ICパワーアンプのBTL回路を試す

2012年4月6日公開

はじめに

秋月電子のアンプキット

 TA7240APを使ったアンプの記事を書く際に、昔の資料などをいろいろ漁っていたのですが、その際に同じICを使ったアンプ基板が見つかりました。もちろん秋月電子のパワーアンプキットで、こちらはBTLとして配線されていました。
 せっかく見つけたので、TA7240AP-BTLアンプの性能評価を通して、BTL回路の特徴について検討してみることにしました。

 

BTL回路について

BTL回路の説明

 BTL回路とは2つのパワーアンプを使い、右図のように接続することで、出力の増大と性能の改善を図ったものです。2つのアンプから逆相で負荷に信号が入力された場合、負荷の中点が仮想的に零電位となるため、片側のアンプは負荷の半分の抵抗値をドライブすることになります。したがってアンプ1台あたりの出力が2倍となり、さらに2つのアンプで駆動しているので、トータルの出力は2倍×2倍で4倍になるというものです。

 半導体アンプの最大出力は電源電圧と負荷抵抗値で決まってしまいます。このため電源電圧に制限のある、たとえばカーステレオなどでは、通常、数ワット程度の出力しか得られません(電源電圧13.2V、負荷4Ωで5.5W程度)。このためより大きな出力を得るためにこのBTL回路が良く用いられます。実際カーステレオ用パワーアンプICのデータシートの多くに、BTL回路でのアプリケーション回路例が記載されています。

 また2つのアンプで同じような歪みやハムノイズが発生していても、負荷には逆相で加えられるためお互い打消し合い、結果として特性が改善されるという利点も持っています。

 このように良いことだらけのように見えるBTL回路ですが、個々のアンプに4倍の出力に見合うだけの電流供給能力が無い場合、結局出力が制限されること、2つのアンプが完全に同じ出力で無い場合、その差が即歪みとなること、普通のアンプと違い、正負どちらの出力も接地されていないため使い難いこと、などが欠点として挙げられます。

 

単電源SEPP回路によるBTL

単電源SEPPにおける信号経路

 ここでも書きましたが、単電源SEPP回路は右図上のように出力の正と負で信号経路が違うため、特に低域で歪みを生じます。この問題に対する究極の解決策は両電源SEPP回路ですが、ここでは単電源SEPP回路をBTLとしたときに、上記問題がどうなるのかを考察してみます。

 右図下が単電源SEPP回路をBTLにしたときの概念図ですが、見ての通り、BTLにすることで、信号の流れが正負で対称になっている様子が分かります。また電源部を通る信号は正負同じ向きで、RpやCpの影響も正負で同じとなり、低域における歪みは生じないと考えられるため、低域特性の改善が期待されます。
 なお上記BTL回路においてSEPPをA級で動作させると、信号による電源電流の変化が無くなるため、実質的に信号電流は電源部のRpやCpを通らないことになり、電源の影響を受けない最も理想的な動作を実現することができます。

 また単電源SEPP回路では、出力点が電源電圧の約半分の電位(中点電位)を持つため、スピーカーに直流がかからないようにカップリングコンデンサを挿入する必要がありますが、BTL回路の場合、2つのアンプの中点電位が同じであることから、出力コンデンサを省略することができます。ただし省略には前提があり、出力の中点電位が個体差や温度変化に対して安定であることが必要です。2つのアンプの中点電位の違いは、すなわち負荷にかかる直流電位ということになりますので、中点電位の安定性に注意を払う必要があります。
 データシートのアプリケーション回路で、出力コンデンサを省略しているようでしたら、中点電位の安定性について考慮されたICということなので問題はありませんが、BTLであるにも関わらず出力コンデンサを省略していないなら、中点電位の安定性は保証されていないと考えられるので、使用者側で中点電位の安定性を検証する必要があります。
 Webで公開されているBTLアンプの中には、その辺の事情を考えずに出力コンデンサを除去している例が見受けられます。自己責任といえば自己責任ですが、大切なスピーカーを壊さないためにも、少なくともテスターで出力間の直流電位が数十mV以下であること、さらにしばらく放置して電位が安定していることの確認を、強くお勧めします。

 

実験

回路

TA7240-BTL回路図

 BTLによる低域特性の改善について実際に確かめるため、今回見つかった秋月電子のTA7240APパワーアンプキットを使って検証します。実験に使ったBTLアンプの回路は右図となります。

 

低域の歪み率の比較

低域における歪み率

 出力1V(=125mW)時のBTLアンプの歪み率を、通常使用時と比較したのが右の図で、周波数による歪み率の変化をプロットしたものです。
 通常使用であるDualモード(青線)では、単電源SEPP回路の特徴である低域における歪み率の悪化が顕著ですが、BTL回路(赤線)ではそのような歪み率の悪化は見られません。上の議論の通りの結果です。

 

歪み率

歪み率

 右図は出力電力でプロットしたBTLアンプの各周波数における歪み率です。9Hzという超低域においても、出力電力の低下以外の大きな性能劣化は見られず、BTL化によって単電源SEPPの欠点が克服されているのが分かります。

 

その他の特性

 せっかくなので他の特性も測定して見ました。

周波数特性

周波数特性

 周波数特性を右に示します。BTLアンプは出力コンデンサが無いため、周波数特性は低域まで良く伸びています。
 高域についてもBTLアンプのほうが良く伸びています。BTLアンプの方がNFB量が多いので、この結果はNFB量を反映したものと推察されます。

 

矩形波応答特性

矩形波応答特性8Ω

 負荷8Ωでの10kHzの矩形波応答特性を右図に示します。非常に素直な波形です。

 

矩形波応答特性8Ω+0.22μ

 負荷8Ωに0.22μのコンデンサを並列に繋いだ時の応答特性です。少しリンギングが現れました。

 

矩形波応答特性0.22μ

 0.22μのみを負荷とした時の応答特性です。リンギングが目立ちますが、発振するほどではありません。
 容量負荷に対する安定性は十分だと考えられます。

 

ダンピングファクタ・残留ノイズ

 ダンピングファクタはON/OFF法による計測で94でした。通常の使用での実測値は129なので、若干値が悪くなっています。これは2つのアンプが負荷に対して直列に入ることから、アンプの出力抵抗も直列となり、トータルの抵抗値が増えたためと考えられます。

 残留ノイズは、帯域80kHzで0.24mV、20kHzで0.13mV、IHF-Aフィルタで0.10mVでした。通常の使用よりも良い値ですが、今回は実験では電源に市販の安定化電源を使ったため、BTLの効果と言うより電源の違いの効果の方が大きいのかもしれません。

まとめ

 BTL回路により単電源SEPPの欠点を克服できることは、理屈では知っていましたが、実際に実験で検証したのはこれが初めてです。理論通りの見事な結果なので、これから単電源ICパワーアンプを使うときには、なるべくBTL方式を採用していきたいと思います。

 また今回の検討で、単電源SEPPを普通に使った場合、超低音域の歪み率が極端に悪化することも分かりました。この領域では最大出力も低下していることから、大きな超低音信号が入力された場合、とんでもない波形の信号が出力されることになり、歪み成分が可聴域にも現れるなど、全帯域においてかなりの音質劣化を引き起こすものと考えられます。したがってこのようなアンプでは、無理して超低音まで増幅させるより、可聴領域外の低音はカットしたほうが良好な結果が得られると思われます。具体的には、単電源ICパワーアンプを普通に使用するときは、入力カップリングコンデンサを小さめにして、20Hzあたりから低音をカットした方が、却って音質的に好ましいという結論となります。

 ところで単電源のICパワーアンプといえば、以前さんざん検討したLM380が思い出されます。今回の結果はかなり印象的だったので、LM380でもBTL化することで低域における問題を克服できそうです。LM380のアプリケーション例(AN-69)には、すでにBridge AmplifireというタイトルでBTLへの適用例が載っています。近々検討したいと思います。