第2研究室〜路上の都市伝説を探る〜


レポート12 加藤さんの電柱





 A子さんの家の近くの県道は、片側2車線にゆったりした歩道がついた広い道路です。
 中央分離帯にはウレタンのポールが等間隔に立っているのですが、一個所だけ、パンジーやサルビアが植えられた小さな花壇になっているところがあります。

 その花壇の真ん中に、コンクリート製の古い電柱が一本、にょっきりと建っています。
 電柱には電線が架かっておらず、広告などもついていません。ただ、電力会社の名前の入った小さな札が巻きつけられているだけです。
 10年ほど前、道の拡幅工事のときに取り残されたものらしいのですが、なぜこの一本だけ残ったのかは誰も知りません。

 とにかくとても目立つ電柱で、地元ではこれを「加藤さんの電柱」と呼んでいます。花壇の手入れをしているのが加藤さんという人なのだそうです。
 誰かに道を教えるときは、「加藤さんの電柱の先の交差点を曲がって3軒目が……」などと使うので、目印としてはけっこう重宝されています。

 A子さんにこの電柱の秘密を教えてくれたのは、電力会社の下請け工事をしている親戚のおじさんでした。おじさんによると、
「あの下には死体が埋まっている」
 のだそうです。



「電力会社が一年間に建てる電柱の数って知ってるか。古いのを取り替えたり、新しいのを建てたりするから、年間にすれば全国で何万本って数だ。

 それだけ数をこなしてれば、いろんなことがある。工事中に事故が起きたり、ようやく建ててもすぐ傾いたり、倒れちゃったり。
 だいたいそういうのは、場所が決まってるもんだ。何度も建て直してやっと落ち着いたと思ったら、今度はなぜか電線や変圧器がトラブって、しょっちゅう停電になる。電力会社は、そういうのを全部統計とってリストにしてるんだ。

 だから、これはヤバイって場所に電柱を建てるときは、特別のやり方をする。柱の穴に人間を一緒に埋めるんだ。その人間をどこから連れてくるかって? そりゃ、近所から可愛い子をさらってくるのさ。

 いや、ウソウソ。本当は、在庫を用意してるんだ。全国の変電所の地下には大きな冷凍庫があって、いざというときに使う死体がたくさん冷凍保存されてるらしい。埋めるのは、生きた人間じゃなくても効果があるんだな。
 死体はほとんどが協力業者の元社員とかその家族で、けっこうな数の連中が電力会社と「献体」契約を結んでる。死んだときにかなりの額の保証金が出るから、まあ生命保険みたいなノリだな。

 とくに、工事中に転落や感電で死んだ現役工員のやつは、普通に老衰とか病気で死んだOBよりもいい額が出るんだそうだ。
 事故死体が埋まってる電柱は、地震が来てもダンプが衝突してもびくともしない。そういう、特別な電柱を業界の言葉で「おはしらさま」って言うんだ。

 広告や張り紙が全然なくて、周りの電柱よりずっと古い柱があったら、「おはしらさま」かもしれないぞ。
 おはしらさまは100年以上もつらしいけど、いざ撤去しようとすると大変なんだ。
 あの県道に残ってるやつも、無理にどかそうとして何人か死んだって、うちの会社の年寄りが言ってたよ」



「じゃあ、おじさんも献体契約したの?」
 とA子さんが聞くと、おじさんは
「おれみたいなのを埋めたら、まともな柱だって倒れちゃうよ」
 と笑います。
「おれは、死んでも使えない奴って意味で、ブラックリストに載ってるんだ」
 おじさんはホラ話や冗談を言うのが大好きな人なので、A子さんはあまりその話を信じていません。

 電柱のある花壇には、いつもきれいな花が咲いています。A子さんも、ときどき年配の女性が花壇で水やりや草取りをしているのを見ることがあります。きっとこの女性が加藤さんなのでしょう。
 加藤さんは、じょうろで花に水をやるとき、電柱にもたっぷり水をあげています。そして花壇の手入れが終わると、なぜか電柱にしばらく手を合わせてから、近くの待避所に停めた自分の車に戻っていきます。

 A子さんは、おじさんの話を信じてはいません。
 けれど、何の役にも立たない電柱が、いまも道路の真ん中にぽつんと取り残されているのは確かなのです。


 
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