。

 財産組合。お金持ちクラブ。カルテル。いろんな側面がある。

 それらしい、大義名分もある。

 いわゆるカッコ付け。これが無いとグループは結成できない。

 “人類の公共利益を守ろう” を最大公約数としているだけ。

 ゼーレがゼーレとして確立された経緯そのものが、紆余曲折、試行錯誤の結果だった。

 その時々で、精一杯のことをしていた。

 失敗は、珍しいことではない。

 個人の野心や大衆の欲望が計画を捻じ曲げた。

 最初の失敗は、フランス革命。

 自由、平等、博愛の発想そのものは悪くなかった。

 絶対王政や高圧的な政権による抑圧は、プラスもあった。

 しかし、人類全体の力を結集するには、あまりにも問題が多すぎた。

 イギリスの名誉革命は良しとすべきだ。

 アメリカ合衆国の独立は、個人の自由、権利、欲望を追及。

 西洋人の英知と人口、能力を集約させたという点で成功した。

 しかし、あまりにも羽目を外しすぎて、制御は、さらに困難を極める。

 

 中国を執り込もうとした取り組みは、イレギュラー人種日本人によって、日露戦争で挫折。

 第一次世界大戦もイレギュラーであり。ロシア革命は最悪だった。

 人間の持つ支配欲、妬み、嫉妬など悪癖を図り損ねた。

 一度、誘導に失敗すると歯止めが利かずに暴走してしまうのは、人類の性質なのだろうか・・・・・・

 第二次世界大戦は、失業者対策と、過去の失敗を是正しようとした。

 しかし、結果は、予想よりも悪い。

 本来なら白人世界が形成しているはずだったのに仲間割れ。

 バカな思想戦を始めてしまう。

 失敗の積み重ねで蓄積されたノウハウもあったが、どれも袋小路。

 一条の光明は東洋から来た・・・・人類補完計画。

 骨子は、人類の言語、精神的な結びつきを精神感応で一つにする。ビフォアバベル計画。

 初期のものは、携帯を脳に組み込むというものだった。

 技術革新が小型シンクロチップを可能にさせる。

 袋小路に入っている人類を精神的に共感させることが出来た。

 少なくとも負の精神エネルギーは、どんなに隠そうとしても見え見えになる。

 犯罪を犯せば・・・・・・・

 いや、犯そうとする前に周囲に知られる。

 人類のエネルギーをある程度、前向きに向けることが出来るだろうか・・・

 人類には、英知もあるが、同時に醜い欲望もある。

 このカンフル剤は、人類のエネルギー消費を高めて、

 地球の持つ潜在能力を食い潰す可能性を秘めていた。

 しかし、このままジリ貧を続けるよりマシだろうか。

 そして、南極の資源を制する必要があった・・・・・。

 

 南極開発局から緊急通報を受けた。

 南極の大陸の内陸部の古地図が発見。

 それにしたがって探査していたチームが、とんでもないものを発見。

 超古代の遺産。

 キールローレンツは、懐古趣味もオカルト趣味もなかった。

 その経緯がどうであれ、

 新エネルギーや人類補完計画に結びつけることが出来るという結果が重要だった。

 そして、ロンギヌスの槍に書かれていた裏死海文書の解読。

 人類種の黄昏とも言うべき未来が記されていたが、その先にあるものは、人類が求めていた物。

 それは “人類が試練に勝ち残ったら” という前提条件が付いていた。

 それでも、魅惑的な内容だった。

 人類そのものをもう一度、資質から再構成することが出来た。

 当時のコンピュータをフルに使っても人類の革新は、地球の枯渇に間に合わない。

 

 

 キールは、心地よい日差しの下。庭園を散策した。

 永遠の命。

 不死は、カーボンナノチューブ、チタン、シリコンなど、

 最先端技術を応用すれば、不死に近くなると研究結果がでていた。

 クローン技術も問題なさそうだ。

 そして、精神すらも、脳のニューロン、シナプスを電子的に焼き付けることも可能だった。

 永遠の命の追求は、既に色褪せようとしている。

 同時に永遠の命が、人類の業をさらに最悪なものにする。

 という結論が出ていた。

 出生率を下げ。地球資源を食い潰して、滅ぼしてしまうだろう。

 時間がなかった。

 既に最先端技術は広がり。歯止めをかけることは不可能。

 ゼーレといえど万能でもなければ、絶対君主でもなかった。

 大衆欲望や個人の野心を真っ向から否定すれば、位置を失う。

 人工的に戦争を起こして人口を減らそうか・・・・いや・・・・リスクが大きく、また、多すぎる。

 制御不能になることも、連鎖反応も怖かった。

 核の開発は失敗だったかもしれない。

 ウィルスは・・・・・・

 これも抗体しだいで手が付けられなくなる。

 自然発生でも厄介なのだ。

 選択枝は、先細りで限られて行く。

 そして、どうしようもないほど、手詰まり。

 人類補完計画と発見した南極の遺物と解読された死海文書。

 パンドラの箱を開ければ希望は、ある。

 

 

 セカンドインパクト。

 もっと、制御した形で人類補完計画。セカンドインパクトを起こすつもりだった。

 そして、スケジュールとも違っている。なにが起きたのか不明。

 

 

 2015年

 キールローレンツは、第三東京市の状況に不満だった。

 人類の内面に巣食う悪辣な面すらも発揮できない世界を創ろうとしていたのに・・・・

 碇ゲンドウは、人類補完計画を意図的に捻じ曲げようとしている。

 綾波レイの存在は、イレギュラーだった。

 イレギュラーは珍しくない。

 時間がかかっても修正できた。

 しかし、まったく経緯のわからないものが

 “存在”

 しているのが気に入らない。

 姿かたちは、青髪赤眼を除けば、碇ユイに似ている。

 DNAも似ているが同一人物ではなかった。

 しかし、この報告すらも疑わしかった。

 サルベージの結果でも尋常ではない。

 惣流・アスカ・ラングレーこそ。

 ファーストであるべきだった。

 しかし、先にエヴァにシンクロしたのは、綾波レイ。

 碇ゲンドウ。彼を追及するのは気が引けた。

 イレギュラーで起きたセカンドインパクトで、全てを台無しにしてしまうところだった。

 あの男の機転で人類は、時間を稼ぎ、持ち直すことが出来た。

 そして、予言されていた最初の災厄に対し、

 碇ゲンドウが、絶望的な状態で独力で第2使徒を殲滅。

 エヴァ技術もNERV方式が早く完成していた。

 ゼーレ方式は、汎用性がありながら遅れている。

 NERVに碇ユイ、赤木ナオコ、惣流・キョウコ・ツェッペリンの3賢者がNERVにいる。

 碇ゲンドウ。彼に13番目の末席を与えたのは、功績と実力からだ。

 そして、彼の数少ない友人、葛城博士と綾波博士の犠牲もある。

 あの男に補償。

 誠意をみせたのは、選択の余地がなかった。

 ・・・・・13番目。不吉な数字。

 ゼーレの歴史からしても13番目の椅子は作らなかった。

 12人で全てを決めていた。12人で十分。

 いや、上位7人から8人で地球の全権を代表できた。

 あの男に与えた権力は大きすぎたのかもしれない。

 しかし、ゼーレは、セカンドインパクトの制御に失敗。

 エヴァ技術の多くはあの男が日本へと持ち出した物しか残っていなかった。

 持ち出した技術を供出させて、惣流・キョウコ・ツェッペリンを引き抜く。

 代償として、ゼーレは、NERVに対し、大きな妥協を強いられる。

 NERVの運用資金は、ゼーレが国連に圧力をかけて・・・・・・

 多くの国が国民に食べさせる配給分を削ってNERVに資金を送っていた・・・・・・・

 多くの国家、国民は、限界に達していた。

 これ以上、NERVに予算を供出すればクーデターすら起こりかねない。

 ギリギリだった。

 しかし、ゼーレの送金が止まればNERVは解体。

 代償として日本政府を飼いならすことに成功。

 日本政府とNERVを噛み合わせて漁夫の利を得れば良い。

 植民地経営の初歩的なノウハウ。

 全世界を覆ったセカンドインパクトの災厄は、地獄とも言えた。

 いくつかの国は立ち直りの兆しを見せている。

 日本も治安が守られたのかセカンドインパクトでうまく立ち回って、国際的地位を押し上げていた。

 もちろん、ゼーレの中央集権の強化に成功して世界を支配。

 日本を押さえることにも成功。

 日本に拠点を置いたのは、エヴァ技術が独立して存在していただけでなく、

 社会設備と信頼に足る側面があった。

 

 可能なら南半球のどこかでやりたかった。

 しかし、ほかの地域で、使徒迎撃をするには、社会設備が足りず。信頼に欠ける。

 欧米は、サードインパクトが、使徒によって起こされた場合のリスクが大きすぎた。

 

 もう一つ、日本なら迎撃に失敗しても、たとえ使徒に負けても。

 12個のコアに残る4000万ものリリン種の精神を残すことが出来る。

 同時に余剰人口をコアに取り込まなければ、欧米社会はもっと悲劇的だっただろう。

 

 

 キールローレンツは、湖畔を散策しながら露出された無骨な木製のテーブルに着いた。

 メイドがティータイムの食材を並べる。

 四季が戻りつつある景色は、ほど良く気持ちを落ち着かせてくれる。

 不意に気付くと目の前に灰髪赤眼の少年が立っている。

 子供が紛れ込めるようなところではない。

 すぐそばにいるメイドも少年より頭二つ高く、

 訓練されていたメイドだったが身動きが取れない。

 周りの保安部員が木陰から姿を見せた、

 キールローレンツと少年の距離はあまりにも近すぎた。

 子供一人で、この場所に来ること自体。あり得ない。

 特殊な訓練を受け、特殊能力を持っていると考えるべきだ。

 キールは、保安部員を止めるような素振りをすると、いくつかの台詞を思い浮かべた。

 「・・・・少年・・・一緒にティータイムでも、どうかね」 キール

 席を勧めると周囲から殺意が少しばかり遠ざかる。

 仮に自分の身に危険が降りかかったとしても、子供を殺すのは躊躇する。

 少年は、彫刻風の微笑みを見せて頷き。席に座る。

 「・・・君。この少年の分も頼むよ」

 キールは、少しばかり刺激を求めた。

 生きるうえで刺激は必要だ。

 命を賭けた刺激には、特に誘惑がある。

 メイドは、予備のティータイム用食材を少年の前に並べると少年の後ろ斜めに着いた。

 いつでも殺せる。

 そういう位置だ。

 「・・・ふ・・・ありがとう。リリンは、親切だね」 少年

 キールは、少年のリリンという言葉に絶句する。

 死海文書を知っている者は限られている。

 NERVか仲間が送り込んできた刺客だろうか。

 それでは、最大の機会を失っていた。

 それでいながら、まったく意に介していない。

 キールは、落ち着こうと紅茶を口に運ぶ。

 「わたしは、キールローレンツ。この辺一帯の領主だ。君の名前は?」

 「渚カヲル・・・使徒」

 一瞬にして、古城を含めた湖畔全体が死線の内側に入る。

 「・・・使・・・使徒だと」

 「僕の番は、まだ先でね。まどろみの中さ。何もするつもりはないよ」

 「君たちリリンは、実に面白い。特に反応が素敵だよ」

 渚カヲルも紅茶を口につける。

 「実に美味しい紅茶だ」

 「自然の中でこうやってティータイムをするのは、気分がいい。リリンの文化の極みだね」

 「・・・な、何もしないのは、どういうことかね?」

 「まだ完全に目覚めていないということさ」

 「僕の番は、まだ後、リリンたちが先任の使徒を全部倒さなければ、僕は目覚めない」

 「そして、僕が目覚める前に君たちが倒されたら、僕はもう一度眠りにつき」

 「次のインパクトを待つことになる」 渚カヲル

 「な、なぜ・・・そういうことをする必要があるのだ」キール

 「・・・死海文書に書かれている通り。僕は、そうするつもりだよ」

 「リリン。君たちの歴史が終わり。僕の歴史が始まる」

 「終わらせる相手が君たちじゃないかもしれないが必ず僕の番が来る」

 「そして、僕がこの星を相続するのさ」

 「僕に後任がいれば、僕らは、後任の使徒を殲滅するけどね」

 「優秀な種族だけだよ。地球を相続するのは・・・」 渚カヲル

 「・・・君は、これから、どうするつもりだ?」

 「・・・・・・・?」

 渚カヲルは、ビスケットを食べていた。

 「・・・君の番が来るまでだ」キール

 「別に?」

 「リリンは、面白そうだから。暇潰しに君たちの仲間に会いに行くよ」

 「どうして、ここがわかった?」

 「リリンの正統後継者の力が集約している場所は、直感的にわかる」

 「ここが一番大きかった。君たち代々が隠している根源的な力のせいだね。それだけだよ」

 「代々隠してている根源的な力か・・・・」

 「曖昧だが正鵠を得ている。ところで君の力は、どの程度のものか興味あるね」

 「くす・・・僕を殺そうとしても無駄だよ。それとも味方にでもつけようとしているのかい」

 「どちらの味方をするつもりもないよ」

 「ここが気に入ったのなら、近くに別荘がある。君の番が来るまで、好きなだけ、いてもいいだろう」

 「それは、嬉しいね。ずっと間借りや野宿だったからね」

 「後でカードを渡そう。贅沢は出来ないが好きな物は買えるだろう」

 「買収?」

 渚カヲルは、面白がった。

 「悠久を超えた遠い親戚からの贈り物だよ・・・・渚カヲル君」

 「実に楽しい反応だ。リリンは面白いね」

 

 

 渚カヲルは、世界中を放浪した。

 まどろみの中にあるタブリスと自分自身を知覚し始めた渚カヲルの関係は、微妙だった。

 タブリスは、渚カヲルの反応にも興味を示した。

 現在の使徒戦に参戦しないという点で一致するだけで、

 力を渡したまま、テレビを見るかのように引っ込んだ。

 疎遠な関係であっても、少年は、傀儡だった。

 タブリスにとって、自分自身の番が来るまでの余興であり。

 完全な暇潰しだった。

 それでも自分の母体をこの少年にするかどうか、ギリギリまでわからなかった。

 今戦っている使徒がリリンに勝てば、この少年を捨てて、眠りに付くだけだ。

 これは、一つのイレギュラーだろうか・・・

 いや、自分の番が来るまで、使徒戦に参戦しないのであれば、可もなく不可もなく・・・・・・。

 

 

 群集が波止場に詰め掛けていた。

 父親と母親のそばで、お腹を空かせた子供がぐったりとしていた。

 お腹が空いたと泣いている子供もいた、

 多くは、エネルギーの消耗を抑えるためにほとんど動かない。

 配給される食糧は、必要とされるカロリーの10分の1以下。

 クレーンがコンテナを船に次々と載せていく。

 大型コンテナを荷台に載せたトラックが波止場に到着すると、

 クレーンがコンテナを持ち上げていく。

 軍隊が金網の向こう側で波止場を警備していて、

 腹を空かせた老若男女の大群集が積み込まれていくコンテナを物欲しげに見ていた。

 波止場のコンテナ船は、日本に向かうことが決まっている。

 積み込まれていくのは、食料を含めた戦略物資。

 大群衆は、暴走一歩手前。

 暴走を辛うじて止めていたのは、自制でも、

 使徒の迎撃に失敗すれば、もう一度、セカンドインパクトが起きるからでもなかった。

 突入しても堀を越えられない事実と躊躇なく銃撃されるだけでなく。

 砲撃と爆撃を何度も経験していたからだった。

 政府は、生産能力を持たない人間を不要な人間を淘汰していた。

 負担でしかない人間と見ており、口実さえあれば口減らしに抹殺していた。

 そして、世界中がそうだった。

 

 「・・おばあちゃん。どうして、ここにいるの?」

 カヲルは、一人の老女に飴を一つ渡した。

 老女は、震える手で飴を開くとすぐに口に入れて、口を隠す。

 「ここが安全だからだよ。軍隊が一杯いるからね」

 「でも本当は、違う。わたしらが暴漢に襲われても軍隊は助けてくれない」

 「それでも、他の場所より安全だからね」 老女

 「おばあちゃんは、大丈夫?」カヲル

 「ここで、死ぬのを待っているだけさ。もう力がないからね」

 「人から支えられないと生きていけない年寄りになってしまった・・・」

 「今では、こんな有様だけどね。むかしは、私も高級官僚で颯爽としていたんだよ」

 「セカンドインパクトで全てを失ったよ。でも本当は、暴徒に奪われたんだ」 老女

 「穀物とか植えないの?」 カヲル

 「土を育てず、肥料とバイオ技術で無理やり収穫していたから、土地は痩せてしまった」

 「セカンドインパクトの後、気候が変わって、穀物を育てるのが難しくなっているからね」

 「土も種も、天候の変化に堪えられなくなった」

 「それに、ここにいるのは、ほとんど農業なんかした事ない、連中だよ」

 「それに種があれば植えるより食べてしまいそうで」

 「植えてもすぐに奪われてしまいそうだよ」 老女

 「大変だね」 カヲル

 「あんた外国人だね。変わった子だね」 老女

 老女は、カヲルの灰髪紅眼を珍しそうに見詰めた。

 カヲルが飴を渡すと老女は、すぐに開けて口に入れて口を塞いだ。

 「情けない国になっちまったよ」

 「最初に移民したピルグリム・ファーザーズは、餓死するのもかまわずに種を守ったんだよ」

 「冬が迫っているのにね」

 「わたしは、これでもメイフラワー号の直系なんだよ」 老女

 「種を植えて狩猟が出来た時代は、インディアンも助けてくれた」

 「でも白人は、助けてくれたインディアンを根絶やしにしたんだ」 カヲル

 「・・本当に・・・そうさ・・・その通りだ」 老女は、すすり泣き。

 老女は、最初の移民の子孫だと聞かされて育っていた。

 そして、気付くと少年は消えていた。

 

 

 目の前にいる太った初老の男は怯えていた。

 周りには数十人の海兵隊が小銃を自分に向けて構えている。

 数十もの赤い光条が自分の手前。空中で止まっていた。

 少量のATフィールドでも十分だ。

 「いったい。何の用だ?」 初老の男

 「君たちに関心があってね。自分の番が来るまでの暇潰しだよ」 渚カヲル

 「わ、わたしを殺そうというのか」 初老の男

 「・・・いや、どうでもいい」 渚カヲル

 ふかふかの赤絨毯の感触を楽しみ、部屋を見回し、窓から外を見た。

 白い壁。綺麗に揃った芝生。

 いつの間にか海兵隊やヘリと装甲車が増えていた。

 世界最強の国。

 学校で習ったことがあった、

 こうしてこの場所に立つのも感慨深かった。

 「この国にスーパーマンは、いないんだね」

 渚カヲルは、すぐそばで自分に小銃(M18?)を向けている海兵隊に聞く。

 その海兵は何も言わない。

 命令があれば引き鉄を引く。冷徹な眼に恐怖感はなかった。

 「き、貴様のことは聞いているぞ。調査もしている」 初老の男

 「この近くの地図を見せてくれないか?」

 「少し観光をしてから、次の番号に会いに行くよ」

 「おい! 地図を見せ。いや、渡してやれ」 初老の男

 「彼を借りていいかな。ガイドを頼みたいんだ」

 カヲルは、すぐそばで銃を構えている海兵を借りることにした。

 恐怖感を見せず、命令を実行しようとする男の素顔が見たくなった。

 「・・・・案内をしてやれ」

 初老の男がいうと、リチャード・トンプソン海兵曹長は敬礼する。

 

 

 今では、アメリカ、日本、欧州が世界の総生産の97パーセントになっていた。

 中国は、内戦状態にあった。

 ロシアは、温暖化したことで食糧基地になろうとしていた、

 しかし、自力で開発出来ないほど打撃を受けていた。

 そして、四季が回復しつつあり、開発される前に凍土と寒冷地に戻るはずだった。

 ・・・・・セカンドインパクトから、この国。

 アメリカが立ち直ったのは、軍がシェルターに蓄積した物資。

 そして、民間がシェルターに保管していた物資がまだ残っていたからだ。

 しかし、物資を配給後、いくつかの州が無政府化していた。

 犯罪は急速に増大し、他国のことなどどうでも言い気風があった。

 それは、日本がアメリカの軍事的な楔を断ち切ることに繋がった。

 結果としては、それで良かった。

 正常な国際関係は独立した国同士で行うべきだ。

 

 リチャード・トンプソンは、手ぶらだった。

 獲物がなくても彼は、そこらを歩いている連中より強く。

 遠巻きに完全武装した海兵がうろついて、何か起きる要素はない。

 時折、銃声が遠くから聞こえるが遠くであれば、誰も気に留めない。

 大統領警護の印章をつけた海兵を一人つけ、

 観光用パンフレットを片手に歩く灰髪赤眼の渚カヲルは、人目を惹いた。

 「パンフレットに書いてあるとおりだね、トンプソン」

 「観光資源はまだ再建されていない。第3東京市への送金が大きいんだ」

 「・・・・・」 リチャード・トンプソン曹長

 「でも本当は、公に第3東京に物資送ることで」

 「大衆の目と敵意を日本に向けさせているんだろう」 カヲル

 「・・・・・・・・」

 「農地や農場、波止場の周りで毎日人が殺されている」

 「そして、他の場所では、その百倍が死んでいるね」

 「人が人に殺されるのは、セカンドインパクトの前からだ」

 「そして、殺す理由は、もっと救いがなかった」

 「ふっ いまは、単純だね。おまえの子供の食べ物を俺の子供によこせか」

 「・・車を用意することも出来るが?」

 「歩くのは好きなんだ。ずっと歩けなかったからね」

 「トンプソンは、命令に忠実なんだね」

 「わたし個人に興味を?」

 「トンプソンは、僕が怖いとは思わないの?」

 「怖がれという命令は、受けていない」

 渚カヲルは笑った。

 「・・・いろんな人間がいるね」

 「トンプソン。自分と違う人間がいるのは、楽しいことだと思わないかい」

 「いえ」

 現実問題として食い扶持が減れば、食糧問題は、改善される。

 サードインパクトの脅威で、国家予算の多くが第3東京市に流れているのは、苦しかった。

 共食いできなければ、不良人種を減らす。

 そして、それが仕事として割り当てられている軍の部署もあった。

 「リリンは、種として限界に達している。相互不信は限界を超えてバラバラだ」

 「それでいて一人では生きていけない」

 「互いに共食いしながら生きて、少ない資源を奪い合って、地球も悲鳴を上げている」

 「僕たちがサードインパクトを起こせば完全に元帰ることが出来るから、安心していいよ」

 「それに賛成するようには命令されていない」

 渚カヲルは、苦笑しながら道端の露天でドックフードを買う。

 一つをトンプソンに渡す。

 露天商がサブマシンガンを持っているのは、普通になっていた。

 「ドックフード食べるのも命令待ちなのかい」

 渚カヲルはドックフードを食べる

 「いや・・・」

 トンプソンもドックフードを食べる

 「南半球に行ったことは、ある?」

 「いや。ない」

 「本当に?」

 「嘘をつけという命令もされていない」

 「僕は、話題作りで行ったよ」

 「セカンドインパクトの爆発で総浚いされた上に」

 「オゾン層が一度、吹き飛ぶと・・・・ああなってしまうんだね」

 「アフリカ、南米、豪州は焼き殺されて壊滅」

 「いや・・・もっと酷いかな。絶望的な気分になるね」

 「情報は、入っている」 トンプソンの顔色が変わる。

 「でも地球の再生能力もある」

 「ところどころ、オゾン層が回復している。でも、完全には回復でないだろうね」

 「・・・・・・」 トンプソン

 「リリンは、生き残るために個性を捨てようとしている。トンプソンは、知っている?」

 「質問に答えろという命令は受けていない・・・」

 「完全に再生させるには、再創造させるしか・・・ん?」渚カヲル

 「どうした?」

 「・・・無理やり、S2機関を動かそうとしている」 渚カヲル

 「・・・」 トンプソン

 「ATフィールド。心の壁無しでS2機関を動かすのは感心しないな」

 「熱力学の法則を超え・・・特異点が増大して位相空間が・・・」

 「ふっ・・・僕には理解できないよ。リリン」

 渚カヲルは、次の瞬間、消えていた。

 トンプソンは、一人、その場に取り残される。

 アメリカ第2NERV支部が消失した瞬間だった。

 

 

 タブリスは、まどろみの中から目覚めた。

 自分の出番がきたのだ。

 目の前に碇シンジ、綾波レイ、惣流アスカ、霧島マナがいる。

 リリスと逆の方向に向かったのは、少年の好奇心だろうか。

 タブリスの気まぐれだろうか。

 初号機が目覚めているいま。

 直接、本部内に転移するのは、リスクが大きかった。

 初号機は、綾波レイを守るためにリリスの周囲を虚数空間にしてしまう可能性がある。

 そして、目の前にいる少年も秘めた力は大きく。

 綾波レイも目覚めつつあった。

 ・・・戦えば勝てるとは限らない。

 ここで雌雄を決する方法もあった。

 勝てば歩いてリリスの元に行けばいい。

 初号機が抵抗する可能性はあったが好奇心が待ったをかける。

 

 それと、もう一つのリリン。

 使徒がサードインパクトを起こせば、残った使徒は、次の種族が限界点になるまで待つ。

 しかし、リリンは違う。

 待たずにフォースインパクトを起こす可能性さえあった。

 かといって、彼らの方を先に叩くのも面白くない。

 リリン同士を戦わせる方が良い。

 これは渚カヲルの思考だった。

 タブリスは、この知恵と好奇心のある渚カヲルに同調する。

 少なくともリリン同士を同士討ちさせる方が合理的であり、

 目的の少年は、渚カヲルの好奇心を満足させた。

 タブリスも渚カヲルが不満足な意識を持ったままなのは、気分的に面白くなく。

 なんと語りかけようか。

 タブリスは思い悩んだ時、

 渚少年は、鼻歌をやめると。

 無頓着に言った。

 「歌は良いね」 少年は、シンジを見詰める

 「えっ」

 「歌は心を潤してくれる。リリンの生み出した文化の極みだよ」

 「そう思わないか? 碇シンジ君」

 

 

 

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第44話 『カヲル来襲』
一人暮らし 『渚カヲル物語』
第45話 『折 衝』
登場人物