cinema / 『悪魔のいけにえ』

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悪魔のいけにえ
原題:“The Texas Chainsaw Massacre” / 監督:トビー・フーパー / 脚本:トビー・フーパー、キム・ヘンケル / 製作:トビー・フーパー、ルー・ペレイノ / 製作総指揮:ジェイ・パースレイ / 撮影監督:ダニエル・パール / 音楽:ウェイン・ベル、トビー・フーパー / 出演:マリリン・バーンズ、ガンナー・ハンセン、エド・ニール、アレン・ダンジガー、ポール・A・パーテイン、ウィリアム・ヴェイル、テリー・マクミン、ジム・シードウ、ジョン・デュガン / 1975年日本初公開時配給:ヘラルド / 2007年リヴァイヴァル上映配給・DVD発売元:DEX ENTERTAINMENT
1974年アメリカ作品 / 上映時間:1時間24分 / 日本語字幕:?
1975年02月日本公開
2007年06月08日DVD日本盤最新版発売 [amazonamazon(コンプリートBOX)]
公式サイト : http://www.akuike.com/
シアターN渋谷にて初見(2007/04/06)

[粗筋]
 1973年、アメリカ・テキサス州を中心に、墓場から遺体が盗掘される事件が頻発し、周辺に異様な空気を振りまいていた。
 サリー(マリリン・バーンズ)たち5人の若者は、祖父の墓の様子を見に行き、被害がなかったのを確認した帰り道、1人のヒッチハイカー(エド・ニール)を拾う。だが、サリーの弟フランクリン(ポール・A・パーテイン)が何気なく口にした精肉所の話に異様に興奮し、フランクリンの持っていたナイフで自分の手を切り、撮った写真を買ってもらえないとフランクリンの腕を切りつける、という奇行に及び、一同は男を途中で放り出す。
 追いかけてきて殺されるのでは、と怯える者もいたが、間の悪いことにガソリンの残量が心許なくなってきてしまった。ようやく見つけて立ち寄ったスタンドは、だが現在タンクが空で、補充が来る夜まで待たねばならないという。仕方なく若者たちは、サリーとフランクリンが昔暮らしていた空き家にいちど身を寄せることにした。
 5人のうちの2人、カーク(ウィリアム・ヴェイル)とパム(テリー・マクミン)は退屈しのぎに、近くの小川まで泳ぎに赴く。その途中、発電機の音を聞きつけ、辿った先に家を発見したふたりは、ガソリンを分けてもらおうと扉を叩く。だが、そこで待っていたのは、世にもおぞましい出来事であった……

[感想]
 その後監督や共同脚本家らによる続編が繰り返し製作され、近年には『テキサス・チェンソー』としてリメイク、更にはリメイク版の前日譚というかたちで『テキサス・チェンソー ビギニング』が製作され、東西を問わず多くのフォロワーを生み出している伝説的作品である。2007年6月に音声を5.1chに作り直し、映像もHDリマスターを施した最新盤DVDが発売されるのに先駆けて限定上映されていたものを、イベントも目当てで劇場にて鑑賞した。
 何せ伝説的な作品であるため、いちどぐらいは観ているだろうが昔すぎて忘れているのでは、と思っていたのだが、観ても記憶が刺激されなかったあたりからして、やはり初めてであったらしい。そういうわけで、原点を通らずにリメイクや多くのフォロワーに接して、すっかりすれた目で眺める原点は――案外、普通に面白かった。
 残酷な描写を期待して観に行くと、意外なほどあっさりした印象を受ける。恐らくは極めて低予算で製作されたせいだろう、残虐な場面を直接描くことが出来ず、大半が間接表現に留まっているために、イメージは喚起されるものの、それ自体ではないので目を覆うほどの脅威は感じない。思いっ切り鈍感な人なら、「どこが怖いの?」で終わってしまっても不思議はないだろう。
 しかし、様々なモチーフの盛り込み方やその活かし方は実に巧い。怪しげなプロローグ、具体的に何が起きているわけでもないのに緊迫感に満たされた序盤、一軒家が現れると共に急速に膨れあがっていくおぞましさと不気味なモチーフの数々。そして何より、映画史上最強の誉れも高い悪役レザーフェイスの天晴れな崩壊ぶりが齎す衝撃。
 怖い、というよりは次第にユーモラスに感じられてきて、終盤では場内から笑いさえ湧いていたが、しかしこれは不出来だからではなく、むしろ行動が振り切れていることの証拠だろう。或いは、殺人者側の狂気が観ている側に感染しているのかも知れない。残忍極まりない犯行手段の数々、現場に残された痕跡の種々が、いつしか癖になってしまっているのだ。
 クライマックスに及ぶと、「そこまでする必要があるのか?」と首を傾げたくなるような無茶苦茶な騒動に発展、それもばったりという風情で突如として終幕を迎えるのだが、その唐突さも奇妙なカタルシスを招く。そして、朝日をバックにレザーフェイスが披露する舞の、まさに常軌を逸した美しさといったらどうか。……あれを美しいと言えるかは人によって差があるだろうが、ここで共感してしまった人は間違いなく、作品世界に嵌められてしまっている。
 ストーリー・映像の洗練度はリメイク版『テキサス・チェンソー』のほうが上だし、ホラーとして捉えればリメイク版を踏まえた前日譚『〜ビギニング』のほうが完成度は高い。しかし、一種の美学さえ感じさせ、随所に奇跡的な煌めきをちらつかせる本編が原点にあってこその到達点であったことは疑いない。現代の、より凶悪な描写に慣れた眼には、残酷映画としては生温くさえある作品ながら、その異様な光芒そのものは決して風化していない。

(2007/04/07)


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