前回のエッセイではハーレーダビッドソンのアニュアルレポートに掲載されている資料をもとに、大型バイクの市場動向について考察してみました。アニュアルレポートは、言うまでもなく株主や投資家向けに企業が作成する報告書ですので、その企業のターゲットとする市場を見る目は自社の利益になるような視点であることは自明ですが、そこに援用されている資料データは、しばしば意図した以上の意味を語りだします。
今回は日本のメーカーのアニュアルレポートから、大型バイクに限定しないで、世界の二輪市場の動向を探って見ます。4メーカーの中ではホンダとヤマハが、その報告書の中で市場情報に大きくスペースを割いています。ここではおもにホンダのアニュアルレポートからグラフをお借りすることにします。さらに数字についてはヤマハとホンダの両方の報告書に掲載のものを利用します。
さて、世界の二輪市場を見たとき、ここ数年の著しい変化はアジアの新興国での急速な二輪需要の伸びです。2006年の主な途上国の総需要をみると、まず第1位の中国が 1400万台、次いでインドが 830万台、さらにインドネシアの 460万台、ベトナム 230万台、タイ 200万台と続きます。またブラジルが 130万台と急伸しており、中南米全体で 260万台。その目覚ましい成長の様子をインドとインドネシアの例で見ると、下図のようになります。
たんに台数だけを考えたとき、650cc以上の排気量バイクの市場がアメリカとヨーロッパを合わせても100万台に及ばないことと比べると、いかに小型または原付きバイクが世界の二輪市場において大きな割合を占めているものか、そしてそれが新興国に集中していることに、あらためて気づかされます。小型というのは一般に125ccまでのバイクを指すことになります。それは、この排気量までが生活バイクとして、つまり日常の足として、また物資の輸送のために使われることが多いからです。したがって、かつての日本がそうだったように、経済が立ち上がってくるときに、四輪よりも安価な二輪が移動と輸送の手段として普及することは普遍的なステップなのでしょう。小型のバイクの隆盛は、そう見ると、経済成長の結果であるとともに、また逆に経済の成長を支える原因でもあります。これが同じバイクでありながら、趣味性の強い125cc以上の排気量から区別される理由です。
そうすると、バイクメーカーの世界を見る目は、経済発展著しい新興国で拡大する小型二輪市場と、欧米と日本など成熟社会での中大型バイク重視の市場、という二つに大別されることになるでしょうか。
実際、ヨーロッパの二輪市場は131万台(チェコ、ハンガリーを含む西欧/下図左)。ハーレーの資料から650cc以上の大型バイクが38万台ということは、中大型バイクの占める割合が大きいことを意味します。北米になると、二輪の総需要が110万台。そのうちアメリカだけで650cc以上の大型バイク登録数が58万台といいますから、生活の足としての小型バイクはほとんどないくらいでしょう。まあ、アメリカは車社会で、四輪がないと生活できない社会構造になっているので、生活バイクの代わりに「生活グルマ」がインド並に普及している、と見ることも可能です。
同じ成熟社会でありながら、日本の二輪市場は上図中のように、ヨーロッパとアメリカとはまた傾向を異にしています。常々、日本の二輪市場の下降線傾向が指摘されますが、その内実を見ると、減少著しいのは125cc以下の原付1・2種であることが分かります。ここ数年は下げ止まり傾向にはありますが、それでも総需要73万台に占める125cc以上のバイクの17万台という比率の低さも目を引きます。これは、日本では原付バイクが、販売が低下しているとはいえ、生活の足として利用される割合が欧米よりも高いことを示しています。
もっとも、二輪の利用形態を正確に掴むには、新規登録(出荷)の台数のみではなく、保有台数または累積登録台数も考慮する必要があります(『成熟社会のバイク産業とバイク文化』参照)。新規販売台数が少ないといっても必ずしも走っているバイクが少ないことにはなりません。
この点にかんして気になるのは、日本での総需要の低下について、ホンダもヤマハも「少子化でバイクに乗る若者が減った」と説明していることです。はたして実際にそうなのか?
これについて、面白い事実があります。「スペインにおいては、2004年10月の免許制度改定により普通自動車免許で運転可能な二輪車の範囲が排気量50cc未満から125cc未満に拡大したことから急速に需要が拡大」(ホンダ・アニュアルレポートから)。その結果、このクラスのバイクの販売が2年で2倍になっていることを上図右で示します。ついでに、アメリカでなぜハーレーなどの大型バイクの比率が高いかというと、二輪の免許が簡単にとれること、さらに、排気量の区別なくどんな二輪にも乗れること、これが初心者でも大型バイクを購入しやすい条件となっています。日本も例外ではなく、大型二輪免許は試験場でパスするしかなかったのが、教習所で取得が可能になった97年以降は、大型免許取得者数がそれまでの3万人から一挙に9万人に増えたことで大型バイク市場が大きく広がったことは周知です。
このように、二輪の市場動向は経済状況ばかりでなく、免許制度も一役買っていることも見過ごすことができません。ただ、いくら教習所で大型二輪免許が取れるようになったとはいえ、普通二輪も大型二輪もまだまだ日本では費用と時間からしてサラリーマンがそうおいそれと取得出来る免許ではありません。
さらに、せっかく大型バイクを購入しても、そのハイパワーを発揮できる道路がなければ意味がありません。なのに、日本の高速道路は、以前意見書で指摘したように、実態は自由な移動のためのインフラではなくて、そこから通行税を徴収するための集金マシンでしかありません。アメリカのインターステートハイウエイやドイツのアウトバーンが典型的ですが、こうした無料の自動車専用道路網が発達している先進国では片道200キロ、300キロの移動は車でもバイクでもごく普通に走ってしまう距離です。日本ではバイクの高速料金は普通車の8割。この料金で300キロ走ったらガソリン代と高速代はいくらになるのか、こちらのエッセーのグラフをご覧ください。
高速道路がアメリカやヨーロッパのように無料、あるいはごくわずかな料金で利用できるようになると、必然的にバイクの売れスジも変わることになるでしょう。間違いなく高速ツアラーモデルがより好まれることになるでしょう。
では、そのとき市場は大型バイク中心になるかといえば、必ずしもそうとは言えません。それは環境問題とガソリン価格が影響するからです。いくら二輪とはいっても、大型バイクの中には燃費が車に劣るものもあります。排気量と燃費のバランスをどう考えるか、もっと議論があってしかるべきです。
たとえば、これから環境と燃費を考えたときに、125cc以下のバイクが再び注目される可能性もあります。車なしの生活スタイルも広がってくるかも知れないからです。高燃費で低価格、軽量で駐車スペースも小さくで済むし、2ストバイクが無くなったのでクリーンで驚異的な燃費の原付は言わば環境優等生。しかも、水冷エンジンにインジェクションと、小さな車体にテクノロジー満載です。ヘルメット着用義務を除けば、唯一普及を妨げているのは駐輪場問題でしょうか。イギリスのロンドンで道路に駐輪スペースを設けてあるのを見たとき感動したものでした。日本の都市行政は、これまた徴税志向なのか、道路に駐車スペース、駐輪スペースを組み込むことをしないで、高い有料駐車場を増やしています。一見駐車場を完備させようとの姿勢に見えますが、はたしてそうか? 手軽に駐輪できなければ、あえて原付バイクを利用する意味がありません。どうせ同じ駐車場に停めるのならと、四輪でちょい乗りに出かけてしまいます。
メーカーのアニュアルレポートは、なんとか販売を伸ばそうという視点からの市場分析を試みるのですが、そこから見えてくるのは必ずしも経済要因ばかりでなく、免許制度や高速道路行政そして燃費と環境などによって、いくらでも変化しうる躍動的な二輪市場のポテンシャルにほかなりません。
そうそう、言い忘れました。アメリカで大型バイクが原付感覚で持てる背景のひとつに住宅事情も加える必要があります。集合住宅の共同駐輪場にバイクを晒すしかない日本の都市部と異なり、ガレージにバイクを保管することが当たり前のアメリカでは高価なバイクの保管も安心です。実際、日本の二輪免許所有者がアンケートで、バイクを持ちたいけれど買わないでいる理由に「盗難の恐怖」を挙げているのをよく目にします。持っているライダーも常にその恐怖と闘っているようなものですが。