cinema / 『ゴシカ』

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ゴシカ
原題:“Gothika” / 監督:マチュー・カソヴィッツ / 製作:ジョエル・シルバー、ロバート・ゼメキス、スーザン・レヴィン / 脚本:セバスチャン・グティエレス / 製作総指揮:スティーヴ・リチャーズ、ゲイリー・アンガー、ドン・カーモディー / 共同製作:リチャード・ミリシュ / 撮影:マシュー・リバティーク,A.S.C. / 美術:グレイアム“グレイス”ウォーカー / 編集:ヤニク・カーゴート / 衣装:キム・バリット / 音楽:ジョン・オットマン / 出演:ハル・ベリー、ペネロペ・クルス、ロバート・ダウニーJr.、チャールズ・S・ダットン、ジョン・キャロル・リンチ、バーナード・ヒル / ダークキャッスル・エンタテインメント製作 / 配給:Warner Bros.
2003年アメリカ作品 / 上映時間:1時間37分 / 日本語字幕:古田由紀子
2004年02月28日日本公開
公式サイト : http://www.warnerbros.co.jp/gothika/
丸の内シャンゼリゼにて初見(2004/02/28)

[粗筋]
 郊外の深い森の中に佇む、女子刑務所精神科病棟。夫のダグラス・グレイ(チャールズ・S・ダットン)とともに医師として勤めるミランダ(ハル・ベリー)はもっか、ひとりの女囚に手を焼いていた。義父を斧で惨殺した彼女、クロエ(ペネロペ・クルス)の話はどうにもオカルトじみていて、幻覚というより妄想に近い。どうやってクロエに現実と向き合わせるか、が現在ミランダにとって最大の悩みだった――他には、何もないはずだった。
 その晩、職場はあまり仕事に向いた状態ではなかった。古い建物ゆえ元々電気系統に難を抱えているのだが、嵐も手伝って頻繁に照明が消え、パソコンまで止まってしまう。気晴らしに併設されているプールで延々泳ぎ続けたが、けっきょく気乗りのしないまま家路を辿ることにした。
 いつも通る道は途中で警官達が塞いでいた。その場に居合わせた、夫の親友でもあるシェリフのボブ(ジョン・キャロル・リンチ)が言うには、先のほうで道が陥没していて通行の出来る状態ではない、という。仕方なくミランダは、橋を通過する迂回路に回った。農場に寄ると言っていた夫に電話をかけながら橋を通過し、渡りきったそのとき、目前に後ろ向きで立ちはだかる少女に気づいた。慌ててハンドルを切ったミランダの車は、道路脇の木立に突っ込んで停止する。
 軽傷で済んだミランダは車を飛び出し、少女に駆け寄るが、どうも様子がただごとではなかった。この雨のなか薄物一枚で佇み、体には切り傷さえ見える。声をかけながら恐る恐る近づき、正面へと回り込んだ、次の瞬間――
 ――悲鳴と共に目醒めたミランダがいたのは、あろうことか自分が勤める刑務所の、監視病棟の独房のなかだった。やがて姿を現した同僚のピート(ロバート・ダウニーJr.)は、まるで危険物に触るような風情でミランダに事情を告げた。彼女はあの日から三日間昏睡し、目醒めてから数日は統合失調症の様相を呈していたという。今は冷静だが、と認めながら、なかなか事態の根本を口にしようとしないピートにミランダが詰め寄ると、やがて躊躇いながらピートは宣告した。彼女の夫でありピートのボスでもあったダグは死んだ、君が殺したのだ……と。
 あの少女と出会ってからの出来事をいっさい記憶していないミランダには、まるで承伏しかねる事態だった。刑務所の責任者であるフィル・パーソンズ(バーナード・ヒル)とピートは彼女の味方だと言いながらミランダの犯行を疑っておらず、親友を殺されたことで憤るボブもまた無辜の主張を聞き入れようとしない。
 動揺する彼女に追い打ちをかけるかのように、独房にいる彼女のまわりで奇怪な出来事が起きはじめた。彼女の病室のそとを足音だけが歩き、強化ガラスに息を吹きかけて曇らせ、そこに見えない指先で何者かが文字を描く。幻覚だ、とミランダは自分を納得させようとするが、明くる日、シャワー室で更なる怪奇現象に遭遇する。何者かの声に視線をめぐらせると、そこにあの日出会った少女の姿があった。少女は憤怒の表情でミランダに襲いかかり、失神したミランダがふたたび目醒めたとき、彼女の右腕にはこんな一文が刻まれていた。
“NOT ALONE”
 果たして、ミランダの身にいったい何が起きたのか。そして、これらの怪奇現象が意味するものとは、いったい――?

[感想]
『TATARI』、『13ゴースト』、『ゴースト・シップ』といずれもギミックへのこだわりを堅持するダークキャッスル・エンタテインメントの第四作は、やはり相も変わらぬ古典的ホラーへの愛着と敬意に満ちた作りである。刑務所の精神科病棟という舞台設定に怪奇現象への対処の仕方、そして終盤で明かされる事件の背景など、いかにも現代的に修正されている部分はあれど、その刑務所に城郭を思わせる荘厳な建物を当てはめ、起きる怪奇現象はみな既視感を覚えるオーソドックスなものが多い。フランスで文芸的な作品から『クリムゾン・リバー』のような娯楽大作まで手がけるまでになったマチュー・カソヴィッツ監督を招き、旧作ではかなり重なっていた主要スタッフも一部を改めて着手した本編であるが、基本的な精神はまったく変わっていないことを示している。
 社名のもととなったウィリアム・キャッスル監督作品のリメイクである初期二作品は兎も角、オリジナル作品であった『ゴースト・シップ』に目立っていたのは脚本の弱さだ。冒頭、一瞬に発生する大虐殺のシーンは強烈ながらそれ以降の出来事がインパクトを欠いていたため、どうも消化不良の気味があったが、本編にも似たような弱点がある。冒頭での強烈な掴みはない代わりに、全編に理解不能の怪奇現象の彩りを添えてじわじわと盛り上げていく形の本編だが、いざ終わってみると、超常現象として受け入れるにしても説明不足すぎる、或いは平仄の合わない出来事が多く残ってしまった。最たるものが、ペネロペ・クルス演じるクロエの事件に対する位置づけである。詳しくは書けないが、この決着ではけっきょく彼女がどのようにして事件の本質となる怪奇現象に関わったのかが判然としないままなのである。なまじ有名な女優を起用し、異様な雰囲気を醸成することに成功しているだけに、余計に引っかかる。
 同社の作品として従来と異なる点に、ヒロインの身にいったい何が起きたのか、そして怪奇現象の源となる“亡霊”が彼女にいったい何を訴えているのかを解き明かす、いわばミステリ的な興趣が盛り込まれているというものがある。『ゴースト・シップ』では変に詰め込みすぎて大失敗に終わっていたが、自身が脚本家であり『クリムゾン・リバー』というミステリ作品に携わった監督の経歴も手伝ってか、本編はそのあたり比較的綺麗に纏めている。必要な伏線が充分に張られておらず、フェアな謎解きにはなっていないが、ホラー映画としての恐怖を盛り上げるために敢えて事実や証拠を順繰りに提示していく手法は、スリラーとして真っ当なものだろう。
 その謎解き部分の骨子には概ね文句はないのだが、反面ちょっと非現実的すぎる、という描写も目立ち、その辺がミステリ的な興趣にも影響して傷を残しているのが勿体ない。枝葉の部分に少々粗が多く、かなりツッコミ放題なのも事実だ。作中、ハル・ベリーが台詞として何者かに対して「いったい何がしたいのよ?!」と叫んでいるが、まさにそれがいまいち解らない、という部分も少なくない。目的からすると少々やりすぎではないかと思うのだ。そして最も不思議なのがラストシーンである。そこまでに起きた出来事からすると、万事丸く収まったとしてもああいう展開にはなりにくいと思うのだが。
 ただし、徹底して現実に添わせるのではなく、超常現象という論理に従った娯楽作品として見れば、あながち間違った結末でもない。あれだからこそ、しこりは残さず、しかし確かな余韻を漂わせるラストシーンになり得た、とも言える。
 場面場面の描写については、不満はなかった。非常に巧い。『クリムゾン・リバー』もそうだったが、本質がかなり残酷であり、出来事そのものも醜悪極まりない物語を扱っているのに、正視に耐えかねるような描写が最小限に抑えられている。どれほど凶悪な出来事を描いても品性を失わないこの姿勢は評価されて然るべきだと思う。
 そして、物語全体をハル・ベリーの完璧に近い美貌と、確かな演技力が支えている。ほぼ全編彼女の視点のみで描かれたこのホラーが、破綻した箇所を残したにも拘わらず娯楽作品として充分に楽しめる作品に仕上がっているのは、監督の上品かつツボを押さえた演出能力とともに、彼女の存在があってこそ、だろう。
 丁寧な謎解きを望んだり、決着してもまだ恐怖を残すような完璧さを求めるような向きにはあまりお薦めしない。ダークキャッスルの旧作が充分に楽しめたという方、古い時代の雰囲気を備えたホラーが観たかったという方、そしていずれにも該当しないけれどとりあえずいっぺんホラーを観てみたい、という初心者の方にお薦めしたい。

(2004/02/29)


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